第22話 森の中での遭遇
賊妖精のリーダーがアンナからマックスさんになったあの日から約1ヶ月。
木々の葉が赤や黄色に彩られる。本格的な秋がやってきたのだ。
相変わらず俺は剣術とサバイバルの訓練に教養と魔術の講義に追われている。
ジャスティン先生からは各地の伝説や伝承を話してもらった。
中には真実が含まれるものが存在するとのことで、知っておいて損はないという。
例えば天使と悪魔とか。
天使は第一の魔王戦で使役神ミカエラが軍勢を率いたという。
だがそれ以降に誰も見たことがないし、そもそも最初の魔王ルシフェルとの戦いが半ば神話化してるので伝説の存在ではないかと議論されている。
悪魔は魔王自体や魔王の配下を指す呼び方にすぎないらしい。
牛人などの種族は現在でも蹄の悪魔なんて呼ばれている。
一方で各地に伝わる伝承として〈邪悪なる瞳〉という目玉の悪魔と、〈彼方より伸びる触手〉という触手の悪魔が伝わっていたりもする。
イビルアイは子供のことを常に見張っており、悪い事をした子供をテンタクルスに教えて連れてこさせる。
などという2体で1組の悪魔で、教訓めいた童話に分類されるものだ。
そういった童話は子供にとって難しい言葉は使われていないので、ジャスティン先生はついでに異世界文字を覚えるための教材にも使った。
……肝心な俺は異世界文字より童話の内容を先に覚えたが。
ハイドさんの魔法講座は、座学は最初だけで実践的なものへとなっていった。
ハイドさん曰く、
「魔術ならめんどくせえ勉強も必要だが、魔法は感覚的なものだから実際に見て試行する方が早い」
とのことだ。
魔法と違って魔術は精霊の力を借りる。
ゆえに彼らと交流するため魔術陣を描くか、詠唱をとなえる必要がある。
例えば〈闇の盾〉の詠唱は“深き闇よ、我を害するものを受けたまえ”となる。
俺は魔法が使えるので魔法陣も詠唱も要らないので、それらの勉強はもちろん必要ない。
しかも描かれた魔術陣内に居なくていい自由さと、詠唱無しの発動の速さという、魔術では二者択一なはずのアドバンテージが両方得られている。
ほんと勇者様様だな。
あと特徴的な出来事と言えば、よくゲームに出てくる武器に魔力を纏わせる魔法がこの世界にはないのかハイドさんに聞いてみたら、「イメージしてやってみろ」と言うのでやってみた。
勇者の剣に黒いオーラのような闇の魔力を纏わせることはできたが、剣を振るときには消えてしまった。
魔法にはかなりの集中力を要する、ゆえに魔法を使ってる間に他の事はできない。
剣に魔力を纏わせることだけならできるが、剣を振れなければ意味がまるで無かった。
「思考が2つもあるならば使い物になるな」
というハイドさんの皮肉めいた冗談で俺のアイディアはお蔵入りになった。
元二重人格で人格が入れ替わり立ち替わりしてた彼でも不可能なのだ。
そんなこんなで講座というよりも数々の闇魔術を見せてもらって闇魔法を使えるようになる特訓をこなしている。
剣術の訓練はようやくアルフォンスさんを剣で打ち負かせるようになった。
なったのだが。
彼の武者魂に火をつけてしまった。
アルフォンスさんは模擬戦で首の無いラバ――馬とロバの交雑種に乗って馬上槍を振るうようになった。
俺は夢馬のユメに乗って戦うこともあれば、乗らせてもらえずに相手することもあった。
後者はもちろんのこと、ユメに乗ってても勇者の剣のリーチが短いからどのみち大苦戦して負ける。
さて、一番変わったのはサバイバルの訓練だ。
訓練の内容が変わったわけではない、講師が変わったのだ。
マックスさんはボギーたちのリーダーとなり忙しい。
では教えてくれる人は誰か?
