その28 農地と常秋の国
未だ封じられたことの無い第4の祭壇に、セイは挑む。
彼女が仲間と共に目指したのは…この極寒の終末世界において作物が常に収穫期を迎えている豊穣の国。
その常秋の地に蠢く、祭壇の脅威とは。
セイは夢を見ている。
セイは、温かな液体で満たされた縦長円筒の硝子容器に居る。
重いらしい液体の中で、セイの身体は微妙に浮いている。
(これは、聖地の夢…なのかも…)
この夢を見るのも数回目なセイは、何とか意識を保って周囲の様子を窺う。
硝子容器の向こう、大勢の人間の姿が見える。
白衣を着た彼等は一様に平伏し、一人として顔を上げていない。
そして…最前列の者が、平伏したまま唱え奉る。
『…地に…降り……神徒よ。…再臨……と共に……果たす旅に……その身は……あり、……の為に……る聖…………祭壇と、それ…………審判……』
六脚の機械と二輪の車両が、大きな橋の上に並んでいる。
『セイ、準備は良いな?』
「もちろんよ」
『寝不足そうに見えるが』
「いや、何か変な夢見ちゃって」
ここはエリオンより南方、大河に架かるトルトワゴ大橋の上。
セイは今日、トルトワゴ攻略の第一歩を踏み出そうとしている。
ミカハチの横…二輪車両にはペトリエが乗っている。今回はいつもの狙撃魔銃は置いてきたようで、しかし密林探索で使ったワイヤー鉤爪銃“空師の触腕”を持ち込んでいるようだ。服装も地味な迷彩柄で統一している。
「さて、行きましょうか。とはいえ祭壇領域までそれなりに距離があるらしいけど」
『どうせ暇だろうから、俺の中に記録されている“豊穣の祭壇”の情報共有でもしてくか。たいしたモン無ぇけど』
「あら、良いじゃないの」
…前回セイに迷惑をかけたという事で、ペトリエは今回斥候役を買ってくれることになった。セイとしてはもうそこまで気にしていないのだが、これはペトリエなりの罪滅ぼしという事らしい。
そして、ミカハチの小屋にはセイと一緒にスーマグレオも乗っている。
「何か荷物が多いな。狭い」
『しょーがねぇだろ、これでもペトリエの車両と分けて積んでんだぞ』
「こりゃアレか、食料とか飲料水とか」
「そうだよ、鏡幽会が用意してくれたの」
「まあ…必要だろうしな」
狭い小屋の中で窮屈そうなスーマグレオは、セイと並んで小屋の寝台に座る。そして、出発の合図をミカハチが発した。
『さて、出発するか。あと…事前にも確認した通り、トルトワゴでは現地の農作物を口にしちゃダメだぜ』
鬱蒼とした暗い森の中で、ミカハチが停止している。
「ペトリエまだかなー」
『そう焦んな』
「姐さんの事だ、大丈夫だろ」
ここは、トルトワゴ大橋を渡った先の森林地帯。
この森を東に抜けた先にトルトワゴの“農村”がある筈なのだが、セイ達はそれを避けて僻地を進んでいる。このまま行けば、いずれマキエス漁村辺りまで南下して海に出る筈だった。
今は…迷彩装備のペトリエが木々を渡って農村の様子を見に行ってくれている。トルトワゴの民は神徒に対して攻撃的という事らしいので、一行が不用意に祭壇領域に近寄らないためのこうしていた。
暇なセイは、木々の枝に飛び乗って寛いでいる。
マキエスの密林とは全く雰囲気が異なるここで、セイは小枝を手折る。
「…ふーん、ここの木は針葉樹。マキエスとは全然違うのね、種類も限られているし」
『寒さに強い種類だけが生き残ったんだろ。エリオン湖の周りだってこんな感じだぞ?』
「何かそうだったような気もする…かも?マキエスの森が多種多様だったのは祭壇のせいって事ね。祭壇の力で寒さに近い新品種が産まれたのかしら?」
そんな…小枝の葉の匂いを嗅ぐセイを、スーマグレオがじっと見ている。
「セイ、余裕があるな。良い事だ」
「んー…まあね」
今のセイは、心から使命を果たそうと思えている。
