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岩戸を開けたのは、笑い声ではない

岩戸を開けたのは、笑い声ではない


高天原の朝は、天照大御神が機織り小屋の戸を開けるところから始まった。炊き上がった粟の湯気が土器の蓋を押し上げ、庭では濡れた麻糸が風に揺れている。天照は粟粥を三口だけ食べると、東の空へ向かって両手を広げ、夜の名残を山々の向こうへ押し戻した。


「今日は西の田へ、少し長く光を置きましょう。昨日の雨で稲が伏せています」


天照が指を動かすと、雲の切れ間から細い光が降り、泥に倒れていた稲穂がゆっくりと頭を上げた。神々はそれを毎朝のこととして受け取り、礼を言う者は少なかった。それでも天照は、食べ残した粟粥へ木の蓋をかぶせ、濡れた麻糸が乾くまで日差しを弱めなかった。


弟の須佐之男命が高天原へ来てから、朝の仕事はたびたび中断された。畔は壊され、田へ水を引く溝には土が詰め込まれ、収穫を祝う御殿には汚物がまかれた。神々は須佐之男の荒々しさを恐れながら、「男神にはそのくらいの勢いが必要だ」と、壊れた畔を黙って積み直していた。


「姉上の国がどれほど立派か、試しているだけだ」


須佐之男は、泥のついた足で天照の御殿へ上がり込んだ。天照は返事をせず、弟の足跡を見た。朝から女神たちが磨いた床に、黒い泥が一歩ごとに落ちていた。


天照は須佐之男を追い出す代わりに、壊された田へ連れていった。老人の神が曲がった腰をさらに折り、流れ込んだ石を一つずつ拾っている。子供たちは昼の握り飯を食べず、籠に入れて家へ持ち帰ろうとしていた。


「お前が壊した畔を、お前の手で直しなさい」


天照は鍬を一本、須佐之男の足元へ置いた。弟は鍬を拾わず、鼻先についた髪を乱暴に払った。周囲の神々が息を詰める中、天照は自分で土を踏み固めると、直した畔へ光を集め、水の流れを元へ戻した。


「姉上は、細かいことばかり気にする。日が昇れば、稲などまた育つだろう」


「光は、壊した者の代わりに謝りません」


天照が言うと、田にいた神々が顔を上げた。須佐之男は鍬を蹴り倒し、そのまま背を向けた。天照は倒れた鍬を拾い、柄についた泥を稲藁で拭いて老人へ返した。


数日後、天照は神衣を織る小屋にいた。梭が糸の間を往復する乾いた音と、染めた絹を煮る釜の匂いが小屋を満たしていた。織女たちは冬至の祭りに使う衣を仕上げるため、朝から水も飲まずに手を動かしていた。


屋根が大きな音を立てて破れたのは、天照が織り目の乱れを直そうと腰をかがめたときだった。皮を逆さに剥がれた馬が投げ込まれ、機織り台が二つ押し潰された。折れた木片が飛び、若い織女が持っていた梭を胸へ突き立てた。


「手を止めなさい。釜の火を消して、戸をすべて開けなさい」


天照は倒れた織女を抱き起こしたが、白い衣はすでに赤く染まっていた。床には途中まで織られた神衣が広がり、馬の血と釜からこぼれた染料を吸っていた。外では須佐之男の笑い声が遠ざかり、誰一人としてその背を追わなかった。


天照は織女の手から梭を抜き、布で包んだ。神々は「大事にすれば国が割れる」「弟君にも事情がおありだ」と口々に言い、壊れた屋根の下で責任の所在を薄めようとした。天照は血のついた梭を懐へ入れると、天の岩戸へ向かった。


「私が細かすぎるというのなら、私の光がなくても暮らせるのでしょう」


岩戸が閉じると、高天原から昼が消えた。濡れた薪には火がつかず、田の水は冷え、鶏は時を告げなくなった。天照は岩屋の中で膝を抱えず、持ち込んだ小さな灯火のそばに座り、血のついた梭を麻布で何度も拭いた。


