第16話 白い人形
にっこり笑う吸血鬼。
こちらの心の奥深くを見つめるような赤い瞳。
ちょっとした動作でプラチナブロンドのロングストレートが揺れる。
実はロングストレートが好きな俺は思わず髪の動きを目で追ってしまう。
ロングストレートのメイドだったらパーフェクトだった。
と、エリザ様を見てたらアンナの目が鋭くなっている。
心が見透かされてるのかは分からないが、ぶっ飛ばされる前に真面目になろうか。
反帝国軍首領エリザ。
種族はヴァンパイア。
なるほど、夕方に起きるわけだ。
「ところでアンタ、メリーはどうしたの」
アンナが俺を、いや俺の影があるべき所を見て言う。
そこに俺の影はない。
つまり――
「パパー!探検終わったよ!」
黒猫が現れ、やがて人の姿をとる。
そう、メリーはコッソリと館に危険がないか探っていたのだ。
館に入る前に攻撃されれば疑うのは道理だ。
念話で彼女から提案され話し合い、アンナと廊下で別れた後に彼女も俺とは別行動をとったのである。
背中を伝う冷や汗。
メリーが探検してた事はこちらが反帝国軍を信用していないと間違いなく捉えられる。
目の前の二人から咎められるのを覚悟したのだが。
「メリー、駄目よ勝手に動いちゃ」
「えへへ、ごめんなさーい」
アンナがメリーを叱っただけ。
それに対しメリーは軽く謝っただけ。
「私もクロウ様を試すようなことをしましたし、それで相殺ということで」
「すいませんね、うちのメリーが。あ、あと様つけなくていいですよ」
なんとかなった。
そしてちょっと様付けはくすぐったい。
前の世界じゃ下っ端だったしどうも慣れない。
「ではクロウさんとお呼びしますね」
あ。
この笑顔は知っている。
社長の愛人疑惑のある事務員さんが浮かべた裏のある笑顔。
それを見て俺の脳に電流が走る。
庭での攻撃、それを防ぐメリー。
偶然、更衣室で一番偉い人と鉢合わせ。
前者は俺の力量を測るためだろう。
アンナもやたら早くお説教が終わって風呂に来たし。
庭で明らかになったメリーの存在。
いや、疑うならもっと前からか。動物の使役に長けたボギーのアンナなら手紙を鳥とか使って届けられるんじゃないか。
もしかしたらそのために庭で攻撃を――
とにかくメリーを知った彼女らは俺から引き離すことに成功。
そしてメリーがいない状態で更衣室でエリザ様が魅了してくる。
なるほど、知らずうちに向こうもこちらの腹を探っていた訳だ。
アンナもエリザ様の言葉だから風呂でのことを怒らなかったと思ったが、事前に知ってたなら納得できる。
だから俺とメリーの二人してそこまで咎められず、お相子だと彼女は申してきたのだ。
アンナが怒らなかった事と社長の愛人という前例がなければ気づかなかった……。
エリザ様は相変わらず男を落とさんとばかりの笑顔。
騙されないぞ俺は。
首領として相応しい策士だ。
諸葛亮孔明レベルかもしれない。
「アンナからは聞いてますが、反帝国軍の首領として今一度聞きます。反帝国軍へ参加いただけますか?」
その質問に俺は、
「参加します」
即答。
だってこの世界のことまだ全然分からないし後ろ盾はあった方がいいに決まっている。
そして腹の探り合いをして尚、こうして聞いてくれる相手を信じようではないか。
魔獣を共に倒したアンナのことは仲間だと思ってるし約束だし。
「承知しました。あなたの参加を歓迎します」
俺とついでにメリーも反帝国軍の所属となった。
「勇者様はどうやら女神さまに異世界から呼び出された、とアンナから聞いております。
私としてはここでクロウさんにはこの世界のお勉強と剣術や魔法の訓練をしていただきたいと思ってます」
「こちらとしてもありがたいお話です」
勇者としての力はあってもこの世界の常識に疎かったり、剣の扱いに優れてる訳ではない。
願ったり叶ったりだ。
「かのケルベロスとの戦闘や旅でお疲れでしょう。レリーチェに案内させますので今日はゆっくりお休みください」
その一言で今日はお開きの方向に。
レリーチェさんの後につき、部屋まで案内してもらう。
歩きながらお話というかこちらが色々質問していたのだが、この屋敷で家事をこなすメイドは彼女だけだという。
お手を煩わせてしまっているかもしれない。
もう一人居るメイドは戦闘特化とのことだ。
部屋まで案内してもらったが場所だけ覚え、敷地をうろつく許可をもらい俺は今庭の一角に向かっている。
ボギーたちに任せた夢馬が粗相をしていないのかが心配だからだ。
アンナの様子じゃ通常、調伏できるような魔物じゃないみたいだし。
あと名前つけてやるの忘れてたしな。
某深い衝撃みたいな名前がいいのだろうか。
心配は杞憂に終わった。
初対面とは裏腹にナイトメアは馬小屋で大人しくしている。