もちろん、攻略された前例のない2つの祭壇が驚異的なのは良く分かっている。しかし今のセイには、自我を持って共に歩んでくれる“相棒”がいる。過去に前例の無いこの相棒となら、困難にも立ち向かえると思えていた。
そんなセイの様子に、ミカハチが水を差す。
『おいセイ、にやついてんな。もっと気を引き締めろ』
「なっ!?」
どうやらセイは、油断して無意識のうちに口元が緩んでいたようだ。それを指摘されてセイは恥ずかしくなって思わず取り繕う。
「いや別にあたしそんな…そ、そうだ!あたしも農村を見てくる!」
「セイ、姐さんの帰りを待とうぜ?」
「もーいいじゃん!すぐ戻るから!」
セイは木から降りると、ミカハチの小屋に飛び込む。そして望遠の魔動機を手に取って高所の枝に一気に飛び乗り、枝伝いに森を足早に駆け抜ける。
セイは首輪の行動範囲内で、できるだけ見晴らしのいい場所を探す。そして気に入った木を選んでそこに座り、森の向こうへ望遠魔動機を構える。
セイの視界の彼方…豊かな農地が広がっている。
それは、寒冷なこの終末世界に似つかわしくない豊穣さだった。穀物や野菜、果樹が至る所を埋め尽くし、しかもそれらは全て収穫できそうな状態だった。しかしその農地の端は、急に途切れて荒野になっている。
農地にはほとんど人の姿は無いが…広大な農地の中心に、小さな農村が見える。
(これが、トルトワゴの農地。進むの自体は簡単そうだけど…ん?)
そんなセイの視界の端、農地と荒野の端に…人間達の姿。
白装束の十数人の集団が農地の端におり、その中の一人が農地の外に向かって歩んでいる。その人は遠目に老人のようで、服には花などの装飾もあるようだ。
老人は杖を突きながら、ゆっくりと農地から外へと歩んでいき…そのまま歩きながら突然崩れ落ちる。そしてその身体から一斉に植物が芽吹き、辺り一帯が新たな農地となる。
(…)
おぞましい光景だったが…前情報があったのでセイは声を出さずに堪える。そしてセイはそのまま、黙ってミカハチ達の元に戻る。
『農地で埋め尽くされているこの肥沃な地はトルトワゴという国です。一見まともで穏やかな国に見えますが、実際は農地が人間を支配している歪な国です。“豊穣の祭壇”が停止した事は一度も無く、かの地の住民はそれを恐れているため神徒に対して敵対的です』
『エリオンに現れた第5の神徒は、あまり使命に積極的とは言えませんでした。彼は“冥府の祭壇”を封じてからエリオンに降臨したのち、使命を果たさずトルトワゴに去りました。その後の彼の消息は不明です』
『“豊穣の祭壇”の領域内で採取される作物は、それを経口摂取した者を“種苗”にします。そして“種苗”が領域を出た場合に芽吹き、新たな農地の苗床となります。領域内の農地が減った場合も無作為に芽吹くようです』
斥候から戻ったペトリエと合流し、セイ達は森の中を進んでいる。
今はミカハチが語録の中にある情報を淡々と喋っており、セイはそれを小屋の中で静かに聞いている。彼女やペトリエも見てきたことを共有しており、それについて考察をしている。
「セイちゃんが見たのはきっと…トルトワゴの葬儀でしょうね」
「あたしもそうだと思った」
「“豊穣の祭壇”の影響下の人間は、死亡したときも農地の苗床になるのか…。なるほど、言い方は悪いが…どうせ老い先短いなら農地を広げようと」
「父様の手記にあった通りね。もうあの国の人にとっては、きっと祭壇が神様みたいなものなのかしら?」
ペトリエとセイが見てきた内容は、とりあえず今まで得られた情報の範囲内ではあった。ただでさえ未知の領域だったトルトワゴにそこまで大きな変化が無いようで、セイはとりあえず安心する。
そして、ペトリエの報告はセイの期待通りだった。
「でねでね、農地の端っこ辺りに…」
セイはそれを聞き、当初の予定通りにことを進める。
セイは1人、森を抜けて荒野を歩く。