アンナだ。
別に不満があるのではない。
アンナはマックスさんに比べたら罠の扱いがちょっと劣るだけで、むしろ射撃の腕は上だった。
問題は天幕で寝るときに起きた。
「て、天幕が一つしか無かった事態を想定して、男女関係なく一緒に寝るべきよ」
などと顔を赤くして主張され、同じ天幕で寝ることになったのだ。
しかも寝る距離がやたら近い。
体は触れていないが、手を伸ばせばお互い触れられる距離。
そんな状態のせいでよく眠れなくて、二人して寝不足になった。
俺の目の下のクマを見て察したマックスさんは「アホか、男なら襲えよ」などというとんでもない事を口走った。
アンナの言動の変化はそれだけではない。
たまに現れるアルヴィナさんの謎を解き明かし、前の世界との関連性を見つけるために彼女を観察してるとアンナはムッとした顔をする。
そして顔を赤らめながら俺の腕に抱き着いて引っ張って遠ざけようとするのだ。
今までなら蹴りが飛んできたのにである。
もちろん蹴られるより断然良いのだが、腕に柔らかい感触が当たるので下半身にたいへんよろしくない。
平坦といえど感触はあるのだ。
……言ったらタダじゃ済まないだろうけど。
後は俺がエリザ様やアルヴィナさんの髪を目で追ってたせいか、髪をセミロングまで伸ばした。
寝るとき以外は短いツインテールにしているが、先述の天幕内では目の前でわざとらしく髪をほどいて見せる。
ちなみにボギー男衆は全員アンナを応援している。
てっきりアイドル扱いされてて手を出したらシメられると思ってたが、どうやらアンナはリーダーの座を降りてもある程度の権限を持っていて小うるさいのだとか。
だから俺に手綱を握ってほしい、ということらしい。
ちなみにその思惑はボギー女衆によりアンナに伝わった、女を甘く見てはいけない。
俺は無表情のアンナがボギーの天幕群に向かうのを見届けながら祈りを捧げた。
お前らが生きて戻ったら酒でも飲み合おうぜ……、というフラグを立てる祈りだ。
……まあその後、ボコボコにされた彼らから延々と泣き言と愚痴を聞かされたのだが。
さて今日は酔いつぶれたボギー男衆の代わりに薪となる木材集めをしなければいけない。
もちろん彼らはアンナにより粛清済みである、南無。
薪拾いもアルヴィナさんの仕事の守備範囲に入るのかやりたがったのだが、館の清掃からエリザ様の補佐まで多大な作業を任されてる彼女にそんな余裕はないので却下された。
しかし実のところ、彼女は一人なのだが一人で家事をしてる訳ではない。
これだけでは何を言ってるか分からないだろうが、彼女は自分の糸で人間大の球体関節人形を操る人形使いなのである。
人形二体を巧みに操って洗濯、掃除、皿洗い、等々をこなすのだ。
それでもギリギリ回してるようなので、本来サバイバルの訓練で森に入る予定の俺とアンナに白羽の矢が立ったのだ。
「ふふふふふ」
不気味な女の笑い声が森に木霊する。
幽霊ではない、彼らの声は一種の幻聴らしいが俺は女神の加護で聴こえない。
ゴースト違いで俺のゴーストが囁いている訳でもない。
嘆きの女という不死者もいるそうだが、泣くか叫ぶらしいのでこれも違う。
「毒草と毒きのこの楽園だわ!!」
毒々しい植物や菌類を採取しまくってテンションが高いアンナの笑い声である。
……アンナさん、完全に薪集め忘れてますよ。
毒マニアが戦力外なので俺は鍛錬を兼ねて勇者の剣で木を切る。
決して粗末に扱ってる訳ではない、断じて否である。
一刀両断にするのは難しくないのだが、木が倒れる方向をコントロールするのに中々神経を使う。
前の世界の植林業だって、伐採時に倒れてきた木で大怪我をする人がいたって話だしな。
――ズゴオオオオオオオオオオオン!!――
一際大きい倒木音がした。
地面が震える。
「ちょっと派手に切り倒しすぎよ」
その音で我に返ったアンナが注意してくる。
「いや俺じゃないぞ」
木を倒し終わって一息ついていたらここからさほど離れていない場所の木が倒れたのだ。
決して枯れ木ではなかったし、あれほどの音がしたのだから生きてる木だろう。
そんな木が勝手に倒れるだろうか?いや倒れるはずがない。
臨戦態勢にうつる俺とアンナ。
木々の隙間から現れたのは――
