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シエロ・プラティナの罪 ⑪

 

 春が少し遠い晩冬に、マイザとラクシアは奇妙なことを言い出した。彼らはミレディアが国家反逆を企てているなんて、意味の分からないことを言った。『デモン公爵家』が証拠を集めたとか、他の家からもミレディアが王族に変わって自分が王位を継ごうとしている証拠が沢山集まったとか。


 元々ラクシアの家はミレディアと親しくないから、そういう証拠が集まりやすかったらしい。そして、ラクシアがそれをマイザに伝えて、二人で証拠や証言を精査したと言う。


「……ミレディアはそんなことしないと思う」

 流石におかしいとシエロが口を出せば、ラクシアは甘い瞳でシエロを見つめる。

「シエロ君は、ミレディア嬢がアンジュちゃんを虐めたことも知らなかったんでしょ」

「それは、そう……だが」


「あのっ! 舞踏会から嫌がらせが止まった、から。本当にミレディアさんが指示してたのかもって」

 アンジュが瞳に涙の膜をはって、シエロを見上げる。


「だから、ミレディアさんがレクスさんを邪魔だって思ってても、おかしくないかもです」

 アンジュの涙に濡れた声が生徒会室に響いた。そして、気づけばシエロは頷いていた。それはレクスやマイザも同じだった。


「アンジュを虐めるだけじゃなくて、血筋を理由に国を乗っ取ろうとするなんて。なんて奴なんだ」

「国家を揺るがす重大な罪です。すぐに国王陛下へお伝えしないと」

 レクスとマイザは声に怒りを含ませて動き出す。そして、ラクシアは甘く囁いた。

「そうだよね、悪い子にはお仕置きが必要だ」








 国王陛下はマイザたちがまとめた証拠を信じて、ミレディアを国外追放すると決めた。そして、それをレクスたちでミレディアに伝えて、逃げないように見張るよう言われた。


 当のミレディアはいつも通りに登校していた。レクスは大勢がいるところでミレディアに国王陛下の処分を正式に伝えるべきだと言って、放課後に同学年を中心とした生徒たちを聖堂に集めることになった。


 生徒会からの大事な知らせだとして、ミレディアを含めた5年生は全員聖堂に集められた。その中には、知らせを聞きつけた他学年の生徒も混じっていた。


「グリモワ先輩!」

 アンジュが集まった生徒の一人に駆け寄る。黒に近い緑の髪は目元まで伸びて顔を隠している、陰鬱そうな雰囲気の男はアンジュの知り合いらしい。


「これ何の集まり? 聖堂を使うなんてそうないはずだけど」

「ええと、それはまだ秘密です」

 アンジュはそう言いながらシエロの視線に気づくと、彼を紹介した。


「グリモワ先輩は『救世の乙女』のことや魔法道具、錬金術を研究してて。私にもそれで研究に協力してほしいって」

 グリモワ先輩は他人の視線が得意ではないのだろう、長い前髪の間から覗く黒い瞳とは目線が合わなかった。そして、そそくさとシエロたちから離れて行った。




 ミレディアはいつもと同じ凛とした姿で、聖堂へとやってくる。そして、何かを察しているように、中央の廊下に立っていた。概ねの生徒が入ったところで、聖堂の重たい扉が閉められる。

 そして、教壇の上に立ち上がったレクスはミレディアに向かって告げた。


「ミレディア・スーパーノヴァ、俺の言いたいことは分かるか?」

「いい加減にしてください。馬鹿な貴方たちに私はいつも苛々させられています。

 民を救いもしない貴方たちが、自分の利だけを追い求めて弱者を虐げる貴方たちが、どうしてただそこに産まれたというだけで偉ぶって立っているのですか」

「ミレディア、お前はその自分だけが正しいという思い込みで、王位を簒奪しようとしたのか?」

「してません!! する訳がないでしょう、この私が!

 それで民が救われるならいくらだってしましょう、でも。

 戦争になれば、傷つくのは弱い人たちからです。だから、そんなこと……出来る訳がないでしょう」


 ミレディア様、端に立っていた生徒が名前を呼んで彼女に駆け寄ろうとして、隣の生徒に抑えつけられていた。


「ミレディア・スーペルノヴァ、お前を国外追放する! これは国王陛下の許可を得た、正式な命令だ」


 レクスが大きな声で、正しいことを言う。そう、それは正しいことだったはずなのに。




 ミレディアの強く輝く赤い瞳は、暗く深い絶望に染まった。その証として、瞳からは一滴の涙が零れ落ちた。

 突然、ミレディアの身体が空中へと浮かびあがり、その身体から黒いモヤが噴き出した。

 そして、彼女は災厄へと変質していく。咄嗟にミリアと名前を呼んでも変質は止まらない。


「このままだと……彼女は世界を滅ぼす災厄になる」

 グリモワ先輩は手足が黒く染まっていくミレディアの体を見つめて言った。


『はっ、ハハハッ! やっと乗っ取ってやったぞ。絶望しまいと必死に抵抗していたが、お前たちが最後の一押しを成した。その功績に免じて、お前たちを殺すのは最後にしてやろう』

