渡り廊下の冷え
渡り廊下の冷え
胸の奥がぎゅっと縮むような圧迫感を覚えながら、八田皇女は裾に泥が跳ねた緋色の衣を指先で何度も撫でた。難波の宮の渡り廊下には淀川から吹き付ける湿った風が通り抜けており、板張りの床には昨日の雨で運ばれた砂利が白く残っている。皇后である磐之媛の鋭い視線がこの場所まで届いているような気がして、八田は袖を握りしめたまま、すぐ脇に控える女房へ顔を向けた。
「ねえ、昨日の夕餉に残った蕪の塩漬け、まだ台所にあるかしら」
女房の戸惑う気配に居心地の悪さを募らせつつ、八田は衣の袂から取り出した柘植の櫛の歯を、無意識に親指の腹で弾いてパチパチと音を立てた。手持ち無沙汰な朝の廊下には、遠くの炊事場から漂う煮豆の甘い匂いと、干し草の青臭い香りが混ざり合って漂っている。大王である仁徳天皇がこちらへ通ってくると噂が立つたび、宮中の女官たちが小声で囁き交わす声が耳の奥にこびりついて離れない。八田は爪先に落ちた影を見つめた。
「あれ、少し酸っぱくなっていて美味しかったのよ。お酢を入れた汁物にしてくれたら、全部食べられるのに」
女房が困ったように笑うのを見て気まずさを覚え、八田は朱塗りの柱にそっと額を押し当てて冷たさを確かめた。庭の片隅には誰かが干したまま忘れた麻の布が風に揺れており、端のほうが湿気で黒ずんでいる。正妻の激しい怒りを買いながらこの宮に留まり続ける自分の立場を考えると、喉の奥に干し柿の渋みが張り付いたような重い感覚が広がり、八田は乾いた唇を舐めた。
「大王様は、今日も朝から川の堤を見に行かれたの」
女房が静かに頷くのを見届けて胸の痞えをわずかに緩め、八田は帯の結び目が緩んでいることに気づいて細い指で強く締め直した。昼前の日差しが板敷きを温め始め、中庭の井戸端からは桶を置く乾いた木音が響き、下働きの男たちが昼飯の干物を焼く煙が白く立ち上っている。大王が自分に向ける執着がどれほど宮中を揺るがしているかを知りながらも、逃げ出す場所などどこにもないのだと自分に言い聞かせ、八田は小さく息を吐き出した。
「お腹が空いたわね。冷めた麦飯でもいいから、少しだけ持ってきてちょうだい」




