int.16 イルグランド連合王国
低気圧が俺を狂わせる。
中央大陸ミッドガルド西に広がるイルグランド連合王国。
その中心地、王都オルヴィラード。
歴史を積み重ねた王城マグニフィースの謁見の間に重役と勇者捜索隊員が集まっていた。
「よくぞ集まってくれた。
聖女と騎士達もご苦労であったな」
玉座に座る人間はイルグランド連合王国の王、アルテュール五世。
柔和な顔立ちながら目はギラギラと輝く、老体らしかぬ御仁だ。
多種族に自治権を与え巨大国家をまとめあげる王である以上、精神的に強くなくてはやっていられないのかもしれない。
王の脇に護衛のように立つのは、王宮魔術師マリン・ハルフォード。
水属性使いの女性魔術師だが最も特徴的なのは彼女の耳だ。
そう、まるでヒレのようになっており人魚を思わせる。
実は彼女はヒューマンと海人の混血である。
マーマンはセイレーンのように下半身が魚ではないが、ヒレのような耳が共通し手足の指の間に水かきが発達している。
ハーフである彼女は手足に水かきはないし、マーマンのように乾燥に弱い訳ではない。
だが耳のみがマーマンらしさを継承しており、ハーフ自体も王国内にて珍しいためかなり奇異な目で見られてきた。
連合王国は種族間の結びつきを重視しているためハーフへの直接的な差別は表面上鎮静される、だがそれでも国の目の届かぬ場所でいくつもの悪意が彼女を苦しめただろう。
それでも彼女は屈することなく魔術師の頂点に立つに至った。
そして中央に跪く、勇者捜索隊の面々。
「陛下、聖女ジェーン参上致しました」
今代の聖女、ジェーン。
〈聖火の乙女〉と呼ばれ、勇者不在の中で武すら磨いた彼女の凛々しさは老若男女問わずして人気である。
聖女の彼女と結婚したいという不届き者の男女が多数いるぐらいだ。
彼女の肩に止まるは本来勇者を導くはずである、具現化した光の精霊のピーターだ。
彼もまた国王陛下の前ということもあり、跪いている。
「戦乙女部隊の一員、ダフィーナ・ヘストン。御身の前に参上仕りました」
「同じくブランチ・リダウトです、お召しいただき光栄です」
ジェーンの両脇に跪くのはダフィーナとブランチである。
彼女らはジェーンのお世話役兼護衛である。
残りの隊員が男ということもあって女には女の事情があるし、また選抜された誠実な者たちとはいえ何か間違いがあってはいけない。
カリスタ教皇により親交の深い戦乙女部隊の二人が選ばれたのだ。
特にダフィーナは息巻いており、街中だというのにジェーンに近づこうとする男をぶっ飛ばしそうになったぐらいだ。
後ろに控えるは帝国に出された条件である少人数を踏まえて選ばれた六人の騎士達。
「……ヘンリー・アーキン、御身の前に」
顔の部分が格子になっている丸い兜、水の入った鉄筒を背負い、重厚な鎧に身を包んだ重騎士。
クロウが見たら潜水士みたいだと言うだろう、とにかく奇抜な装備を身につけている。
格子の隙間からは渋面とヒレのような耳が見える。
彼こそは〈鋼鉄〉の異名を持つマーマンである。
彼は海に暮らす種族なのに泳げない、いわゆるカナヅチだ。
子供の頃は泳げない彼を仲間は蔑み、ヘンリーは劣等感に打ちひしがれた。
だが彼は考えを改め、逆の発想を生み出した。
――泳げないなら陸で活躍すればいいじゃない、と。
ヘンリーは開発した、陸上でも長く活動できる鎧を。
そしてマーマンが自らの牙と称する槍も自分で作り出したのだ。
彼は発明家として博士と呼ばれるようになった。
また幼少期の苦い体験が彼の精神を鍛え、風貌も含め最も打たれ強い騎士として〈鋼鉄〉の異名まで得たのである。
