第17話 この世界の神々
早く書き終わったのでちょっとフライング。
第一話の世界の話にちょっと付け足ししましたが、今回の話で同じ内容が語られているのでわざわざ見直しに行く必要はないと思います。
俺は暗闇の中にいた。
すぐにこれは夢だと気づく。
よっぽど黒い泥の中がトラウマになってるらしい。
もしくはエリザ様に魅了の魔眼を使われたとき、脳裏によぎったからかもしれない。
しかし今までと違う内容だった。
まるで水をすくうように合わせた俺の手には光が溢れていた。
俺は光をこぼさないように、じっと見続けている。
失くしたくない、とても大切なもの。
だが俺の思惑とは裏腹に光はだんだん上昇し、俺の手の内から離れる。
俺はそれを見て慌てたりはしなかった。
必ずまたこの手にすると決意し、光を見送った。
目が覚める。
薄明りがカーテンから漏れていた。
どうやら早朝のようだ。
しかしやたら狭間の世界を思い出す夢を見る。
まあ夢って深層心理を例えたようなもので、見たままの意味じゃないらしい。
魔法があるんだからこの世界の夢も何かしらの意味を持つかもしれないが、俺としては新しい人生を大事に生きてこうという決意の現れなんじゃないかと思う。
などと考えていたら自分の影がないことに気付く。
どうやらメリーがどこかほっつき歩いてるらしい。
一度目は許されたというか向こうの思惑の内だったからいいが、反帝国軍の一員として認められたのだからあまり不信感を招く行動は控えて欲しいのだが……。
ベッドのサイドテーブルには着替えが置かれていた。
簡素なベージュ色の服だがとても丈夫そうだ。
レリーチェさんが事前に用意してくれていただろう、それを着ていく。
さて、目が冴えて二度寝はできそうにないので許可をもらって庭をぶらつこうかと思い、ドアに手をかけた。
目に入って来たのは廊下に立つ白い女性と白黒の少女。
片方は昨日に後をくっついてきたアルヴィナさんだ。
目と口が閉じられている上に無表情だから彼女が何をしたいのかイマイチ分からない。
対する少女は我が娘同然のメリー。
普段の天真爛漫な表情と逆で、こちらも無表情であった。
無表情で見つめ合う一人。
一体何が起きてるんだ。
「あ、パパおはよー!」
メリーはこちらに気付いて飛びついてきた。
「おはようメリー」
「パパ、アリスの物語話して!」
アルヴィナさんがどうかしたのかい、と声を掛ける前に先制された。
戦闘型家政婦人形、アルヴィナ。
名前に反して彼女の顔の造形は東洋、いや日本人のものだ。
彼女の製作者が日本人なのか、モデルが日本人だったのか、この世界に日本人のような民族が存在するのか。
日本のような国があるなら是非訪れたいな。
食べ慣れた料理やオフトゥンが恋しい。
それはさておき、謎が多い彼女の顔には親しみを覚える。
今朝も俺の部屋の前にいたぐらいだし、後ろに引っ付かせてるうちに謎がいくらか解明するだろう。
なんて思いながら、部屋に戻ってメリーに今度は鏡の国のアリスを読み聞かせていたら、レリーチェさんが食事を持ってきてくれた。
「如何でしょうか、服と朝食の方は」
「服はなかなか丈夫そうですし、朝食の方もおいしいですよ」
パンを口に運ぶ合間におしゃべりする。
お世辞ではなく、中でもスープは中々美味だ。
「私の作った物がお気に召したようで良かったです」
料理上手か、レリーチェさんはいいお嫁さんになるんだろうなあ。
……あれ?
「服もですか?」
「はい、私の糸で紡ぎました」
な、なんだってー!?
そう聞くとなんか恥ずかしいというか興奮するというか。
だってこの糸、たぶん彼女のお尻から出てきたんだよな……。
「糸出すとこ見せてー!」
「了解しました」
アリスにねだられて了承する彼女。
えっ、俺の目の前で――
指と爪の間から糸を出した。
うん。
なんかそんな気はしてました、ホントですよ?
