int.13 魔女の策略
動く小島の上でクロウに群がる女達。
その内一人は唯一婚約者候補であるグレースであった。
「クロウさま~、ご褒美は私との結婚確定でいいでしょ~♪」
執拗にクロウに結婚を迫り、腕に抱きついていく。
だが行動と心情は全く逆の物であった。
(ああ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!)
だが彼女は表情に微塵も嫌悪感を出さない。
何故嫌という感情に逆らってまでクロウに擦り寄るのか?
それは彼女の生い立ちと容姿に理由と原因が深く絡み合っている。
彼女は森妖精の闇の堕とし子として生まれ、オッドミームの森を追放された。
黒い肌、男を誘惑する女性らしい凹凸といった悪性を具えたエルフの汚点として。
誇り高きエルフの慈悲として一定の年齢まで育てられ、最低限の生きる術のみ教えられた彼女は一人で居場所を探していくこととなる。
発達の良い女子が一人で危険な土地を歩いていればどうなるか想像するのは容易だろう。
彼女を襲おうとしたり、手を差し伸べる振りをする奴隷商など様々な悪漢に遭遇した。
時には盗賊などの集団に囲まれることもあった。
そんな彼女が生き残ってこれたのは高貴なる森妖精だったからだ。
ハイエルフの闇の堕とし子ゆえに更なる異端とされた彼女だが、皮肉にもドルイド魔法で生み出し操る茨が逃亡の手助けや敵を屠る武器となった。
数々の男からの視線に晒され、奇異な目で見られ、時には嫌悪感を露にされ。
それでも彼女は生き続けた。
(私が何か悪いことをした訳ではないのに、なんでこんな酷い目に遭わなきゃならないの……)
男を惹きつけては殺していく、そんな彼女についた称号は〈誘惑の魔女〉。
彼女から誘っている訳ではないのに、男の方から暴行しようと近寄ってくるというのに。
悪者に食い物にされようとしていたのは彼女の方なのに、いつの間にか悪者にされていた。
第八の魔王出現の騒動に紛れ、イルグランド王国領を越えたグレースは静かな森に到着する。
それでも彼女の心は晴れなかった。
(自分でも分かっている。この肉体を求めて、私を襲ってくる奴はいなくならない)
彼女は絶望の縁に立っていた。
容姿ゆえに故郷を追われ、男に追われ。
自身が生まれる要因となった両親を呪った、自分のような女が酷い目に遭う世界を呪った、運命を呪った。
呪術を学んで自身の肉体を変えようかとも思った。
でも怖かった。自身の歩んできた険しい道のりを崩してしまうようで、人生を否定してしまうようで。
ゆえに彼女は自身を求める者を拒む茨の森を作ることにした。
それでも侵入者は必ず出るだろう、彼女は自身の扱う属性である地属性と水属性を絶妙な均衡を保ちながら更に結界を張った。
結界内にて大半の時間を眠り、時に起きて世界を駆け巡る風の精霊から情報を得る生活を送っていく。
(――それでも結界という最後の砦を侵す強者が現れたなら。その者を盾にしてしまおう。
例え私を苦しめる男だったとしても、いやむしろ男だったなら私の身体を武器にして嫁入りしてやる。
長い間守ってきた純潔を捧げて、私に襲い掛かる敵を倒させてやる)
そして彼女の前に遂に現れた。
勇者クロウが。
グレースは気付かれないようにクロウの三人の婚約者を観察する。
賊妖精のアンナ、誰よりもクロウを心配する女。
勇者である彼に無茶を諌める必要はないとグレースは思うのだが、それだけ彼に依存しているのかもしれない。
吸血鬼のエリザ、グレースは初対面から彼女が嫌いだった。
自分と同じ黒い感情を孕む女である彼女に同属嫌悪の念を抱いていた、おそらく向こうも同じだろう。
しかもグレースが思うに彼女は恐らく元女神教の関係者。
(男に苦しめられる女性を救うと謳ってるくせに、私を助けなかった女神教なんて無価値だわ)
何故人類の敵であった魔王ドラキュラと同じ種族なのかは知らないが、碌な理由ではないだろう。
そして自分と同じく隠し事をしているエリザが受け入れられているのも気に入らない。
ともかく嫌わずにはいられない相手なのだ。
人狼のシャーリー。
彼女は基本戦い以外で頭が回らない、ゆえに利用させてもらった。
九頭竜ヒュドラと戦った日の夜、彼女の取り分の料理に密かに催淫効果のある植物の汁を僅かに垂らした。
嗅覚に優れた本人にも、毒の扱いに優れるアンナにも気づかれない程のごく少量。
別に色狂いにまでさせる必要などない、婚約者であるクロウと交わらせるきっかけを作るだけでよかったのだ。
そして経験のあるアンナとエリザを交えてその手の話をし、もぞもぞして眠れないという彼女にクロウと話でもしたらどうかと提案。
何故そんなことをしたのか?
