その30 大罪人
トルトワゴの僻地で見つけた小屋で、謎の女と出会ったセイ。
謎の技術で隠されていたその小屋に住んでいた、その女の正体は。
海の見える崖の上、小さな小屋の前に…人がいる。
セイ達は昨日トルトワゴ入りし、とりあえず現地人から“ワシュラの手記”にあった噂…トルトワゴの賢人が住んでいたという小屋について聞き取りをしていた。その結果…そういった噂が実在し、しかしその建物自体は祭壇領域内に無いということが確認できていた。
そして今朝から、トルトワゴ南方の海岸沿いを中心に調査を行っていた。その中でセイが魔法で隠された謎の領域を見つけ、彼女の固有魔法でそれを破って侵入していた。
そして…そこには、古びた小屋があったのだ。
「ミカハチ、これって…」
『調べんと何とも言えん』
そして辿り着いたこの小屋は…質素なものだった。
隙間だらけに見えるこの丸太小屋は、どうやら魔法で断熱してあるらしい。小屋の脇には小さな畑があり、夏季の今そこには野菜がちょっとだけ植えてある。
小屋の前の崖は、一部が階段のように削られておりだいぶ下にある海まで下りられるようだ。小屋の玄関には釣り竿と干された魚…どうやらここの家人は釣りもするらしい。
そして…小屋の玄関には、椅子に座って眠る女が居たのだ。
その女は…立てば地面に着くほど髪が長い。一見白髪に見えるそれはよく見ると薄い紫色で、あまり手入れしていないのか痛んでいる。しかし彼女は見るからに若く、見た目だけならペトリエよりも若そうだ。
そんな女が、静かに寝息を立てている。
予想外な状況に、セイは首を傾げる。
「この人…何?その賢人じゃないでしょうね」
『いや、件の賢人は災厄が起きた頃…数百年前の人間だ。こいつがそれとは思えん』
「じゃあ、この人は一体…」
『知らん。ただここを隠していたあの魔法…こいつが只者とも思えんな』
「だよね」
賢人本人では無いだろう。
しかし、ただの住民でもない。
何か大きな謎に触れられる…セイにはそんな感覚があった。
セイとミカハチが喋っていると、不意に女が目を覚ます。
「う~ん…」
「あの、こんにちはー」
「はへッ!?」
彼女の漆黒の瞳が、セイを捉える。
寝惚けていた彼女の表情が、徐々に引き攣っていく。目が泳ぎ、身体が小刻みに震え、両手が空を泳いでいる。
「驚かせてすみません、その…大丈夫です?」
「ひ、ひひひ…化物…?」
「えっ!?」
「ひぇ~」
彼女は突然立ち上がり、セイから逃げようと駆け…出そうとした。しかし寝起きの彼女は足が縺れ、倒れそうになった所をセイが抱きかかえる形になる。
「ぐえっ?!」
「その、驚かせてすみません。別にあたし達、貴女に危害を加えようとかは無いので」
「ふひ…え、そ、そうなの…?」
「あたしはセイ、見ての通り神徒です。こっちは相棒のミカハチ」
「わた、わたしはねぇ…名乗るの何年振りだろ?その、あ~…セワルバ、って言います、ので。ただの人だよ~」
(この人、まさか…神徒を知らない?)