……なお、同じように辛い幼少期を過ごしたマリンにより熱い視線を向けられているのだが、彼は全く気づいてない。
「女神ルナティミス様の導きによりロバート・トルーマン、馳せ参じた次第でございます」
ヘンリーの隣、髪と髭が白い年長者の地妖精。
ドワーフといえば髪と髭はぼさぼさで短気で乱暴者で酒臭いと有名だが、彼には全くそんな様子は見られず、整えられた髪と髭と掛ける丸眼鏡から知的で物静かな印象を受ける。
だが背が低く、筋肉質なところはさすがドワーフといったところだろう。
元はドワーフらしい気質を持った鍛冶職人だったが、〈赤い悪魔〉と呼ばれる残忍で狡猾な上位子鬼と遭遇して丸っきり人が変わった。
〈赤い悪魔〉と戦っていると、天から槌が落ちてきた。
神気を帯びたそれは神造武器と呼ばれる、武器神ヘカントケイルが女神ルナティミスのために作った業物だった。
神造の槌にて〈赤い悪魔〉を叩き潰して勝利を掴んだ彼は、後にドワーフ達が最も信仰するヘカントケイルだけでなく女神に対しても信仰が篤くなった。
彼曰く「女神様が私に神槌を賜った」とのことらしく、身なりを整えた熱心な女神教の信徒となる。
以降、女神の鉄槌の代行として亜人を叩き潰して回る彼は〈破壊僧〉の異名を得たのである。
熱心な信仰とドワーフらしかぬ清潔さを持つため、ドワーフの代表として最適者だと勇者捜索隊に加わることになった。
「オッドミームの森よりハロルド・スタンフィールド、参上致しました」
ロバートの隣は美しく長い金髪の美男子であった。
その耳は長く尖っており、翡翠の瞳は見ていると吸い込まれそうになる。
彼は森妖精の騎士だ。
スタンフィールド家はエルフの里であるオッドミームの森を守護する一族である。
彼は弓の腕を磨き、外敵を木々の隙間から狙撃して排除してきた。
人々を奴隷として連れ去ろうとする賊たちは彼に射抜かれると皆分かっているため、エルフの棲む森には手を出さない。
知覚不能な長射程から放たれる矢に族たちは恐怖し、そんな彼につけられた異名は〈長弓〉だ。
また彼の紡ぐ詩は美しく、低音の声色はエルフだけでなくヒューマンを始めとした他種族にも人気が高い。
本人は気まぐれでやってるだけで騎士という立場を崩さないのだが、吟遊詩人として数える者もいるくらいだ。
また自尊心が高く、典型的なエルフである。
「フレデリック・リダウト参上仕りました、陛下」
黒髪の猫人の騎士。
彼こそはリダウト辺境伯家の長男で、ブランチの兄であるフレデリックだ。
ブランチが戦乙女部隊に編入されたように、彼も家の取り決めで剣聖に弟子入りした。
剣聖は個人の異名ではなく代々の最強の剣士に与えられる称号だ。
今代の剣聖はかなり型破りな人物であり、自由を愛するケットであるフレデリックでさえ師事するのに苦労した。
彼は剣聖より鞘から剣を抜く動作で一撃を加える技を受け継ぎ、数多の鬼の亜人を斬り倒したことから〈鬼斬り〉の異名を持つ。
「ウィル・マーシア参上しましたー!」
元気良く名乗り上げたのは野妖精の騎士ウィル。
整った顔立ちと、茶髪から覗く種族特有の先の尖った耳が特徴的だ。
パックルたちをまとめ上げるマーシア辺境伯家の三男坊でかつて放蕩息子と呼ばれていた。
好奇心旺盛で飽きやすい性分だ。
調伏した鷲馬に乗って自由に旅し、各地で人助けをしているのが評価され騎士となる。
騎士になったといえども、戦や魔物の討伐とあらばあっちこっち飛んでいくため冒険騎士と揶揄されていたりする――当の本人は物語の主人公みたいでカッコいいと思っているようだが……。
他のパックルに比べ戦う勇気があり、使う武器は投げ槍だ。
種族特有の目の良さのおかげもあって腕は中々のものである。
