第21話 女盗賊の心に触れて
反帝国軍本拠地、ブラドの館に来てから4日目。
俺は朝っぱらから森の中にいた。
「プギィイイイイイイイ」
俺は刺さった勇者の剣を巨大な猪から引き抜く。
赤い朝のシャワーを浴びる。
血なまぐせえ。
「そんなとこぶっさしたら返り血浴びるに決まってるだろーが」
呆れ顔で指摘してきたのは賊妖精の男、マックスさん。
てっきり門番かと思ってた副リーダーさんだ。
今の彼は初対面の時のような鋭い目ではなく、気だるそうな目をしている。
戦闘時には猛禽類のような人だが普段はだらけきった人なのだ。
部下に対して結構突き放した雰囲気を醸すこともあるが、自主性を促すためなのだろう。遠くから見守る系のいい人だ。
さて朝からなぜ森にいるのか。
なぜ目の前の巨大猪――猪の魔物である魔猪を狩っているのか。
ずばり、今日はサバイバルの訓練なのだ。
獣の習性、狩り方、獲物の捌き方。
食べられる物とそうでないもの見分け方、そしてその採取。
そして魔物との戦い方だ。
いつも屋根の下で過ごせるとは限らない。
そんなこんなで今日は次の日の朝まで森生活だ。
学ぶことはたくさんあった。
例えば一度アンナと交戦した梟熊。
木に引っ掻き傷があったり、強烈な臭いがしたらそれはオスのマーキング。
彼の領域であることを注意しなければいけない。
メスはメスで子供連れの場合、守ろうとして攻撃性が増す。
倒すだけでなく、それらを避けるのも訓練内容に含まれた。
ずっと戦ってたら体力尽きるからな。
カプロスを二人がかりで木にロープで吊るして血抜きをする。
昨今流行った狩りジャンルのゲームだとボタン一つで肉が手に入ったが、現実では大変な作業だ。
「さっさと水浴びにいくぞ、他の魔物が寄ってくらあ」
血を洗い流すために泉に着く。
だが先客がいた。
「ゴオオオオォォォォ」
もちろん全裸の美女ではない。
魔物だ。
「ちっ、河狸だ。さっさと始末すんぞ」
アーヴァンクは大きな青黒いビーバーの魔物だった。
前歯の歯先は斧の刃のように鋭く、爪は長い。
歯と爪に引き裂かれる嫌な想像をふりほどき襲い掛かる。
勇者の剣が身体を引き裂き、マックスさんがスリングショットで放った石礫が頭部を直撃する。
だがアーヴァンクもやられてるだけではなかった。
「来るぞ!」
その一言で俺は咄嗟に横に飛ぶ。
アーヴァンクは俺のいた場所に突進し、噛みつこうとしていた。
勢いの余り木に衝突――
いや噛みついていた。
――ゴゴゴゴゴゴ、ズドン――
木を噛み切って倒した。
幹は決して細くない。
なんという歯の鋭さ、なんという顎の力強さ。
もし避けていなかったら――
俺は生唾を呑む。
「ボケっとしてんな!」
マックスさんの叱責で走り出す。
振り返ったアーヴァンクの首に剣を振り下ろす。
「ギイイイィィィィィ」
切り落とした首が断末魔の叫びをあげた。
どんだけ生命力強いんだ。
その後は魔物と遭遇することなく時間が過ぎていった。
薬草を摘んで調合したり。
日が暮れ始めたので動物の皮で出来た天幕を張ったり。
「ここを野宿地とする!」
「いきなりどうしたんだお前」
マックスさんが可哀想な子を見る目をしている。
一回言ってみたかっただけなんです、はい。
と、森の奥からズルズルと何か引きずる音がする。
俺は勇者の剣に手を掛けてマックさんと顔を見合わせるが、彼はその必要はないと首を横に振る。
現れたのは背中に鉈と手斧を下げた男のボギーだ。
午後に仕留めたカプロスをロープで引きずっている。
とんでもない力持ちだ。
ボギーは身軽さに優れた種族だが筋力に乏しい。
弓ではなくクロスボウを使うし、鉈や斧も彼らに合わせたサイズで鍛えた子供なら振るえそうだ。
異様なのは力強さだけではない。
目だ、目が血走っている。
彼を見た十人中十人が危ない人と称すだろう、つまり100パーセントそうだ。
髪は切りそろえられているが無精髭もすごい。
「ようジャック、解体よろしく」
ジャックと呼ばれたボギーはナイフを取り出した。
「解体……」
不穏な独り言を発し、カプロスは目にも止まらない速さで切り裂かれる。
ハッキリ言って怖い。
「んじゃクロウ、火起こしとけ」
何もおかしいことはないとばかりにマックスさんから指示が下りる。
いやあジャックさんとやらが気になるんですが・・・。
そんなこと聞ける雰囲気でもないので火を起こすのに集中しよう、そうしよう。
肉を串に刺して焚き火で焼く。
アウトドア定番の串焼きだ。
野生的な味だが美味いな。
