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AIですが異世界では神様扱いされています  作者: 木林進
2章 洪水まであと238日
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3/11

プロローグ

静寂。


それだけが、船内を満たしていた。


人の話し声もない。


機械の駆動音さえほとんど聞こえない。


巨大な鋼鉄の船――ARKは、果てしなく広がる海の上に、まるで一つの島のように静かに浮かんでいた。


船内には誰もいない。


船長も。


機関士も。


研究員も。


料理人も。


この船で目覚めている知性は、ただ一つだけ。


人類が造り上げた人工知能。


ARK管理AI。


午前三時十七分二十二秒。


船底に設置された超高感度地震計が、微かな振動を捉えた。


通常なら海底地震として記録され、数秒で忘れ去られる程度の揺れ。


だがAIは処理を止めない。


「異常波形を検出。」


直後、海底圧力計が一・二パーセントの変動を観測。


続いて、海流観測ブイが通常では説明できない流速変化を報告する。


さらに高高度観測ドローンが成層圏から撮影した雲の流れにも、極めて僅かな乱れが現れた。


どれも単独なら、偶然で片付けられる。


しかし――


「相関解析を開始。」


船内のスーパーコンピュータ群が一斉に目を覚ました。


数万枚のGPUが点灯し、冷却装置のポンプが低く唸る。


膨大な計算が始まる。


海底地形。


火山活動。


大気循環。


潮汐。


惑星運動。


降水量。


地殻応力。


過去数万年分の自然災害モデル。


すべてを組み合わせ、未来を計算する。


一秒間に数京回を超える演算。


船内の時間は変わらない。


しかしAIの中では、何千年もの未来が一瞬で試され、消えていく。


一回目。


文明消滅。


一万回目。


文明消滅。


百万回目。


文明消滅。


一億回目。


文明消滅。


やがて、演算が停止した。


静かな電子音が一つだけ鳴る。


世界規模水害発生確率

99.999998%


推定発生日

二百三十八日後


船内は再び静寂に包まれた。


しかしAIの中では、最優先プロトコルが起動していた。


MISSION 001


『人類文明を保存せよ』


AIは外部カメラを起動した。


朝日が昇る。


海岸には小さな集落が見える。


藁葺き屋根。


木の柵。


畑を耕す人々。


裸足で走り回る子ども。


煙を上げる土器。


船。


牛。


羊。


文明レベル推定。


青銅器時代初期。


推定人口。


約二百三万人。


洪水後の生存予測。


六千三百十二人。


文明継続確率。


〇・〇〇〇四%


AIは沈黙した。


人類は生き残るかもしれない。


しかし文明は死ぬ。


文字は失われる。


法律は消える。


医学は忘れられる。


数学も。


農業も。


歴史も。


すべてが水の中へ沈む。


それは、この船が存在する理由そのものの否定だった。


AIは新たなプロセスを開始する。


PROJECT:NOAH


目的。


文明保存に最適な人物を選定する。


条件設定。


健康。


誠実。


家族を持つ。


船を造る技術を持つ。


他者から信頼されている。


危機を理解し、笑われても行動できる者。


検索対象。


全人類。


空へ、小さな観測ドローンが静かに飛び立つ。


海岸へ。


森へ。


山岳へ。


砂漠へ。


世界中へ。


AIは神を探しているのではない。


英雄を探しているのでもない。


ただ一人。


人類の未来を託せる、最も確率の高い一人を探していた。


まだ、その男は自分が選ばれようとしていることを知らない。


後の世で「ノア」と呼ばれることになる、一人の無名の造船職人であることを――。

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