これでヒポグリフに乗ってるのだから敵はたまったものじゃない。
彼の性格とヒポグリフに乗って飛ぶ姿からついた異名は〈ぶっ飛び〉、まさに彼を体現してるといえよう。
「王国騎士、ジェイムズ・ギャラガー。陛下のお召しにより参上仕りました」
最後に声を上げた騎士は、金髪と金の目が眩しく顔も整っているヒューマンの男だ。
――どうでもいいがクロウが毛嫌いするタイプである。
武の名門ギャラガー家に生まれた彼は剣の才能に恵まれていた。
しかし慢心することなく厳しい鍛錬もこなし、戦いにおいても油断は全くしない。
ついた異名は〈栄光の手〉。
彼の剣を振るう手に、差し伸べる手に幾多の人々が救われてきた。
彼がいる限り王国は安泰とまで言われるほどの若くして高名な騎士だ。
勇者不在でも聖女ジェーンと彼がいれば魔王など恐るるに足らず、と民は口にする。
「よいよい、面を上げよ。
勇者捜索のために帝国に行けるのはごく少人数となってしまったが、汝ら異名持ちなら六百の兵を向かわせるのと同等じゃろう。
気をつけて行ってまいれ」
「「「はっ!」」」
謁見が終わり、早速準備に入ろうと広間を出ようとする勇者捜索隊の面々であったが――
「伝令ー!緊急伝令ー!」
「陛下の御前で無礼だ!身を慎め!」
急遽、伝令を持った騎士が飛び込んでくる。
王宮魔術師マリンはいかに緊急といえど騎士の慌てようを注意する。
「よいマリン。伝令の内容を言うてみよ」
マリンを諌め、アルテュース王は騎士に催促する。
騎士は息を整え、声高く発言する。
「ガルニア帝国より、魔王出現の可能性大とのこと!」
「なっ!?」
柔和なアルテュース王の顔が驚愕に崩れる。
世界を破滅に導く魔王。
まだ勇者の捜索も始めていないというのに、魔王が先に確認された可能性が大きいとなれば非常によろしくない事態である。
「陛下、申したいことがあります」
「……言うてみよ」
アルテュース王は眉に皺を作りながらも、ジェイムズの申し出を受けることにする。
「例え勇者不在であっても、この〈栄光の手〉が必ずや王国を守るため戦いましょう」
「ジェイムズ、相手はあの魔王だぞ?」
マリンがジェイムズに釘を刺す。
何も彼の発言を批難したい訳ではない、だが女神が力を与えた勇者が必要なほど強大な相手であると諌めているのだ。
「私は王国のために日々鍛えてきたのです、マリン様。
たとえ魔王に勝てなくても勇者を探す時間くらいは作れます」
「……分かった」
マリンは納得する、彼は時がくれば立ち向かう覚悟があるのだと。
「ジェイムズ、私とて時に犠牲が必要なのは分かっている。
だがお前は王国に必要な者だ、それを忘れるな」
「そう言っていただき光栄です、ジェーン様」
ジェーンは王国騎士団と女神騎士団の演習で幾度となくジェイムズと会っている。
彼女は彼にいかに剣才があり、それでいて努力を怠らないか知っている。
彼のような人として素晴らしい者が散るのは忍びないのだ。
ダフィーナはそんなジェーンとジェイムズを見て機嫌が悪くなる。
ブランチは陛下の御前ということもあり、彼女が暴走しないかハラハラと焦りだす。
フレデリックはそんな妹を見て思わず苦笑してしまう、相変わらず心配性だなと。
「魔王に関しては余も出来る限り手を回そう」
「はっ、ありがたきお言葉」
勇者捜索隊は再びアルテュース王に跪く。
彼らは勇者と魔王かもしれない存在が現れたということもあって、大きな戦いに身を投じる覚悟を改める。
――連合王国からは遠い南の海にて、魔王と噂される勇者が再び大きなくしゃみをした……。
ログイン必須ですが感想やレビューもお待ちしております。




