その5 神湖の街
とても寒いこの星にも、生き残った者達がいるらしい。
氷に覆われない湖を信仰し、神徒が現れるのを心待ちにしている…そんな人々がセイを待っているという。
セイはついに、この世界を生きる人々の町に辿り着く。
二輪の機械に先導されながら、小屋を背負った六脚の不細工なロボットが夕暮れの湖畔をがしゃがしゃと歩いている。
数日前に1つ目の祭壇を封じたセイは、その後ミカハチと共にエリオンという街を目指していた。その道中にセイ達はエリオンの住民だという探索師の女性ペトリエと出会い、エリオンまでの道案内を頼んでいた。
ペトリエに導かれるまま、セイとミカハチは遠くに見えていた湖の畔まで来ていた。既に極寒のアードゥラ領ははるか遠く、この湖周辺は日陰くらいしか積雪が無い。そして湖を挟んで雪原とほぼ反対側に、柵で囲われた大きな町が見えた。
(あれが、エリオン…)
セイはミカハチの小屋の屋根の上で、夕暮れの街を眺めている。
彼女はまだ分からないことだらけで、どんな人達と出会う事になるのか、どんな困難が待ち受けるのか…不安が頭を埋めていく。
(あそこの人達、あたしを歓迎してくれるのかな…。というかあたし、使命を終えたら本当に元の世界に帰れるのかしら…?まあそもそも、使命を果たせず死んじゃうかもだけど)
しかしセイの不安とは裏腹に、エリオンはどんどん近付いて来る。
ペトリエに導かれ、セイはこの世界で初めての街に踏み入る。
エリオンの街は木の柵に囲われており、その周りは広大な農地になっていた。
夕暮れの農地には人が少しだけおり、それを見たペトリエが声高に宣言する。
「エリオンの皆、8人目の神徒様が降臨されたわ!導き手はこの私、探索師のペトリエよ!!」
ペトリエの言葉を聞き、数人の農夫が集まってくる。
「おいおい、本当に神徒様か?!」
「勿論本当よ!今日の昼、北東の森で出会ったの!」
「そりゃあ大変だ!急いで街の皆に知らせてくるぜ!」
「オレは長議会に伝えて来るよ!」
「こりゃあしばらく忙しくなるぜぇ!!」
集まった農夫たちは、あっという間に街の方へと去っていった。
(本当に、歓迎されてる)
今のやり取りで、セイの中に仄かな希望が芽生える。
農夫たちと別れた後、セイはペトリエに先導されて大きな門まで来た。
そしてセイ達がそこをくぐると、大勢の人間がそれを出迎えた。
「神徒様、神徒様だ!」
「20年振りに神徒様が降臨されたぞ!」
「ああ、なんとお美しい姿だ…!」
エリオンの街は、アードゥラ王都とは比べ物にならないほど田舎だった。
建物は木製と煉瓦積みの半々で、地面も道だけ石畳という様相だ。アードゥラで見られたような発展した建築物は…全く無い。
住む人々は様々な人種がいるようで、肌や髪の色は多種多様だ。しかしセイのように獣人じみた姿の者は一人もいない。老若男女混じったそんな人々が、とても嬉しそうに神徒であるセイを出迎えてくれたのだ。
(ペトリエやミカハチの言った通りだ、この世界の人達は神徒が現れるのを待っていたのね。でも…こうして歓迎されると、まあ悪い気はしないわね)
セイの口元が、自然とにやける。
エリオンの人々の熱烈な歓迎を受けた御籠護送機八号と8人目の神徒は、ペトリエに導かれながら人ごみの間をゆっくりと進んでいく。そしてそのまま、2人と1台はエリオン湖湖畔にある大きな建物の中へと入って行った。
セイが案内された建物の中、大部屋で聖職者らしき者達が彼女を出迎えた。
そしてその中の一人…セイより若そうな少女が一歩前へと出る。褐色の肌に若草色の瞳、夕焼けのような癖毛は肩で揃えられている。やや緊張しているようだが、その優しげな表情はまさに聖職者といった雰囲気だ。
「人ならざる御姿、双方で色の違う瞳、聖なる黒い首飾り、そして随伴する護送機…間違いなく神徒様です。我等は貴女が降臨する日を心待ちにしておりました」
状況が呑み込めないセイは、困惑しながら小声でペトリエに問う。
(ね、ねえペトリエ…ここは何なの?)
