シエロ・プラティナの罪 ③
ミリアと婚約したシエロは、家庭教師に色々な勉強を教えられるようになった。スーペルノヴァ家から紹介されたという男性の家庭教師は、厳しかったが理不尽なことを言わなかった。
口調だけは強いが、分からなくて固まっていれば察してくれて、分かるまで何度でも教えてくれた。その姿は少しミリアに似ていた。
勉強はよかったが、問題は訓練の方だった。騎士になるためにと強いられる訓練は乱暴で、怪我をすることも多かった。訓練に兄たちまで混ざっては、シエロに訓練と称して木剣を力任せに叩きつける。
シエロはそういうのに結構まいっていた。
それから少し経って、ミリアがシエロに会うために使用人を連れて家に訪ねて来た時。
案内したシエロの自室を見て彼女はその場ですっころんでいた。
「……大丈夫?」
突然転んだミリアへと手を差し伸べれば、ミリアはシエロの手をしっかりと掴んで、瞳に怒りを灯しながら立ち上がった。
「ありがとうございます、これ他にもっと部屋があったでしょう。ここは使用人の部屋でしょう、正妻の嫌がらせか何かですか? もっと広い部屋に変えてもらいましょう」
「おっ、俺はここを気に入ってるから」
この時にはミリアが有言実行の人だとシエロは分かっていたので、必要ないと首を振る。
そんなシエロを見て、ミリアは眉を吊り上げた。
「はぁ、それなら部屋はともかく。シエロ、貴方怪我をしてますか?」
「……騎士、になるために必要だって」
そう言いながら、どうしてかポロポロと涙がこぼれていく。シエロが腕で目元を抑えようとしたら、ミリアが先にハンカチをシエロの目元へ当てた。
「そんな怪我までして、騎士になりたいんですか?」
溢れる涙をミリアが拭っていく。それでも、涙は止まらなくてどんどん溢れていく。
「……なれない、俺は弱いから。泣いてるから、騎士になれない」
「シエロ、私はなりたいかどうかを聞いているんです。なれないかどうかではありません」
あまりにもシエロが泣くから、ついにミリアは二枚目のハンカチを取り出した。それなのに、ミリアはシエロに泣くなと言わないし、弱虫だとも言わない。
「なりたい、なれるなら。騎士になりたい、弱いのはいやだ」
泣くような奴に、シエロのような弱虫に、そんなのなれっこない。ミリアはきっとそういうことを言わない。
「弱いから誰も守れない、誇りがもてない。強くなりたい、騎士になってミリアを守りたい」
「そうですか。成りたいものがあることはいいことですが、シエロ。
お前は私の前に、まず自分を守るべきです」
想いを口にすると、自然とシエロの涙は止まった。
ミリアは少しだけ嬉しそうに。けれど、同じ分だけ悲しそうにシエロを見た。
「私はお前に騎士になってほしいとは思いません。本当に婿養子にくる気なら、騎士である必要もありませんから。
けれど、本気でそうなりたいなら、死ぬ気で努力なさい。騎士団は伝手での入団が出来ない、必要なのは実力だけです」
ミリアは真っ直ぐにシエロを見る。その眼差しがいつもシエロを強くした。
「うん、頑張る」
「それでこそ、私の婚約者です。ああ、それと。その訓練とやらに今日は私も立ち合いますので」
ニコニコと笑うミリアに、どうしてかシエロは兄たちが地面に倒れている姿を思い浮かべた。
そして、その姿は空想ではなかった。いつもシエロを殴っていた兄たちは、ミリアが連れて来た使用人兼護衛の手によって二人とも沢山の青あざを作って床に倒れていた。
「あら、これがお義兄様たちのいう訓練なのでしょう? どうして泣いてらっしゃるのかしら」
「ご、ごべんなさい!!」
「聞こえませんわ。おかしいですわね、シエロからこの家では強者が正義だと伺っていたのですが」
「お、おかあさまに言いつけてやる!」
「あら、彼女の実家は長年我が家と取引しておりまして。
遅くなりましたが、先ほどご挨拶してきましたのよ。こちらの訓練に立ち会うことも伝えてありますわ」
兄たちが身体のあちこちに痣を作って倒れ伏している姿は新鮮を通り越して衝撃だった。
上には上がいる、シエロはじっとミリアの連れて来た護衛の動きを見ていた。
「お嬢様、彼は強くなりますよ」
「そうですか? よかったですね、シエロ」
ニコニコとミリアが言う、その前には地面に倒れている二人の兄がいる。
「「もうシエロをいじめません」」
泣きながら二人の兄が言う。今までシエロにとって大きくて怖い存在だった二人は、ミリアにとってはちっぽけで弱い存在だった。ミリアはつまらないものを見るように二人を蔑んだ。赤い瞳は冷酷に光る。
「シエロはこの私、ミレディア・スーペルノヴァの婚約者ですわ。危害を加えるならそれ相応の覚悟をしていただかないと」
そう言ってから、同じ赤い瞳がシエロへ向けられる。それは同じであっても、全く違うものだった。
「弱いものを守るために強くなりなさい。その力を弱者に振るうなら、私は貴方を軽蔑します。
誰かを踏みにじるなら、その覚悟をなさい」
「……誓う。俺は、俺を守るために、弱かった俺のような人たちを守るために強くなる」
正しく強いミリアのようになりかった。彼女が連れてきた護衛のように、正しいことを成すミリアを守れるようになりたい。
「ふ、ふふっ。それでこそ私の婚約者です。
シエロ、生まれは変えられませんが、努力だけはお前を救います」
シエロの言葉にミリアが笑ってくれた。この時のシエロは、自分が正しいと、この道だけが正解だと思っていた。
だから、結局シエロは間違えた。本当に守るべきものを間違えて、シエロの世界は崩れた。




