第18話 魔法と魔術
ジャスティン先生の案内で食堂に来た。
10人ほど座れるような食卓だったのだが、あいにくと俺一人での食事であった。
アンナは何やら遠征中、マックスさんはそれに伴い忙しく、エリザ様は就寝中だ。
レリーチェさんが焼いて運んでくれた鹿肉を食べながらメリーと歓談する。
唯一家事をこなすメイドとあってお忙しいようで、「食べ終わった食器はご自分で運ぶようお願いします」と一礼して仕事に戻っていった。
これだけ大きな館の仕事は大変だろう、今度暇があったら手伝ってあげよう。
「これが具現化した闇の精霊ですか」
ジャスティン先生はそんなに忙しい身ではないらしく、こうして俺の昼食を眺めてる。
不死者だから飯を食えないのだ。
食う必要はないが食事の楽しみが恋しいのか、やたらじっと見てくる。
正直食べづらい。
「ジャスティン先生は他にも具現化した精霊を見たことがあるのですか?」
「ええ、前の勇者様が連れてる光の精霊ピクシーを見たことがありますよ」
と、食事中にも関わらず精霊の授業が始まった。
「精霊はマナの運営者にして各属性を司る者。
火のサラマンダー、水のウンディーネ、風のシルフ、地のノーム。
そして光のピクシー、闇のシェイドです」
シェイドの名前を聞いてえっへんと腰に手を当てて、誇らしげに胸を反らすメリー。
「通常はそれぞれの属性の物を媒介にして姿をとるのですが、記録に残ってる具現化、つまり勇者の従者はピクシーのみですね」
「ピクシーって妖精ではないのですか?」
ピクシーと言えば妖精の代表格ではないだろうか。
「伝わる姿かたちの一致から、ピクシーこそがかつての妖精という説が濃厚ですよ。精霊は次の講義でも関わってくるでしょう」
と、ジャスティン先生は一瞬顔を歪める。
自分が教えられないのが残念なのだろうか。
食事を終え、休憩してから次の講義を受ける場所に向かう。
魔法について、ということだったので楽しみである。
しかしジャスティン先生の足取りは重い。
いや滑るように移動してるから、移動が遅いと表現しておこう。
「ジャスティン先生、どうかしたのですか?」
「いや、次の講義を受け持つ同胞が苦手でして」
ああ、だから食堂で顔を歪めたのか。
「暇な身として私も一緒に受けますがね」
ジャスティン先生が苦手とするなんて一体どんな人なのだろうか。
少し不安になりながらも、話してるうちに目的地に着いた。
扉をノックすると「入れ」と老齢の男性の声が返ってきたので中へと入る。
部屋はとても散らかっていた。
一角では本が山積みになって山脈を形成し、机の上は鮮やかな液体の入った瓶やフラスコが所狭しと置かれていた。
異世界文字で書かれた羊皮紙は森の中の落ち葉のように床を覆いつくしている。
どうやら通り道になってる、唯一床が見える一本道を通って部屋の奥へと向かう。
そこにいたのは――
「よう、お前が勇者クロウか」
骸骨。
一瞬死神を思い出すが、あそこまで不気味には感じない。
フードも被ってないし。
服はジャスティン先生と色違いの黒のローブで、悪い魔術師といった風体だ。
「不死魔術師を初めて見たか?どうだ恐ろしいだろう」
不死魔術師。
アンデッドの王。
そんな存在が目の前にいて恐ろしいはずがないのだが。
「死神の方が不気味でしたね」
「ほう、死神を見たのか。そら神に比べたら俺様なんざ霞んで見えるわな」
と残念そうに、そしてちょっぴり不機嫌にリッチは言う。
「ハイド、自己紹介ぐらいしたらどうですか」
同じく不機嫌そうに、眉間に皺を寄せながらジャスティン先生が言った。
「なんだジャスティンいたのか。姿が薄いから気づかなかった」
「挑発には乗りませんよ。それよりいつになったらこの部屋を片付けるのですか」
片や悪口、片やお説教が始まる。
なんというか悪ガキの弟を諫める兄のように見えてくる二人だ。
よし、思い切って聞いてみよう。
「あの、お二人はどんな関係で?」
その言葉で二人して顔を合わせてジャスティン先生は複雑そうな表情を、ハイド先生は不機嫌そうな雰囲気を纏う。
「同一人物だ」
「……はい?」
今なんて言った?