世話係のボギーのおっちゃんがナイトメアは牝しかいないとテンション高く説明してくれた。
動物が好きなんだろう、俺も友達とゲームの話をするときはテンションが上がったものだ。
そういえばホースは牡馬、メアが牝馬だったか。
そんなナイトメアちゃんに付けた名前は――
「ユメ」
何のひねりもない。
ネーミングセンスが欲しい(切実)。
「いいじゃねえか!分かりやすくて!」
どうやらボギーには好評なようだ。
俺の烏という名前も見た目通りだということで好評だった。
さて、すべきことは終えた。
部屋に戻って久方ぶりのベッドで泥のように寝よう。
館に戻り、廊下を歩いていたら曲がり角で人とぶつかってしまった。
「すいませ――」
相手に謝ろうとした俺の言葉は途切れた。
第一印象は白。
長い髪も肌も白、エリザ様より真っ白な肌だ。
メイド服に身を包む彼女の顔は俺と同じ日本人に近い、そして整っている。
だが目と口は異様であった。
糸のようなもので縫い付けられている。
まるでぬいぐるみの目や口の刺繍のように。
顔の刺繍だけではない。
不死者に近いものを感じる。
それが何なのかはすぐ気づいた。
息。
彼女は息をしていない。
白さでも、メイド服でも、刺繍でもなく、息をしていないでもなく、俺は彼女の顔つき、いや雰囲気が気になった。
愛おしい。
俺の脳裏を埋め尽くしたのは愛おしさであった。
思わず手を彼女に伸ばし、頬に触れる。
一目ぼれとは違う、これは――
「クロウ!」
呼ばれた方を向くとアンナがいた。
うん。
やばいな。
アンナは走ってくる。
跳び蹴りに身構えたが――
「大丈夫!?」
なぜか彼女は俺の安否を聞いてきた。
「お、おう」
「よかった……アルヴィナに触れて大丈夫な奴とか初めてよ」
と、彼女から白いメイドの名前を聞く。
アルヴィナというらしい。
「エリザが拾ってきた自動人形なんだけど、男はもちろん、やましいこと考えてる女が触ると攻撃してくるのよ」
無意識とはいえ思っていたより危ない橋を渡っていたらしい・・・。
しかし自動人形か。
なら目や口が縫い付けれらている事と、息をしてない事には納得がいった。
「しかし精巧な人形だな」
「そらそうよ、私たちの体と似て異なる物で造られているそうよ」
えーと、つまりは。
「肉人形みたいなものか?」
確か生肉で造られたゴーレムがゲームの敵で出てきたはずだ。
しかしアンナは不可解そうな表情を作り、答えた。
「そんなゴーレム聞いたことないわ。まあでも腐らない肉で出来ていると考えてもよさそうね」
アンナも詳しくは知らないし、反帝国軍の魔術師が攻撃されない範囲で調べても分からなかったらしい。
エリザ様が昔拾ってきたということ、自衛機能をもつこと。
分かっているのはその二つだけだ。
ちなみにレリーチェさんが言ってた二人しかいないメイドの片方、戦闘特化型とは彼女のようだ。
「そういえばどうして彼女の頬に触れてたわけ?」
油断してたら怒りの笑顔を向けられた。
「なんとなく?」
足を思いっきり踏まれた。
反帝国軍七不思議その一とでも言うべき存在に出会った。
アンナにちゃんとゆっくり休めと急かされ部屋に戻っている途中なのだが――
「…………」
「…………」
「…………」
アルヴィナさんが何故かついてくるのだ。
アンナも心配して一緒についてきた。
引っこ抜いて戦って食べられるゲームじゃないんだからさ……。
遂に俺に宛がわれた部屋にたどり着き、中に入ったのだが彼女も入って来た。
人形といえども彼女と同じ部屋で一晩過ごすのは落ち着かないし何より――
「絶対あんたアルヴィナに良からぬことするでしょ」
と疑ってやまない吊目のボギーさんが一人。
「いくら俺でもそんな趣味はないんだが……えーとアルヴィナさん、部屋には俺一人にしてくれないか?」
コクンと彼女は頷いた。
駄目元で言ってみたんだが意思が通じたようで良かった。
アンナの目が吊目から凛々しいそれに戻る。
本当に良かった。
「それじゃ私は行くわ。お、おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
お休みの挨拶を返してドアを閉める。
なんかぎこちなかったけどアルヴィナを連れ込むとでも疑っているのかな……。
人形愛好家でもないし、人形遊びにも興味はないんだが。
ベッドに倒れ込む。
まともに寝るのが何百年振りと錯覚するような感覚。
色濃い数日だったがこれからより濃い日常が待ち構えているのだろう。
ようやくチュートリアルが終わったようなものだ。
すぐさま眠気が襲ってきた。
いつしか俺は意識を手放し寝るのだった。
次の更新まで4、5日空きます。