「ではクロウ様、エリザ様がお話されたように今日は世界と魔法に関して講義を受けてもらいます」
食べ終えるとレリーチェさんがそう切り出した。
「ここで、ですか?」
「いえ、世界についての講義は礼拝堂にてジャスティン様に教鞭をとっていただく予定です」
そういえばアンナからもその名前を聞いたな、確か魂の話に詳しい人だったか。
それにしても吸血鬼のいる館に礼拝堂か、なんとなく違和感があるな……。
レリーチェさんに連れられて礼拝堂に来た。
彼女は食器を載せた盆を片手に一礼し、来た道を引き返した。
礼拝堂、といっても教会のような立派なものではなく、席が縦横2列の小さなもの。
正面にはふくよかで、ティアラをつけて、まるでシーツのような布一枚を身に巻く女性の像が静座している。
その背後には色とりどりのステンドグラス。
まさに厳かな空間。
「おはようございます、あなたがクロウさんですね」
話しかけてきたのは長い白髪と白髭の老人。
丸眼鏡をかけた温厚そうな顔、サンタクロースみたいだ。
しかし着こむローブは白赤金と豪奢で清廉で、只者ではないと物語る。
教皇、という言葉がぴったりな人物。
姿が透けてなければ。
「ゆ、幽霊?」
今の今まで見たことはなかったが、ついに俺にも見えてしまったらしい。
冷ややかな汗が背中を伝る中、老人は口を開いた。
「幽霊ではなく、死にぞこないの生霊なのですが……まあ不死者の授業はまた今度にしましょう」
生霊。
どうやら彼は不死者らしい。
「わたくし、ジャスティンと申します。生前は奇跡を行使する僧侶でした」
「でした?」
「はい。生と死の理念から外れたアンデッドに神よりもたされる奇跡は使えないのです。いや使えなくなった、ですか」
確かに奇跡が使えるアンデッドっておかしいか。
どっちかっていうと奇跡でアンデッド祓いそうだし。
奇跡についてもっと聞きたかったが、それは魔法の授業で聞けるだろうとのことだ。
魔法と奇跡って別物じゃないのか?
「俺はクロウ、こんなナリでも勇者です」
自己紹介を返す。
ジャスティンさんはにっこりと笑い頷いた。
おかしなところは透けてるだけで、いい人そうだ。
「では早速ですが始めましょう、席におかけください」
記念すべき第一回異世界授業が幕を開けた。
「クロウさんは世界誕生の話をどこまで知ってますか?」
そう聞かれたので死神が話した内容を声に出す。
初めに闇があり、女神が生まれ闇を光で照らした。
女神は万物の元であるマナで世界を作った。
太陽、月、空、大地、海を。
「なるほど。一般的に伝わってる創生神話は知ってるのですね」
「はい。一般的というと、違う解釈……いや内容も存在しているのですか」
ジャスティンさんはコホンと咳払いをして語り始める。
「一万年前のことと言われてますからね、語り継がれる間にいくらか齟齬が生まれたのでしょう」
つまり伝言ゲームだな。
最初話してた内容と違うと。
「この世界は神様からお告げがあります。動物の姿をとった化身や聖域で本当の姿を見た者もいます。
そうした神との交流により、詳細な内容が女神教や魔術学園に伝わってます」
女神教。
この世界の生命体のカーチャンだもんな、創造主として信仰があるのは当然だろう。
化身ってのは死神が言ってた使い魔のことかな。
そして魔術学園。
やはりあるのか、ファンタジーお決まりの。
「地方の伝承によっては混沌とも言われていますが、最初に闇があり女神が生まれた。
ここまでは一般的な創生神話と変わりません」
生霊僧侶は眼鏡をくいっとあげる。
やりたくなるよね、俺眼鏡かけてないけど。
「女神様は闇の世界に無かった光を放ち、闇からマナを見出しました。
マナは火、水、地、風の4つの属性に分かれ、四代元素とも呼ばれます。
女神様は火のマナで世界を半日照らす太陽を、水のマナで海を、地のマナで大地を、風のマナで空気を作りました」
「月は?」
確か死神の話では月があったと思うのだが・・・。
「世界を照らす太陽は半日しか顔を出しません。そこで女神様は残りの半日を自分から溢れ出る光で照らすことにしました」
「女神自身が月、と」
「女神様ご自身なのか女神様から溢れる光なのかは長年議論されているようですが、一先ず光と月が女神様の象徴と思ってください」
ふむ。
確かに月の女神ってピンとくるな、アルテミスとか。
「この礼拝堂の美しき女性像こそ、創造主たる女神ルナティミス様のお姿と言われてます。」
彼が指さすはふくよかな女性像。
うーん。
「ちょっとイメージと違いますね」
女神と聞いてスラっとした女性を想像していたのだ。
「あくまで言われているだけです。
女神様は闇夜を照らす月としてのお仕事につきっきりなのか、人前に現れたことがないのです。
この姿も世界を作った母としての側面として描かれたと伝わっています」
なるほど。
じゃあ俺の脳内女神様はスレンダーということにしておこう。
「では何故女神様という存在が伝わっているのか。それは使役神ミカエラ様が人々にお告げをお届けになってきたからです」