「生きてた時はジャスティン・ハイドという名前の一人のヒューマンだったのです」
ジャスティン先生がポカンとしている俺に説明してくれる。
「まあ俺様のことは後回しだ、めんどくせえ講義をとっとと終わらすぞ」
謎が深まったまま魔法の講義が始まってしまった。
「ジャスティンからマナの話は聞いたな?では魔法とは何か。
魔法は世界に満ちるマナを変成し、様々な現象を起こすものだ。
魔法を使う際には自分の魔力を消費する」
「あの先生」
「先生は要らん、早く授業を終わらせたいから簡潔に言え」
ジャスティン先生と違って何というか横暴だ。
本当に同一人物なのだろうか。
「ではハイドさん、マナと魔力はどう違うのですか?」
魔法の説明に関しては俺はここまで来るのに使っているため、すんなりと理解できた。
しかしマナと魔力の違いについて分からなかったのだ。
「例えばマナはこの無色透明の水だ」
そう言いながらハイドさんは水の入ったフラスコを手にする。
「マナは誰の物でもない。それに対して魔力とは自分の色に染まった液体だ」
今度は毒々しい赤の液体が入った瓶を手にした。
なるほど分かりやすい。
自分の外に満ちているのはマナで、自分の内に満ちているのは魔力ということか。
「魔獣ケルベロスを倒したらメリー……従えてる精霊がそのマナを俺が吸収したと言ったのですが」
ではケルベロス特有のマナという表現は説明と矛盾してるのではないか。
そんな考えで聞いてみる。
「死ねばこの世界の生き物の魂はマナになる。
それが完全に世界に還る前に取り込んだということだろう」
ってことらしい。
そういえばさっきの講義で聞けなかったが、メリーとの会話で前世云々が気になってたんだよな。
後でジャスティン先生に聞いてみよう。
「話を戻すぞ。かつて大昔には魔法使いがたくさんいたが現在は殆どいない。
使えるのは高貴なる森妖精と勇者、つまりお前さんのみだ」
そう考えると勇者って凄いんだな、と他人事のように思う。
そしてハイエルフ。
エルフの上位種も、魔法が使えるという特権をもってこの異世界に存在しているようだ。
「魔法が使えなくなった人類が編み出したのは魔術だ。
魔術とは精霊に魔力を受け渡し、魔法を代行させる儀式である。
さて先程魔力の話をしたな?」
とハイドさんは赤青緑黄白黒、それぞれ異なる色の液体が入った6本の瓶を机に並べた。
「マナはこの世界全ての物を形成する元素。すなわち人も四大元素によって形成されている」
赤と青と緑と黄の瓶が白黒の瓶から離されて並べられる。
「だが魔力の量、魔力内の四大元素の割合は個人によって違ってくる。
ゆえに精霊に受け渡せるほどの魔力を持つ者、言い換えれば魔術の才能がある者とそうでない者が出てくる。
そして例えば火の魔力の割合が多い者はサラマンダーとの儀式に優れ、火属性魔術が得意となる」
なるほど。
魔力が少ない者は精霊に基準値の魔力を受け渡せなくて魔術を成立できない。
そして人によって魔力内の属性の割合が違い、それによってアプローチする精霊が違ってくるということか。
「たまに二つの属性に優れる者もいるな。そしてこの俺様もかつては二重属性の魔術師だった」
「かつて?」
「私の人格が光の奇跡を使えたからです」
ジャスティン先生が代わりに答えてくれた。
その単語からある推測を打ち立てることができた。
「もしかして生きてた時は二重人格だったのですか?」
「そうだ。何の因果か不死の儀式をしたら人格が二つに分かれてこうなったのだ」
その結果が骸骨と霊体という訳か。
「さて、女神が闇からマナを見出した話は聞いてるな?つまり四大元素を混ぜるとだな」
赤青緑黄の液体をフラスコに入れて混ぜだす。
その色は――
「黒、ということは闇属性のマナになるのですか」
「厳密には闇はマナとはまた別物っぽいけどな。
闇の魔術は四つの属性割合が均等で魔力量が基準以上だと使える、俺様がそうだな。
そしてそこの透け透け僧侶野郎が使えるのはマナを生み出した光、奇跡だ」
「それならあなたはスカスカ骸骨野郎ですね」
「あ?やんのか?」
またもや喧嘩が始まってしまったな。
「このおじいちゃんたち面白いね!」
メリーが出てきて観戦し始める。
だけど人を指さすのは失礼だからやめなさいね?
