その29 賢人の遺構
ワシュラの手記を頼りに、トルトワゴで賢人の遺構を探しに来たセイ達。
望み薄とは考えていたが、それでも何かを見つけたかったセイ…そんな彼女が、旧トルトワゴ国の僻地で見つけた物は。
高い断崖の上から、セイは海を見ている。
ここは、旧トルトワゴ領の海岸地帯。
“豊穣の祭壇”の攻略の前提として“トルトワゴの賢人”の噂を調査しに来た一行。かの人物は僻地に居を構えていたらしいので、こうしてセイ達は祭壇領域から離れたこのような郊外に居るのだ。
「さあ、行きましょうかミカハチ」
『まあ、過度な期待はせずにな』
昨日トルトワゴ大橋を渡ってきたセイ達は海岸沿いで野営をし、今朝から二手に分かれて探索を開始していた。当然セイはミカハチから離れられず、一行は四名…という事で、組み合わせは実質一択だった。
セイは、未知の探索に珍しく心躍らせている。
「ふふ、本当に見つかったら面白いわね」
『俺は…仮にあったとしても崩れた廃墟だと思うがな。何しろ災厄の日は数百年前だ、無人の廃墟なんてそれだけ時間があれば風化するだろ』
「まあねぇ…でも、そこに何か残っていればいいかなって」
セイだって、建物が丸ごと無事に残っているなんて思ってはいない。
そもそも存在するかだって、内心は半信半疑だ。
それでも…使命の為にできることはすべてやる。
今のセイには、その気概があった。
トルトワゴ領は、どうやら大半が森林のようだ。
今までの道程を思い返すと…中心地である農地、その周りの荒地、それ以外はほとんど暗い針葉樹林だった。至る所に積雪の残るこの森林は、マキエスの霧の密林より明らかに寒い。
森林地帯には起伏があったが、六脚のミカハチはその中を器用に進んでいく。セイはそんなミカハチの小屋の上に寝そべっており、周囲の様子を窺っている。
静かな暗い森に、ミカハチが枝を踏み折る音が響く。
『セイ、寒いだろ?小屋の中に居ろよ』
ミカハチは魔法的な技法による全方位視野を持っているらしい。そんなミカハチが居ればセイまで辺りを見る必要が無く、ミカハチは彼女を小屋に戻そうとする。
しかし、セイは自分でも探索したかった。
「聴覚と嗅覚は、あんたよりあたしの方が鋭いでしょ?寒いのだって毛皮で平気だし、あたしも探すよ」
『耳と鼻が役に立つかよ?しかも仮に件の小屋があったとて、そこに人は住んでねぇから音も匂いもしないだろ』
「それは分らないじゃん?例えば…誰か住み込んでたりして」
『あー…まあ、無くはねぇのか?エリオンからトルトワゴに追放される奴も居るらしいし、ペトリエの親父みたいに勝手に渡る奴とかもな。そういう浮浪者が住んでくれてれば小屋の状態は良いかもな』
セイがこうして小屋の外に出ているのは…やる気があるのに中で大人しくしているのが嫌だったからだった。
そして…実はセイは、この状況を楽しんでいる。
「…ふふっ」
『どうしたセイ』
「いや別にー」
『何か変だぞお前』
「うーん、何て言うかね」
ミカハチには言いにくいので、セイは恥ずかしそうに小さく呟く。
「何か…エリオンに着くまでの、2人きりの旅を思い出すよね」
セイが初めてエリオンに足を踏み入れて以来、セイの旅にはスーマグレオやペトリエを始めとした協力者がいた。ヴォンダーンでもマキエスでも基本数人で動いており、ミカハチとセイだけで敵地に居るのは久しぶりだった。
感慨深そうなセイをよそに、ミカハチは素っ気ない。
『お前あの頃マジで嫌そうだったじゃねぇか』
「それは仕方ないじゃない、あれから色々あったし」
