十三歳の女王、台与
十三歳の女王、台与
台与が十三歳になった年、倭の国々では、稲の穂がまだ青いうちから争いが始まっていた。卑弥呼が亡くなったあと、男の王が立てられたものの、従わない国が相次ぎ、道の脇には焼かれた高床倉の黒い柱が残っていた。台与は麻の寝衣のまま板床に座り、欠けた土器に入った粟の粥を木の匙ですくったが、湯気はとうに消え、表面には薄い膜が張っていた。部屋の隅では、昨夜洗った白い麻布が竹竿に掛けられ、湿った草と灰汁の匂いを漂わせている。粥を一口食べると、煮崩れなかった粟の粒が舌に残り、台与は匙を置いて、何度も膝の上で指を組み直した。
「また残すのですか」
世話役の伊支馬が、炙ったアジを小皿にのせて入ってきた。魚の皮から落ちた脂が炭火ではじけ、狭い部屋に香ばしい匂いが広がる。台与は腹が鳴るのを聞かれたくなくて咳払いをしたが、伊支馬は何も言わず、魚の身を箸でほぐした。
「食べたくないのではありません。喉を通らないのです」
「同じことです。腹が空いていては、よい言葉も出てきません」
「今日は言葉など要りません。大人たちが決めたことを、私がうなずいて聞くだけでしょう」
「それなら、なおさら食べてください。うなずくにも力が要ります」
台与は伊支馬の言い方がおかしくて、口の端を少しだけ上げた。だが、庭から男たちの低い話し声が聞こえると、すぐに魚の身を見つめた。宮の外には各地から集まった使者が待っており、誰を次の王にするか、朝から言い争っている。台与が昨夜縫い直した麻の袖には、針を刺し損ねた血の跡が小さく残っていた。こんな袖を着て庭へ出れば、女王の血だと騒がれるかもしれないと考え、彼女は指先で茶色い染みをこすった。
「伊支馬、卑弥呼様は、朝から魚を食べられましたか」
「召し上がりました。干したイワシを二尾、それから栗を三つです」
「うそです。卑弥呼様は栗がお嫌いでした」
「よく覚えておられましたね」
「私が代わりに食べていましたから。口へ入れたまま笑って、むせたこともあります」
「では今日は、卑弥呼様の代わりにアジを召し上がってください」
「卑弥呼様はアジも嫌いだったのですか」
「いいえ。それは私が台与様に食べていただきたいだけです」
台与はようやく箸を持ち、ほぐされた白い身を口へ運んだ。塩は少なかったが、皮の焦げた苦みと脂の甘みが混ざり、冷えた粥よりも素直に喉を通った。庭では鶏が砂を蹴り、使者の一人が踏んでしまったらしく、短い叫び声と周囲の笑いが起こった。国々の行く末を決めに来た男たちも鶏には驚くのだと思うと、台与は二口目を食べることができた。伊支馬は安心したように空の水甕を持ち上げたが、その底から小さな虫が一匹出てきたため、二人でしばらく虫の行方を追った。
「伊支馬、水をくんでいなかったのですか」
「昨夜は台所の女たちが、使者の酒を用意するので忙しかったのです」
「私の水より、男たちの酒が先なのですね」
「酒を出さないと、話し合いの前から争いますので」
「酒を出しても争うではありませんか」
「それは、まことにそのとおりです」
昼近くになると、台与は生成りの麻衣を脱ぎ、赤土で染めた上衣と、細かな文様を織り込んだ裳を身につけた。腰には翡翠の勾玉を連ねた帯を巻き、髪は左右に分けて輪にし、白い麻紐で結んだ。髪を整える女が椿の香油をつけすぎたため、甘く重い匂いが鼻にまとわりつき、台与は二度くしゃみをした。衣装箱の横には脱いだ寝衣と、昨夜のまま畳まれていない布が積んであり、女王に推される娘の部屋というより、縫い物の苦手な子どもの部屋に見えた。
「香油を少なくしてください。頭から花が咲いたようです」
「女王になられる方ですから、遠くからでもよい香りがしなければなりません」
「使者は鼻で女王を選ぶのですか」
「まさか」
「では、半分にしてください。蜂まで寄ってきたら、話し合いができません」
身支度を手伝う女たちは顔を見合わせ、それから小さく笑った。台与は鏡代わりの磨かれた青銅板をのぞいたが、ぼんやり映る自分の顔は、昨日と何も変わっていなかった。頬には昨夜、竹籠の縁にぶつけた薄い傷があり、唇の端には朝の粥が一粒ついていた。女の一人が慌てて濡らした布で拭うと、冷たい感触に台与は肩をすくめた。卑弥呼の後継者と呼ばれても、粥をつけたままでは威厳など生まれないらしい。
「ねえ、私が女王になれば、皆は争いをやめるのでしょうか」
「やめていただかなくては困ります」
「それは答えではありません」