(ああ、ここが鏡幽会よ。神湖と神徒を信仰する司祭達の本部ね)
コソコソとやり取りをする2人に、その少女が優しく微笑みかける。
「導き手は貴女でしたか、ペトリエさん。神徒様を導いて頂きありがとうございます。鏡幽会から謝礼がありますので、案内の者に付いて行って下さい」
「うふふー、ありがとねランティちゃん♪」
「ふふ、願いが叶ってよかったですね」
そう言いながら、ペトリエはセイを残して去ろうとする。
「ちょ、ペトリエ!?」
「大丈夫、大丈夫よー。あとはその娘がお世話してくれるからね」
「そんな…」
「じゃあねセイちゃん、また後で!」
セイが止める間もなく、他の聖職者と共にペトリエは去ってしまった。そして困惑しっぱなしのセイに、ランティと呼ばれたその少女が微笑みかける。
「神徒様、鏡幽会は貴女の味方です。聖地から賜った貴女の使命を全力で補佐させて頂きますね」
セイはミカハチと共に、ひとまずこの鏡幽会に留まることにした。
司祭だというランティ曰く“エリオンを神徒が出歩くと大騒ぎになる”との事だったので、エリオンを出歩きたかったセイはそれにしぶしぶ従った。それに…自分と歳の近い少女と出会えたのがセイにとって無性に嬉しかった。
「では僭越ながら、私が鏡幽会とエリオンの案内をさせて頂きます。神徒様にご指名頂けるなんて、とても名誉な事ですからね」
という事で、セイはランティと仲良くなりたいために、彼女と2人きりでお話をすることにしたのだった。一人を指名した事には他の司祭達に驚かれてしまったが、ランティはそれを快く受けてくれた。
今は、謎の像を祀っているちょっと暗い部屋で、セイはランティと向かい合って席についている。ちなみにミカハチも別の場所に待機させているので、ここには本当に少女2人きりだ。
「初めまして、あたしは8番目の神徒よ!名前は覚えてないけど、とりあえずセイって名乗ってるの!」
目を輝かせて身を乗り出すセイに、ランティはちょっと緊張気味だ。
「セイ…ではセイ様と呼ばせて頂きますね」
「えー、別に呼び捨てでも良いよ?」
「そんな、神徒様に呼び捨てだなんて畏れ多い」
「むー」
しかしランティからしたら、もちろんセイは神徒だ。神徒を信仰しているというここの司祭である彼女にとっては、セイは待ち侘びた“8人目の神徒”なのだろう。
(普通に話して欲しいんだけどなぁ、どうしよう)
緊張気味のランティを見て、セイは少し思案する。
「…ねえ、ランティ」
「はい、何でしょうかセイ様?」
「あたしまだ、この世界の事が良く分かんないの。ミカハチ…護送機八号はちゃんと教えてくんないし、いろいろ教えてよ」
「ああ、そういう事でしたらいくらでもお話させて頂きます♪」
セイはとりあえず、ランティに慣れてもらうためにひとまず彼女の話を聞く事にする。
真面目な司祭らしいランティは、やはり神徒に関わることに詳しいようだ。得意な話題になったからか、彼女の雰囲気が少し軽くなる。
「ではセイ様、どこからお話ししましょうか?」
「そうねぇ…」
セイとしても、今までミカハチに振り回されて訳も分からず旅を続けていた。説明不足なミカハチに不満の溜まっていたセイも、どこから聞くか考える。
「うーん、そうだな…あ、そういえばペトリエはどこに行っちゃったの?」
「ああ、ペトリエさんは導き手の報酬を受け取って一旦お帰りになったと思います。でもきっと明日またここに来るでしょうね」
「…報酬?」
「かつて2番目の神徒様は、“冥府の祭壇”を封じた後にエリオンに立ち寄らず、そのまま2つ目の祭壇にお一人で向かわれ…そのまま命を落とされたそうです。そのため、その後は神徒様と出会った者がエリオンにご案内するようにしています」
「それでその案内人が報酬を貰えるって事ね」
「その通りです」
(ペトリエ…そういう事だったのかな?)