「た、助けてくれ……」
大男。
顔は厳つい。
毛皮で出来た暖かそうな服はところどころ切り裂かれていた。
そして頭の上にはどう見ても耳のような物がある、熊の耳だ。
「熊人がなんでこんな南の方に居るのよ」
驚愕半分、警戒半分の顔でアンナが言葉を紡ぐ。
どうやらそういう種族の人らしい。
「それは後で話そう、約束する。
今はそれどころじゃないんだ、俺らのボスが魔剣に取り憑かれて狂った」
その一言でアンナは顔を引き締める。
ジャスティン先生やハイドさんの講義でも聞いた魔剣とは。
曰く、呪術により変質した呪いの武器。
曰く、持ち主は悲惨な最期を迎える。
そんな代物を携えた者がブラドの館近辺の森にいるのだ。
「クロウ!こいつ連れて館に向かって!」
ベルンの大男は走れるようだが、腕から血を流していた。
魔剣で斬られたというのなら迅速な処置が必要だ。
魔剣の呪いは斬った対象を蝕む事例が数多存在する。
掠っただけで死に至るとか、傷つけられた場所は回復しなくなるとか。
男の言ってることが本当かは分からない、罠かもしれない。
確認の意味も込めてここは私に任せろ、監視役も兼ねて俺にその男を連れていけ、そして誰か呼んで来いと言っているのだ。
それに対し俺は――
「いや、アンナが行ってくれ」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするアンナ。
だが一瞬でその綺麗な眉を吊り上げる。
「馬鹿言わないで!本当に魔剣持ちならヤバいのよ!」
「だからだよ」
怒鳴るアンナに冷静に言葉を返す。
「本当にヤバい奴なら足の速いアンナが向かうべきだ。それに――」
「魔王を倒す勇者が魔剣如きに負けるはずないだろ?」
アンナだけでなく、ベルンの男まで口をだらしなく開けて呆然とこっちを見ている。
だがアンナは瞬時に顔を引き締め直した。
「足止めするだけでいいわ。無理はしないで」
心配性な彼女の心は不安でいっぱいなのだろう。
だけどひと月も一緒に過ごしてきた信頼は厚い。
アンナは凄まじい速度で館へ向かった。
……大男がついていけてないぞ。
「伝え忘れていた!」
大男が振り返り叫ぶ。
「俺の名はソーロル!俺らのボスが持っている魔剣は――」
ベルンの男、ソーロルは一呼吸入れる。
魔剣の名を口にするのが恐ろしいように。
「願いを叶える呪いを秘めた〈真の翼〉だ」
アンナに続き、ソーロルさんも見えなくなった。
魔剣トゥルウィングか。
願いを叶えるって因果律に関係してそうだ、傷つけた奴絶対殺す剣みたいに。
啖呵をきったはいいが、某弓兵のようなフラグにならないだろうか。
相手が狂戦士みたいだし。
なんてことを考えて心を落ち着けていたらそれは現れた。
さっきのベルンの男より一回り大きい。
だがさっきの男が髪の中から熊耳が生えていただけなのに対して、目の前の奴は二足歩行の熊だ。
半開きの口から見える牙はいかにも凶暴そうで、目は白目を剥いている。
身体は毛に覆われていても一目で分かるほど筋肉質だ。
しかしもっと異様なのは毛の色。
赤黒い。
まるで内臓を切り開いた時に血を浴びたかのような、どす黒い赤。
そして決定的なのは左腕。
左腕だけ身体のサイズに合わないほど大きな人間の腕だ。
腕も毛と同じく、どす黒い赤色だ。
浮かび上がった太い血管はドクン、ドクンと脈動している。
そして手に握るのは禍々しい剣。
俺の勇者の剣よりヤバい。
赤黒いオーラ放ってるし。
しかもなんか刃がギザギザしてて刺々しい。
突き刺したときの返しとしては期待できるだろうけど、斬り裂けるのかあれ。
……できるんだろうな、さっき大木切り倒したみたいだしソーロルさんは切創まみれだし。
「グオオオオォォォォ!」
かくして、魔剣に取り憑かれたベルンの叫びが死闘の始まりとなったのだった。
出会った熊は熊でも熊人戦士ベルセルク、しかもバーサーカー。
前回ラストからのアンナとマックスさんの会話。
マックス「クロウの好きなタイプを教えるから許してくれ」
アンナ「――ふうん、何?」(興味なさげに装う)
マックス「髪の長い子」
アンナ「……へえ(やばい、ライバル2人もいる。私も伸ばそう)」