白猫獣人のセイの姿に慄くこの女。
こいつの正体が読めず、セイは混乱してくる。
セイはとりあえず、セワルバと名乗ったこの女を落ち着かせる。
彼女はビクビクしながらも、ひとまずは寝ていた椅子に座り直す。
その間彼女は…セイと全く目を合わせなかった。
セワルバは、セイとミカハチを交互に何回か見る。
「へへっ…あ、その、貴女達…よくここを見つけたねぇ~…。いつ以来のお客だろう、えーと…そうだ、お茶出さないと」
『いやそれ以前に、お前は何なんだよ?何でこんな所に居やがる』
「ヒィッ!?機械が喋った!!」
「ちょっとミカハチ、もっと穏便にさぁ」
語気の強いミカハチを制すセイ。
とはいえ、セイもこの女を探りたい。
セイは…言葉を選ぶ。
「あの、貴女はトルトワゴの人なんです?」
「うぇッ!?あーいや、そ…そうでーす、へへっ」
「…そんな馬鹿な。トルトワゴの人はあたしを見て神徒だってすぐ気付きましたよ?貴女は神徒そのものを知らなさそうだけど」
「ええっ!?じゃなくてその、あー…わたし隠居して長くて…」
「長いって言ったって、最初の神徒が現れたのって100年以上は前の筈ですよね?最初にトルトワゴを訪れた神徒だって数十年は前だと思うけど。というかそもそもトルトワゴの人は農地を出られないでしょ」
「ひ、ひぃ…あー、さ、さっきまでのは冗談ですー実は空き家になってたここに住み着いているだけですー…」
「ここが魔法で隠されていたのに?それともあれは貴女の仕業?ここを隠していた魔法…エリオンでも見たことが無いくらい高度だけど、あれを貴女が?」
「うげっ…あーどうしよ、その、えーと…ふひひっ」
(怪しすぎる…)
言う事全部嘘臭く、セイにはこのセワルバが怪しく見える。
しかし次の言葉を少し考えているうちに、ミカハチが恫喝する。
『おいお前。ここはトルトワゴの賢人の小屋で、お前はその関係者…違うか?そうでないなら、お前はあれだけの魔法技術を持ちながら隠れ住んでいる事になって、いずれにせよ怪しい。さあ、お前の正体を吐きやがれ』
ミカハチのやや強い言葉に、セワルバは竦み上がる。
「ひ、ひぇぇっ!?うう、そ…あ、あんなものを作ってゴメンナサイ!悪気は無かったんですぅ!でもだってあの新型魔力炉は命じられて作っただけで、賢人にだって望んでなった訳じゃなくて、はひっ…選ばれて仕方なくで!で、でもだって皆最初は喜んでたんだし、その…わたしだけが責められるのは酷くなぁーい!?!?」
セワルバが捲し立てた言葉に、セイは戦慄する。
「えぇっ!?」
「いや嘘ですスミマセン!わたしが悪かったんです全部全部!でも痛いことされるのは嫌だよー怖いよー、せめて一思いにやさしく殺してー」
セイの毛並みが逆立つ。
彼女の言葉が本当なら…もしかしたら、彼女は祭壇を作った者かもしれないのだから。
セイは再び、取り乱してしまったセワルバを落ち着かせる。
そして彼女から詳しい話を聞くことにする。
圧の強いミカハチを外に残し、セイは丸太小屋の中にお邪魔する。
狭い小屋の中、セイとセワルバが2人きり。
「え~…お、お茶でもどうぞ。自家製だけど…」
「面白い香り、これは何?」
「煎り豆のお茶だよー…ふひっ」
「ああ、畑にそんなのあったかも」
一旦落ち着いてくれたセワルバが、セイにお茶を出してくれた。なかなか悪くない香りだったが、念のためそれには口を付けないでおく。
相変わらず目を合わせないセワルバとセイの間に、妙な緊張感が漂う。
セイはとりあえず、一つずつ確認していくことにする。
「セワルバさん、貴女は一体何者なんです?」
「いや~、何て言うか…」
「貴女が何者であっても、あたし達は構いませんから」
「そ、それなら…」
自作のお茶を啜り、セワルバは伏し目がちに告げる。
「わたしは…アードゥラの賢人だよ。ご、五国合同の新魔道技術開発計画のアードゥラ代表にえ、選ばれたんだ。わたし達の使命は新型魔力炉を作ることで、それは成功した…は、筈だったんだ」
彼女の自己紹介を、セイはほとんど理解できなかった。
「ちょ、ちょっと待ってね。貴女は聖地の魔術師…賢人とは違うの?あたし達の事も知らないみたいだけど」
「せ、聖地…?うへっ…き、聞いたこと無いよぉ。だけど…君等は本当に面白い姿だねぇ…。その人でない姿、会話できる機械、どういう技術なのそれ…?」
「神徒も護送機も知らないみたいね…ていうか貴女、新型魔力炉を作ったって本当?五国を滅ぼしたっていう、あれらを?」
「ヒッ…わ、わた、わたしも悪気があった訳じゃなくて…。確かに結果あの、その、暴走して酷いことにはなったけど…うひひ、あれだって望まれてやったのにぃ~」
(この人の言っている“新型魔力炉”は、やっぱり祭壇の事みたい。だとするとこの人は、一体何歳なんだろう…?)