「私どもには、先のことまでは分かりません」
「卑弥呼様なら分かったのでしょうか」
「卑弥呼様にも、分からないことはございました」
「どんなことです」
「台与様が隠した干し柿の場所です。三日も捜しておられました」
「見つかったのですか」
「卑弥呼様がお亡くなりになったあと、寝台の下から、かちかちになって出てきました」
台与は唇を結んだまま、青銅板の中を見つめた。卑弥呼が最後に口にしたものは何だったのか、あの干し柿を見つけていたら食べてくれただろうかと考えたが、今さら誰にも尋ねられなかった。窓から入った風が、竹竿に掛けられた麻布を揺らし、その端が台与の肩に触れた。布には日なたの匂いではなく、まだ湿った灰汁の匂いが残っていた。台与はその布をつかみ、きちんと畳んで衣装箱の上へ置いた。
「もう行きます。待たせすぎると、また酒を飲むでしょう」
「まだ昼ですよ」
「だからです。日が暮れるころには、話ができなくなります」
宮の広間には、二十余りの国から来た使者と、邪馬台国の重臣たちが並んでいた。床には葦の敷物が敷かれていたが、雨の日に運び込まれた泥が乾き、ところどころ白く固まっている。男たちは毛皮や麻衣、絹の帯など、それぞれの国で最も立派な装いをしていたが、長旅の汗と馬の匂いまでは隠せなかった。中央の火鉢では椎の実が炒られ、ぱちんとはじけるたびに、若い護衛がびくりと肩を揺らした。台与は最上段の席へ進み、裳の裾を踏まないよう、足の指に力を入れて座った。
「台与様に、倭国の王となっていただきたい」
重臣の難升米がそう告げると、広間にいた者たちが一斉に頭を下げた。しかし、狗奴国に近い土地から来た使者だけは顔を上げたままだった。彼は濃い茶色の獣皮を肩に掛け、腰の短刀を外そうともしていない。台与は刀よりも、男の脛に乾いた泥がこびりついているのを見た。遠い道を急いで来たのだと思うと、怒鳴りつける気にはなれなかった。
「なぜ、この娘なのだ」
男の声は、広間の梁を震わせるほど大きかった。台与の後ろで衣装係の女が息をのみ、勾玉の帯に触れた指が小さく鳴った。難升米が立ち上がろうとしたため、台与は片手を上げて止めた。手のひらには、朝、袖の染みをこすったときについた赤茶色の色が残っていた。
「私も、それを聞きたいと思っていました」
「何だと」
「なぜ、私なのですか。私は戦へ出たこともありません。稲の出来を見分けるのも、まだ下手です。昨日など、籾を干す筵につまずいて、籠を一つ倒しました」
広間の後ろで、誰かが吹き出した。すぐに咳払いでごまかしたが、椎の実を運んでいた少年が笑いをこらえきれず、盆を傾けた。炒った実が三つ転がり、その一つが難升米の膝に当たった。台与は拾わせようとせず、自分で席を立ち、転がった椎の実を一つずつ集めた。
「王となる者が、床の実を拾うのか」
「食べ物です。踏めばもったいないでしょう」
「卑弥呼は、そのようなことをしなかった」
「卑弥呼様も拾われました。夜になると台所へ来て、焼きすぎた団子を食べておられました」
「それで、卑弥呼と同じつもりか」
「同じにはなれません。私は卑弥呼様ほど賢くもなく、神の声を聞くこともできません」
広間が静まり、火鉢で薪の崩れる音がした。椿の香油に混じって、椎の実の焦げた匂いが台与の鼻へ届いた。彼女は拾った実を盆に戻し、赤い裳についた灰を手で払った。男たちの目がいっせいに向けられると、膝の裏がこわばり、逃げ出して朝の冷えた粥を食べ直したくなった。それでも台与は席へ戻らず、使者たちと同じ高さに立った。
「けれど、争いが続けば、次に焼かれるのは誰かの倉です。倉が焼ければ、冬に食べる粟がなくなります。粟がなければ、兵だけでなく子どもも腹を空かせます。私は、卑弥呼様と同じことはできませんが、皆の話を聞くことならできます」
「話を聞くだけで戦が止まるものか」
「では、あなたの国が求めているものを、ここで話してください」
「我が国の言い分を聞くというのか」
「そのために遠い道を来たのでしょう。脛の泥が、まだ落ちていません」
男は自分の足を見下ろし、獣皮の裾で泥を隠そうとした。広間のあちこちから小さな笑いが起きたが、台与は笑わなかった。男が恥をかけば、話し合いの前に意地を張ると分かっていたからである。伊支馬が水の入った椀を持ってきたので、台与はそれを男の前へ差し出した。椀の縁には小さな欠けがあり、女王の宮で使うには粗末だったが、水は井戸からくんだばかりで冷たかった。
「まず、飲んでください。喉が乾いたままでは、よい言葉が出ないそうです」
