その4 新たな出会い
一つ目の祭壇を封じたものの、使命の先が長いことをしてしまったセイ。
前途多難な状況にやる気を失ってしまったセイを、御籠護送機八号が無機質に次の目的地まで運んでいく。
その道中、セイにまた新たな出会いが。
『…………だいはち……しめい……きせき…ちから…………せいさん……さいだん………ろか……くだす……』
小屋を背負った奇妙な六脚機械が、雪の木立の間を歩いている。
セイとミカハチが“冥府の祭壇”を封じてから数日。
ミカハチはアードゥラという地を後にし、進路を変えてゆっくりと進んでいた。今進んでいる方向はセイが目覚めたという聖地とは方向が違うらしく…周囲の景色は凍土では無くなり、雪の積もった森林地帯へと変わっていた。
ただセイはというと…ミカハチの行先に何も口出しをせず、彼の進むままに任せていた。“冥府の祭壇”を封じた後からすっかりやる気を失っていたセイは、しばらく小屋の外にすら出ていなかった。
それでもミカハチは、どこかを目指して歩みを止めない。
木々の間から僅かに見える朝日が、護送機の鈍色機体を照らし出す。
セイはミカハチの小屋の窓から、外の景色を眺める。
(また変な夢を見た…気がする)
彼女は寝床で布団をかぶって座っており、寝起きのその不機嫌な顔がうっすらと窓に映りこむ。アードゥラの都市部を離れるごとに建物が減り、代わりに木々が増えていき、今となっては周囲が木ばっかりになってしまった。
今ミカハチがどこへ向かっているのか、セイは知らない。
知りたくも無かった、というのが大きい。
しかし…次の祭壇が近付いていると思うと不安が膨らんでいき、今もセイは白くて細いふわふわの尻尾をしっかりと抱き締めている。
「…ねえミカハチ、今あんたはどこに向かってるの?」
この2日間祭壇と使命に関する話題を避けていたセイだが、不安に耐えられなくなった彼女は遂にそれをミカハチに聞いてしまう。
ミカハチはそれに簡潔に答える。
『ここから南方に人間の住む町“エリオン”が存在します。神徒を信仰する教団や、神徒の使命に協力的な武装組織も存在します。この地を拠点とすることを推奨します』
「エリオン…?ああ、前にあんたが言ってた場所ね」
『人間の集落エリオンは、かつて祭壇に滅ぼされた国々の避難民によって作られました。寒冷期でも全面凍結しないエリオン湖に隣接するこの集落では、湖そのものを信仰する者が多いです』
(湖を信仰し、神徒に協力する人達…なら、そこにはミカハチなんかよりもっと味方になってくれる人間が居るかも。しかもそこには少なくとも祭壇が無いって事よね)
目的地が安全らしい事と、そこに人間が住んでいるという事は分かった。
しかし気が滅入っているセイは、いまいち気が乗らなかった。
昼前頃になると、ミカハチの進路は森林からやや開けた場所になった。
遥か彼方に、巨大な湖が見えるようになる。
そしてそれは…そんな最中の事だった。
『当機の前方に、非敵性の存在を感知しました。接触を試みますか?』
ぼーっと窓の外を見ていたセイは、弾かれたように顔を上げる。
「え…もしかして人間?」
『はい、その通りです』
「そ、そう。まあ一応会いましょ」
『了解致しました』
セイは眉を顰めている。
この世界に転生したセイが今まで出会ったのは…この御籠護送機八号、アードゥラ領のゾンビ、あとは浅葱色の髪をした謎の子供だけだった。
(今度出会う人も、あのオルミラとかいう子供みたいに無礼なんじゃないかしら。期待するだけ損な気もするわ…)
もうこれ以上失望したくないセイは、無気力に溜息を吐く。
ミカハチを停車させ、小屋の扉を開けてそこに座り込む。
そして数分後、セイは再びこの世界の人間と出会う事になる。
ミカハチの進行方向から、何やら乗物が近付いて来る。
二輪のそれはミカハチよりも速い速度で近寄り、それに乗っていた人間が乗物から飛び降りてセイに駆け寄った。
「ああ、何てこと!?その御姿と機体…御籠護送機に神徒様、本物だわ!!まさかこんな日が来るなんて!!」
現れた人間は…1人。
女性だ。
鳶色の長髪を丸く結っており、装飾もある寒冷地用らしい服は雪のように真っ白だ。しかし足元はごつい靴を履いており、そこだけ服装と似合っていない。歳はセイより上っぽいが、無邪気な笑顔にはどこか幼さが残っている。
そんな彼女が…藤色の眼をキラキラさせ、セイの手をぎゅっと握って離さないのだった。