外では八百万の神々が集まり、天宇受売命が桶の上で踊り始めた。足を踏み鳴らす音と大きな笑い声が岩戸を震わせた。鏡が用意され、玉が榊へ掛けられ、力自慢の天手力男神が戸の脇で身構えた。


「天照様より尊い神が現れました。ですから皆、喜んでいるのです」


岩戸の外から声がした。天照は立ち上がったが、戸へは近づかなかった。自分より尊い者が現れたという言葉より、笑い声に混じって聞こえる乳飲み子の咳と、冷えた石臼を回す音が耳に残った。


「田の稲は、どうなりました」


外の笑い声が止まった。しばらくして、思金神が「三日も日が差さず、葉先が黒くなっております」と答えた。天照は続けて、機織り小屋の屋根と、亡くなった織女の家族について尋ねた。


「屋根は、まだ破れたままです。織女の母には、誰も知らせに行っておりません」


天照は目の前の灯火へ油を一滴足した。神々は、踊りと鏡で太陽を誘い出すことばかり考え、壊された田も、血の残る仕事場も、そのままにしていた。天照は岩戸へ手を当てたが、まだ開かなかった。


「では、先に直しなさい。須佐之男が壊した畔を須佐之男に積ませ、機織り小屋の屋根を須佐之男に葺かせなさい。亡くなった織女の母へは、須佐之男自身が梭を返しに行くのです」


岩戸の外がざわめいた。須佐之男を罰すれば争いになると、何人もの神が小声で言った。天照は懐から梭を取り出し、落ちきらなかった黒い染みを親指でこすった。


「争いを避けるために、一人へ我慢をさせ続けることを、秩序とは呼びません。約束が果たされるまで、私はここを出ません」


その日のうちに、須佐之男は田へ連れていかれた。初めは鍬を投げ出したが、冷えた田で老人や子供たちが作業する姿を見ても、今度は誰も代わりに拾わなかった。須佐之男は日が昇らない寒さの中で泥へ膝をつき、崩した石を一つずつ元へ戻した。


機織り小屋の屋根が葺き直され、折れた機が新しい木で組み上げられた。須佐之男は織女の母の家へ行き、洗っても落ちなかった染みのある梭を両手で差し出した。母は梭を受け取ると、戸口に干していた娘の仕事着を取り込み、須佐之男へ一度も茶を勧めなかった。


すべてが終わった夕方、神々は岩戸の前へ戻った。踊りの桶は片づけられ、冷えた粟粥と、少し焦げた焼き魚が供えられていた。思金神は修繕した機織り小屋の木片と、須佐之男が泥の手で積み直した畔の土を岩戸の隙間へ置いた。


「お約束は、果たされました」


天照は岩戸を少しだけ開けた。鏡に映った自分の顔ではなく、外に並ぶ神々の手を見た。爪の間に土を残した者、屋根を葺いた縄で掌を赤くした者、織女の家へ粟を届けた者が、黙って頭を下げていた。


天照は自分の手で岩戸を押し開いた。天手力男神が引き出したのでも、天宇受売命の踊りに負けたのでもなかった。守るべき者を置き去りにせず、壊した者が償い、黙って見ていた者も手を動かしたことを確かめたから、光を戻すと決めたのである。


朝日が高天原を走り、黒くなりかけていた稲の葉を照らした。鶏が一斉に鳴き、家々の竈から白い煙が上がった。天照は冷えた粟粥を温め直し、一口食べてから、修繕された機織り小屋の戸を開けた。


新しい機の脇には、亡くなった織女のための空席が残されていた。天照はそこへ一輪の榊を置き、集まった神々へ一本ずつ鍬を渡した。最後に須佐之男の前へ立ち、朝日に光る鍬の柄を差し出した。


「日が昇れば、稲は育ちます。けれど、壊した畔は、光だけでは直りません」


須佐之男は今度こそ鍬を受け取った。天照は東の空へ両手を広げ、昨日より少し長く、西の田へ光を置いた。


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