『アードゥラだって別に目新しいモンも無かったしよぉ、お前にとってそんな思い出になったのか?』
「も、もう…良いじゃないそんなの!確かにあの頃は嫌で仕方なかったけど、今となっては…ね」
『何も変わってねぇ気もするが。俺が喋るくらいしか変わってねぇ』
「大違いよ。あの頃のあんたは冷たすぎて怖かったもん」
『そんなもんか?』
「そんなもんよ」
あの頃の孤独さは、今のセイに無い。
何も無い寂しいこんな地でも、ミカハチと一緒なら悪くなかった。
しかし、肝心の探索自体はほぼ空振りだった。
セイ達は今日、トルトワゴ領の海岸付近から西…マキエス漁村や大河のある方向に向かってゆっくり移動していた。しかしその間には怪しい場所どころか建造物すら無く、セイ達はそのまま大河が見える所まで来てしまった。
「遠くにマキエスの港が見える…こんな位置関係だったのね」
『何も無かったな、ここまで』
ここは、大河が海に流れ込む河口近く。
ここまでの道中で何も収穫がなかったセイは、休憩がてらに干し肉を咀嚼している。ミカハチの小屋の中にある小さな椅子を外に置き、今は長閑な薄曇りの景色をぼんやりと眺めている。
今のところ探索は無駄足とも言えるが…セイの表情は穏やかだ。
「昨日会ったマキエスの村人の娘が言ってたの、“賢人様の小屋がどこかにあるらしい”って。その賢人さんは常に食糧難だったトルトワゴを解決するために研究をしてて、今でも敬われているんだって」
『その場所の情報は聞けなかったのか?』
「偉い人だったその賢人さんが辺鄙な場所に小屋を持ってた理由は、知らないって言われちゃった。どうだろう…一人で落ち着ける場所でも欲しかったんじゃない?たぶん」
小屋の存在が確からしいという点だけはまだ良かったものの、結局それらしい場所はまだ見つかっていない。これに関しては、セイよりミカハチの方が気を揉んでいる。
『ペトリエ達は東に向かったが、地熱はエリオン湖をほぼ中心に広がっているんだ。あいつらの向かった方向はどんどん離れる方角だから、いずれ雪原にぶち当たる…正直なところ、あまり期待はできねぇ』
「じゃあ、残りは…大河沿いのトルトワゴ側、ヴォンダーンとの間の山地…かしら」
『大河沿いなら対岸から見えるだろ。あっちにはマキエスとエリオンを繋ぐ街道があるから、目撃談くらいは無いとなぁ』
確かに大河の向こう側は、セイ達も前に通っている。そしてエリオンとマキエスに交流がある以上、対岸とはいえ川岸に建物があれば流石に誰かが見ている筈…セイにも望み薄だと何となく分かった。
ミカハチは続ける。
『あと俺の機体じゃ流石に険しい山地は厳しいから、山ン中だと面倒だな。どうしても調査が必要なら紅蓮隊の協力とかが無いと厳しいぞ』
「うえー、長議会はそもそもあたしのトルトワゴ入りをすごい嫌がっていたのよね…今回の調査だけだって良い顔しなかったのに」
『だが、諦めたくはねぇな…。お前の使命の為にも手掛かりはいくらあってもいい』
「もちろんよ」
元より厳しい探索だが、セイもミカハチも諦めてはいない。
きっと何かを見つける…2人は手ぶらで帰る気は毛頭無いのだ。
そして実は、セイはここまでに小さな違和感を抱いていた。
彼女は干し肉を飲み込むと、ちょっとだけ思案する。
「実はね、ここに来るまでにちょっとだけ感じた事があるの」
『何だとテメー、そういう事はさっさと言いやがれ』
「怖…あのね、言わなかったのには理由があるんだって」
『何だそりゃ』
「そこに戻ったら説明するね」
そうしてセイは、ミカハチの小屋にそそくさと乗り込む。
「悪いけど…来た道を戻って欲しいの。そう遠くないからさ」