それにしても人格毎に分かれているとは言え、光と闇の魔術が使えたのは凄そうだな。
メリーの声を聞いて二人は口論を止め、同時にこっちを向く。
同一人物なだけに息がピッタリだな。
言ったら怒られそうだから黙っておくけど。
「奇跡と言っても魔術と違うのは魔力の属性の割合に関係なく、使える人が決まっている点と女神様への信仰心がないと使えない点だけです。
ピクシーに魔力を与え、不死者を浄化したり傷を癒したりできます。」
「光は闇からマナを生み出した、それゆえに奇跡と呼ばれるのだ。行使の方法は魔術と変わらんと言うのに」
奇跡=光の魔術と考えて良さそうだ。
ジャスティン先生が奇跡は午後の魔法の講義で分かると言ってたしな。
「そんでシェイドが具現化してるところを見るとお前は闇属性の使い手か。たくさん魔術を見て、色んな魔法を使えるようになってもらおうか」
ククク、と笑うハイドさん。
なんか不安だ……。
「一応呪術と死霊術についても説明しておくか。
呪術とは姿形、モノの在り方を変える呪いだ。
俺が行った不死の儀式とかな」
二人がアンデッドになったのは呪術によるものだと言う。
「俺らが通常のアンデッドと違って意識があるのは呪術で成ったからだ。
そこら辺のやつは非業の死を遂げると悪霊となって死体に留まるからな」
「デーモン、ですか」
「そうだ。人は未練を残すと幽霊となる。ゴーストは強い感情や思いが魔力のまま残っているだけで大して害はない。
生霊は思念がある分いろいろと出来るな、覗きとか」
「そんな不埒な真似はしませんよ。それにこの館は外部の霊体を侵入させない結界張ってありますし、風呂周りの壁は高度な術式が組んであって私ですら通り抜けませんよ」
ジャスティン先生が即否定する。
ちょっとうらやま……いや碌なことにならないか。
俺の脳裏に吊目のアンナと黒い笑みを浮かべたエリザ様の顔が浮かぶ。
「悪霊は生者への恨みから死体に留まって襲ってくる、だから魔物と同等の扱いを受けてるな。
動く死体や骸骨兵、木乃伊なんかがいる」
「そういえばスケルトンや幽鬼が武器を扱えるのって何か理由があるんですか?」
ゾンビやマミーは使えない、この差は何なのだろう。
「ゾンビは肉が腐ってる、ゆえに身についてた武術や魔術の心得も腐っちまうって言われてる。
マミーは渇ききってるからとか、逆にレヴナントは死蝋になってるから心得が身に残ってるとか所説あるな」
未だにその辺のプロセスは解明されていないらしい。
俺は遭遇しなかったが魔術を使うスケルトンやレヴナントもいるらしい。
「死霊術はそんな奴等を魔力で抑えつけて従える、要は調伏のようなもんだ。
最後に何か質問はあるか?思ったより時間食ったから手短にな」
あっさりと呪術と死霊術については終わった。
むしろアンデッドの説明が詳細だった。
では先程思い出したことを一つ。
「生物は死んだらマナになるとのことですが、前世が来世に影響してくることってありますかね?」
講義に飽きて、俺の膝を枕にして寝てるメリーを見やりながら聞く。
何故メリーが少女と子猫の姿になれるのだろうか。
「前世の記憶があるって言う奴はたまにいるが真偽は分からんな。俺様は嘘だと思うが」
「それは分かりませんよ?マナに何らかの情報が残っていた可能性は否定できません」
「さっき話したケルベロスの様な場合はともかく、世界に還って新たに生み出される時点で残ってないはずだ」
何やら討論が始まってしまった。
数十分続いていたが所詮は机上の空論。
結論は出ず、ジャスティン先生とハイドさんの実験室を後にして今日の講義を終えるのであった。