「誰に教わった」
「今朝、私も言われました。私は魚を食べさせられましたが、あなたに魚まで出すと、話が長くなります」
「……娘、いや、台与殿。そなたは私を追い返さぬのか」
「追い返したら、また来るでしょう。今度は兵を連れて」
「そのとおりだ」
「ならば、今日は言葉だけ持ってきたことにしましょう」
男は椀を受け取り、一息で水を飲んだ。それから腰の短刀を外し、自分の後ろへ置いた。ほかの使者たちも姿勢を直し、難升米は用意していた木簡を広げたが、端に酒をこぼした染みがついていた。台与は染みを指でなぞり、誰が朝から飲んだのかと尋ねた。三人の重臣が同時に隣を指さしたため、広間に今度こそ大きな笑いが起きた。
話し合いは、日が傾いても終わらなかった。米を求める国、鉄を通す道を求める国、捕らえられた者を返してほしいと訴える国があり、それぞれが自分の事情こそ最も重いと言い張った。台与は聞いたことを木札へ書かせ、分からない言葉が出るたびに止めて尋ねた。夕餉には蒸した米と豆、塩漬けの瓜、川魚の汁が運ばれたが、汁は話しているうちに冷め、表面に魚の脂が丸く浮いた。台与は冷えた汁をすすり、山椒の香りで鼻がむずむずすると、袖で隠してくしゃみをした。
「女王になる者が、人前でそのようなくしゃみをするのか」
昼に短刀を外した男が、今度は口元を緩めて言った。
「くしゃみまで止められる女王をお望みですか」
「いや。それでは話しかけにくい」
「では、このままにします」
「しかし、汁は温め直させたほうがよい。腹を壊せば、話し合いが止まる」
「あなたも飲みますか」
「魚の頭が入っているなら、もらおう」
「頭は私のものです」
「そこは譲らぬのか」
「すべて譲る者は、王には向かないでしょう」
その日の暮れ、国々の使者は台与を王と認めた。大げさな歓声はなく、男たちは明日も話し合いを続ける約束をして、それぞれの宿へ戻った。広間には食べ散らかされた椎の実の殻と、泥の跡と、何度も書き直した木札が残った。台与は重い勾玉の帯を外し、畳んだ赤い上衣を自分で籠へ入れた。衣装係の女が止めようとしたが、台与は首を振り、食べ残した塩漬けの瓜まで小皿に集めた。
「本当に、私でよかったのでしょうか」
伊支馬は広間の戸を閉め、冷えた夜風が入らないよう木の閂を掛けた。庭では虫が鳴き、遠くの炊事場から薪の煙と煮豆の匂いが流れてきた。台与は軽い寝衣に着替え、朝から干していた麻布を取り込んだが、端のほうはまだ少し湿っていた。女王になった日でも、洗濯物は勝手に乾いてくれない。彼女は布を火鉢の近くへ掛け直し、冷えた指先を息で温めた。
「よかったかどうかは、今日だけでは分かりません」
「明日なら分かりますか」
「明日も分からないでしょう」
「では、いつ分かるのです」
「台与様がお年を召して、今日のことを思い出したときではないでしょうか」
「ずいぶん先ですね」
「国を治めるとは、そのようなものです」
「私は、明日の朝餉のことでも迷うのに」
「明日は粟の粥ではなく、米の飯にいたしましょう」
「アジもありますか」
「今日、二尾とも食べたではありませんか」
「女王になったのですから、一尾くらい増やしてもよいでしょう」
伊支馬は声を上げて笑い、台与も濡れた麻布を抱えたまま笑った。外では見張りの兵が交代し、木製の柵に槍の柄が触れて乾いた音を立てた。争いがすべて終わったわけではなく、明日の話し合いでも怒鳴る者はいるだろう。それでも今夜は、宮の周囲に火の手は見えず、倉の穀物も焼かれずに残っていた。台与は火鉢の炭を一本だけ足すと、卑弥呼が使っていた寝台ではなく、いつもの薄い敷物へ横になった。
「伊支馬、明日からも、私が食事を残したら叱ってください」
「女王を叱る者など、おりません」
「では、あなたが最初になってください」
「承知いたしました。ただし、アジの頭を独り占めなさったときも叱ります」
「それは女王の取り分です」
「先ほど、皆の話を聞くとおっしゃったばかりでしょう」
「では半分にします。半分だけです」
戸の外で伊支馬の笑う声が遠ざかり、台与は目を閉じた。椿の香油の匂いはまだ髪に残っていたが、その下には炭の煙と、干しきれなかった麻布と、夕餉の魚の匂いがあった。どれも卑弥呼の宮に昔からあった匂いであり、明日も人々がここで暮らしていく匂いだった。十三歳の女王は掛け布を顎まで引き上げ、明日の朝は温かいうちに粥を食べようと決めてから、ようやく眠りについた。




