int.14 館のお留守番組
場所はブラドの館周辺の集落。
「……どう言えばあいつら分かってくれんだ」
賊妖精のリーダーであるマックスは気だるそうな目をしながら、大いに悩んでいた。
最近種族のトップになったとはいえ、同族たちまとめ上げる事には大きな問題はない。
彼は副リーダーとしてこれまで指揮してきたし、何しろ同じ気質を持つ同種族なら考えが似てくるからだ。
彼が悩んでいるのはズバリ捕虜である巨人達の扱いである。
クロウは遠出をする前にヨトゥン達の面倒見や扱いをマックスに頼んだ。
これは人狼、熊人、海豹人だと争いあったという溝があるため、ボギーの長であるマックスにお鉢が回ってきたのである。
何故マックスがというと、勇者様の案で戦闘時もボギーとヨトゥンがタッグを組むことになったからだ。
クロウ曰く、「凸凹コンビで上手くいきそう」とのこと。
もちろん早々上手くいくとは本人も思っていないらしく、出発までに二種族の仲介をして下地を作っていた。
「マックス殿……どうしても我々も戦わなければならんのか」
人間の子供のような背丈のマックスに話してきたのは、とてつもなく巨大で白い髭をもじゃもじゃ生やした老人だった。
ヨトゥンの長になったアルビオである。
マックスは頭を抱えながら、更に気だるそうになった瞳をアルビオに向けて言葉をつむぐ。
「何度聞いても同じだ、クソッタレの帝国に滅ぼされたくなきゃ戦うしかねえんだよ。
第一お前らだって食うのに困ってベルンの集落襲っただろうに」
「しかし命を直接奪うなど……あれもカリゴラたち過激派に従っていただけであるし……。
ワシらは平和に暮らしたいんじゃ」
アルビオの一言でマックスの目は猛禽類を思わせる、鋭いものへと変貌する。
「間接的にならお前らは構わねえんだろ?
誰かに従ってならお前らの良心の痛みも和らぐんだろ?
食い物奪って他者を餓死させてでも、自分が生き残りたかったんだろ?
クロウは全部それを見抜いて、お前らの役目を決めて、俺に従わせるようにした。
――平和を掴みたいなら俺らに従って戦え」
マックスの言葉を聞き、アルビオは黙り込む。
戦いたくはないが参加しなければ捕虜としての扱いは酷くなる一方だろう。
それに、もし自分達が加わらないことで勇者軍が負けたとしたら。
例え逃げおおせたとしても、ヨトゥンという少人数の種族は容易く帝国に蹂躙されるだろう。
すぐには受け入れられる訳ではないが、この道しかないとアルビオは意識を改め始めた。
鬱蒼とした森の中を一人のボギーと双頭犬が駆け巡る。
「解体ァ!!」
〈千切り〉の異名を持つ男、ジャックだ。
鉈と手斧で敵をバラバラにする猟奇的なその姿に、帝国兵達は恐怖を抱きながら彼の異名を口にする。
春になり、冬を耐え忍んできた殺人蜂たちが生息域を広げようと飛来してきていた。
ジャックはオルトロスを連れ、館周辺に巣食う蜂を討伐しているのだ。
最後の一匹が無残にもバラバラにされ、討伐は終了する。
オルトロスはその姿を見て「この男に逆らってはいけない」、そんな事を言いたげに訓練された犬のようにお座りをして指示を待つ。
ジャックも心が壊れかけているが、動物や魔物の一部と心を通わすことは出来る。
出来るが得意ではない、そもそも同族同士ですら妹のアンナと親友のマックス以外とは意思疎通が上手く出来ていない。
本来なら魔物の面倒など見たくないのだが、唯一残った大切な家族、妹であるアンナから頼まれてしまっては断れなかった。
妹の心を奪った男、クロウの顔をジャックは思い浮かべる。
ムカムカしてきた。
自分が守ってきた妹が嫁に行ってしまうからだ、過保護なお兄ちゃんである。
――それでも妹は昔より幸せそうだった。笑顔を垣間見せるようになった。
妹を不幸にさせたら勇者だろうがなんだろうがバラバラにしてやる。
