第19話 三つの大陸と魔王との戦いの歴史
活動報告でもしましたが、魔王が現れたのは8回に修正しました。
5/15 脱字を修正。
世界と魔法の講義を受けた翌日。
昨日と引き続き礼拝堂でジャスティン先生から地理と歴史の講義を受けることになった。
そして午後からは剣術の訓練があるとのことだ。
メリーの補助を頼らなくていいように精進したいな。
朝食を食堂で食べ終えて礼拝堂に向かう。
昨日の夕食も食堂で食べたが、相変わらず俺とメリーとジャスティン先生の3人だけであった。
エリザ様は寝起きが悪いらしく居なかった。
さて礼拝堂に着いたわけだが、何やら騒がしい。
「ああ神よ!クリスティーナは何故に逝ってしまわれたのか!」
演劇のような、大袈裟にアクセントをつけた男性の美声が礼拝堂への扉から漏れ出る。
入るのが躊躇われるのだが講義を受けるためにも行くしかあるまい。
覚悟を決めて扉を開く。
女神像に向かって片膝をつき、両腕を広げる背中が見える。
服装は中世ヨーロッパの貴族が着るような華やかなものだ。
それだけなら見た目は普通の人なのだが、この館の人物は一癖も二癖もある。
この人もそうだ。
監獄冥府タルタロスで見慣れた木乃伊にそっくりなのだ。
木乃伊貴族を眺めていたら、ジャスティン先生がスーッとこちらに寄ってきた。
……居たの全然気づかなかったよ。
「エリック、クロウさんが来ました。お引き取りください」
エリックと呼ばれた木乃伊は立ち上がり、こちらを向く。
かつては綺麗だったろう髪は傷んでおり、眼球のあった空虚な穴が吸い込むように俺を見据える。
「ああ勇者よ!女神の恩寵を受けし英雄よ!
クリスティーナに会わせていただけるよう、神にお取次ぎできないだろうか!!」
くるくる回ったり、自分の身体を抱きしめたりして何やら言ってきた。
身体が乾いてしまって狂っているのだろうか。
混乱している俺にジャスティン先生が助け船を出してくれる。
「彼はエリック。かつて高名だったオペラ歌手の高貴な木乃伊です。
クリスティーナとは彼の伴侶で、既に故人のようです」
意識がある分、ただのマミーではなくワイトという不死者のようだ。
どうやら彼は亡き伴侶に会いたいらしく、神に祈っていたようだ。
「勇者よ!小さき妖精たちが噂するケルベロスを倒した真の英雄よ!何卒、私の願いを――ぐぉっ!?」
「エリック様、クロウ様はこれから大切な講義を受けなければいけません。ご退場お願いします」
騒ぎを聞きつけてやって来たレリーチェさんがエリックの体を糸でぐるぐる巻きにする。
罪人のように、蜘蛛の獲物のように芋虫状態にされた彼は、忙しいメイドの手を患い引きずられていく。
「ああ、勇者よ――」
諦めきれない嘆願はジャスティン先生のポルターガイスト現象で閉められた扉によって中断された。
慈悲はない。
「さて、気を取り直して講義を始めましょう」
「あっ、はい」
何も見なかった、いいね?と言わんばかりの表情を向けられ思わず首肯してしまった。
ジャスティン先生は大きな羊皮紙を広げた。
どうやら地図のようだ。
3つの陸地が縦に並んで描かれている。
「世界には3つの大陸があります。
我々が今いる中央大陸ミッドガルド、強力な魔物が蔓延る魔獣大陸サヴァナム、魔王に占領された呪縛大陸アルマゲドン」
ハンバーガーのように二つの大陸に挟まれたミッドガルド。
ミッドガルドの南側の大陸がサヴァナムで、北の大陸がアルマゲドンだ。
呪縛大陸アルマゲドンはどんよりとした黒い雲に年中覆われ、草木が一切生えてない呪われた土地のため呪縛大陸という。
代々の魔王の本拠地である魔王城があり、魔王に絶対服従してる鬼どもが蔓延っているそうだ。
しかも鬼たちは中央大陸にいるより遥かに強く、子鬼だったら上位子鬼といった存在がいるらしい。
魔獣大陸サヴァナムは砂漠や荒野、乾燥気味の草原のある大陸。
大陸北の砂漠には浅黒い肌のヒューマン、サラビア人が住んでいてサラビア連邦という名前の国を統治している。
