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死に場所を選んだ元ヤクザ、異世界で片足の貴族令嬢の右腕と左腕として仕える  作者: COOH
この世界で

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パンと感謝と

目を開けると、見慣れない天井があった。

天井にはところどころ雨漏りの跡が染みついている。

それでも──ここには、血の混じった悪臭はなかった。


息を吸い込むと、どこか懐かしい石鹸と木の香りが鼻をくすぐる。


「今度こそ地獄……なわけないか」


ここが地獄なら、閻魔様はいい趣味をしてらっしゃる。

地獄に落ちるような悪人に、こんな良い場所を提供しているのだから。


頭を上げてあたりを見回す。

体が痛い。

けれど、あの路地裏の時とはまるで違う。

固いけれど、乾いた藁のベッド。薄い毛布。頭の下には枕まである。

枕の確認に用いた右手も泥が落ちており、少年らしい肌が姿を現していた。


――傷もない。

泥だけでなく、腕にあった無数の傷もまるでなかったように、綺麗になっていた。


「夢だったのか……いや、まさか」


あの飢えと敵意は夢なんかじゃない。

酷使された体に鞭打って走った事は、記憶だけでなく俺の体も覚えている。

ならどうして……



「……起きたのね」


そんな理解の追いつかない状況に頭を悩ませていた時、穏やかな声がした。

目を向けると、白い修道服に身を包んだ女が、椅子に座ってこちらを見ていた。

まだ若い。けれどその目には、何人もの命を見送ってきた人間だけが持つ、優しさと諦観が混ざっていた。


「罵声が聞こえて向かったら……路地裏で倒れていたのよ。酷く衰弱して」


彼女の後ろ、小さな木の窓から陽が差していた。

柔らかい光が、彼女の銀色の髪を透かして揺れる。


「食べ物とお水、少しだけど。胃がびっくりしちゃうかもしれないから、焦らず少しずつ食べてね」


口元に笑みを浮かべながら、彼女はテーブルの上の皿を指さした。

そこには、ぬるくなったスープと、小さなパンが一切れ。

懐かしい匂いがする。


喉の奥が、つっと熱くなった。

空腹のせいだけではない。それが、分かった。


目の前に置かれたパンに、ゆっくりと歯を立てる。

硬い。

ぽろぽろと欠片がこぼれる。

けれど、噛むたびに、乾いた舌にじんわりと甘みが広がった。


飲み込んだ瞬間、胸の奥が熱くなる。

ただのパン一口で、まだ生きてる事をやっと実感できた気がした。

喉はまだ焼けるように乾いているのに、それでも不思議と満たされていく。

もう一口、もう一口と、慌てたように水を飲みながら震える指でちぎっては口に運ぶ。

そうして最後のひとかけらを飲み込んだとき、修道服の女が口を開いた。



「――名前、聞いてもいいかしら?」

「あぁ、そうですよね……俺は――」


その問いに答えようとして、俺は俯いた。

返す言葉は、喉の奥に詰まって出てこない。



──“この体”の名前はなんだ?


この世界の言語は自然と浮かんでくる。だから会話も成立した。

けれど、名前は思い出せない。

個人の証とも言えるはずのもの。

それがまるで、最初から存在していなかったかのように。


記憶の引き出しを開けても、そこに名前は存在せず、出すべき言葉はどこにもなかった。

この世界に居場所はない。それを突き付けられたように。


言葉が思い浮かばず、しばしの沈黙が流れた。

だがその沈黙を咎めることなく、シスターは穏やかに隣のベッドへ視線を向ける。


「……あの子もさっき目を覚ましたんだけど、ご飯を食べたらすぐに眠っちゃって」


そこにいたのは、同じ地獄を歩み、今世でも隣で死を受け入れようとした相棒だった。

今は寒さに抗うように、フード付きの上着を体に巻き付けて眠っている。

フードに隠れて顔は見えないが、どこか穏やかで、安心しきったような寝息だった。

 

そしてその寝息が、何よりも“無事に生きている”ことを証明していた。

俺たちは生きている。

それだけで、十分な気がした。



ああ、そうだ。

俺たちは、まだ──終わってない。

ならば——。


過去を捨てることはできなくても、それでも俺たちは、進むことができるはずだ。



「……名前」


ようやく、喉が動いた。言葉が、音になった。


脳裏に、かつての名が浮かぶ。

親父から名付けられ呼ばれていたその名を。

少しの明るい記憶の裏には、血と暴力にまみれている。

それでも、それは確かに、自分という存在を示す唯一のもの。


「……ソーマです。……ありがとう、ございます」


名前を告げると同時に、感謝の言葉がこぼれた。

声に出すのは、ひどく照れくさかった。

けれど──それでも、言わずにはいられなかった。


「拾ってくれて、助けてくれて……」


言葉を探しながら、少しずつ口にしていく。


「……俺、ずっと腹減らして、生きようにも睨まれて路地裏から動けなくて」


きっとこの想いには、この“体”に刻まれた記憶も少し混じってる気がする。

少なくとも、親父に拾われた日から「腹を空かせるのが普通」なんて感覚は、俺の中にはなかったはずだから。


「だから……本当に、俺達を助けてくれて、ありがとうございます」


うまくは言葉にはできなかったけれど。

それでも、滲んだ想いは、言葉の端々にきっと宿っていた。

考えましたが、納得いく文章考えられなかったので展開含めて変わるかもしれません。ご了承ください。

変えても文章で、内容を大幅に変えるつもりはないです。

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