 低く恐ろしい声が聖堂中に響く。世界を滅ぼそうとする声は、一度聞くだけで心を絶望に染め上げる。絶望に染まった心は身体中の力を奪い取り、指先を動かす気力すら起こらない。

 だから、シエロは、この場にいるたった一人を除いた全員はこのまま世界は滅びるのだと思った。


「ミレディア・スーペルノヴァの名において、魔槍グンニグルの起動を承認します。

 目標設定はこの私、ミレディア・スーペルノヴァの心臓」

『なにっ!?』

「『災厄の王』よ。世界の前に、私と一緒に滅びましょう」


 アンジュやレクスにマイザ、ラクシアにシエロ。他にもこの聖堂に集まった全員がこのまま世界は滅ぶのだと理解して諦める中で、たった一人だけは絶望しても諦めなかった。


『そんな、そんなはずが!? そんなことがあっていいはずがない、世界から見捨てられたんだ! だから、お前は世界を滅ぼすべきだ!』

 突然、宙に浮かんだ大きな深紅の槍がミレディアの心臓を貫く。世界から見捨てられたミレディアだけが、絶望しても世界が滅びることを許さなかった。



 心臓が貫かれるとともに、黒いモヤは消え去った。それと同時に大きな槍も消失して、ミレディアの死体はどさりと地面に落ちた。



 その肌は黒く染まっていて、心臓付近には槍が貫いた大きな穴がぽっかりと開いている。そして、開いた穴から止めることのできない血が流れていた。溢れる血だけが、彼女が災厄へと成り果てる前に死んだことを証明していた。


 止まった時の中で、グリモワ先輩がミレディアの死体へと歩み寄る。


「ミレディア・スーパーノヴァ、君は世界を救った。『災厄の王』に取りつかれ絶望へと誘われても、絶望に抗い続けた。その上で、自らが絶望に落ちた時のために魔槍グンニグルを用意した。

 そして、災厄と成り果てる前に自らを魔槍グンニグルで刺し殺すことで、『災厄の王』を滅ぼした」


 誰もが息をすることすら出来ないような静けさの中で、グリモワ先輩の声だけが響く。


「でも、だからなに!? 僕が、君が魔槍をこんなことに使うって知ってたなら、絶対に渡さなかった!! 君が、『災厄の王』に憑かれたなんて知ってたら、絶対に、絶対に! 災厄と化している途中で死んだら滅ぼせるなんて言わなかった!」


 大きな叫びが聖堂に響く、それはグリモワ先輩の後悔だった。


「災厄の誘いは正気で耐えられるものなんかじゃない、気づいたら君は孤立して、そんなの絶望するに決まってるだろ! だったら、世界ぐらい滅ぼして見せろよ! どうして、魔槍グンニグルなんか使ったんだ!」


 グリモワ先輩は息を切らしてから、その場にうずくまった。

 僕が君に教えていなければ、手を貸してなければ、そう言って両手で頭を抱えてしゃがみ込む。


「ミレディア様!!」

 次に駆け寄ったのは、先ほど駆け寄るのを止められていた女生徒だった。必死にミレディアの身体を揺さぶって、その目を覚まさせようとする。

「嘘ですよね、こんなの嘘ですよ!! 私を、私たちを救ってくれた貴方が!! 死んでいいはずがありません!」

「「「ミレディア様」」」

 何人も、何十人もの女生徒がミレディアの死体へ駆け寄る。その数は百を越えているかもしれない。


「あの売女に婚約者と盗られた時、ミレディア様だけが私の悲しみに寄り添ってくださいました。もっと私に似つかわしい、きちんと愛してくれる方がいる。そうって素晴らしい人を紹介してくださいました! 私はその恩をまだ返せていません!」


「私のような貧しく狭い領地しか持たない家のような者に、民が耐えないようにと食糧を恵んでくださり、痩せた土地でも耕しやすい農作物を共に研究してくださったのは貴方様だけです。