南の草原は尋常じゃない数の魔物が蔓延り、魔獣の王が居着いている。ゆえに魔獣大陸と呼ばれている。
「さて中央大陸ミッドガルドですが現在二つの国が争っています。
一つは人間の王を据えて特別自治権を与えられた多種族が暮らす西のイルグランド連合王国です」
主要地の説明も受けた。
連合王国内の中心地である王都オルヴィラード。
女神教の聖地である聖都オリンピュネス。
魔術学園都市メギストス。
地下に広大なダンジョンが広がる迷宮都市ガルムヘリル。
ヒューマン以外が治める地では森妖精の森オッドミーム、地妖精の鉱山カダフォールなどが有名。
要するに全ての種族が平等で、各地に自治権が与えられている自由な国ということだ。
自由性に関しても高く、ゆえに冒険者という主に魔物を相手にする傭兵が多い。
だが種族間での揉め事はそこら中で起こっているし、町や村から離れた場所では犯罪も多いとのこと。
「もう一つは我々の敵、東のガルニア帝国。ヒューマン至上主義を掲げて他種族を亜人として排斥する国です。
500年前の勇者と魔王の戦いの際、ヒューマンこそ真の神の子孫だと主張するバルド教を結成してイルグランド王国から分かれました」
かつてヒューマンが治めたイルグランド王国。
それが前回の魔王との戦いの最中に東西に分かれたという。
ガルニア帝国は魔石と呼ばれるアイテムを開発し、小国ながらも高度な技術で強国に成長。
対するイルグランド王国は交流のあった他種族の人権を保証し、統一した。
それが現在のイルグランド連合王国である。
勇者と魔王の戦いは連合王国、帝国、魔王の三者が入り乱れる大戦へと変貌した。
後に第一代ガルニア皇帝となったエヌマエルが魔王討伐に成功。
王国と帝国は東西戦争とも呼ばれたこの大戦以降に大きな戦争は起こしていないが、小競り合いや暗躍が続いているという。
ガルニア帝国は教義の遂行と更なる領土拡大に向けて、東の地に住まう他種族を殺戮している。
「後の皇帝が魔王を倒したということは、彼は勇者だったということですか?」
「いえ、勇者はアルマゲドンにて魔王に倒されたと伝わってます。
初代皇帝エヌマエルは神の直系の子孫ゆえに魔王を倒せたとガルニアは主張していますね」
ジャスティン先生はその質問に苦々しく答えた。
かつてヒューマンであった彼でも、ガルニア帝国の暴虐は度し難いようだ。
「他種族排斥もありますが、女神様がお姿を見せないというだけで疑い、居るのか疑わしい神を掲げる国は女神教徒として許しがたいですね」
宗教上の問題でもあったようだ。
「ガルニア帝国は魔術が著しく発達しています。
市民の生活も使用人が要らなくなる、魔石を動力源とした魔道具が普及してますね。
犯罪も少ない、これは強力な軍隊による治安維持と他種族へ憎悪が向いてるからでしょう」
使用人が要らなくなる魔道具、家庭電化製品のような物だろうか。
この世界での洗濯は手洗いだし、風呂も火を起こして炊く。
実は賊妖精たちは館の外で天幕を張って暮らしている。
ボギーの女性たちが洗濯物を川で洗っているのが部屋の窓から見えたのだ。
風呂炊きに関してはレリーチェさんがやっていたのを見かけた。
「ではクロウさんにも関わってくる、魔王との戦いの歴史についてお話ししましょう。
といっても具体的な内容は伝わってないのですが」
「世界の危機に関わるのにですか?」
「だからこそです。
魔王を研究することで、魔王になる方法が分かったら更に大変ですからね」
定期的に現れる魔王の誕生について分かった場合、それが阻止の方向に行くとは限らない。
欲望を叶えんとする者が力を欲して魔王になる可能性もあるということだ。
よって魔王に関する詳細な情報は忌み事として伝わっていないのだという。
「そういえば今回の聖女はどんな方なんでしょうね」
ぽつりとジャスティン先生がこぼした独り言。
え?聖女?聞いてませんよ?
