シエロ・プラティナの罪 ⑧
5年生の夏休み、シエロはもうミリアと会っていなかった。校内で会っても互いに声を交わさないのに、休みの日に会うことはない。
その代わりのように、アンジュを中心に何度かレクスたちと遊びに行った。アンジュに市井の市場を案内してもらったり、レクスに王族が所有している海と別荘を貸してもらったりと、今までになかった遊びはシエロの心を弾ませた。特に水着なんてものは初めて見たから、シエロは真っ赤になってアンジュの水着姿から目を逸らした。
それと同時に、ミリアのことが少しだけ気になった。彼女は休みの日は概ね経営している店を見に行ったり、領地の中でも貧しい所を見に行ったり、他家との交流をしたりと忙しい。シエロは何度か護衛で、何度か遊びで付いていったことがある。
だから、こうしてシエロが遊んでいる間も彼女は頑張っているのだろう。今までやっていたはずの剣の鍛錬には徐々に身が入らなくなっていた。騎士団に入りたい、今も表向きはそう言っているのに。
シエロの父は、そんなシエロを王族と仲良くしていて偉いと言っていた。今のシエロがミリアと断絶していることを知らないから、そう言っていると分かっていた。
分かっていて、シエロはいつものように黙っていた。
夏休みが明けて、秋になってからも、アンジュへの虐めは止まらないどころかどんどん陰湿になっていった。教科書や持ち物に落書きをされたり、アンジュが通る度に話すのをやめて口を閉ざしたり、机にゴミを入れられたりと酷い仕打ちを受けていた。
特に女子だけで運動する時間は針の筵らしく、レクスが教師に掛け合ってアンジュはその時間だけ授業を休んでいいことになった。
虐めの性質が悪い部分は誰がやったか分からないことだった。誰もが口を閉ざして、現場を見ていただろう人たちは何も言わない。
ミリアが直接アンジュに何か言うことはもうなかったし、それはシエロに対しても同じだ。一度だけ、シエロはミリアに聞いた。
「ミリア、君なら止められるんじゃないのか?」
その時にミリアはとても冷たい、他人を見るような瞳でシエロを見た。
「止める術を私から奪ったのは貴方たちです。制裁と称して家まで潰す方々に、私が出来ることはありません」
そう言って、シエロの言葉を真っ当に受け止めずに去っていった。
教室の空気は、いや、『マリアル・アカデミア』自体の空気が徐々に冷たくなっていった。特に女生徒は以前よりも固まるようになった。ラクシアだけは未だに女生徒たちともよく話していたが、アンジュが今更その輪に入ることは出来ないと言い切った。
秋の行事として、マリアル・アカデミアでは舞踏会、簡易的なダンスパーティーが開かれる。
生徒会が主導で開かれるそれは、着飾った生徒たちが食事をつまみながら夜を踊り明かす。
婚約している生徒は、学外から婚約者を招待するか、学内にいる場合はエスコートをする。
シエロは毎年、当然のこととしてミリアをエスコートしていた。
「シエロはいつミレディアと婚約をやめるんだ?」
生徒会室に舞踏会の準備で集まった時、レクスが自然と言い放って動きが止まる。
「レクスや僕ではアンジュをエスコートするのに少し角が立ちます。同じクラスのシエロがエスコートするのが一番自然でしょう」
マイザが冷静に言い放つとアンジュは不思議そうに首を傾げた。
「シエロさんって、ミレディアさんと嫌々婚約しているんですか?」
シエロが何も答えられないでいると、レクスは強く頷いた。
「公爵令嬢だからってアンジュを虐めるような奴、さっさと縁を切った方がいい。細かいことはマイザが何とかしてくれるから、安心していいぞ」
「はぁ、また僕に丸投げですか? まあ、婚約破棄という形をとれば制裁として機能して、それを見た周りも嫌がらせもやめるでしょう」
嫌がらせが止まる、その言葉にシエロはつい惹かれた。もし、婚約を破棄すれば、アンジュは虐められないのだろうか。こんな酷いことは止まるのだろうか。
だから、シエロは頷いていた。
そうしてシエロは、夜闇の中で自分を導いてくれた星を、自分の手で撃ち落した。