「まさかとは思っていたけれど、ホントに護送機や神徒様に出会えるなんて私思っていなかったのよね」
神徒と遭遇したのが嬉しかったらしいその女性は、ひとしきりはしゃいだ後にようやく落ち着いてくれた。
セイはと言うと、やや緊張気味に構えている。
「…あたしはセイ、貴女の言う通り神徒よ。そしてこっちは御籠護送機八号、あたしはミカハチって呼んでる」
セイがそう名乗ると、彼女が神徒だと確信した女性は満面の笑みだ。
「私の名はペトリエ、探索師をやっているの!神徒様に会えて本当に光栄だわ!あらでも私ったら嬉しすぎて神徒様に馴れ馴れしすぎたかしら?だとしたら御免なさい!ところで神徒様は今エリオンに向かっている所かしら?でしたら是非この私に案内させて下さいな。エリオンの皆も神徒様の再臨を心待ちにしていますわ♪」
「ちょ、そんな一度に言われても…」
ペトリエと名乗った女性に一気に捲し立てられ、セイは目を白黒させる。
しかし…これはセイにとって嬉しい誤算。
(あのオルミラとかいう子と違って、この人は協力的ね…。ミカハチは頼りないし話が分かり辛いから、この人を頼ってみよう)
まだ味方が居ない、厳しいこの世界。
セイはこの女性を信用することにする。
「…そう、貴女まだ分からないことだらけなのね。まあ今までの神徒様もそんな感じだったらしいから仕方ないわねー」
ちょうど動力が枯渇したらしいミカハチが、日光を浴びて魔力回復を始めてしまった。こうなるとセイも移動できないので、彼女はペトリエとの交流を図る。
“神徒様”呼びにムズムズしていたセイは、まずそこから切り込む。
「あの、ペトリエさん。あたしの事はセイって呼んで下さい」
「あらら、神徒様にそんな気易くて良いのかしら?」
「はい」
「なら私の事も呼び捨てで構わないわよ?」
「…そう、よろしくねペトリエ」
「うふふー、可愛いわねーセイちゃん♪」
距離感の近いペトリエは、セイの顔や耳を無遠慮に触って来る。
セイとしても気乗りはしなかったが、彼女となるべく親しくなりたかったのでされるがままになっている。
「でも不思議ねー。今までの神徒様に名前を名乗った方はいなかった筈よ?なんでセイちゃんは違うのかしら?」
頬をもみもみされながら、セイは不機嫌そうに答える。
「なんか聖地でね…誰かに“せいさん”って呼ばれた気がするの。正直意味はサッパリ分かんないけど、どうせ自分の名前も思い出せないからセイって名乗ってる」
「あら、そういう事。それなら納得ね」
セイを構ってニヤニヤしているペトリエが、ちらりとミカハチに視線を向ける。
「ミカハチちゃんが何かを知ってたりして。この子が喋れたらいいのにねー」
「え?でもミカハチは…」
ミカハチが喋る事をペトリエに告げようとした直前。
『神徒のご指示で、対象の固有名を当機に登録することが可能です』
ミカハチの言葉に、ペトリエは過剰に反応した。
「え、そんな…護送機が喋ったー!?!?」
『神徒のご指示で、対象の固有名を当機に登録することが可能です』
「すごいすごーい!こんなの今までの記録に一切無いわよ!?」
「ミカハチあんた、いちいちそんな事しないと人の名前も呼べないの?さっき聞いてたでしょ、この人の名前はペトリエだよ」
『対象の固有名を「ペトリエ」と登録しました。誤りがあれば修正をお願いします』
「はいはい大丈夫よ。よくできたわね」
ミカハチに呆れながらも、セイは内心ほっとする。
(ちょっと距離感近すぎだけど、良い人かも。ペトリエさんがあたしと最初に出会う人間で良かった)
セイにとって、ミカハチの説明は不足が過ぎる。
なので彼女は、ペトリエから多くを聞き出すことにする。
幸いペトリエは話好きのようで、接しやすい雰囲気がセイにとって有難かった。
まず彼女は、ペトリエが最初に零した言葉を確かめる。
「そういえばペトリエ」
「あら、何かしら?」
「貴女さっき、あたしを見たときに“まさかとは思っていたけれど”って言ってたよね?あれはどういう意味?」
「あー、あれね。私は十日程前からアードゥラ領の探索をしていてね、ちょっと前の夜…遠くの雪原で赤い光が見えたの。そんな話一度も聞いたこと無いし、もしかしたら護送機かなーって」
(この前、ミカハチが雪原でゾンビに閃紅砲を使った時の事だろうな)
再び出てきた“探索”の言葉に、セイの猫耳が反応する。
