int.15 動き出す帝国
「軍備にシャベル百追加、と」
ガルニア帝国第二皇子、アレクサンダーはゴトライヒ城の自室にて軍の書類仕事を片付けていく。
戦争をするのに必要な物資をかき集めるのにも、兵士に褒美を出すのにも金がいる。
イルグランド連合王国とも睨み合い、亜人と蔑む異種族との戦う帝国では軍費が膨大である。
それでも最強を謳うガルニアでは国民からの理解が得られている。
彼らは人間であることに誇りを持っているからだ。
ゆえに異種族の殲滅に対し、財源の消費を厭わない。
「……殿下、そのご姿勢を常とする気はないのですか?」
アレクサンダーの仕事をサポートするのはブリッツ将軍である。
彼の言うとおり、机仕事を的確にこなすアレクサンダーは名将の戦士としての荒々しい印象が全く消えている。
アレクサンダーは書類から目を離さず、その問いにいつもの答えを返す。
「ない。姉貴に政治は任せて俺は戦場を駆けると決めている」
何度聞いても変わらないとブリッツは嘆く。
そして深い、深い溜息をつく。
しばらくお互い無言で書類に目を通していると、こんこんとドアが優雅にノックされる。
「入っていいぞ」
ぶっきらぼうにアレクサンダーが返事をし、ブリッツの深い皺がさらに深くなる。
「失礼します、アレクサンダー殿下」
入ってきたのは公爵のユリウスであった。
アレクサンダーの前で丁寧な礼をする。
「おうユリウスか。今日はどうした」
自身と姉の派閥に所属する重鎮ということもあり、さすがにアレクサンダーも書類から顔を上げた。
半分はブリッツほど親しくないが友好的なユリウスへの配慮であり、もう半分は何やら嫌な予感がしたからである。
「どうやら魔術兵団が特殊な闇の魔力を検知したようです。
ヴィクトーリア様の放ってる間諜が知らせを持ってきました」
「……場所は?」
特殊な闇の魔力という言葉に反応したアレクサンダーは神妙な面持ちとなる。
ブリッツも険しい表情でユリウスの言葉を待っていた。
「方向からして東南のようですね」
「魔王の可能性は?」
本来、女神教で魔王が代々闇属性だったことは秘匿されている。
だが初代皇帝が魔王を討伐した、ガルニア帝国の上位者にも知られている事実であった。
「遠く離れた場所に対する観測のため確証はありませんが、可能性は有るかと」
ユリウスの報告を聞いてアレクサンダーは立ち上がる。
「場所からして山羊人の王ではないな。
奴らと戦うのは延期だ、対魔王戦を想定して準備を始める」
「もし魔王だと仮定して、蹄人達を引き込む前に壊滅させなくてよろしいのですか?」
ユリウスの問いにアレクサンダーは首をゆっくりと横に振る。
もはやいつもの言葉遣いはすっかり引っ込んでいた。
アレクサンダーの代わりにブリッツが答える。
「勢力を削げるのは魅力的だが、それはこちらも同じこと。
勝利して士気が高まりはするが二度も遠征すれば労力も時間も消費する。
奴らの館を占拠できても準備もできない内に襲われたら一溜まりも無いだろう」
「だから魔王が奴らを吸収してから一気に叩いてやる。
サテュロスの王は地属性使いと分かってる以上あいつが魔王ってのは嘘だ。
そんな奴が本物の魔王に歓迎されるはずがない、少なくともそいつは処刑されて命令系統が乱れるはずだ。
もし魔王じゃなくても様子見した方がいいだろ」
アレクサンダーがいつもの調子に戻りつつ、ブリッツの言葉に続く。
ユリウスは軽く頷く。
「私の考えと同じで安心しました」
「わざと相手に反対のこと聞いて確認する癖いい加減やめろよ……」
アレクサンダーは呆れ、ブリッツは再びため息をつく。
ユリウス・オスカー公爵は非常に優秀な男だ、しかし同盟相手にも変な搦め手を使うので本当に味方なのかと疑われることが多々ある。
付き合いの長いアレクサンダーやブリッツにはきちんと変人だと理解されているのだが。
「間もなく陛下より召集がかかるでしょう、私も準備があるのでもうお暇させてもらいますよ」
ユリウスの発言通り、すぐに緊急招集令が発せられた。
玉座の間にて帝国の重鎮たちが集う。
「この度、魔術兵団が魔王と思しき魔力を観測した。
蹄の悪魔共との戦いを控え、戦力を温存する方針をとる」
皇帝ギルベルトが重鎮達に声高く告げる。
こにいる全員が同じ考えで反論を胸に抱く者はいなかった。
実力を問われる帝国において、タウロスと戦争起こしたぐらいで疲弊しないだろうという楽観者はいないのである。
だが次の発言によりどよめきが起こる。
「余は受け入れるつもりであった勇者捜索隊を斥候として遣わそうと思っておる」
「陛下! 間違いなくイルグランドから帝国軍への助力を求められますぞ!」
公爵の一人が諌めようとする。
更に下手をして捜索隊が壊滅とでもなれば、帝国に責任を擦り付けられ全面戦争になりかねない。
「問題ない、こちらから案内役はつけるが後は聖女自ら突撃してくれよう。
何しろ今回の聖女は〈聖火の乙女〉なのだからな。