何かとんでもない秘密に触れることができそう…。
セイの中には今、妙な確信めいたものがある。
(この人はきっと、祭壇の事を全て知っている…気がする。でもこんな怯えたような感じだし、どうやって問いただそうか)
終始挙動不審なセワルバをあまり刺激したくないセイだが、彼女との間で認識の違いが大きすぎるようにも感じ、何をどう聞けばいいか悩んでしまう。
そして、埒が明かないと見たらしいミカハチが割って入る。
『おいセワルバとか言ったな。お前が言う“新型魔力炉”とその暴走について、知っていることを洗いざらい話しやがれ』
「いぃっ!?機械くん…ど、どこから声してるのぉ?ま、まさかその黒い首輪かな…面白い仕組みだけど、その首輪どうやって外すのかなぁ…?」
『はぐらかすなよこの野郎』
「ひぇぇ~…ごめんなさいー」
ミカハチに詰められてセワルバは怯え、頭を抱えて縮こまってしまった。しかしセイも意を決し、セワルバに迫る。
「本当に…話せることだけで十分なので、貴女の知っている事を教えて欲しいんです。この世界に生き残っている人達の為にも」
「あ、あはは…あれはもうどれだけ昔なのか…。そのね、あー…百年闘争の後の厳しい世界で、皆暮らしが…何て言うか、厳しくて…こ、困ってたの。で、各国の抱える問題を解決するために、革新的な動力技術が求められて、新魔道技術開発計画が始動したの」
「各国から1人ずつ、優秀な魔術師が集められた…そ、それが賢人。で、その、えー…あ、そ、詳細はえーと、省くけど…うん、その結果わたし達は成し遂げた。従来の常識を覆す高効率の新型魔力炉を作り上げたのさ」
「新型魔力炉は、各国の抱えていた問題を解決した。ち、ちなみに…わたしの故郷アードゥラではその、えぇ~…王様の命令で長命化の研究が行われていた。あ…わ、わたしはその時自分自身を実験台にしていたから、わたしが長生きなのはそのせい…かも?」
「だ、だけど…あの、ある日突然、あー…何故か新型魔力炉が制御不能に陥ったの。全ての新型魔力炉には魔力的な繋がりがあるって分かっていたけど、あれらは同時に暴走した。で、でもだって…わたし達だってその、や、やるだけやったんだよぉ…?」
「ま、まあ…えーっと、結果的には全部ダメになっちゃった。わたし達にはな、何もできなかった…。わた、わたしは五国を彷徨い、トルトワゴに来て…こうして友人の家にか、隠れ住んでる。その…ひひ、後ろめたかったのさ」
セワルバの語ったそれは、セイの今までの認識を覆すものだった。
オドオドへらへらしながら視線を泳がせるセワルバを前に…セイは頭を抱える。
(この人、魔法の事だけは妙にハキハキ喋るな。たぶん本当に優れた魔技師だったんだろう。そして、だからこそ…きちんと確認しなきゃ)
セイ少し考え、上手く言葉を選ぶ。
「あ、貴女の事は一旦置いとくね…。その、五国から選ばれた人達が新型魔力炉を作って、でも何故か暴走して、今のこの状況になった…と?」
「ふひっ…そ、そうだよ~。そういえば暴走の後…な、難民の皆があれを祭壇とか呼んでた…かも?」
「で、新型魔力炉って何なんです?どういった原理であんな高性能なものが…」
その言葉で…セワルバの表情が、歪む。
「げげっ…!?いやまあその、そ、その、それだけは…言えないよぉ。お願いだ、こ…これだけは…絶対に言えないの、死んでも」
しかし言い淀む彼女に、ミカハチはさらに圧をかける。
『おいセイ、こいつ痛めつけでも吐かせようぜ』
「いや~乱暴はやめて~、せめてあっさり殺して~」
「ちょっとミカハチ、そういうのはやめとこ」
核心的な内容の筈だが、協力を拒まれるのはもっと拙い。という事で、セイは一旦その内容に触れないでおくことにする。
「あたし達の持つ情報によると、あたしみたいな奴…神徒は、魂が異世界から聖地に召喚されるらしいんです。その聖地っていうのは北方の雪原のどこかにあるって噂なんですけど、貴女何か心当たりは無いですか?」
祭壇から話題が逸れ、セワルバの表情が明るくなる。
「あっ…せ、雪原?そ、そうね~…それってアードゥラ王都から見てどっち…?」
『西だよ、西』
「はへぇ…に、西なら新生研かも」
「…は?しん、何て?」