トルトワゴは中心地が農地で、郊外が森林地帯…そしてその間には狭いながらに荒れ地がある。そしてその中でも森と農地が近い場所を探し、セイが1人で農地を目指していた。
セイには、ある目的がある。
「ねえミカハチ、首輪の距離は大丈夫なのよね?」
『まだまだ余裕だ。農地に問題無く踏み込める』
「ならいいけど」
セイは珍しく、外套のフードを被っている。ただでさえ白い毛皮で目立つ上に耳も大きいため、景色に紛れるためにこの地味な土色の服は効果的だった。
特に邪魔も入らず、セイは農地に踏み入る。
森から見て最寄りだったここは穀物の畑で、まるで収穫期の秋かのように黄金色の穂が風に靡いている。セイが近くの穂に触れると…それにはぎっしりと実が詰まっており、エリオンと比べても遥かに実りが良いように見える。
ここはまるで、常秋の理想郷。
「粒が大きい。凄いね、こんな寒い世界なのに」
『祭壇の力だな、これなら食うに困らんだろう』
「本当に不思議…育ちかけのも無いし、枯れちゃったのも無い。ここの作物は全部、いつでも収穫できそうな感じだよ」
ありとあらゆる植物が全て収穫期を迎えているように見えるここは、この終末世界に於いて楽園のようにも思える。セイも何だか楽しくなってきて、黄金色の穂の中で両手を広げてくるくる回る。
しかし、敵地でのんきなセイにミカハチが苦言を呈す。
『おいセイ、真面目に警戒しろ』
「良いじゃない、もうちょっとね」
当のセイは気楽なもので、ミカハチ達が隠れているあたりに向かって手を振る。
セイが動いたのは、弦の音とほぼ同時。
穂の中から飛び出してきた一本の矢を、セイは知っていたかのようにひらりと避ける。そして腰の短剣を抜きながら畑をかき分け一気に前進し、矢を撃った敵に詰め寄ってその弓の弦を切り裂いた。
「うわッ!お、お前…何なんだ一体!?」
セイに矢を射かけて来たのは、セイとほぼ同い年の少女だった。
穂の中に紛れるためか蓑を頭から被って、目立つ深緋色の長い三つ編みを隠している。矢筒にはまだ何本か矢を残しているが、肝心の弓はセイが弦を斬ってしまって使えない。そして他に武器を持っていないらしく、恨めしそうに金の眼でセイを睨んでくる。
セイは少女の前に短剣を突き付け、わざと明るい口調で話しかける。
「初めまして。あたしはセイ、8番目の神徒よ」
襲った相手に軽快に話しかけられたからか、その少女は一瞬ぎょっとした顔になる。彼女はなんとか言葉を絞り出すが…無理に強気に振る舞っているのがセイにも見て取れる。
「…よく、ウチが隠れているのに気付いたな」
「いや、おびき寄せたというか…。貴女がこっそり付いて来てるのも分かってたし」
「な、何ですって!?」
実は…トルトワゴの民から話を聞きたかったセイが、農地の端の方に一人でいた彼女に目を付けたのだ。そうしてペトリエにちょっとだけ姿を晒してもらい、こうしてちょうどいい場所におびき出したのだった。
しかし、この少女は素っ気ない態度だ。
「ねえ貴女、お名前は?あたしとお話ししようよ」
「…ふ、ふん!ケダモノに名乗る名は無いよ」
しかしセイはあくまで平静に、そのままの調子で短剣を少女の眼前まで突き出す。
「いいじゃない、教えてよー」
「う…」
身体能力的に逃げられないと分かっているようで、怯える少女は小刻みに震えている。セイとしてもこんな風に脅すのなんて慣れていないので、セイの方が先に音を上げてしまった。
「あーもう…そんな顔しないでよ。あたしはただトルトワゴの人と話がしたいだけなの。聞いたらすぐ帰るからさ」
「…本当か?」
「そもそも神徒は貴女達の敵じゃないからね?そこを分かって欲しいな」
「ハッ、ウチはお前を信用しないぞ」
「もうそれでも良いよ。で、貴女のお名前は?」
セイも短剣を収めたので、少女の緊張もやや和らいだようだ。