「姐さん気を付けろよ、夏季でも海は危ないからさ」
「心配性ねぇスーマちゃん、大丈夫よ」
セイ達が大河河口辺りで休憩していた頃、ペトリエとスーマグレオはそれより遥か東方の海岸沿いに居た。トルトワゴの海岸沿いは基本断崖なのだが、2人は広めの砂浜を見つけてそこに降り立っていた。
今はペトリエが、寂しそうに波を眺めている。
「崖上から見た感じ、トルトワゴに上陸できそうな所はここくらいしか無かった…きっと父様も、ここを通ったのねー」
「…」
「はぁー…父様の足跡を追えるなんて夢みたい」
確かにペトリの言葉通り、見えている範囲で海から上陸できる場所は限られていた。しかしスーマグレオは、ペトリエの様子を心配している。
「何だか姐さん、元気無いな」
「そりゃあ…マキエスでのやらかし、流石の私だって気にするわよ。悪いことしたと思ってるし、スーマちゃんだって…まだ怒ってるんじゃないの?」
「当たり前だ、セイを危ない目に遭わせてよぉ」
「うぇ~ん、ゴメンって~」
「…そうやって茶化しても、マジで凹んでるのは鈍いわたしにだって流石にわかるよ」
「…ん、まあ…ね」
このトルトワゴ作戦で哨戒の役を買って出たペトリエ。
比較的安全だと思われるトルトワゴ領でも、昨日のセイのように矢を射掛けられる可能性もあるのだ。これは十分危険な役であり、スーマグレオもセイもそれが贖罪足りえると思っているのだが、ペトリエ自身は納得していないようだ。
ペトリエは、ちらりとスーマグレオの方を見る。
「何だかね、自分の幼稚さを思い知ったかなー…って。私とスーマちゃんの境遇は似ていると思ったんだけど、だからこそ復讐に囚われて暴走した自分自身が情けなくて…」
砂浜に座り込んで膝を抱えるペトリエの横に、スーマグレオも並んで座り込む。
「別に…わたしには両親との思い出が無いだけだよ。例の事件の時、わたしは何歳だったっけ…とにかく小さすぎて何も覚えてないんだ。物心付いた頃から、わたしの親はカンデック夫妻だったし」
「そうだったのね…」
「何か…姐さんを見ていると、わたしって薄情なのかって思えてくる。両親は祭壇のせいで命を落としているのに、わたしは祭壇を…仇だなんて思っちゃいないから」
「あー、いや貴女は悪くないわよ。悪いのは祭壇」
「祭壇も道具なんだから、悪いのは使い手だろ」
「えっ、まさかスーマちゃんってそういう危険思想の子?」
「人聞きが悪いな姐さん、祭壇に夢見ちゃ悪いかよ」
「ふぅーん…貴女が割と積極的にセイちゃんに協力してたのって、それもあるの?」
「まあな…」
ペトリエの表情が、徐々に明るくなる。
「おねーさん、いつかスーマちゃんとゆっくり話したいと思ってたのよねー♪良い機会だし、ちょっとだけ貴女の事を教えてよ」
スーマグレオはちょっと呆れた様子だが、彼女は自分のマスクに手をかける。
「はぁ、まあ…ちょいっとなら良いんじゃないかな」
「えっ、顔!?」
スーマグレオは全頭マスクを外し、ペトリエに素顔を初めて見せる。
『セイ、お前が探してんのはどの辺りなんだよ』
「えーっと…この辺りだったと思ったけど」
その頃…セイとミカハチは今日来た道を戻っている。セイは大河までの道中、ある地点で違和感を感じ取っていたのだ。
「似たような景色ばっかりで分かんなくなっちゃった」
『全く、何か感じたんならその場で言えば良かったんだよ。また探すだけ手間がかかるじゃねーか』
「わ、悪かったわよ…。おかしいなぁ、すぐ見つかると思ったんだけど」
セイは探し物をしているものの…別に高い所に登ったり、五感を生かした探索を行っている様子は無い。一向に違和感について口をしないセイに、ミカハチがしびれを切らす。
