吉備の宮殿の片隅で
吉備の宮殿の片隅で
夏の名残がまだ残る庭の向こうから、じりじりと肌を焦がすような日差しが差し込んでいる。私は袖口のほつれた麻の衣を指先でいじりながら、目の前にある陶器の皿に盛られた塩引きの魚を見つめていた。箸をつける気力も湧かぬまま、乾いた塩の白さがやけに目に痛く感じられ、ふと窓の外で鳴く蝉の声に耳を傾ける。これほど穏やかな日和であるというのに、私の胸の奥底には冷え切った石のような重さがいつまでも沈んだまま動かない。私はわずかに息をつくと、目の前の冷めた魚を箸でつつきながら、侍女に向かってぽつりと呟いた。「この魚の塩気が、どうにも今日は喉に引っかかるのだね」
西から吹き抜ける風が、部屋の隅に積み上げられたままの古びた帳面をめくっていく。ページの一枚一枚には細かな文字が乱雑に書き殴られており、インクの滲んだ汚れが幾重にも重なって埃をかぶっていた。私はその紙の匂いを胸いっぱいに吸い込みながら、かつて大伴の連らとともに過ごした日々の細やかな記憶をぼんやりと手繰り寄せる。失われていくものばかり数えている自分に気づき、思わず乾いた唇を噛み締めて視線を足元へと落とした。「昔のことはもう思い出さぬようにつとめているのに、なぜか風の匂いだけであの頃の記憶が蘇ってしまうものだな」
朝から干したまま取り込んでいない藍染めの衣が、庭の物干し竿のところで風に揺られてカサカサと乾いた音を立てている。私はその遠くの光景を見つめながら、これから身に起こるであろう運命のうねりについてゆっくりと言葉を組み立てていた。恐れとも諦めともつかない感情が胸を満たすが、それを声に出して誰かに訴える気には到底なれず、ただ手元にある茶碗の縁を指の腹で何度もなぞり続ける。私は静かに顔を上げて、そばに控える者へと穏やかな笑みを向けながら静かに告げた。「お前も、あの揺れる衣を取り込むついでに、少し庭の雑草でも抜いておいておくれ」




