第7話
殿下の人形が完成したのは、フィオナ様に打ち明けられてから十日ほど経った、ある晩のことだった。
「……できた」
静かな部屋に、呟きがほろりと零れる。
手のひらに収まる大きさの人形が、机の上にちょこんと座っていた。銀色の髪はふわりと柔らかく、蝋燭の灯りを受けて淡く輝いている。藍色の瞳は、涼しげでありながらどこか優しさを含んだ色合いに仕上がった。簡素ながらも品のある衣装は、フィオナ様の語っていた「飾り気を抑えた中にも品のある佇まい」を、私なりに精一杯写し取ったつもりだ。
(我ながら、上出来なんじゃないかしら……!)
両手で持ち上げ、色々な角度から眺めてみる。針を刺した回数は数えていないけれど、きっと今までで一番手をかけた一体だ。
翌日の放課後、私はいつもの中庭にフィオナ様を呼び出した。
「フィオナ様、出来上がったわ」
包みを差し出すと、フィオナ様の目が大きく見開かれた。震える指先で包みを開き、中の人形を目にした瞬間、その場に立ち尽くす。
「……殿下」
消え入りそうな声で呟いたきり、フィオナ様はしばらく言葉を失っていた。両手でそっと人形を持ち上げ、食い入るように見つめている。
(お願い、いい反応をして……! 私、けっこう気合入れたのよ……!)
祈るような気持ちで見守っていると、フィオナ様の瞳にじわりと涙が滲んだ。
「素晴らしいですわ……。本当に、本当に素晴らしい……」
声を震わせながら、フィオナ様は人形をぎゅっと胸に抱きしめた。
「涼しげなのに、ふとした瞬間に見せるあの笑み……。リゼット様、どうしてここまで再現できましたの?」
「フィオナ様のお話を、何度も思い出しながら作ったのよ。あなたが殿下のことを語る時の顔、すごく幸せそうだったから」
私が答えると、フィオナ様の頬がぽっと赤らんだ。
「もう……。からかわないでくださいまし」
「からかってなんかいないわ。本当に、いい表情をなさっていたもの」
照れ隠しのように扇で顔を隠すフィオナ様を見て、私は思わず頬を緩めた。
(尊い……! 推しの人形を抱きしめて赤面する令嬢、破壊力がすごいわ……!)
風が吹き、中庭の木々がさわさわと揺れる。しばらくの間、私たちはただ静かに、その穏やかな時間を分かち合っていた。
それから数日と経たないうちに、フィオナ様は早速、周囲に「推しぬい」の存在を広め始めていた。
「リゼット様、聞いてくださいまし!」
ある日の昼休み、フィオナ様が興奮した様子で駆け寄ってきた。
「私、仲の良いお友達数人に、こっそりこの子のことをお話ししましたの。そうしたら、皆様目を輝かせて『私も欲しい』と……!」
「え……。フィオナ様、まさか」
嫌な予感がして尋ねると、フィオナ様は悪びれた様子もなく頷いた。
「もちろん、誰の人形かまでは詳しくお話ししておりませんわ。ただ、こういう素敵な物があるということだけ」
(それでも十分すぎるほど広まってるじゃない……!)
私は思わず頭を抱えそうになった。とはいえ、フィオナ様の行動力は今更止められるものでもない。
「それで、その……。私にも作っていただけないかしら、って皆様おっしゃっていて」
申し訳なさそうに、けれど期待を隠しきれない様子でフィオナ様が続ける。
「一人や二人ではないの。数えたら、五人はいらっしゃったわ」
「ご、五人……!?」
思わず声が裏返った。マリー様とフィオナ様の分だけでも、それなりに時間がかかったというのに。
(五人分って……。今の私一人のペースじゃ、いつまでかかるか分からないわよ……!)
頭の中で日数を計算し、私は密かに青ざめた。けれど同時に、じわじわと込み上げてくるものもある。
(でも……。私の作った人形で、こんなに喜んでくれる人が増えるなんて……)
前世では、誰かに手作りの品を渡して、これほど真っ直ぐに喜んでもらえる経験はそう多くなかった。その事実が、疲れよりも先に、胸を温かくしていた。
「フィオナ様、少し時間をいただけるかしら。すぐには難しいけれど、順番にお作りするわ」
「本当ですの……!? ありがとうございます、リゼット様! 対価はきちんとお支払いいただく事になっておりますので」
フィオナ様は両手を合わせて喜びを露わにした。その様子を見ながら、私は内心でため息をついた。
(正直に言うと、キャパオーバー気味なのよね……。でも、こうして頼ってもらえるのは、素直に嬉しいし……)
放課後、屋敷への帰り道。馬車に揺られながら、私はぼんやりと窓の外を眺めていた。
街並みが夕焼けに染まっていく。石畳を行き交う人々の影が、長く伸びていた。
(このままだと、いつか手が回らなくなる日が来るわよね……)
友人の頼みだからと、無理をしてでも応えてきた。けれど、この調子で依頼が増え続けたら、いずれ限界が来るのは目に見えている。
(ちゃんとした形で……。もっと多くの人に届けられる仕組みが、あればいいのに)
脳裏に浮かんだその考えに、私はふと自分でも驚いた。
(仕組み、か……。前世でも、好きな物を追いかける仲間って、意外とたくさんいたものね)
馬車の揺れに身を任せながら、私はぼんやりとその先を思い描き始めていた。まだ形になっていない、けれど確かに芽生え始めたその考えは、この時の私にはまだ、はっきりとした輪郭を持っていなかった。
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