ジャックは心の中で黒い炎を燃やし、彼の様子を見たオルトロスは密かに怯えた。
ブラドの館の敷地内、裏庭に広がる墓地。
不死者の一体がその光景をひたすら眺め続けていた。
灰色の石碑が並ぶそれらを見る頭は胴体から離れ、腕の中に納まっていた。
特殊な首無し騎士であるアルフォンスだ。
本来自分もその下で眠ってるべきだと思いながら彼は今までの事を思い出す。
彼は昔から馬鹿だった。
猪突猛進、真っ直ぐに進むことしか知らない。
壁があれば迂回するのでもなく、乗り越えるのでもなく、ぶち破ることしか知らない。
ガルニア帝国の名家に生まれた彼は政略にも戦略にも通じることが出来ず、役立たず扱いされてきた。
だが彼には類まれなるセンスがあった。
攻撃を加える瞬間が分かる。
彼はそのセンスを主軸に、ひたすら研鑽した。
模擬戦を、実戦を、ひたすら戦ってきた。
半分蔑まれながらも、〈横槍〉という異名を持っていた軍人となった。
だが知略に乏しい彼は遂に女吸血鬼エリザの策謀によって反帝国軍に捕まってしまった。
最初は軍人として死のうと思っていた彼だったがエリザの過去を知り、帝国への反逆を決意する。
結果として彼は裏切り者として帝国に処刑されるが、事前に施されていた呪術により上位不死者となった。
過去の脳内再生を止め、現在を思い始める。
勇者クロウ。バカな師匠と自負しているアルフォンスには彼に言葉で教えられることは少なかった。
ゆえにひたすら模擬戦。自身を磨き続けてきた方法を彼に施した。
幸いにも弟子は非常に優秀だ――本人は「かつてはただの村人みたいなもんだった」と言っているが。
「さて、バカな私に出来ることはバカみたいに己を鍛えて戦うのみ。
今日も日課を果たすとするか」
他人には滅多に見せない雰囲気を醸し、彼は裏庭の墓地を後にした。
ブラドの館内、本や試験管が散乱した部屋で黒いローブを纏った骸骨がいくつもの金属片を見やり唸っている。
不死魔術師のハイドだ。
謎の金属片の正体はかの魔剣、〈真なる翼〉が砕けたものである。
魔術だけでなく、呪術にもある程度精通する彼は破壊された魔剣の成れの果てを回収していたのだ。
「さすがに呪いは残ってねえか」
願いを叶えて使い手の理性を奪う呪いは勇者クロウによって完全に無効化されたようである。
通常なら魔剣の呪いなど、早々解けるはずもないのだが……。
「ほんとアイツなんなんだろうな、絶対ただの勇者じゃねえぞ。
それはともかく、やっぱ頑丈な武器に加工するしかねえなこれ」
呪いが解けても研究材料には変わりなく、武器の製造に使ってしまうのは余り気が進まない。
だが帝国を倒すのに打てる手は全て打たなければならない。
彼の脳裏にはかつての仲間の姿が鮮明に焼きついていた。
「ブラド、てめえのことは今でも気に食わない。
だがてめえの身に起きたあの出来事はもっと気に食わねえ」
ハイドは魔剣の破片の分析を再び開始した。
執務室。
身体が透き通った生霊が書類を片付けていく。
霊体ゆえに直接羽ペンにも紙にも触れないが、ポルターガイストを起こすことで書類仕事を可能にする。
ハイドの半身、特殊なレイスであるジャスティンだ。
届いた手紙によればクロウの新たな婚約者の人魚とそのお供が引っ越してくるらしい。
人が増えるのは喜ばしい反面、対応が増え複雑になっていくのに思わずため息をついてしまう。
恐らくエリザ他二名もかなり機嫌が悪くなっているだろう。
既に色々と種族間の問題が起こり始めている。
ただでさえ個人間の小さな争いは絶えないというのに、思想や生活方式が異なる別種族などぶつかり合うに決まっている。
イルグランド連合王国はさぞ苦労しているだろうと、ジャスティンはわが身に降り注いだことで初めて理解した。
それでもヴァンパイアが大半、ボギーが大半だった時期に比べ賑やかになった。
