その9 神徒の力
第2の祭壇を封じるために進む白猫少女は、未知の兵器による攻撃を受けてしまう。
しかし…それによって、彼女に秘められていた力が目覚める。
使命を果たすためか、神徒の肉体が徐々に状況に適応していく。
『現状況の危険度は中、当機からあまり離れないで下さい』
「神徒様、御身体は本当に大丈夫なのですか!!?!?」
「セイちゃん、さっきのは一体何だったの!?」
「お前、やっぱり安全を第一になぁ…」
「ちょ、みんなで一斉に喋んないでよ」
一行が都市防壁に辿り着き、セイが雷撃を受けた直後。
ヴォンダーン側が新兵器を使用したため、セイと紅蓮隊は一時後退していた。
謎の“雷撃兵器”を警戒し、一行はひとまずその射程外と思われる距離まで離れることにした。しかし実際の射程が不明な為、セイと兵器の射線上にミカハチを離して置き、とりあえずの障壁としてある。
今は紅蓮隊の幹部や仲間達が集まり、セイを取り囲んでいる。その中でもペトリエ、スーマグレオ、ナイーゼが特に強く詰め寄っている。
しかしセイ自身、さっきの現象が何なのかを正確に理解できていないのだ。確かに雷撃をその身に受けた筈の彼女は何故か全くの無傷で、それどころか被弾した雷撃を逆にそのまま発射したのだ。
「あたしだって何が何だか…。気付いたら電気の攻撃を受けていて、そのまま倒れたと思ったんだけど、なんかその…それを吸収したというか、取り込んだみたい?」
「と、取り込んだ…?」
「で、なんかそれをそのまま発射できた…感じ?」
セイもそれを言葉にするのは難しかったが、正体に関しては予想が付いていた。そしてそれを確信させるミカハチの言葉が、彼女の黒い首輪から響く。
『聖地に降臨した神徒達は皆、固有の魔法を保有していました。しかしそれらが使えるようになる条件は不明で、各々が自然と自身の力を理解できるようになるそうです』
それは、セイの予想通りだった。
(神徒の固有魔法、これが…)
ようやく発現したセイ固有の異能は、どうやら“何かしらの力を吸収し、そのまま放出する”というもののようだ。しかしそれが今までの神徒と比べてどうなのか、それはセイには判断しかねた。
“セイの固有魔法”という新たな武器を加味し、セイ達と紅蓮隊はヴォンダーンの新兵器対策を検討し始める。
「現状、ヴォンダーン側からの動きは無い。恐らくこの距離はあの兵器の射程外、もしくは索敵範囲外なのだろう」
「しかし護送機ならともかく、我々があれを受けたらひとたまりも無いぞ。神徒や護送機だけを狙ってくれるなら今まで通りの進軍でも良いが、正体不明の新兵器相手ではその保証も無い」
「まあ、少なくとも連射はしてこなかったわね。恐らく不可能なんでしょ」
「一度撃たせれば安心できるか…しかし護送機の魔力だって無尽蔵じゃないだろ。セイ、その辺りはどうなんだ?」
「うーん、ミカハチは今あたし達の盾になってくれてるから、魔力の回復はできないと思うわ。アードゥラ領でも定期的に回復してたし、いつ限界になるか…」
「だがあまり時間をかけていると、巡回している機兵の集団に遭遇する確率が上がるぞ!!それに食料などにも限りがあるから、なるべく早く動かねば!!!」
「動くと言っても、恐らくあの砦内にはまだまだ機兵が駐屯しているだろう。敵の戦力を削ってから火薬で爆破した事例も過去にはあるが、いずれにせよあの電撃兵器を何とかせねば…」
詳細不明の新兵器相手に、会議は膠着状態。
そして彼等の視線は、自然とセイに集まる。
「神徒様」
「な、何よ?」
「一つ提案が…」
「ちょっと、まさかと思うけどあたし自身を囮にしろって言うつもり?それでさっき覚えたばかりの“吸収と放出の魔法”で雷撃を撃ち返せって訳!?」
「しかし、他に方法が…」
「今までの神徒はどうしてたのよ?」
「昔はそもそもあの防壁が無かったので、紅蓮隊が護送機を守りながら突撃していたようです。近年になってあの防壁ができたのですが、その頃から護送機には“強力な火砲”が備えられていましたので、それであの防壁に穴を空けていました。ただ火砲を放った後には護送機が無防備になるので、それを紅蓮隊が守るのですが…」
「…あの雷撃があると、紅蓮隊の皆が危ないって訳ね」
紅蓮隊幹部の説得に、セイは大きな溜息を吐く。
正直、セイにとってこの世界の人間は重要ではない。