このセワルバという女からは次々に新しい言葉が飛び出すので、セイもそろそろ頭がいっぱいになってくる。
「な、懐かしいなぁ新生研…あ、正式名は新生物研究所ね。賢人の研究施設として建てられたんだけど、ふひっ…今あそこに誰かいるとは思えないなぁ。あぁ…で、でも…あそこに残っている新型魔力炉の試作壱號はどうなっているんだろうなぁ…」
「おーいセイ…って、そいつ誰だよ?」
「ひッ、でか~い…あ、あの、怪しい者では…」
「あら綺麗な髪ねぇ♪でもお手入れしないと勿体ないわよー?」
「あひィ~…ち、近…」
「まあまあ、ちょっと説明するね」
その日の夕刻、セイとミカハチは打ち合わせてあった待ち合わせ場所まで戻っていた。そこに先に来ていたペトリエとスーマグレオが、見知らぬ同行者に興味を示している。
『こいつはセワルバ、俺等が見つけた賢人の小屋に住んでた浮浪者だ。何か祭壇に詳しいっていうから同行を頼んだのさ』
「ふひひ、わ、あはは…わたしがセワルバでーす…。先祖が趣味で祭壇とかを調べてて、それなりにく、詳しかったり?しまーす…へへ」
セイは、セワルバに使命の旅への同行を求めたのだ。
彼女の知識が祭壇の謎解きにも攻略にも有用で、しかし何にしても出し渋る彼女から多くを引き出したかった。そして…セイの懇願とミカハチの恫喝が功を奏し、遂に彼女は首を縦に振った。
しかし流石に、エリオンの民であるペトリエ達にセワルバを“祭壇の製作者”などとはとても言えない。という事で彼女には“エリオンを追放された人の子孫”で通して貰う事にしたのだ。
ペトリエとスーマグレオは、初対面のセワルバを質問攻めにしている。
「セワルバさんって言ったわよね、貴女私より若そうだけど…何歳?」
「あーひひ、に…20歳、で」
「何で賢人の小屋に住んでたんだ?」
「その…お、お爺さんのお爺さんがエリオンで祭壇を調べてて、思想が異端過ぎてエリオンに居辛くなってトルトワゴに逃げて…偶然見つけた辺境の小屋に住み着いたみたい、ですぅ」
「あー…まあそういう人も偶に居るわねぇ。昔はもっと多かったかも?」
「で、あんたはそういう話を聞いて育った…と」
「そうでぇーす…あ、でもその、ほとんど口伝だったので、物としてはあまり…小屋も」
「おいミカハチ、これ本当か?」
『ああ、小屋に有用そうな物は無かったな』
「ふぅーん?」
…ペトリエもスーマグレオも、セイ達の話を全て信じている訳でも無さそうだ。しかし“隠したい理由がある”事は分かってくれたようで、必要以上の追及はしないでくれた。
いずれにせよ、時刻はもう夕方。
どうせ今夜は野営となるので、皆その準備を始めることにする。
「まあいい。セイ、途中で魚を釣って来たからこれ焼くぞ」
「あっホントだ。嬉しいな」
「あ~あのぉ…もしよかったらうちの野菜を…」
「あら、ご親切にどうも。でもこれ…失礼だけど、大丈夫かしら?」
『ここは豊穣の祭壇の領域外だ、問題無い』
「ならいっか」
2人もどうやら、セワルバの事を受け入れてくれたらしい。
セイはこっそりと、一人胸をなでおろす。
夜、ミカハチの小屋の中に…セイとセワルバが2人きり。
小屋の中に常備されているセイの替えの着替えとかを無理やり敷いて作った簡単な寝床に、セワルバは緊張気味に寝転んでいる。
「セワルバさん、付いて来てくれてありがとね」
「あ…あはは。こ、このミカハチ君がその、怖いからねぇ…」
『何だとこの野郎』
「ひっ」
「ちょっとミカハチ」
『あー?』
「御免なさいねセワルバさん、ミカハチって口悪くて」
『何だとこの野郎』
「事実でしょ」
戯れるセイとミカハチのやり取りを見て、セワルバが初めてまともな笑顔を見せる。
「ふふ…仲が良いんだねぇ君達」
「あ、笑った」
「ヒッ…ごめんなさいぃ」
『いや責めてねぇだろ』
セイとしては…負い目であんな所に何百年も籠っていたというセワルバが、セイに付いて来てくれることはあり得ないと思っていた。
しかし彼女は急に、今までにない神妙な顔になる。
「その…これも運命の出会いかなって。良い機会だし、こんな事今後無いかもしれないし」
セワルバの黒い瞳の底には、セイにはわからない何かが沈んでいる。
ここに来て下さる方々に感謝を。
半分くらい来たんでしょうか。