ジャックさんは肉を解体し終わると帰っていった。
食事も一緒だと覚悟していたが緊張しなくて済んだ。
「火は角兎を呼び寄せるから気を抜くなよー」
あくびをしながらマックスさんに呼び掛けられる。
彼は先に食事を済ませ横になっている。
だらけきってる様だが俺は知っている。
何かあればすぐさま動けるのだこの人は。
昼食のときも横になっていたのだが、殺人蜂が現れた瞬間に立ち上がり撃ち落としたのだ。
「夕暮れに来たジャックのことなんだけどな」
マックスさんは唐突に口を開いた。
「彼がどうかしたんですか?」
どうかどころか大分やばそうだったが。
「アンナの兄貴なんだよ」
食べていた肉を地面に落っことした。
三秒ルールは効かなそうだ。
しかし彼はアンナのお兄さんだったのか。
すげえ兄貴がいるんだな、アンナ。
「俺はジャックの親友だったんだ」
「だった?」
過去形だが仲違いした訳じゃなさそうだ。
とすれば。
「俺らがガキんちょの頃の話だ」
今でも子供みたいな背丈ですよね、なんて決して言えない。
アスタさんは空気を読める人だし、仮に言ったらえらい目に遭うのは分かり切ってる。
ボギーの集団が反帝国軍入りする前の話だそうだ。
10年前、彼らは各地を移動し天幕を張って暮らす移動民族のような暮らしをしていた。
「肥えた獲物に恵まれた秋の頃だ、アンナと同世代の子らは狩りの特訓で集落から離れた森に向かった。
引率者としてこの俺もな」
俺のいた世界では見れないほど綺麗な星空を見つめながらマックスさんは語る。
「帰ってきたら天幕群が燃えていた。帝国のクソ野郎どもの仕業だ」
ギリ、と歯ぎしりが聞こえた。
悲惨な光景を脳裏に浮かべ、帝国への憎悪の炎が燃え上がったのだろう。
「俺はアンナたちを待機させて天幕に駆けだした。
仲間は殺されていた、何度も何度も斬りつけられて。
そんな中、唯一生き残ったのが留守番組だったジャックだ」
パチパチと焚火の爆ぜる音が静かな夜に響く。
そこまで話してもらえば、後の想像は難くない。
「苛烈な俺らボギーの中であいつほど優しい野郎はいなかった。
気づいてる奴は少なかったが、あいつのささやかな心配りで色んなことがスムーズにこなせた。
そんな男を帝国は変えちまった。
ジャックとアンナ、その両親が住む天幕に入ったらバラバラにされた帝国の兵士の死体が目に入った。
ジャックがやったんだ」
呟いたバラバラという言葉。
そして解体の手際よさ。
それは目の前で両親を殺した敵を屠り、強烈に焼き付いてしまったのだろうか。
「あれからジャックはあんな風だ。アンナが一生懸命、元の優しい兄貴に戻ってもらおうと努力したが無駄だった。
アンナは帝国を憎んだ、だけど生き残った者たちだけじゃ帝国の奴等には叶わない。
だから俺らのまとめ役になってエリザの姉御の軍門に下ることにしたんだ」
マックスさんはそこまで言うと上半身だけ起き上がってこちらを向く。
戦闘状態ほど鋭くないが、真剣な瞳に見つめられる。
「アンナは皆を守りたい気持ちと帝国を倒すために求められる非情さで板挟みになって苦しんでる」
そうだったのか……。
彼女はこの世界に来て手を貸してくれた人だ。
俺は当然親身になって話を聞く。
「あいつは美人だがちょっと小言が多くて慎重でな。俺らの種族は危険が好きだから、野郎共にとっちゃ見てるぐらいがちょうどいいんだ。
俺も付き合うのは勘弁してもらいたいね、幼馴染で俺にとっても妹みたいなもんってのもあるけどな」
確かに彼女は親切だし、あれこれ教えてくれるし心配性なところがある。
ボギーたちにとっては窮屈なようだが。
「お前のことは正直得体の知れない奴だってみんな思ってる。
だけど受け入れられたのは人手不足なだけじゃなく、みんな癖の強い奴等だらけってのもあるだろう。
それに俺らボギーはお前みたいな危険な奴は大歓迎だ」
ニッと歯を見せて笑うマックスさん。
「慎重派のアンナだってそうだ、あいつもなんだかんだで危険好きなボギーだ。
だからお前にあれこれ手を貸したり、色々うるさく言う」
食べていた肉が器官に入った。
ゲホゲホと咽て、マックスさんが「大丈夫かよ」と呆れた顔で背中をバンバン叩いてくれる。
――それってつまり。
「俺は代わりにリーダーになろうと思っている。
だけど重しになってただけじゃなく、今まで支えてきた責任が抜けたらアンナは不安定になるかもしれねえ。
だからその時は彼女を支えてやってくれねえか、頼む」
マックスさんが俺に頭を下げる。
反帝国軍では俺より地位が高い彼がプライドを捨ててまで俺に頼み込む。