『おいセイ、結局お前は何を探しているんだよ?』
ミカハチの問いに、セイは振り返らず応える。
「何かね…この道中で魔力の強い地点を感じたの」
セイはそう言いながら、足元の石を一つ拾う。
「この前ゴルクさんに教えてもらったじゃない、魔力とか魔石の話を。でね…途中で何だか魔力を感じたような気がして、でも単に魔石が多い地質なのかなー…って思っちゃったの」
『それで大河まで移動して、そういう場所が一ヵ所しか無かったと?』
「うん…魔力を感じた範囲は狭かった。あの違和感の正体が地質であれば、それなりに広い範囲から感じると思うんだけど」
セイが感じた魔力は、僅かな領域…。
目に見えるような手掛かりは無かったので、セイは目に見えない何かを探ることにしたのだ。
セイは何だかんだ言いながら、薄い魔力を追えている。
そして彼女は…そのまま崖の端に辿り着く。
「えぇー…もう道が無い」
『セイ気を付けろよ、落ちたらヤベェ』
「あたしそんなドジじゃないし」
ミカハチに生返事をしながらも、セイは周囲の様子を窺っている。前方から感じる魔力が不可解過ぎて、セイは首を傾げる。
(おかしい…何も無い所から何かを感じる)
今まで得た知識の中で、この状況は異様…そう考えたセイは、虚空に向かって何となく手を伸ばす。
セイの手が、何かに触れる。
「…!」
もうそこからは本能任せだった。
セイは眼帯の下にある真紅の左目を意識しながら…その場に漂う魔力を引き寄せようとする。彼女はその場にある魔力そのものを、自身の固有魔法で吸収する。
周囲の景色が、歪む。
『おいセイ、お前…一体何をした?』
「わかんない…あたしの固有魔法で魔力を吸収した、ハズ。だからきっと、ここには魔法があったって事なんじゃないかな…?」
セイが固有魔法を使った後、周囲の様子は様変わりしていた。
セイのいた場所は、崖際などでは無かった。
崖際だと思われたそこの先にはまだ地面が続いており、先に進むことができたのだ。しかも…その出現した領域には、小ぢんまりとした丸太小屋があったのだ。
セイは…息を呑む。
「こ、こんな場所が隠れていて…しかも小屋がある」
『お前の固有魔法が無かったら、こんなの見つからなかったな…。しかし、いや…これは“当たり”なんじゃないのか?』
ミカハチの言う通り、わざわざ魔法で隠されていたという事には何かしら意味がある筈だとセイは思っている。
2人は意を決し…丸太小屋に近付いて行く。
虚空から出現した隠された小屋は、古びてはいなかった。
ここが本当に“トルトワゴの賢人”の小屋だとしたら、明らかに痛みが少ないのだ。魔法で保存されているのか、それとも誰かが手を入れているのか…それは今のところセイにはわからない。
「ミカハチ、あれ…」
『畑、だよな』
そして、なんとその小屋の脇には畑があったのだ。
ここは“豊穣の祭壇”の領域からはかなり遠い…つまりこれは誰かが作った畑という事だ。セイはその畑に、ゆっくり歩み寄る…。
「小屋もちゃんとしてて、畑もあるのね。まるで時間が止まっていたみたい」
『それか、誰かがここに住んでいる…かな』
(こんな隠された場所に…)
この時点で、セイの嗅覚と聴覚はそれを感じ取っていた。
しかしそれを口にする前に、セイは小屋の反対側に回り込む。
いつの頃から隠されているかわからない、この謎の小屋。
その玄関で…一人の女が、椅子に座って眠っている。
見てくれている皆様に感謝します。
現実もだいぶ寒くなって来ましたね。