「探索…ねえペトリエ、そういえば貴女がさっき言ってた“探索師”って何?」
「そうね…見たところセイちゃんは、もうアードゥラの祭壇を封じてきたのかしら?」
「え、よくわかったね」
「今までの神徒様は皆、エリオンに来るまでに“冥府の祭壇”を封印していたのよね。だからそうなのかなって」
セイの容姿に未だ飽きないらしいペトリエが、今は彼女の白い尻尾を触っている。
「じゃあセイちゃん、アードゥラに元々人が住んでいたことも知ってるわね?」
「うん、あたし会ったよその人達に。一応だけど」
「あー…まあ会ってる、か」
アードゥラ内のゾンビの事も知っているらしいペトリエが苦い表情。
そして彼女は、乗っていた乗物から本を一冊取り出した。
「祭壇の支配する領域は元々国でね、かつて人間が住んでいたの。色んな文化や技術がそこにあったんだけど、それらの多くは災厄の日に失われてしまったわ。探索師って言うのはね、祭壇領域に眠る資料や技術を探索する人達の事なのよ」
ペトリエがその本を差し出すが、その文字をセイは理解できなかった。
しかしそこまで聞いて、あることに思い至る。
「あの…実はあたし、雪原で生きてる人間に会ったわ」
「あらら?アードゥラ領で活動する探索師ってもう殆ど居ないのに…誰が来ていたのかしらね?」
「その子“オルミラ”って名乗ったわよ。あたしより小さい子供だったけど、ペトリエは知ってる?」
「うーん、知らない名前ね」
「あいつペトリエの知らない子かぁ…」
「でもエリオンの人口なんてたかが知れてるし、その中の探索師なんて限られれるわよ?そもそも私より若い探索師なんていたかしら…?」
(それならあの子、一体何者だったの?)
考えたところで、今のセイには何も分からない。
結局、オルミラという子については良く分からずじまいだった。
そしてセイは、この世界に降り立ってからずっと抱えている疑問をペトリエに投げかける。
「ねえペトリエ、そもそも祭壇って何なの?あたし“冥府の祭壇”を封印したけど、封印というか…なんか機械を触って操作しただけなの。何でそう呼ばれているのか、誰が何のために作ったのか、一切分かんないよ」
「ふーん…今までの神徒様はその辺を知っている事が多かったらしいけど、セイちゃんは知らないのね」
「ミカハチもその辺は謎だって言うし」
「そうねぇ…エリオンに着けばもっと詳しい人がいるからねぇ、そっちで聞くと良いと思うわ」
それでも疑問を抱えたままなのが嫌なセイは食い下がる。
「ペトリエの知っている事だけでもいいから!」
「うふふ、仕方ないわね♪」
そうしてペトリエは、少し考えながら言葉を選ぶ。
「かつてエリオン湖の周囲にあった5つの国。厳しいこの環境で人間が何とか暮らしていたって言うんだけど、その五国に同時に発生したものが祭壇なんですって。誰が何のために作ったか分からないけど、それがあの災厄の日に五国を滅ぼしたの」
ぺトリエの言葉を聞き、セイは眉を顰める。
「五国を滅ぼした…」
「そう、そして何とか難を逃れた人達がエリオン湖畔に避難して、そこがそのまま街になった…それが今のエリオンの町って訳ね」
「でも、祭壇で困ってるのってこの辺の人間だけなのよね?もっと遠くの国の人とかに助けてもらえばいいんじゃないの?」
ペトリエはしかし、きょとんとして一瞬黙る。
「…他の国?」
「そうよ。え、あたしなんかおかしなこと言った?」
「ないわ」
「えっ」
「そんなものは無いの」
「えっ!?」
「エリオンの民が知る限り…もうこの星に、人間が住んでいるのはこの地域だけなの。他は全て滅びちゃってるわ」
結局、ペトリエはそれ以上詳しい事を説明してくれなかった。
彼女曰く“鏡幽会なら私よりちゃんと教えてくれるわ”との事。
ミカハチの魔力回復も終わってしまったので、セイは諦めてエリオンへと出発することにした。
移動しながらペトリエと話したかったセイは、ミカハチの小屋の上に載って足をぷらぷらさせていた。群青色の髪が風にあおられ、彼女はそれを手で押さえている。
ペトリエの方もセイ達に合わせてくれており、彼女の二輪車はゆっくりとした速度でミカハチと並走する。
しかし先程と異なり、ペトリエの興味はミカハチに移っていた。
「ねえねえミカハチちゃん、貴方は私ともお喋りしてくれるかしら?」
『はい、その通りです』
「ありがとね。ふふふ、貴方のその機体…実に素晴らしいわ!それってどんな素材でできているの?」