種族の特長を活かして出来る範囲が広がった。
「悪くは無いですね」
ジャスティンは微笑みながら書類の山を減らしていく。
そんな中、とんとんとノックの音が響き渡った。
「どうぞ」
入ってきたのは蜘蛛人のレリーチェであった。
蜘蛛の脚をわちゃわちゃと動かしながら処理済みの書類の山を持って行こうとする。
「わざわざお疲れ様です、もう訓練に行ってもらってもいいのですよ」
「いえ構いません」
今後大きな戦いが待ち受けており、レリーチェにもそこそこの役割が与えられる事となった。
彼女は時間をとるために、普段以上の速さで人形を操って家事をこなしている。
「書類の片付けも私を助けてくれたエリザ様のために繋がるのです」
そう言いながらさっさと書類の山を手にして執務室を後にしていく。
エリザに忠誠を尽くして尽くす彼女に、ジャスティンは苦笑いを浮かべるのであった。
礼拝堂。
古風な貴族の格好をした乾燥しきった肌の男がジャスティンより渡された手紙を読み返す。
高貴な木乃伊のエリックである。
もう何回目か分からない読み返しを終え、この道楽者である自分に勇者が使命を与えた事実を受け入れる。
彼は楽才があるだけの、愛しい恋人がいるだけの、単なるヒューマンの貴族であった。
イルグランド王国が二つに分かれる原因となった多種族共存派とヒューマン至上主義派の争い。
彼の家は多種族派で、恋人であったクリスティーナはヒューマン至上派であった。
ゆえに内紛が起こると二人は駆け落ちした。
しかしクリスティーナは生まれつき病弱で、逃亡の際に言葉を遺して力尽きてしまった。
“エリック、私の分まで生きて。私を忘れないでいて”
エリックはイルグランドの貴族間の情報と引き換えにブラドの館という居場所を得た。
そしてクリスティーナの最期の言葉を叶えるため、彼女を永遠に覚えているため、ハイ・アンデッドになる呪術を受け入れたのだ。
アンデッドである以上は飯も要らないし、最初の契約を律儀に守るエリザにより好き勝手が許されていた。
それでも彼は決して幸せではなかった。
クリスティーナを覚えているためだけに世界に留まる、灰色の日々が打ち砕かれようとしていた。
私にも出来ることがあるのだと。
駆け落ちせねばならなくなった戦争を起こした、ヒューマン至上主義派の成れの果てである帝国に牙を剥くことが出来るのだと。
「クリスティーナ、私は再び立ち上がる――君にまた会える日まで立ち続ける」
エリックは大袈裟な形振りをせず決意する。
彼の時が再び動き出した瞬間だった。
場所は館から離れ、ライカンの旧集落の近くの洞窟。
周辺調査で鉱脈が見つかったので、シンフィーはとある人物を連れて来たのだが……。
「若者のくせに足が遅いわい!」
デュルガーの長になったアルジーがシンフィーに向かって叫ぶ。
「もっとゆっくり調べませんか、アルジー殿」
「バカもんが! そんなのろのろしてたらあっという間に戦になってしまうわ!」
短気な老人を相手して、シンフィーはいかにリューカオーが冷静沈着な長であったかを知る。
そして力比べで集落の留守番を勝ち取ったアンガートゥールが憎たらしくなってくる。
「どんどん掘って武器と防具を作らねばならんの!」
「崩れ落ちないように採取してくださいよ……それにしても変わった道具ですよねそれ」
シンフィーはアルジーの手に握られた道具を見やる。
確かクロウ曰くしゃべるという物だったはずだ。
「ハーハッハッハ! これこそ帝国のバカ共から奪い取った物じゃ!
見たこともなかったが、すぐに穴を掘るのに役立つと分かったわい!
――お!! 聞こえたぞ鉱石共の音が!!」
種族特有の能力を駆使し、アルジーが楽しそうに穴を掘るを見ながらシンフィーは深いため息をつくのであった。




