死者にはないはずの権利
時系列的には8話「一番迷惑なこと」の次、シエロの過去を全部聞き終えた所です。
ミレディアは仰向けになったシエロの腹に座って、足を組んで頬に手をつきながら彼の話を聞いていた。前世のミレディアがシエロに出会った頃から、彼が死ぬまでをシエロなりの精一杯で話している。
要領を得ない話は、非常に長い上に前世のミレディアへの多大な美化が入っている。それでも、ミレディアは話を止めないように根気強く、適当に相槌を打ちながら聞いていた。
「そして、また君に会えた」
突っ込みどころの多い話はようやく終わったらしい、やっとシエロの話が現在に辿り着いた。
つまり、このシエロ・プラティナという男は、前世のことを引きずり過ぎておかしくなっているらしい。前世のシエロは確かにミレディアの幼馴染だった。元婚約者であり、心変わりでアンジュとかいうヒロインを選んだ上に、ミレディアの冤罪に気づかずに婚約を破棄して糾弾する側に立った。
けれど、それだけだ。
「話はこれで終わりですか?」
「……うん」
話の途中で盛大に苛々しているのを抑えているせいで、声に苛立ちが混じる。
丁度その時、昼休みが後10分で終わることを知らせるチャイムの音が鳴った。ミレディアは立ち上がると同時に声を荒げる。捻った右足はじくじくと痛む。
「誰がお前に死ねと言いました!? 大体、お前のお友達、能無し王子や陰険眼鏡に『救世の乙女』はどうしてお前が死ぬのを止めなかったんですか!! あの役立たずどもめ!」
ミレディアは怒りのままにシエロの整った鼻をぎゅっと摘まんだ。
「死ぬことで償える!? 死んだら何もできないでしょう!! いいですか、死者には何もできないんですよ! 悔しくたって、叫んだって、何にもできない。
大体、償いたいなら、陰からスーパーノヴァ家やその領民を支えるなり、私がやっていたことを引き継ぐなり、他にもっとやりようがあったでしょう」
そう言いながら、ミレディアは手を離す。ぎゅっと摘まんだせいで赤くなった鼻は、白い肌の中で目立って間抜けに見える。
間抜けのシエロ、馬鹿なシエロ。ミレディアの気持ちなんか全然分かってくれなかった、役立たずのシエロ。
「前世のミレディア・スーパーノヴァは死にました。死者に変える権利はない。
ここにいるのは、何の力も持たない上に、お金だってない、ただのミレディアです。自分が生きるのにやっとで、誰かを救う側に立つ権利すらない」
前世の自分に崇高な思念があったかと聞かれれば、そんなのは全然なかったと胸を張って答えよう。じゃあ、前世はどうして頑張っていたのか聞かれたら、転生者のチート知識というやつを使いたかっただけだ。
前世は領地シミュレーションゲームをやっていたようなものだ。けれど、ゲームとは違って目の前には痩せた人たちが、病気で苦しんでいる人たちが、泣いている人たちがいた。自分の手にはそれを変える力があって、少し頑張ればその人たちは笑顔になった。ただ、前世の自分はそれが嬉しかっただけだ。
記憶を持っているアドバンテージを元に新しい事業を始めて広げて、多くの利益を生む。その利益で店を開いて雇用を生んだり、痩せた土地の土壌改良に取り組んだり、貧民街での衛生管理や無償教育を行ったり。経営と領地と農業シミュレーションゲームとしては上手くいっていたけれど、政治の方は上手くいかなかったと苦笑する。
「……それでも、俺は君を守りたい。それに、違う。君は全然違う」
弱々しく話すシエロに美化されているなと頬を掻く。まあ、死者は往々にして美化されるものだが。
「ミリアは命をかけて世界を救った。俺は、俺だけじゃない多くの人は君に救われた。
それは今も同じだ。だって、ついさっき君は自分を虐めた人を守るために俺の拳を受け止めた」
「あら、私は世界のために死ぬなんて絶対に嫌です。死にたくなんかない、死ぬのは怖いことですよ」