『…』
「あら、答えてくれないのね…残念。じゃあそうね、護送機の動力ってどういう物なの?今までの記録からして、普通の魔力炉とは思えないのだけど」
『…』
「ちょ、ミカハチちゃんってもしかして一般人とはお話ししたくないのー?」
『いいえ、そうではありません』
「あら?うーん…じゃあそうね、たとえば神徒に選ばれる人間の特徴とかあるのかしら?」
『…』
「ちょっと、もー…」
しかしミカハチとペトリエの会話はちぐはぐだ。
ペトリエの問いに、ミカハチは答えたり答えなかったり。
会話が弾まず、ペトリエはセイに助けを求める。
「ねえセイちゃん、ミカハチちゃんがお話してくれないよー悲しいよー」
「ああ、それね…」
その様子を見守っていたセイは素っ気ない。
この世界で過ごす中、セイは御籠護送機八号の会話の特徴に気付いていた。
「ミカハチはね、本当は喋って無いの。こいつにはたぶん“決まった文章”が沢山記録されていて、状況に応じてその中から選んで使っているだけなの。一応思考はしていると思うんだけど…とにかく普通のお喋りは無理だよ」
ミカハチが、なんだか似たようなセリフを喋る…。
雪原の道中で既にその違和感に気付いていたセイは、注意深くこのロボの言葉を聞くようにしていた。そして判明したのが、“ミカハチが全く同じことを言う時がある”という事実だった。
「ミカハチは祭壇や神徒関係以外の事をあまり喋んないの。もし質問をするならハイかイイエで答えられるよう聞かないと」
「なら例えば、喋れる文章を端から全部喋ってもらうとか?」
「それ、あたしも試しにやってみようとしたけどコイツ黙っちゃったの」
「あらら、融通が利かないのねぇ」
それを聞き、ペトリエも肩を竦める。
これもまた、セイがミカハチを信用しない理由の一つだった。
そして、それだけではない。
まだ見ぬこの世界の人間に不安のあるセイは、それをペトリエに零す。
「ねぇペトリエ、話は変わるけど…」
「どうしたのセイちゃん?」
「本当に、本当にエリオンの人達はあたしのことを歓迎してくれるの?」
「当たり前じゃない。だって貴女は神徒様よ?」
「だけど…」
セイは不満げに口を尖らせる。
「今まで7人の神徒がこの世界にやって来て、祭壇と戦って、皆死んでいった…そうよね?そんな神徒に、この世界の人達が期待しているとは思えないんだけど」
気持ちが暗そうなセイを気遣い、ペトリエが明るい声色でそれに答える。
「確かに今までの神徒様達は、その使命を果たせず全員死んでしまった。そして彼等が中途半端に封じた祭壇は、その数年後に全て再度動き出している…それは事実ね」
「ちょっと待ってよ、封印した祭壇ってそのうちまた動き出すの!?」
ペトリエに告げられた意外な事実に驚くセイだが、それに呼応するようにミカハチが補足説明をする。
『祭壇は全てを封印状態にする必要があります。今までの神徒達のお陰で祭壇同士が共鳴していることが分かっており、封印した祭壇もこの現象によって時間経過で再始動してしまいます』
「…ホント最悪、あたしがやった事って意味無いって訳?」
複数あるという祭壇に対して既に嫌になっているセイは、“祭壇再起動”の話を聞いてさらに意気消沈する。そんなセイを励ますように、ペトリエは明るい声色で彼女を励ます。
「だけどねセイちゃん?神徒様が祭壇を封じれば、その祭壇が数年間休止状態になるのも確かな事実。一部の祭壇はエリオンにとっても脅威だから、僅かとはいえその間は安全な期間になるの」
「ふーん…」
「ただでさえ厳しいこの“人類の黄昏”時代にはね、そんなひとときの安寧だってかけがえのないものなのよ。セイちゃんも実際にエリオンの人達に会えば、きっと不安も無くなるわ」
「ほんとぉ?」
ペトリエは、なおも不安そうなセイに手を差し伸べる。
「セイちゃんがエリオンに到着すれば、すぐに“降臨祭”の準備が始まるわ!あの盛大なお祭りを見れば…エリオンの人々が、どれだけ神徒が現れるのを心待ちにしていたかを理解できるはずよ!私だって、貴女達に出会えてこんなに嬉しいんですもの!!」
ペトリエの紅潮する頬。
輝く藤色の瞳。
彼女の言葉に嘘はない…セイは直感的にそれを理解できた。
これを読んでくれた方に感謝を。
滅びかけの世界なので良いことも少ないけれど、1匹と1機には頑張って頂きたいです。




