シエロ・プラティナの罪 ⑤
『マリアル・アカデミア』に入学して3年が経った時、4年目の春に生徒会に入ったのはラクシア・ラトゥーニだった。
彼が入ることを知ったミリアは、彼にはくれぐれも気を付けるようにと言った。ラトゥーニ家は悪知恵が働くし、スーペルノヴァ家と対立している『デモン公爵家』と繋がっている、よくない家だと言っていた。
けれど、一学年下のラクシアは親切で気安い性格をしていた。それに、レクスやマイザと違ってミリアのことも悪くは言わなかった。ミリアを悪くいうのは彼らぐらいで、他の生徒はミリアを『淑女として見習うべき』だとか、『強くて優しい奇跡のような人』だと言っていた。
ただ、マイザはそれを「公爵令嬢を悪く言える人なんてそういないでしょう、それもその婚約者相手に」と言っていた。
ミリアはシエロが剣術部で成果を出すと自分のことのように喜んでくれた。それでこそ私の婚約者です、そう言いながらも剣術大会で優勝した時にはお祝いだと言って万年筆やタオルをくれた。
婚約してからは毎年誕生日を祝ってくれて、入学してからレクスたちもおめでとうと言ってくれるようになった。
そして、5年目の春を迎える少し前、シエロたちが16歳になった頃。平民の少女『アンジュ・セラフ』が『救世の乙女』に選ばれて、特待生として『マリアル・アカデミア』に入学することが決まった。春からの入学だが、生徒会には事前にそれが伝えられていた。
廊下を歩きながらシエロが生徒会で知ったことを話せば、ミリアは酷く険しい顔をした。
つい心配で声をかける。
「『救世の乙女』っていうのに、何かあるのか?」
「校内に飾られているのに見たことがありませんか、ほらそこに」
『マリアル・アカデミア』には創立からの古い伝承が残っている。ミリアが指さした廊下の中央スペースに置かれた石碑には、何かの文字が刻まれていた。古い文字のようで、シエロには読み取れない。
「『かつて世界を滅ぼす災厄の王が現れ、この世の終わりが訪れようとした時。救世の乙女マリアが災厄の王を封印した。その功績を讃え、ここにマリアル・アカデミアを創立する』」
淡々と石碑の文字を読み上げたミリアに、聞いたことがあると頷く。
「けれど、みんなは災厄なんてものは現れたのを聞いたことがない。古い伝承だと言っていた」
「けれど、現に『救世の乙女』は選ばれました。平民の少女をこの貴族だけが通う場所に入学させるのだから、選ばれたのは事実でしょう」
顔を強張らせたままのミリアに、シエロは意外とそういうのを怖がるのだと思った。ミリアは幽霊を大して怖がらないのに、『災厄の王』という伝説だけの存在は怖いらしい。
「ミリア、大丈夫だ。もし『災厄の王』なんてものが来ても、俺が必ず討ち果たそう」
ミリアの瞳が大きく見開かれて、その赤が揺れる。いつもはっきりとした言葉だけを紡ぐ唇は震えた。
「……それが、私自身になり果てたとしても?」
「えっ?」
微かに聞き取れた声を理解する前に、ミリアの手がシエロの手をぎゅっと握る。
そして、次の授業に行きましょうとシエロの前を歩いた。
その後、救世の乙女『アンジュ・セラフ』が入学してきた。
シエロはそれからのことを余り思い出したくない。思い出す度に自身の胸に剣を突きつけたくなる。
本当はミリアだって怖かったのだろう。ミリアは強くて正しいけれど、それは怖いものがない訳じゃない。弱さだって確かにあった。
シエロはそれを知っていたのに。
けれど、振り返らない訳にはいかない。
だって、これからがシエロの一番の罪なのだから。