セイの望みは元の世界に帰ることであって、使命を果たすのもその手段に過ぎない。彼女と無縁のエリオンの民がどうなろうとセイには関係は無い…彼女はそう思っていた。しかし、やはりこうして触れ合っていると“自分だけ良ければいい”という行動はとても取れそうになかった。
(まあ…この人達も大変そうだし、あたしにできるならやろうかな。どうせ一回死んじゃっているんだし、それで人の役に立つなら悪くないかも。頼られるのもなんだか気分が良いし)
転生前の記憶を失っているセイは、そんな自分の無意識な思考や行動から“元の自分”がどんな人間だったのかを想像する…。
セイは再び、ミカハチと共に都市防壁の砦に向かい立つ。
紅蓮隊は護送機の後方。
ミカハチはバリアを張っている。
砦の前には、セイの雷で焼かれた機兵たち。
砦のアンテナは、ミカハチの方を向いたまま動かない。
「さっきの雷、撃ってこないわね…」
「ちゃんと神徒を視認しているんだろうな」
「やっぱり作戦通りにやるしかないのかー」
そんなミカハチの小屋の中は、セイだけではない。
ペトリエとスーマグレオもその中に入っていた。
狭いミカハチの小屋の中、身体の大きいスーマグレオは窮屈そうに身を屈めている。ペトリエは戦況そっちのけで、興味深そうに小屋の内装を見回している…。
「セイ、作戦はちゃんと覚えているよな?」
「大丈夫だよ」
スーマグレオに問われ、セイは自信をもって答える。
「砦がミカハチを雷で攻撃してこなかったら、あたしが外に出てわざと雷を撃たせ、そうしてあたしが雷を吸収して撃ち返す。あの兵器が壊れようが壊れまいが、ミカハチが都市防壁に穴をあける…だよね?」
「ああ」
「でもミカハチは防壁に穴を開けたらしばらく動けなくなる…だからその間は守ってね」
「防壁を破ると、かなりの範囲から機兵が集まってくる。紅蓮隊がそれに対処はするが、恐らく多すぎて手に負えないだろう。だから最終的に、紅蓮隊は機兵を引き付けながら先に撤退するが」
「…本当に大丈夫なんだよね?」
「ふふふ、安心して大丈夫…とは言えないわね。だけど過去の記録を信じるなら、ここから先は護送機単騎で大丈夫よセイちゃん。予定通り進みましょ」
「まあ、それしかないよね」
危険を冒す必要がある作戦、セイは乗り気ではない…つもりだった。
だが…自分の新しい力を試せるのに、どこかワクワクもしている事に気付いた。
セイは、ミカハチ後部にある小屋の扉から、ゆっくりと外に出る。
機兵の気配は無い。
彼女は、自身の深紅の左目に力が宿るのを感じる。
そして彼女は意を決し、ミカハチの陰から外に躍り出る。
砦から…電撃は来ない。
セイは一つ深呼吸。
「…まあ、そうよね。さっきはミカハチのバリアが無かったし」
『現状況の危険度は高、当機内への避難を推奨します』
「そうも言っていられないでしょ、あーもうやるわよ!ミカハチ、バリアを解除して!」
『神徒に危険が迫った時、当機は内蔵されている人工知能による“自律駆動”へと移行します。自律駆動中は音声を発せず、神徒の命令を受け付けることが出来ません。また移動等も乱雑になりますのでご注意下さい』
「あ、あんたこの状況でそんなこと言う…?とにかくもういいから!」
『了解致しました』
砦のアンテナは、ずっとセイに向いている。
セイも毛並を逆立て、身構える。
ミカハチのバリアが、すーっと消える。
次の瞬間、鋭い閃光でセイの視界が眩む。
「うぐっ!」
轟く雷鳴。
思わずセイは耳をふさぐ。
砦の兵器は、バリアを解除した瞬間に即撃ってきた。
(痛…くは無い…)
自分が何かした感覚も、どうにかなった感触も無い。
しかし真紅の左眼には、熱がこもる。
そして彼女は恐る恐る、眼を開ける。
毛皮と肉球のある、自分の両手。
とても地味な神徒の服。
ミカハチの中の、ペトリエとスーマグレオ。
全て、無事だった。
「で、できた…!」
あとは本能的だった。
セイは左手を前に突き出す。
狙うは、セイに向いたままの砦のアンテナだ。
セイの左手から放たれた雷撃は一瞬でアンテナに着弾する。
少しの間をおいて、アンテナから黒い煙が上がる。
セイがミカハチの小屋に駆け戻ると、ペトリエとスーマグレオに迎えられる。
「おいセイ、何ともないのか!?」
「大丈夫だよ、上手くいったみたい」
「セイちゃん流石ね!やっぱり神徒様はすごいわね」
しかし作戦はまだ続行中で、セイに休む暇はない。彼女はそのまま小屋の奥の鉄扉を開け、ミカハチ本体にある小部屋に潜り込む。