それに間諜の報告では連合王国は勇者なしで戦う算段も出来ているという話じゃ。
無論、もし魔王の手に下ったならワシ等が敵討ちしてやれば良い」
逆に言えば帝国に対する脅威をイルグランド連合王国は持っているということにもなる。
少しでも戦力を削ぐのに、恐らく異名持ちで固められた少数精鋭を魔王らしき者にぶつけて互いを消耗させる。
危ないところを助ければ恩を着せられるし、もし殺されても敵討ちという名目が生まれる。
帝国にとって悪いことは少ないと、重鎮達は皇帝の言葉に納得した。
久々の過激さを見せた父親に対し、ディートリヒ第一皇子はほくそ笑む。
ガルニア帝国の男であればそうでなくてはならない、と。
「資金を軍に優先的に回せるよう手配しております、陛下」
宰相メルヒオールが皇帝に一礼する。
「我らが祖もお望みだとバルド教の幹部一同全員賛成しています。陛下」
大司祭バルダザールが一礼。
「魔石の追加も可能です、陛下」
帝国筆頭魔術師カスパルも感情の起伏に乏しい声で一礼した。
ギルベルト皇帝の隣に座る皇妃セミラミーデはその様子に満足そうに頷いている。
これこそが帝国にあるべき姿、敵とあらば排除する、この世の絶対強者たる姿勢。
一方、第二皇女ヴィクトーリアは静かに三賢者の様子を観察していた。
全員の対応が早すぎるのだ。
軍資金も無限ではないため、いかに民の理解があろうと厳しい監査を通らなければいけない。
バルド教に関しては幹部全員の意見が一致など僅かな時間で協議出来るのだろうか。
魔石もこの前補充が済んだのに、これ以上追加できるという。
恐らく三賢者の連携がとれているのだろう。
皇帝直々の命令に忠実で優秀な家臣だと、ユリウスを除く公爵達は思っているだろうがそれは間違いである。
ヴィクトーリアの間諜によると、父親であるギルベルトはブリッツ将軍にしか相談をしていないという。
それでいて三賢者は互いに連絡をとる様子が見られなかったらしい。金にも不自然な動きは一切見られない。
余談だが貴族間の不要な金銭の動きは帝国の法律で厳しく罰せられる。
給与内にて買った贈り物でつながりを作ることは許されているが金の受け渡し、中でも帝国の資金に手をつけたものは死罪すら言い渡されることになる。
国そのものの運営を重視する帝国は、中央大陸に座する一つの巨大な生き物ともいえよう。
――見えざる何者かの意図が介入しているのではと思ったが、考えすぎだとヴィクトーリアは判断する。
どのみちカスパル含め、ひそかに洗いざらいしてみなければ分からないだろう。
ユリウスとブリッツも不信感を膨らませていた。
前者はヴィクトーリアと情報を共有しているため、ブリッツは長年の経験を積んで磨いた洞察力によるものだ。
カスパルだけでなく、メルヒオールとバルタザールにも注意を払うべきだと二人は認識を改めた。
アレクサンダーもまた三賢者に対して出来すぎていると感じていた。
打ち合わせを済ませ、何度も練習したようなお芝居を見せられた気分だ。
誰かが書いた脚本に踊らされてるような不快さがある。
アレクサンダーは双子の姉の方をチラリと見やる。
自身が皇帝の座を狙うのを諦め、彼女に譲った理由となる幼少時代の思い出を再生する。
幼くて政治の機微に疎い彼は第一皇子派か第二皇女派により、巧妙な罠に陥れられそうになった。
イルグランド連合王国と密かに通じる裏切り者にされそうになったのだ。
アレクサンダーとは反対に幼い頃より聡明だったヴィクトーリアは、いち早くその動きを察知して当時のオスター家公爵の手を借りて妨害に成功した。
姉に守られなければ今のアレクサンダーは、第二皇女カサンドラのように一切の自由を奪われていただろう。
そう、今度は彼が双子の姉を守る番なのだ。
皇族らしかぬ態度でヴィクトーリアを立て、姉が疎い戦場を駆け巡る。
それがアレクサンダーの矜持だ。
無論、ヴィクトーリアは知らない。だが聡明な彼女には見破られているだろう。
アレクサンダーは時々、姉には敵わないと心の中で苦笑いする。
「カミルよ」
「何だ親父」
アレクサンダーの態度に周囲の視線が針となって突き刺さる。
だが彼は意にも介さない、弟より姉が次期皇帝として優れていると見せ付けるために。
「魔王にせよ何にせよ討伐軍を組む、お前には総大将になってもらう。
――必ず勝て」
その最後の一言はガルニア帝国人として、ガルニア帝国の繁栄のために勝てととれる言葉だ。
だがアレクサンダーは違うと思った。
ギルベルト皇帝は父親として息子に生きて帰って来い、と言っているのではないだろうか。
「勝って土産に首持って帰ってくるぜ」
「いつも通り、殿下のお側はお任せください陛下」
アレクサンダーの返事とブリッツの言葉に皇帝は満足そうに頷いた。
緊急会議を終え、重鎮達が各々の場所へと戻っていく。
間もなくガルニア帝国中で戦意の熱気が沸きあがることになるだろう。
全員が覚悟を改めていた。
……南の海にて今代の勇者が盛大にくしゃみをしたが、彼らには預かり知らぬことである。




