倭迹迹日百襲姫命の朝
倭迹迹日百襲姫命の朝
夏の強い陽射しが障子の隙間から畳の目に鋭く突き刺さり、部屋の空気をじっとりと重くさせていた。私は朝から黒い麻の仕立て着に袖を通したまま、朱色の漆が剥げかけた卓に向かっている。目の前には昨夜のうちに箸もつけなかった冷めた味噌汁の椀が置かれ、表面には白い脂の膜が静かに張っていた。これから国家の大きな岐路について神の託宣を下さなければならないというのに、私の心の内はなぜか別のことばかりで占められていた。
「お母様、また昨晩は遅くまで起きていらっしゃったのですか」
ふすまが音もなく開き、息子のKazutoshiが渋い顔をしながら部屋に入ってきた。彼は私の手元にある飲みかけの茶碗と、すっかり冷え切った味噌汁の椀を交互に見つめ、眉間に深いしわを寄せている。私は答えの代わりに、目の前にある帳面の隅についた黒い墨の汚れを指先でそっと拭うふりをした。
「少し考え事をね、夜の間にまとめていただけだよ。それよりもお前、庭の片隅に植えた夏みかんの木に虫がついていないか見ておくれ」
私はそう言いながら立ち上がり、重たい裾を引きずりながら縁側へと歩み寄った。外ではアジの開きを干す網戸の匂いがほんのりと風に混じり、遠くで蝉の声が単調に響き渡っている。私は胸の奥底にある言い知れぬ重圧を押し隠すように、庭の草木へ目を向けながら今日の祭祀の準備を整え始めた。
やがて私たちは向かい合って質素な朝食をとることになったが、卓の上には私が昨日の夕方に塩もみしたキュウリの漬物が小皿にちょこんと盛られている。箸を進めるKazutoshiの姿を見つめながら、私はこれから宮廷に集まる豪族たちの複雑な思惑と、神の意志をどう伝えるべきかという重荷を改めて痛感していた。
「今日の集まりには、叔父の大和国造も顔を出すそうですね」
彼は湯気の立たない白米を一口食べながら、どこか探るような目を私に向けた。私は返事をする代わりに、茶碗のふちにこびりついた乾いた米粒を親指の爪で器用にカリカリと削り落とした。
「誰が来ようとも、私の果たすべき務めが変わるわけではないさ。ただ、昨日から庭の植木鉢に水やりを忘れていた気がしてね、それが少し気にかかるのだよ」
私はあえて神事とは全く関係のない植物の世話を口実にし、胸の内で渦巻く不安を必死に抑え込もうとした。縁側のすのこ板の隙間には昨日の夕立の名残である乾ききらない泥がわずかに残り、その上を小さな蟻が一匹だけ慌ただしく這いまわっている。私たちはそれぞれの思惑を胸に秘めたまま、鉛のように重い静寂に包まれた朝のひとときを過ごし続けた。