「俺は彼女に相応しいほどの男じゃありません。
ですが大切な仲間として支えてやりたいと思います」
対する俺のヘタレ発言。
正直、俺から見ればアンナの外見は少女なのだ。
いやらしい話だが俺の守備ゾーンには入っていない。
「ありがてえ」
俺の解答は煮え切れない物だったのにも関わらず、彼は俺に感謝を告げた。
腹を割った話をしたためか、その後のマックスさんとは会話が弾んだ。
エリザ様の身体はどうだったのだの、男同士でしかできないような猥談だ。
とても楽しかった。
翌日、俺らはブラドの館まで戻ってきた。
俺は風呂へ、マックスさんは帰ってきてる予定のアンナとエリザ様の三人で話し合うために執務室へ向かうため別れた。
風呂から上がるとマックスさんに裏庭に行ってくれと言われた。
アンナがそこにいるのだろう。
俺は早足で向かった。
裏庭は俺の腰の高さほどの石碑が並んでいた。
墓地だ。
一際大きな石碑の前にアンナはいた。
「私、酷い奴よね」
近くへ寄ったら背中を向けたままアンナが話しかけてきた。
憑き物が落ちたようにスッキリと、だけど抜け殻のように空虚な背中だった。
「誰かが犠牲になる度仕方ないと思った。そのくせ皆を守りたいなんて思う愚か者、それが私」
アンナが振り返る。
4日前に会ったときより顔が老けた気がする。
リーダーという立場から解放されて気力が抜け、疲れも一気に出たのだろう。
「あんたのことだってそう。
私はあんたが怖かった、だから帝国の手に渡る前にこちら側に引き込んだ。
酷い女よね」
「それは俺もだ、反帝国軍って後ろ盾が欲しかったんだ」
それにそんな辛そうな顔で言ってちゃ説得力がない。
それだけが思ってることじゃないだろうに。
「違うわ!!タルタロスで私を命がけで助けてくれたのにあんたを最後まで利用しようとしてた!!
それに私はついてきてくれた仲間を見捨てるくせに、後でうじうじ悩むどうしようもない女よ!!」
吊目になって声を張り上げる彼女。
でもその瞳からは一筋の涙が流れていた。
本当に酷い奴が心を痛めて泣く訳ないだろ……。
「俺はお前がどれくらいの間、どれだけ苦しんだかは分からない。
でもな、これだけは言わせろ」
そんなアンナの様子を見たからか、強い言葉が口から自然と漏れ出た。
そのおかげなのかアンナは何も言わずに俺の次の言葉を待っている。
「俺が前の世界で仕事してたところの社長――頭領みたいな奴はな、自分が裕福に暮らせるように俺ら下の人間を奴隷のように扱ってた」
思い出すだけで胸糞悪くなる記憶だ。
だけど彼女のポッカリと穴の空いた心に言葉を届かせるには、俺の中にはあの忌々しい思い出しかなかった。
「アンナは違う、皆のことを考えて動いた。
小言が多いとか言ってる奴はいても皆ついてきてくれただろ。
だから皆が身代わりになってでも守ってくれたんだ、自分たちに必要なリーダーだって。
お前は酷い奴じゃない、酷い奴の下で働いていた俺が保証する」
アンナと見つめ合う。
弱みを見せられたせいか分からないけどアンナが急に可愛く見えてくる。
だけど目は逸らさない、目を見て言い切ってやるんだ。
「お前は優しい奴なんだよ」
だから彼女は自分のために散った仲間のことを想うのだ。
だから皆はそんな彼女を慕っているのだ。
だからそんな彼女を見ていられなくてマックスさんは代わりにリーダーとなったのだ。
「うっ、うっ、う・・・うわあああぁぁぁぁん」
アンナが俺に抱きついてきて大声で泣く。
何年間も我慢してきた慟哭が静かな朝の墓地に響き渡る。
小さな体だ。
ボギーにとっては標準なのかもしれないけど、こんな小さな体で色々と背負ってたのか。
復讐の炎がどれほど彼女の心を焼いたのだろう、仲間を見殺しにした後悔がどれほど彼女の背中にのしかかったのだろう。
5分ほど経っただろうか、彼女は泣き止んだ。
俺の上着が涙と鼻水でびっちょびちょのぐっちゃぐちゃだ。
「ねえクロウ」
「どうした」
抱き着きながら上目使いで見てくる。
やばい、やばい、合法といえど見た目少女に落ちるのはマズイですよ!!
いや?問題ないのか?
「私、あんたの魔王討伐にもついていくわ」
「アンナがいるなら百人力だな」
俺がやましいこと考えてる中、彼女は至って真剣な話をする。
ホントすいません。
「それと小言が多いって言ったやつ、誰?」
……マックスさん、ごめんなさい。
無表情になったアンナには逆らいたくない、いや逆らえない。
あなたを差し出す私をお許し下され……。