『当機の兵装は、当機の魔力炉だけでなく神徒の魔力も使用します。なので兵装を使用すると神徒も体力を消耗しますのでご注意下さい』
「いいからやるわよ!」
『了解致しました』
力をうまく使えたからか、セイはどこか高揚感を覚えている。
「さあ、あんたの力を見せてよね!」
『閃紅砲の使用を推奨します。穿・散・凝のいずれかを選択し、動力室の中に入って下さい』
「その違い、あたしには分かんないわよ。でも安全を考えたら…そうね、なるべく砦から離れたいわ。一番遠くまで届くやつで、都市防壁にギリギリ穴を開けましょ」
『閃紅砲・穿を発射します。神徒は動力室から出ないで下さい』
「派手にやっちゃって!」
セイの入った鉄扉が閉まる。
ミカハチは数歩後退し、後部の足を大地にめり込ませる。
ミカハチの胴が開き、太短い砲身が姿を現す。
ミカハチが放った紅い閃光は、雪原でゾンビの群れを焼いた時よりもずっと細かった。そしてそれはあの時よりもずっと距離のある都市防壁に着弾し、ミカハチが通れるだけの穴を穿つ。
「う…」
「あ、セイちゃん起きた」
「あ…あれ…?」
『セイ、おはようございます』
「あたし寝てた…?いつの間に…」
「おいセイ、本当の本当にお前大丈夫なのかよ?」
セイが目を覚ましたのは、ミカハチの寝台の上。
どうやらセイは、いつの間にか意識を失っていたらしい。ミカハチが閃紅砲を放った後の記憶がおぼろげで、その後どうなったか全く思い出せなかった。
セイは上体を起こす。
疲労は特に感じず、何なら調子は良いと感じるほどだった。しかし心配気味なスーマグレオが寝台の脇に座っており、覆面で顔は見えないがとても心配そうな声色だ。
『当機の兵装は、当機の魔力炉だけでなく神徒の魔力も使用します。なので兵装を使用すると神徒も体力を消耗しますのでご注意下さい』
室内に響く、ミカハチの声。
セイはようやく、自分の身に何が起きたか理解する。
「あー…もしかしてあたし、疲れて倒れちゃった?」
「どうやらそうみたいねー。貴女自身の魔法を連続で使って、ミカハチちゃんがあの大砲を撃って、魔障壁も張って…きっと力を使いすぎたのね」
(今までこんな事無かったのに…これからは気を付けないと)
自分の力も、無限ではない…。
セイが元の世界に戻る為にも、あと4つの祭壇を封じなければならないのだ。過去の神徒が護送機付きでも命を落としたことを考えれば、いくら慎重でも足りないのだから。
さっきの戦闘からどれだけ時間が経ったかも、セイには分からない。
だからセイは、とりあえず窓の外を確認する
そしてセイは、外の光景を見て絶句する。
今ミカハチが居るここは…謎の都市の道路上だったのだ。
文明のレベルはアードゥラ廃都と遜色なく、しかしあそこと違ってここは綺麗に整備されている。舗装された道路には少数ながら車両も行き交っており、道の脇には歩道や街路樹や花壇まである。
道の脇にある建物は、アードゥラ廃都と違ってどれもそこまで大きくない。それらの大半は何かしらの店舗で、中には食料品を扱うものまで存在している。これだけ見れば、栄えている普通の都市のようだ。
しかし…行き交う市民は、全て同型の機械人形なのだが。
紅蓮隊から一応話を聞いていたとはいえ、この異様な光景にセイは妙な気持ちの悪さを感じる。
「ここが、ヴォンダーンの都市部なのね。まるで人が住んでいる普通の街みたい」
『ヴォンダーンの機兵は郊外に多く、市街地にはほぼ存在しません。市街地には機械人形が運営する豊かで無人の街並みが広がっており、こちらから手を出さなければ至って無害です』
「…護送機がこんな堂々と街の中を歩いても大丈夫なんてね」
『初めて“機甲の祭壇”を封じた3人目の神徒は、エリオンの精鋭と共に戦いました。彼の戦いから得られた記録のお陰で、後の護送機はヴォンダーン都市部を安全に進むことができるようになりました』
「ああ、そういう何か仕掛けがあるって事なのね?」
過去の神徒達の積み重ね…それが今のこの安全な進路を作り上げているようだ。セイは少しだけ彼等に感謝しながら、使命を果たすことの難しさを改めて思い知る。
しかし、セイには不安があった。
「ね、ねえペトリエ」
「どしたのセイちゃん?」
「本当に大丈夫なのかなぁ…?だってだって、全部が過去の通りって訳じゃないんだよね?」
「うーん、まあそうねぇ」
