ファルーサ・カイデン1-2
「ファルちゃん、大丈夫?」
「ファルちゃん、可哀想に!」
「あなた、早くファルちゃんを何とかしなさい」
「いや、何とかしたいんだか、医者がどこに行ってしまっているのか、全然見つからないんだ!」
「「「言い訳はいいから、早く何とかしなさい!」」」
すると、またお父様がお母様達に怒られているのが聞こえだした。わずかでも痛みが和らいだせいか、少しお父様が可哀そうになり、それ位で勘弁してやったら、と言って助け船を出したつもりだったが、発した言葉は
「お母様、お父様をあまり怒らないであげてね」
だった。
何で俺はこんな子どものような言葉を使ったんだろうと恥ずかしくなった。
・・・が。
いや、待て・・・・・。
俺は10歳だ。子どもで良いんじゃないか。何もおかしくないぞ。
じゃあ何で恥ずかしがったんだ?
と言うか、何で大人みたいなことを考えているんだ?さっきまでこんな事はなかったぞ。
いやいや、「さっき」っていつだよ?
え?何か俺おかしいぞ。
まずは落ち着け、俺。痛いから落ち着いていられないけど、それでも冷静になれ。
ゆっくり思い出してみよう。俺が誰かを。
俺はファルーサ・カイデン。10歳だ。そう、10歳だ。これは間違いない。大人だった俺が子どもに戻った、と言うことではなさそうだ。
じゃあ、「さっき」っていつだ?
・・・・・・・・・。
もしかして、神様と会って話をしたのを思い出した時か?
だとすれば、神様は何か言ってなかったか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
確か、俺の前世の記憶を消したと言って、俺と会話をしていたな。そして、余命を残して若くして死んだと。つまり、前世で死んだ時の、何歳かはわからないが大人の、少なくとも子供ではない年齢の魂の状態で神様と話をした。
普通なら生まれる前の事を憶えているはずはないのだが、その時の事を思い出してしまったがために、10歳の子どもである俺の精神年齢が、前世で死んだ時の年齢まで上がってしまったのか?
あくまで俺の想像でしかないが、そう考えれば納得できる。
しかし、何で急に生まれる前の事なんて思い出したんだ?
と言うか、何で俺はこんな痛い思いをしてるんだ?
もしかして、今まで生きてきたファルの人生としての走馬灯を見てしまう程の怪我をして、その中の記憶ではこの怪我から生き残る方法が見つからなかったのか?だから、生まれる前まで記憶を遡ってしまったのか?そんなことあり得るのか?そもそも、どうして怪我をしてしまったんだろう?
・・・・・・・・・。
そうだ、思い出した。俺が10歳になったお祝いに、お父様とお兄様達が、初めて狩りに連れて行ってくれたんだった。
絶対に離れるなと言われてたんだけど、雄の鹿との遭遇により、大きく状況が変わってしまった。
鹿とは中型の魔獣で、その肉は大層美味いのだが、魔獣や魔物はよほど小さなものでなければ、普通は人族を見つけると襲ってくる。頭から生えた2本の角が、先端に行くに従って枝分かれし、何本もの鋭く尖った状態で広がった様は、見るだけで子ども心に恐ろしかった。
しかし、お父様、お兄様達そして家臣達は、そんな鹿の突進を軽々と躱し、次々と矢を射って、そのうちの数本が鹿に当たった。
鹿の動きが少し鈍くなり、いよいよ弱ってきたのかと思った時、突然鹿が森の奥に逃げ出した。当然、お父様達はそれを追って行く。
鹿を追うお父様達を俺も追おうとしたんだが、その時、すぐ近くにスライムがいるのが見えてしまった。
10歳の誕生日のお祝いに短剣のプレゼントをもらっていた俺は、色のない(白い半透明)小さなスライムは子どもでも倒せると、周囲の者からずっと聞かされていたため、つい、そのスライムに戦いを挑んでしまった。
確かに、簡単にスライムには勝てた。攻撃もしてこないし、弱点だと聞かされていた核は外側からよく見えるので、そこを短剣で突いてやればよかった。
それでも、形が崩れていくスライムを見て、初めての魔物との戦いで勝利したことの余韻に浸っている時、近くにウサギがいるのに気付いた。
額の中央から一本の鋭い角が生えた、角ウサギだ。
角ウサギは俺と目が合うと、俺に向かって一直線にすごい速さで駆けてきた。あの角で刺されると大怪我をすることは間違いないだろう。下手をすれば死ぬ・・・・・
俺は恐怖でパニックになって、角ウサギが走ってくる方向に向かって反射的に短剣を持った右腕を突き出したのだが、ちょうどそこに、角ウサギがスピードに乗ったまま俺に向かって飛びかかってきて、幸運なことに自ら刺さってくれたのである。
その素早さゆえに、魔獣を狩るための鍛錬を十分に受けた者でなければ狩ることができないはずの角ウサギを、相手の自滅によって狩れてしまった。
ただ、今だからそう思えるのであって、この時の俺は何が起こったのか解らず、角ウサギが(勝手に)刺さったままの短剣が重くて右腕を下げると、角ウサギは自重により地面に落ちた。
と、その時、左手に激しい痛みが走った。何かと思って見てみると、別の角ウサギの角が俺の左上腕部に刺さっていた。
その角ウサギは、刺した後すぐに俺から離れるつもりだったのだと思うのだが、あまりの痛みに俺が全身に力が入ってしまい、腕の筋肉も硬直したような状態になっていたのだろう。角ウサギが考えていたのより、角が俺の腕から抜けるのに時間がかかったようだ。その後、俺が無我夢中で振った短剣が、ちょうど角が俺の腕から抜けて、地面に降りようとしていた角ウサギの首に当たったらしく、地面に降りた角ウサギの首から大量の血が噴き出した。
しかし、この時は何が起きたのかよく解らないまま、先程の左腕よりも激しい痛みが背中に走った。
あまりの痛さにその場にうずくまって後ろを見ると、角の先端辺りに血が付いた角ウサギがいた。そう、もう一匹いたのである。
痛みのためか、出血のためか、意識が薄れていく中、ぼんやりとこのまま死んじゃうのかなと考えていると、お父様とお兄様達が俺の名前を呼びながらこちらに走ってくるのが見えた。
俺が憶えているのはここまでだ。きっと、そこで意識を失い、お父様達によってここに運び込まれたんだろう。
また、僅かではあるが痛みが和らいだような気がした。寒気も少し和らいだようだ。それでもまだまだ痛いので、いまだ身体は動かせないが、視界の範囲内で少し周りを見る余裕が出てきた。
ここは俺の部屋だ。自分のベッドにうつ伏せになっているようだ。窓は見えないが、部屋の中に差し込んでいる陽光の色で、そろそろ夕方なのが分かる。俺が角ウサギに刺されたのが昼食後大分経った頃、おそらく午後2時から3時ころであったと思われることから、まだ然程時間は経ってないと思われる。
ひとしきりお父様を叱っていたお母様達や、ようやくそれから解放されたらしいお父様、お兄様達まで俺の側に立って、心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
「心配かけてごめんね」
何となく申し訳なくなり謝ったら、みんながポロポロと涙を流し、声を立てずに泣き出した。
えっ?俺はそんなに悪いの?もしかして、もうすぐ死んじゃうの?いや、生命力量回復速度向上のスキルが仕事をしてくれるはず。それでも何となく不安になった俺は呟いた。
「お母様、僕の手を握ってて」
すると、実のお母様がベッドの横に跪き、そっと両手で俺の右手を挟んでくれた。
しばらくそうしているうちに、眠くなってきた。