ここまで聞くと、ペトリエの態度も“報酬目当て”と言われれば納得できる部分も多い。折角仲良くなったペトリエの真意を思い、セイはちょっと悲しくなる。
ここでセイもふと気になってくる。
ランティは、ペトリエの事を話す感じが非常に優しかったのだ。
「ねえランティ、そういえば貴女ってペトリエと仲が良いの?なんかペトリエの感じも気易かったようだけど」
「ああ、ペトリエさんですか。彼女が探索師という生業だというのは聞いていますか?」
「うん、聞いたよ。なんか探して集めるって」
ランティは微笑み、席を立つ。
そして部屋の隅にあった、謎の本棚から一冊取り出す。
「探索師の方は皆、何かしら決まった分類のものを探し回っている事が多いです。その中でもペトリエさんは聖地や祭壇、神徒に関わる書物を探しているそうです。この本も鏡幽会がペトリエさんから買い取ったものですね」
「へぇー」
「なので私も、昔からよくペトリエさんと会っているんです。あの方は神徒様と出会うのを心待ちにしていましたから、きっと使命を果たす貴女の旅に随伴したいと言うでしょうね」
「…そっか、良かった」
話を聞く限り、ペトリエは決してただ報酬目当てという訳では無さそうだ。彼女との縁がこれで切れる訳では無い…それがセイには嬉しかった。
セイとランティが2人で話していると、部屋に食事が運ばれてきた。
セイが驚いている間に様々な料理や酒が並べられていき、晩餐の準備が整えられた。部屋に窓が無い事もあって時間が分からなかったセイだが、さっきまで夕方だった事をふと思い出す。
「さあ神徒様、ささやかではございますが夕餉と致しましょう」
「ち、ちゃんとした食事…!」
確かにランティの言う通り、それは豪華というほどのものでは無かった。それが鏡幽会の方針なのか、エリオンの実情なのかセイには分からなかったが、それでも温かい料理という時点でセイはとても嬉しかった。
「すごい、温かいスープだ!これは…パン?変わった感じ!へぇーやっぱり湖の傍だから魚料理になるわよね!っていうかこんな寒いのに新鮮な野菜もあるのね!すごい嬉しい、あたしこの世界でちゃんとした料理を見るの初めてよ!」
セイは目を輝かせ、自分でも気付かないうちにしっぽがゆらゆら揺れている。
喜ぶセイに、ランティはほっとした様子だ。
「喜んで頂けて光栄です。セイ様もご覧になったと思いますが、このエリオンは決して豊かな街ではありませんから…この程度のおもてなしが限界なのです。でも今までの神徒様もエリオンに着くまではなかなか食事が大変だったそうで」
「だって…だって今までコレよ!?」
昂るセイは、上着のポケットに突っ込んであった、ミカハチに備え付けられていた固形食を取り出し、机の上に置く。
しかし突然、ランティが眼を輝かせる。
彼女は突然立ち上がり、身を乗り出してその固形食を手に取る。
セイが止める間もなかった。
「おお…これがあの、聖地で作られたという完全栄養食…!これ一種類で生きていけると言われていますが、何が原料なのか、どういった製法なのか全くわかっていません!護送機には必ず搭載されているそうですが、やはり聖地には旧世界の技術があるのでしょうか!?」
「ちょ、ランティ?」
「ねえセイ様、これ私が頂いても!?」
「い、いいけど」
「では早速!」
さっきまで聖職者らしかったランティだが、すっかり少女の表情だ。長細い固形食を勢いよく齧り、眼を輝かせている。
「うわー凄いです!本当に味がしないんですね!まるで土食べてるみたいです!なんで味を改良しないんでしょうか!?」
「さ、さぁ…」
突然感情を爆発させたランティに、セイはやや引き気味だ。
嬉しそうに無味の固形食を頬張っていたランティだが、セイが微妙な表情をしているのに気付いてハッと恥ずかしがる。
「あっ…!その、申し訳ございません!私、聖地や神徒様の事になるとちょっと…」
「あー、良いよ別に気にしなくて。むしろ砕けた感じになってくれて嬉しいかも」
手をパタパタさせて焦るランティが可愛らしく、セイは自然と微笑んでしまう。
そしていいことを思いついたセイは、ランティに提案した。
「そうねぇ、聖地とかの話が好きなら語りたいだけ語ってよ。あたしまだ全然良く分かって無いし、一応聞いといたほうが良いと思うから」
「こういうのは、本当は大司教であるお婆様が語るべきではあるんですが。しかしお婆様は今エリオンを離れていますので、私が語らせて頂きますね」
セイとランティは食事を終え、従者らしき者達が皿を下げて行った。程良く温かい部屋の中でちょっとだけ眠気を感じながら、セイはランティの話に耳を傾ける。
「ふーん、貴女のお婆様が大司教なの?」
「ええ。この鏡幽会で最も偉いんです」
「じゃあ貴女のご両親もここで働いてるの?」
「…両親は、私が幼い頃に病気で…」
「えっ…その、なんかごめん」