「あの砦にあった雷の奴だって、過去に記録が無かったんだよね?もしかしたらこの辺にもそういう何かがあったりして」
当初聞いていた話では、このヴォンダーンの“機甲の祭壇”攻略は簡単という話だった。しかし既に想定外が起きている以上、ここからが安全という保証は無いようにセイは思えた。
しかし、不安そうなセイをスーマグレオが宥める。
「その為にわたしが居るんだ。何かあっても必ず守るぞ」
スーマグレオはその大きな手で、不安がるせいの顔をもふもふする。セイもちょっとだけ安心し、尻尾を抱いてスーマグレオの膝の上にちょこんと座る。
「でもなんか…危険な事に付き合わせているみたいで嫌だな」
「それが紅蓮隊の使命さ」
「そっか、でもペトリエは別にそういうのじゃないのに…」
神徒と共に戦うのが紅蓮隊の使命だとしても、探索師だというペトリエこそ無関係なのだ。都市防壁まではともかく、そこから先には戦闘も無いのだから来る必要が無いはずなのだ。
しかしペトリエは、藤色の眼を輝かせて窓の外をずっと見ている。
「え?あ、私の事は気にしなくて良いわよセイちゃん♪何たって私は探索師、こういう危険を冒した先にこそお宝が有ったりするものよ」
「ああ、それが目的なのね…」
「もちろん何か危険があれば、私も貴女を守るわよ?だけどたぶんきっと大丈夫な気がするし、それよりも祭壇周りで何かを手に入れたいじゃない」
「まあそれでも、来てくれて嬉しいよ」
知らない異世界、知らない人々、危険な使命…。
セイにとってここはあまりに厳しい地だが、どんな形であれこうして味方してくれる人が居るのが嬉しかった。
ヴォンダーンの都市部は広かった。
機械人形たちが運営する都市はかなりの規模で、どうやらエリオンの街を遥かに超える規模なのだという。都市維持用らしい車両の姿がたまに居り、その間をミカハチがうるさく歩いている。
特に予定外は発生せず、セイ達3人はそんな景色を順調に進む。
自動的に運営されている機械の都市に、セイは見入っている。
「すごい街だね、ここは。あたしの元居た世界もここまでじゃ無かった気がするよ」
「そうね…確かにこのヴォンダーン首都の規模は、エリオンとは比べ物にならないわね」
セイの朧げな転生前の記憶の中にも、ここまでの高度な都市は見たことがない気がする。ペトリエもセイと共にミカハチの小屋の中から、食い入るように都市の姿を見ている。
「でもねセイちゃん、この星の人間はかつてこれ以上の技術と文明を持っていた筈なのよ。でも“百年闘争”が起き、多くの技術が失われ…その後ヴォンダーンの民は何とか頑張って、ここまでの都市を作り上げたの」
「ふーん」
「だけど…」
窓の外を見るペトリエの視線が、鋭くなる。
「こんな滅びかけの世界を必死に生きている人々の前に、“祭壇”は現れたの。エリオン周辺にあった五国で同時に祭壇による大騒動が発生して、何もかもがメチャクチャになっちゃった。今ではそれが“災厄の日”と呼ばれているわ」
セイはそれを聞き、ぽつりと呟く。
「…誰が何のために作ったんだろうね、祭壇なんて」
『神徒が封じるべき、悪しき“祭壇”。どういった経緯でこれらが誕生したのかは不明ですが、数百年前に現れた祭壇は人間に害をなす存在で、人間の築いた国や文明を機能不全になるまで破壊してしまいました』
「あーはいはい、ミカハチには聞いてないから」
セイは、彼女の言葉に反応したミカハチを適当にあしらう。
ペトリエの視線は、相変わらず窓の外。
「どこの誰が何のために作ったのか知らないけれど、祭壇って酷いわよね。どの国の人もこんな厳しい世界を必死に生きていたのに、それに追い打ちをかけるなんて。祭壇っていう大層な呼ばれ方も腹立つわよねぇ」
(ペトリエの、この感じ…?)
セイはペトリエから、妙な匂いを感じ取る。
(エリオンの人はみんな祭壇を嫌ってた、そしてペトリエもそれは同じだと思う。だけど…ペトリエは何かが他と決定的に違う、気がする。この人のはもっとこう…深くて、濃くて、熱い…)
猫獣人となったセイの鼻は、人間と違うものを感じ取っているのかもしれない。しかしそれがどれだけ信用に値する感覚なのか、今のセイには良く分からなかった。
目指す“機甲の祭壇”は、まだ彼方。
日も傾いた賑やかで寂しい都市を、護送機がゆっくりと進んでいく。
これを読んでくれた方々に感謝を。
頼りにされるのって気分が良いですよね。その実態や内容はともかく