彼女はわざとらしい溜息を吐き、そっぽを向いて頭を掻く。
「…ウチはトゥーラ、狩人だ」
「トゥーラちゃんね、よろしく。あたしは今回すぐ帰るけど、またそのうちもう一回来るからその時は宜しくね」
「もう来んな、あと馴れ馴れしい呼び方すんな」
「いいじゃない、気難しいのね」
神徒を敵視するトルトワゴの民と簡単に交流できるとは、セイだって最初から考えてはいない。そしてセイは、単刀直入に本題に切り込む。
「あたしはね、“トルトワゴの賢人”っていう人について調べに来たの。災厄が起きた頃の人らしいんだけど、何か昔話が伝わったりしていない?」
『セイ、大丈夫かよ』
「余裕だよ。あの娘の隠れている場所だって、最初から匂いで分かってたし」
トゥーラから聞きたいことを聞けたセイは、皆の所に帰ってきた。
そして帰ってくるなり、小帚を持ったスーマグレオがセイの全身をせっせと払い始める。
「セイ、種をくっつけて来てないだろうな?エリオンに持ち帰ったら大事だぞ」
「いやー…毛皮に絡んでいたらどうしよ」
「トルトワゴ大橋にある屯所に風呂があるよ。帰りに貸してもらおう」
「そうなんだ、嬉しいな」
セイ達が持つ“トルトワゴの賢人”に関する情報は、ペトリエの父ワシュラが残した手記しか無かった。なので、最新の情報を欲しがったセイが現地人に聞き込みを敢行したのだった。
しかし、聞き込みの結果自体は芳しくなかった。
「でも、あの娘は賢人の事知らないって。残念」
『年寄りに聞ければだが、今回は準備も足りてねぇから無理か』
肝心の事を聞けなくて肩を落とすセイだが、そんな彼女の肩にペトリエが手を置く。
「まあ良いじゃない♪元々からして破れかぶれの探索って予定だったんだし」
「…そうね、しょうがないか。まだ何も失敗した訳じゃないしね」
セイはとりあえず、今回は祭壇領域を見ることができただけでも収穫だと納得しておくことにする。どうせ今回は作戦自体が偵察、知見を増やせるだけでも十分なのだ。
そのまま一行は、速度を上げて海を目指し南下する。
その日の夜、一行は海沿いで野営をしていた。
海沿い…とは言っても、ここはマキエス漁村と違い海岸の大半が断崖だった。一応接岸できそうな場所や登れそうな場所もあるので、恐らくワシュラはそういうルートを使ったのだとセイは想像する。
この海岸沿いもやっぱり木ばっかりで、今は開けた所で火を焚いている。
「本格的な探索は、予定通り明日からだな」
今は皆で焚火を囲み夕食にしている。
とは言っても食べているのは…護送機にあった固形食と、エリオンから持ち込んだ干し肉などの保存食だ。いつも頭を隠しているスーマグレオは、マスクの口元だけ開けて味のしない固形食を齧っている。
「明日わたしは姐さんと一緒に、姐さんの車両に乗っていくよ。セイはいつも通りミカハチとだな。手分けしないとここは広すぎる」
「何日掛かるかわかんないけど、とりあえず明日の夕刻にはここに集合だね」
『ペトリエは通信機持ってるよな?俺と通信できるよう合わせておこう』
「はいはーい」
軽い返事をするペトリエだが…彼女の視線はスーマグレオの口元に向いている。それに気付いたスーマグレオは、何だか微妙な感じになる。
「…何だよ姐さん」
「いや、お姉さんはスーマちゃんの素顔が見たいなーって」
「やだよ」
「んー、唇はキレイな形ね。肌も白いし」
「ちょ、考察すんな」
「あたしはスーマの顔を前見たけど、かっこ良かったよ」
「え、本当!?」
「おいセイ、変なこと言うな」
『お前らもっと緊張感を持ちやがれよな』
「ミカハチ小言やめてよ」
『なんだとテメー』
マキエスでは色々あった一行だが、とりあえず悪くない関係になれたとセイは思えた。
滅びかけのこの地でも、今夜はセイにとってなかなか良い夜だった。
見に来てくれている方々にありがとう。
そろそろ人増えるかもです。