『災厄の王』とやらに憑りつかれてからは、隙あばら闇落ちさせようと幻聴が聞こえるので大変だった。現代でいうところの統合失調症の症状ではないだろうか。
幻聴は本当に鬱陶しかった。今までプレイした乙女ゲームのお気に入りの台詞を脳内再生できる特殊能力がなければ、早々に身体を乗っ取られていただろう。
「けれど、君は!」
「シエロ、前世のミレディアは死にました。死者に語る権利はないですが……世界じゃなくて、死んでほしくない人が沢山いただけのことでしょう。そこにはきっと、シエロ、お前も含まれていたんですよ。
それと手紙にちゃんとお前に好きに生きろと残していた気はするんですけど」
前世の死ぬ間際には『災厄の王』による浸食は徐々に進み、幻聴の回数は増え、指は根本まで青あざで埋め尽くされたように黒く染まっていた。そう、自慢の桜色の爪が黒くなっていたのである! あれは結構ショックで、白い手袋で両手を隠して生活していた。
当然、前世のミレディアは『救世の乙女』が現れてから『災厄の王』について調べていたし、その一環でグリモワ先輩によく協力してもらっていた。
『災厄の王』は人間に憑りついて浸食していき、絶望に落ちた時にその人間を媒介として現世に顕現する。『災厄の王』の器になった人間から引きはがす方法は見つからずに、絶望に落ちて一体化したときに器ごと『災厄の王』が死ねば滅ぼせるだろうという仮説だけが見つかった。
そして、『災厄の王』の浸食が進んでも使える上に、魔を破壊する神秘の力があるとされる魔法道具『魔槍グンニグル』をグリモワ先輩経由で手に入れた訳である。
グリモワ先輩には非常に感謝しているが、シエロの話によるとすごく後悔していたようなので、流石のミレディアも悪いなと思う。
「ミリア、俺は……君に償いたい、謝っても許されなくても謝りたい。
君が俺を救ってくれた、導いてくれた。それなのに俺は君を裏切った」
シエロは本当に馬鹿な男だ。今の自分を前世と地続きに考えているが、前世の記憶なんて、そんなものは存在しないのと同じだ。誰に証明することもできない自分の頭の中にだけ残るもの、ミレディアとシエロが同じ世界線の記憶を持っているかすら怪しい。
違う世界線、それこそ乙女ゲームの本編みたいな前世の記憶を持っている奴だっているかもしれない。
前世チート、つまり前世の知識を今に活かす程度なら、今の人生を豊かにするだろう。だから、前世の都合の悪いことなんて全部忘れてしまえばいい。
「シエロ、貴方のせいで昼食を食べ損ねました。今の私はお金がない、食べ損ねるというのはとーっても大変なことなのに。貴方の話が非常に長いせいですよ!」
「えっ、ああ……ごめん」
「なので、放課後に昼食代わりにファミレスで奢りなさい。
私は沢山食べますが、貴方でもそれぐらいのお金は持っているでしょう。まだ言い足りないことがあれば、その時に聞きます」
ぽかんとした顔のシエロにため息をついて、倒れたままの彼に右手を差し出す。
「ほら、早く行かないと授業に遅れますよ」
「ミリア、君はまだ俺に手を」
一人で感極まっている様子のシエロに大げさすぎると内心で頭を抱える。
「さっさと立って、私は授業に遅れたくありません」
そう言えば、やっとシエロはミレディアの手を取った。けれど、手に大した力もかけずに立ち上がっているので、そもそも一人で立てるならさっさと立てよと内心で突っ込む。
そして、痛む右足を庇いながら歩き出したミレディアは、気づいたシエロに自分が運ぶと主張された。
絶対に授業に遅れたくなくて、仕方なくミレディアはシエロに背負われて、おんぶをされて間抜けな姿で教室に行く羽目になった。
前世なんて忘れてしまえばいい。そんなことを今のシエロに言っても、絶対に忘れられないだろうことは流石のミレディアにもそろそろ分かってきた。