ジャスティンさんは近くの机にあった羊皮紙の束から一つを宙に浮かし、手に触れずにくるくると伸ばして開く。
おおっ、ポルターガイスト現象だ。
羊皮紙には鎧に包まれた美女が描かれている。
着けている兜は側頭部に羽根、額に十字架の装飾がある。
腰鎧の下は前が開いたロングスカートを履いている。
髪はセミロング。
凛々しく美しい顔の左目は眼帯で覆われているのと、手に持っている綺麗な装飾が施された槍が特徴的だ。
「使役神ミカエラ様。女神様の伝令にして死せる勇士の魂を選定し率いる指揮者。また悪事を働いた人々を雷にて裁く神と言われています」
うん、まるっきりワルキューレだな。
「化身は白い鳥、聖樹はオリーブ、象徴する果実は苺と言われていますね。秩序や軍を司るので軍人や騎士から信仰されてますね」
と、使役神ミカエラの説明を受けているのだが、気になることが一つ。
「ジャスティン先生、その文字は何と書いてあるのですか?」
「先生というほどの者ではありませんよ。使役神ミカエラと書いてあります」
三角から棒がはみ出してたり、遺跡に書いてありそうな文字だった。
そしてまたもや疑問が浮かび上がる。
「えっと、俺はこの世界に来ても話が通じてますけどこの世界の言葉は日本語なのですか?」
文字はいかにもファンタジーなのに言葉は日本語、おかしな話だ。
「ニホンゴ?よく分かりませんが言葉は言葉でしょう?」
つまり、この世界の言葉は一つということなのだろうか。
統一言語ってあったな、たしか天に届きそうな塔を作ったら神様がキレて人間が皆協力して二度と建てられないよう言葉をバラバラにしてしまったとか。
「俺のいた世界の故郷では日本語という言葉があって……」
順々に言語の話をする。俺のいた世界には英語とかフランス語とか色々あるよ、と。
するとジャスティン先生は一瞬思案した後、こう答えた。
「国や人種ごとに言葉が違うのは興味深いですね。
それはともかく、クロウさんとこの世界の人々の会話が成立する理由。
それは女神様の加護ではないですか?」
つまり女神様のおかげで翻訳されてるってことか。
「口の動きも日本語を話すときと一緒なのですが」
しかし翻訳されているという割には、映画の吹き替えのように口の動きが合ってないということも無いのだが。
「特殊な幻術でそう見えてるのかもしれませんね」
女神様の加護パねえな。
「話を戻しますよ。ミカエラ様以外の女神様に仕えし神々について説明します。
女神様は、本来一人でやっていた神事をそれぞれこなす神を造ったと言われています。」
死神グリムヘル。
俺が会ったフードを被った骸骨だ。
死を司り、魂の導き手と呼ばれ死ぬ前に姿が見えるらしい。
俺が会ったことを話すとジャスティン先生は大層驚いていた。
また会ったときは持ってなかった大鎌を手にしている。
化身は黒い犬で聖樹は糸杉、象徴する果実はザクロだ。
畏敬の念で崇められているらしい。
死神は怖いもんな。
生命神プシューケ。
身に着けているのは簡素な服で、頭に木の枝を巻いた冠を頂く美しい女性だ。
手には弓を持っている。
髪型はポニーテール。
耳が尖っており、背からは蝶の翅が生えているのが特徴的だ。
妖精の女王であるとのこと。
「妖精はかつて大昔に存在し、現在では地妖精や森妖精、野妖精になったと言われてますね」
妖精に関しては後回しにせず教えてもらえた。
またプシューケは自然や名前の通り命を司る神であり、狩人から信仰される他に安産祈願の神様となっているようだ。
化身は緑の蝶、聖樹は月桂樹、象徴する果実は桃。
祭神ディオバクス
頭髪はなく、ぽっちゃり体形で豪華な服を着ているおっさんの神様だ。
……失礼なこと考えて罰が当たるとかないよね?
運を司る神様で商売繁盛、豊穣、長寿から博打の一攫千金と、とにかく幸運を願う人々の信仰対象になるとか。
手に持っているのはお酒で醸造の分野でも信仰がある。
まるで七福神が全員合体したかのような神様だな。
化身は金の豚、聖樹は樫、象徴の果実は葡萄。
最後に武器神ヘカントケイル。
俺の持つ勇者の剣を鍛えた神様だ。
ギリシャ兵のような甲冑を身に着けている。
それだけなら何の変哲もないが異様な点が一つ。
腕が六本もあるのだ。
真ん中の対の腕は腕組しており、残りの腕の手には槌、槍、斧、盾がそれぞれ握られている。
戦や鍛冶、つまるところ武器を司る神様で戦士や鍛冶師に信仰される。
阿修羅のような神様だな。
彼には化身や聖樹、象徴する果実はない。
それはかつて世界で覇権を轟かせたが女神に盾突いた巨人であったからだという。
ヘカントケイルは女神側に付き、女神に対する強い忠義と大きな戦果を挙げたことにより神の座に迎え入れられたらしい。
この世界の神々は六柱いるということだ。
「さてこれで一先ず最初の講義は終わりです。お昼にしましょう」
いつの間にやらお腹が空いていた。
勉強は好きではないのだが、憧れていたファンタジーな世界観によりかなり集中していたようだ。
ジャスティン先生が食堂に案内してくれるそうなのでついて行こう。