答えはクロウがどのように女性を扱うか知るためだ。
予め見たい場所に〈水鏡映し〉という魔術を使った。これは手のひらの上に作り出した水にその場所の光景を映す監視の魔術である。
馬車内でこっそりと手のひらの水に映し出した光景は壮絶であった。
まるで魔物の交尾のように激しく、自身も彼と結婚したらあんな風にされてしまうかと思うと震えが止まらなかった。
そして盾にしようと思っているクロウを見やる。
グレースの渾身の結界を破った勇者。
彼女は結界が破られる瞬間、とてつもなく巨大な闇を感じた。
周りから蔑まされた幼少期の記憶の中で、周りから何度も言われ脳に焼きついた物語を思い起こさせる。
――闇に深く関わってはいけない。
〈深淵の怪物〉がこちらを見ているから。
お前は闇の堕とし子、だからこそ災いを呼ぶお前を追放する――
扱う属性は勇者として初の闇属性で、連れる精霊もエルフとは疎遠なシェイド。
最初はまさに彼こそが〈深淵の怪物〉だと思い、畏怖の感情が沸いた。
しかし、夢で会う人物こそが〈深淵の怪物〉らしき何者かだと本人は言う。
他にも懸念はある。
グレースの印象としてクロウの性格は悪くなくむしろ善良だし、顔など瑣末な問題だ。
ただしスケベである。
シャーリーをあんなに激しくしたり、よく女性を目で追いかけていたり。
グレースは長年の累積により、一瞬であろうと自身の肉体を見てくる視線に敏感であった。
(クロウもよくちらちらと見てくるし、私から誘惑してるとはいえその時は露骨にじーっと見てくる。
ああ、本当にあの視線は寒気がしてしょうがないわ)
今まで自分を追いかけてきた男よりは遥かにマシだが、それでも嫌で仕方が無い。
だがこの男以上に強い奴は魔王ぐらいしか想像できなかった。
嫌悪感を知られてはならない。
偽りの好意をもって接し、少し体をくっつけるだけで男は鼻の下を伸ばす。
だがクロウは身体を見てくることはあっても、グレースに不信感を持っているため容易に手を出してこなかった。
(それなのに決して邪険にはしないのよね……?)
今までは闇の堕とし子として避けられるか、肉欲により迫ってくる悪漢しか出会ってこなかったグレースは困惑した。
今までにない類の人物だ。
果たしてそれは見たことも無い人種であることが影響しているのか、高潔な勇者であるためかは分からない。
人魚の集落での件にも疑問が残る。
犠牲を嫌っているようだし、長の娘イリュリアの投げやりな態度を叱責した。
知らない者の死に虚しさを感じ、彼自身が似たような苦しみを味わったからといって初対面の相手に怒るなどグレースには考えられないことだった。
婚約者達は彼のことを強く優しい人物だと評しているが、本当にそれだけなのだろうか?
〈深淵の怪物〉らしき者が彼のそういった心情に大きく関わっているのではないか?
(聞けば彼の感情が昂ぶったときに脳裏に現れるって話だし……)
グレースは思考を止めて雑念を振り払う。
クロウがどのような人物であれ、この身を守る防壁にすると決めたのだ。
魔獣を四体も倒した彼なら敵はそうそういないだろう。
ふと視線を感じた先を見やると白い自動人形と少女姿の精霊がこちらを見ていた。
アルヴィナと呼ばれるその人形は目や口は糸で縫い付けられ、魂も宿ってないはずなのに時折見られている気がしてならない。
彼女の身体を構成する物質は見当がつかないし、悪意を持って触れれば防衛機能が働くというから調べるのも危険が伴う。
そして勇者付きの精霊メリーに関しても油断なら無い。
普段は天真爛漫な態度をとっているようだが、初対面時に見せた厳格な風貌はマナの運営者たる精霊であることを意識させられた。
それなりの付き合いであるクロウ達ですら面食らっていたぐらいだ。
「グレース」
「あら、どうしたのメリー」
メリーが話しかけてくる。
グレースはニッコリと笑いながら返事を返した。
「パパは優しいからちゃんと話したほうがいいよ」
作り上げた笑顔が一瞬崩れかけた。
グレースは内心を悟られているのではと焦り始める。
(いや、違う。私が企み事をしているのを分かっているだけだ)
多分クロウと話し合っているのだろう。
どうやって警戒を解くのかが今後の課題と心の隅に書き留めていると――
「パパはパパだからグレースを受け入れてくれると思うよ?」
具現化した闇の精霊。
少女姿のそれの瞳には。
深く暗い闇が渦巻いている気がした。
「どうかしましたか魔女? 何か嫌なことでもあったなら私はとても嬉しいのですが」
エリザの掛け声でグレースは現実へと引き戻された。
作り笑顔が完全に崩れていたのが自分でも分かる。
「何でもないわよ鬼女。
それよりあなた、髪が傷みはじめたんじゃない? クロウ様のお嫁に行くのにそんなのでいい訳?」
またもやお馴染みの口論が展開される。
クロウに仲介されるまでそれは続いた。
エリザとの口論で逆に冷静に戻ったグレースはメリーの方を見やる。
クロウに肩車されてはしゃぐ彼女に先程までの雰囲気は残っていなかった。
闇の精霊の言葉を闇の堕とし子は反芻する。
――彼にきちんと話せば分かってくれるのだろうか。
グレースのキャラ設定濃すぎたかなあと思ったのですが、電波系アニソン聴きながらノリノリで書いてしまいました。




