忍坂大中姫
忍坂大中姫
朝の静けさが漂う宮殿の奥で、私は重い重ね衣の裾を引きずりながら、お櫃から冷めたご飯をよそっていた。藍染めの着古した麻の襦袢に薄紫の袿を重ね着しているが、朝霧の冷気が絹の隙間からじわじわと染み込んできて指先がかじかむ。我が夫や子供たちが背負うことになる政の重圧を思い浮かめると、胸のあたりが鉛のように重くなり、私は無意識に茶碗の縁を親指の爪でカリカリとひっかいてしまう。何代にもわたる血のつながりと複雑な勢力争いの中で、私の小さな日常はいつも政治の波間にただよっている。「こんな冷えた飯ばかりでは体が冷えてしまうよ」と、控えていた女房が心配そうに私を見つめた。
机の上には昨晩帳面につけた灯火の煤がそのまま残り、硯箱の脇には丸まった使い古しの筆が転がっている。天下を治める大王家の一員でありながら、私の毎日はこうして日々の炊事や部屋の片付け、そして次々と持ち込まれる親族間のいざこざの調停で塗りつぶされている。宮廷の廊下を吹き抜ける風にはどこか不穏な血の匂いが混じっている気がして、私は自分の着物の合わせ目をきゅっと強く結び直した。血縁という逃れられない絆が、私たち家族をいつのまにか追い詰めているような気がしてならず、私は目の前にある散らかった机の片隅に放置されたままの خشکった梅干しを一つまみ口に放り込んだ。「母上、またそんな酸っぱいものばかり食べて」と、部屋に入ってきた息子が怪訝そうな顔をして私の手元を覗き込む。
私は息子を見上げて小さくかぶりを振りながら、硯の横にあった汚れた雑巾で机の上をゆっくりと拭き取った。我が子の未来を守るためには誰かが泥をかぶらねばならないと分かっているからこそ、私はこの息の詰まるような宮中でただ耐え続けるしかないのだと思い知る。表向きは華やかな皇妃であっても、その実態は冷めたご飯と墨の汚れにまみれた日々の繰り返しなのだ。「これくらいの酸っぱさがちょうどいいんだよ、お前も食べるかい」と、私はつとめて穏やかな声を作りながら、息子の肩を優しく叩いて見せた。




