償いは必要ない
ミレディアが捻った右足は見事に青くなった。授業の合間にシエロに保健室へ湿布を取りに行かせたところで、ミレディアを呼び出した三人の女生徒たちが近づいてきた。
「あの、スーパーノヴァさん。大丈夫だった?」
非常に気まずそうな顔で声をかけてきたのは、うっかりミレディアの胸倉を掴んだせいでシエロに殴られそうになった子だった。両横にはその場に同席していた二人の女生徒が寄り添っている。
「お気遣いありがとうございます。見ての通り、足を捻っただけですから大丈夫ですよ」
声をかけてきた女生徒の視線が変色したミレディアの右足へと向けられる。
顔を青くした彼女はミレディアへ頭を下げた。
「ごめんなさい! 貴方のせいではないのに、酷いことを言ってしまいました……彼があんな人だなんて知らなくて」
「ああいえ、それは問題ないんですが。彼のどこが魅力的なのか、理解には苦しみます」
シエロは無愛想で、あの王子様ことレクスように笑うタイプではない。前世から運動神経だけはいいので、剣術部ではある程度の成果を出しているだろう。けれど、成績はどうせそこまで良くない。
運動が出来て、顔がいい。この二点が揃えば無愛想でもモテるのだろうか。前世ではそもそも婚約していたので、仮にも婚約者であるミレディアに向かってシエロへの好意を見せる女性はいなかった。
「それは、その……どうしてだろう」
女生徒が困った表情をしたので、シエロに殴られそうになったことで恋も冷めたらしいと気づく。
その時、廊下から大きな足音が響いて、自動で扉が開くのを待てないのかシエロが自分でドアを開いた。
「ドアが壊れたらどうするんですか、開くのを待ちなさい。という廊下は走らない!」
つい素で注意すると、ミレディアに駆け寄ってきたシエロはすまないと頭を下げた。
「謝る相手は別にいるでしょう」
ミレディアが女生徒を見ると、シエロも同じように彼女を見る。その瞳に敵意を灯しそうになったので、ミレディアは座ったまま無事な左足でシエロを軽く蹴った。
「……さっきは頭に血が昇って軽率なことをして、怖い思いをさせてすまなかった」
「あっ、いや、その。私の方こそすみませんでした」
一応は頭を下げたシエロに、女生徒はそそくさと頭を下げて自席へと戻っていく。他の二人もそれに付き添った。
ついさっき長々と話を聞いたせいで、シエロの危うさを嫌でも理解させられる。ミレディアの一言で死のうとして、他人がミレディアへ危害を加えたというだけで暴力をふるいそうになる。自分の命への軽視が本人の暴力性を増している、とでも言えばいいのか。
持って来た湿布を貼らせてほしそうにしているシエロに、まあいいかと思って許可したのはまずかった。イケメンに膝をつかれて足首に湿布を貼られるのは、絵面が悪い。
現にクラスメイトがミレディアのことを女王様と囁いているのが聞こえた。湿布を取り行かせた時点で、この輝くようなイケメンを顎で使っているように見えるのは仕方がない。
今のシエロはすごく性質が悪い、前世でアンジュに惚れていた時よりもずっと悪い方向にいっている。あの時はシエロ以外の生徒会の連中の方が厄介で、特に第二王子ことレクスの権力が致命的だった。
第一王子がレクス以上の能無しで自分の利益しか考えないクズじゃなければ、前世のミレディアはレクスを廃嫡できないか画策していたことだろう。
シエロのせいで嫌なことを思い出した。湿布を貼り終わって立ち上がったシエロに、さっさと自席に戻れと言い放つ。
「怪我をさせてごめん」
「自分の力が強いことを自覚なさい。軽率に暴力をふるう人は嫌いです。それに、命を軽視するような人はもっと大嫌いです」
「……すまない」
「謝ればいいってものじゃない、お前の謝罪はただの自己満足です。
分かったら、さっさと復習でもして、少しはその足りない頭を使いなさい」
多少はミレディアの言葉が響いたのだろう。シエロは珍しくミレディアの言うことに従って、自席へと戻った。教科書とノートを開いたと思えば、ちらりとミレディアの方を見てくるので、頭を抱える。
勉強しているアピールをしろと言った訳ではないのだけれど。あまりの心労に空腹すら忘れそうだった。
放課後になって、そういえばあの嫌味な女性教師に職員室へ呼び出されていたことを思い出す。シエロの前世の話があまりにも衝撃的だったからすっかり忘れていた。
授業が終わるなり、当然のように近寄ってきたシエロを見上げる。元々、担任に話してあの嫌味な女性教師の呼び出しをパスする予定だったけれど。
「私は先生に呼びだされているので、教室で待っていてください」
「それなら俺も行く。それに君は足を怪我しているから、歩くのはよくない」
「はぁ? 誰が一人で歩けないと言いました? さっきは急いでいたから本当に仕方なく背負われただけです」
文句を言いながら立ち上がる、右足に力を入れなければ歩ける。けれど、この状態はよくない。今日は珍しくバイトを入れていないから問題はないけれど。
明日以降、この足でバイト終わりの夜道を無事に歩けるかは不安だ。
ついため息がもれる。そしたら、シエロは心配そうにこちらをみるので、誰のせいでと詰りたくなる。まあ、責めたところで状況が変わる訳でもない。
「シエロ、携帯の録音機能は使えますか?」
「使える」
「だったら、今から録音しておいてください」
頷いたシエロが最新機種のスマートフォンをポケットから取り出す。お金があって羨ましい限りだ。
そのまま携帯を後ろ手に隠すように伝えてから、職員室へ歩き出した。
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