「女神様により、勇者のお供として祝福を与えられた聖女がいるのですよ」
なるほど聖女か。
きっと清楚で俺好みに違いない。
先生曰く、帝国と戦ってる内に勇者の噂が広まれば、向こうから見つけてくれるだろうとのこと。
早く会ってみたいが、勇者としての訓練を優先しよう。
「では歴代勇者と聖女、魔王についてお話ししましょう」
7500年前に現れた最初の魔王ルシフェル。
彼は元々女神の配下であったが裏切ったのだという。
このときは勇者や聖女はいなかったらしい。
6500年前の巨大な雌の海竜、レヴィアタン。
二回目の魔王との戦いから、女神に選ばれし勇者と聖女が登場し始めた。
竜殺しの勇者ジョージと十字架の聖女マルゲリータである。
5500年前、半獣の魔王アスモデウス。
大陸東に住んでいるらしい馬人や牛人といった半獣人と蔑まれる種族はこの代から魔王に従事したという。
尤も、これ以降は従ったり従わなかったりするので絶対悪の種族とは言えないとか。
勇者は不屈の異名を持つローレンスと、鉄壁の聖女チェチーリア。
4500年前。この時に登場した魔王サタンが歴代最凶だったらしい。
こいつが何かしたらしく、この時に魔法使いや妖精がいなくなったのだとか。
歴代最強と謳われる勇者アーサーと妖精を従えた聖女アンニエーゼが倒した。
3500年前、巨大な蠅の姿をしたベルゼブブが魔王となった。
大量の害虫を従えて世界を喰らいつくそうとしたが、裂海の勇者モーゼルと大地の聖女アガットにより阻止された。
2500年前の魔王は鳥の翼を持った男、マモン。
彼は世界全ての財を手にしようとしたという。
空での戦いということもあって、勇者バーナードと聖女カテリナは使役神ミカエラから賜った天馬を乗りこなして撃破した。
1500年前はベルフェゴールという老人が魔王になった。
魔術に長けた魔王だったが勇者サラマンは歴代屈指の魔法使いで、聖女バルバラも雷を操ることができ最も無難に戦いを終わらせたという。
ちなみに雷は神々の象徴であり、魔法使いでも扱えなかった代物らしい。
ゆえに聖女バルバラは神の子ではないか、なんて当時議論があった記録が残っているという。
「さて500年前の戦いですが魔王の名前は――」
ジャスティン先生の顔が曇った。
言いたくなさそうな、言いづらそうな雰囲気を醸しだした。
某悪の魔法使いみたく、名前を出すのも恐ろしいのか?
「私の口からお話ししましょう」
午前中だというのに現れたのはエリザ様だった。
執務室で会ったときも着てた優雅なワンピース姿だが、怠そうな雰囲気だ。
彼女にとっては寝てる時間だもんな。
「――その魔王の名はドラキュラです」
思考が一瞬で冷やされる。
ドラキュラってあれだろ?
「もしかして吸血鬼ですか?」
ドラキュラ伯爵。
俺のいた世界では架空の小説に出てきたヴァンパイアであった。
ならば同じヴァンパイアであるエリザ様と何かしら関係があるはずだ。
「そうです。ですがクロウさん、これだけは言わせてください」
エリザ様が真剣な表情で俺をまっすぐに見る。
嘘をつこうとしている人がする顔ではない。
「我々は勇者の味方です、クロウさんが魔王を倒すと言うなら全力で支援いたします」
信じていいのだろうか。
ケンタウロスなどは似たような、もしくは同じ種族だったかもしれない魔王アスモデウスに仕えた。
おそらく種族間においてそれなりの絆があるのだろう。
魔王ドラキュラと同じ種族だというエリザ様。
彼女の真意は本当に打倒ガルニアなのだろうか?
――なんて疑念は吹き飛んだ。
一瞬彼女が複雑な顔をしたからだ。
怒りとも、悲しみともとれない寂しげな表情。
それは執務室で見せた黒い笑顔とは違い、策を巡らせているものではなかった。
俺のことを軽薄だと言う人もいるかもしれない。
だが。
「その言葉、信じましょう」
俺は彼女が一瞬見せた素顔で信じることにした。