「いいえ、構いません。ここでは珍しいことでもありませんから」
セイの失言もランティは気にしていないようだ。
そして少し思案し、セイの表情を覗き見る。
「さて、どこからお話ししましょうか」
「全部」
「全部…とは?」
「ホントに全部よ。聖地って何?祭壇って何?何で異世界人のあたしが神徒って事になったの?エリオン湖の周りにしか人間が住んでいないって…この世界は一体何があったの?」
良く分からないことだらけのセイには、何が重要かもさっぱり分からない。
それにそもそも、セイはこの世界の事にそこまで興味は無い。
しかし元の世界に帰りたいとはいえ…使命を果たすまではここの人達との交流は避けられない。ランティやペトリエとは仲良くなりたい。
という事で、セイはランティに好きなだけ語ってもらう事にする。
「詳しく…という事であれば、百年闘争から語る必要がありそうですね」
得意分野の話とあってか、ランティはかなり楽しそうだ。
こういった話は全て頭に入っているらしく、彼女は本なども見ずに話すようだ。
「百年闘争…?」
「今から数百年前に、この星で大きな戦争があったそうです。“百年闘争”と呼ばれるそれは、文字通り100年以上続いてこの星中を荒らしてしまいました」
「でも、それってこの寒さと関係あるの?」
「大ありなんです。実は百年闘争の間に噴火などの大きな天災が何度も起こっていて、火山灰が戦火の灰と共に空の大半を覆ってしまったそうです。そうしてこの星が急速に寒冷化していき、戦争で荒廃した国々は成す術無く凍土に飲み込まれていったみたいです」
「へぇー…その結果が、あの雪原って訳ね」
「エリオン湖周辺は元々温暖だったので、凍土に飲み込まれることはありませんでした。しかしかつての繁栄した人類文化圏…“旧世界”は、我々がとても干渉できない凍土の彼方なのです」
「でも、どっかに生き残りの人間が居たりして?」
「確かに、ここ以外にも人間が生きているのも知れませんが、我々にそれを知る術はありません」
(本当に、ここは滅びかけの世界なのね)
絶望の現実を語るランティは、その内容の割に穏やかな語り口だ。きっとこの世界の人間にとってこの状況はもう当たり前なのだろう…とセイは思う。
セイはここまで見て聞いてきた内容を考え、結論を出す。
「…つまり戦争と凍土から逃げてきた人達がこの辺りに集まって、協力して生き延びてきたのね。どういう経緯でこの街や5つの国が出来たのか知らないけど」
「あー…」
セイの考察に、ランティは何とも微妙な表情だ。
「…どうしたの?」
「違うんです」
「何が?」
「そんな感じじゃないんです」
ランティの言葉が明らかに固くなる。
セイもそれを敏感に感じ取り、思わず真面目な顔になる。
「百年闘争の末期、エリオン湖周辺にはいろんな人達が避難してきたんです。それこそ故郷も人種も信仰も違う、様々な人達が」
「え?じゃあまさか…」
ランティは、ちょっと呆れたようにおどけて告げる。
「あはは…セイ様の想像の通りだと思います。エリオン湖に集まった人類の生き残りは、人種や信仰の違い、過去の諍いが原因で争いを始めたんです。で、結局エリオン湖を中心に5つの国が興ったのです」
これにはセイも呆れ返る。
「…人類みんなで滅びかけていたのに、そんなになっても協力できなかったって事?バカみたい、本当に愚かね」
しかしセイはそこまで口にして、自分が元々いた世界の人間も似たり寄ったりだったことをなんとなく思い出して気が滅入る。
ランティも何だか悲しそうだ。
「…五国はその建国後も争いを続けて、特に水や食料が豊富なエリオン湖周辺は常に係争地でした。そんな状況がまた数百年続き、五国もなんとか落ち着いて来た頃…“災厄の日”が訪れたんです」
「それが“祭壇”…」
セイはアードゥラ王都で見た“冥府の祭壇”の姿を思い返す。
「セイ様もご覧になったかと思いますが、“祭壇”は宗教的なものでは無く、大型の魔動機の一種のようです。しかしそれらが何なのか、何のために作られたのか、誰が作ったのか、そしてそれを何とかしようとする“聖地”が何なのか…それらは全て謎です」
「そんな…」
「ただ一つ確かなのは、聖地から現れる神徒とその護送機が、我らを脅かす祭壇を鎮めるために戦って下さるという事です。それだけなんです」
「…」
「我等“鏡幽会”は祭壇に侵されなかったこのエリオン湖を“神の鏡”と呼び、星神とこの湖を信仰しながら神徒の使命の補佐をしています。いつか全ての祭壇が封じられる日を信じて」
ランティのお陰で、セイは自分が置かれている状況とその経緯がなんとなく分かった。だが、自分がこんな理不尽な使命を強いられている理由については全く分からなかった。
しかし…使命を嫌うセイにとって、ランティの期待の眼差しは些か重かった。
これを読んでくれた方々に感謝を。
大変だろうと辛かろうと腹は減るんで、人は逞しく生きています。