 ですから、私も貴方様の後を追いましょう」

 そういって女生徒が刃物を探そうとした時に、隣の女生徒が両手で止める。


「おやめなさい! ミレディア様は私たちに生きて民に尽くせ、領地の民を幸せにしてほしいとおっしゃいました! 私たちがミレディア様の意思を継がないでどうするの」


「ああ、ミレディア様。申し訳ありません、私に、私たちにあの愚かな第二王子に歯向かうだけの力があれば、貴方に守られる安寧を捨てる勇気があれば……こんなことには」

 それぞれが涙と怒り、後悔と共に声をあげる。女生徒たちの涙や声が少し静まったところで、一歩離れたところにいた十数人の男子生徒たちが足を踏み出した。

 そして、彼らの中の一人がレクスへと問いかける。


「レクス殿下、私たちはスーペルノヴァ家の分家やその一派のものたちです。今までミレディア様が王家との軋轢を防ぐためにと、私たちを押し留めていました。

 それは彼女たちも同じ。役立たずの救世の乙女、やっと結んだ婚約すら破断させるその災厄のような女へ過ぎた報復をしないよう、ミレディア様が動いてらっしゃいました。これは言ったところで、考える頭を持たないレクス殿下は信用なさらないかもしれませんが」


 レクスはぽかんとした顔で、すぐに首を振った。


「違う! ミレディアはアンジュを虐めたことを否定しなかった!」


「殿下はその最悪な女を虐めたといって、生徒の家ごと権力を使って押しつぶしたでしょう。ミレディア様はそういった者へ手を差し伸べていました。

 この『マリアル・アカデミア』で殿下に糾弾されても立てるのはミレディア様だけです。だから、ミレディア様は殿下へ、その醜い女に関して誰かを糾弾する時はご自分を通せとおっしゃいました」


 レクスは違うと頭を両横に振った。現実を受け入れないレクスへ何十もの憎しみの視線が向けられる。


「ミレディア様は殿下の善性を認めてらっしゃいました、本来の性質だけは善いものだと。だから、いつも殿下へ正しい忠告をされていました。

 私は、私たちは今深く失望し、悲しんでいます。私たちの導きの星、ミレディア様を失ったことに。

 ミレディア様は多くの人々を救い、たった今その御命をもって世界まで救った。そこの娼婦のような紛い物ではない、私たちは本当の『救世の乙女』を失った」


 深い悲しみが聖堂へと響く。代表して話していた彼の瞳からは幾つもの涙が零れ落ちる。一人の男子生徒は彼に並ぶと、その肩を叩いた。


「娼婦なんて呼ぶとミレディア様に怒られるぞ。

 娼婦は女性が一人生きていくために必要な生き方だ、そんな意地汚いだけの女と一緒にするなって」

「……そうだな、立派に生きている娼婦に失礼だ」


 そう言って彼は涙を拭うと、真っすぐにレクスを見据えた。


「殿下。私たちはミレディア様を、私たちの星を撃ち落した殿下を決して許しません。

 悪い、スーパーノヴァ家に早馬を出してくれるか? あと、女子の誰かはミレディア様の身体をお運びするのを手伝ってくれ」


 ミレディアという秩序と理性を失った憎しみと悲しみが聖堂を埋めつくしていく。

 とある女生徒は憎しみのあまりアンジュへ掴みかかろうとして、近くの男子生徒に止められて。

 とある女生徒はただ両手を組んで、ミレディアが生き返ることだけを願った。




 愚かなシエロはやっと、ここにきてやっとミレディアが死んだのだと理解した。

 だって、あの強いミレディアが、夜空に輝き続ける赤い星が墜ちる訳がない。

 けれど、みんなが泣いている、後悔している、ミレディアの喪失を悲しんでいる。


 それが分かった途端に、世界は途端に色を失った。


「あっ、ああああああ!!」


 自分が何を言っているのかも分からずに、ただミレディアとの記憶が走馬灯のように走る。

 彼女は導きの星だった。シエロが騎士になりたいと思ったのも、強くなりたいと思ったのも、全部ミレディアがいたからだった。ミレディアはシエロに、自分が『災厄の王』になるかもしれない不安を伝えていたのに。彼女が強いだけじゃないことを知っていたのに。




 そして、その記憶の中で、一つの大事なことを思い出した。

『私の寮の部屋、机の2番目の引き出しに隠している手紙があります。これから先、私が長期間動けなかったり……それこそ死ぬことがあったら、机を壊していいので、それぞれの手紙を誰にも知られないように宛先の人に届けてください』

 それを思い出すと同時に、シエロは立ち上がって走り出していた。その頭にはもうミレディア以外のことは消え去っていた。



シエロ過去編は次話で終了です

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