その27 次の一歩を
セイはついに、過去の神徒達が進めだ祭壇攻略の最前線に並んだ。
3つの祭壇を封じたセイは、未だ封じられたことの無い2つの祭壇攻略に進むための準備をしていた。未だ謎多い祭壇や神徒、それにオルミラ…しかしセイは前に進む。
今のセイには、目標がある。
セイは今日、エリオンで初めて訪れる場所に来ている。
「神徒様、次の行き先を決めたと伺いました。しかし行先の特殊性故に会合を開かせて頂きました」
ここは、エリオンの街のほぼ中心。
鏡幽会よりも大きくエリオン最大のこの建物は、長議会。エリオンを自治する中心的な場所だった。今は広めの会議室で、セイを中心に計5名がここに居る。
その中で、セイが知るのは2人だけだ。
「未だ封じられていない祭壇2つは、いずれもエリオンと交流の無い土地にあります。故に改めて、神徒様には注意点をお教えせねばなりません」
うち一人は、セイもよく知る鏡幽会の大司教ジェフィオ。
そもそも、今日彼女をここに誘ったのも彼女だ。
「神徒様、今後の祭壇攻略作戦は何れも困難だろう。紅蓮隊を動かす際は俺に相談頂きたい、最適な作戦を提供しよう」
もう一人は、ナイーゼの父だという紅蓮隊総隊長。セイが彼と顔を合わせるのは、ヴォンダーン攻略作戦会議以来だ。
「し、神徒様…祭壇領域からあまり異様なものは持ち帰らないで頂きたいッ…!規模が小さいとはいえエリオンの市場が乱れるので!!」
「いやいや、どうせ祭壇が封じられればその領域には探索師が雪崩れ込むさね。連中の好奇心、アタシにゃ止められんよ」
もう2人は話によると…商工会長と探索師組合代表らしい。
セイ以外のこの4人が、エリオンを治める者達らしい。
まずセイは、気になった点を聞いてみる。
「あの、ジェフィオさん」
「何でしょうか神徒様?」
「エリオンの農家さんたちの代表って…この中だと誰になるんです?」
「俺だ」
手を挙げたのは、紅蓮隊総隊長。
それがセイには予想外だったので、少し驚く。
「え、紅蓮隊が?」
「平時の紅蓮隊は開拓と農業をしている。そして神徒降臨時も先頭に随伴するのは半数程度で、残りは農業件エリオン防衛をする」
「あー…そういえばスーマがそんなこと言ってたかも」
確かにスーマグレオは、義母が開拓部隊に所属していると言っていた。セイの周りにいる紅蓮隊員のほとんどが戦闘員なので、セイはそれをすっかり忘れていた。
「じゃあ、ここに居る人達に相談すれば大体話は通る…と」
「そうですね。我等は神徒様に協力を惜しみませんので気軽にご相談下さい」
「ええ、頼りにしています」
ここから先は…いわば未知の領域。
今後の作戦では、何が必要になるかわからない。
伝手はいくらあっても困らない。
そのためセイはこうして、交流を広げるためここに来たのだった。
「で、もう次は決めてあるのか?」
『ああ、もう俺等は目星をつけてる』
「あら良いじゃない。私も同行するわよ」
セイは長議会から鏡幽会に帰った後、ペトリエとスーマグレオを呼んでいた。2人は呼び出しに快く応えてくれ、今は皆でミカハチの車庫に集まっている。
しかしペトリエ達はまず、セイの姿に興味を示す。
セイが着ているのはいつも通りの神徒の土色の服。だが…腰にポーチ付きベルトを巻き、その中には薬や、蒼焔杖に使える携帯魔力補充器が入れてある。他には短剣も腰に差し、武器を増やしている。
そして…真紅の左目を、眼帯で隠していた。
スーマグレオは無遠慮に、セイの腰回りを触ってくる。
「短剣か、セイは爪が鋭いからこれ要るか?」
「密林では爪で木を登ったり蔦斬ったりしたけど、あれ痛いし」
「あとは魔筒か。お前は魔力が強いし、こんな携帯品不要だろ?」
セイが魔筒…魔動機外付けの魔力補給器を持っていくのは、力の消耗が寿命に直結しているからだった。しかしそれを秘密にしているセイの為に、ミカハチが補足する。
『セイの魔力は俺の動力だ。消耗しないように蒼焔杖は外付け魔力でやる事にする』
「まあそうね、セイちゃんの安全を最優先しましょうね」
ひとまず納得したスーマグレオの興味は、セイの頭部に移る。
「しかし、眼帯はどういう意図だ?視界が狭まって距離感も失うし良いこと無いだろ」
「あー…これはその、色々とね。あまり気にしないで」
「なら良いが」
スーマグレオに頭をわしゃわしゃ撫でられながら、セイは微妙な表情。
彼女がこの眼帯をしている理由は勿論、先日オルミラに言われた“視界の覗き見”が原因だった。まるで監視されているようで嫌だったので、こうしてオルミラの干渉を防ぐことにしたのだ。
セイが納得していたので、ペトリエ達はそれ以上追及してこなかった。
「まあ、セイちゃんがそれで良いならねー。で、次はどこに行くの?」
やはりペトリエの興味は、次の行き先だ。
セイとミカハチは顔を見あわせ、2人に説明を始める。
「次に目指すのは“豊穣の祭壇”。ミカハチと相談して決めたよ」
セイは既に、次の行き先を大河の対岸…大橋を渡った先のトルトワゴと定めていた。セイのその言葉に、ペトリエもスーマグレオも納得という様子だ。
「あー、まあそうよね」
「あれ?2人ともやっぱり予想通り?」
「まあ、消去法でな」
2人の言う通り、行先は実質一択。
エリオンの西方に位置するポセナの“星神の祭壇”は、領域内の人間を洗脳し強制的に星神教団の信徒にしてしまう。この祭壇はそもそも攻略の手掛かりがほぼ皆無で、手の付けようがない…という事で、近付けはする“豊穣の祭壇”を次の目標にしたのだ。
そもそも、セイが長議会を訪れることになった原因もそれだった。
「トルトワゴってそもそも無許可で行けないんだって。それに色々と注意点があるっていうからそれを聞いてきたよ」
「まあね。この前のマキエス行きで見た通り、トルトワゴ大橋は紅蓮隊が閉鎖してるからねー。父様は海から密航したみたいだけど、流石に面倒臭すぎる手続きをしてまでトルトワゴに行こうとする探索師は今居ないと思うわ」
「わたしもトルトワゴはあまり詳しくないんだ。長議会のお偉いサンには何て言われたんだ?」
「とにかく植物を持ち帰るな…ですって。特に作物を」
これが、今回の作戦の最重要事項。
かの地の人間はともかく、農地と農作物を警戒しなければならないのだった。
セイは、トルトワゴの地理が少し気になっていた。
「ねぇスーマ、トルトワゴってエリオンから見たら南東にあるじゃない?で、ヴォンダーンはエリオンの東側…って事は、ヴォンダーン領からトルトワゴに行けたり?」
セイはランティにエリオン湖周辺の地図を貰っており、それを見る限り大河を渡らずともトルトワゴには行けそうだ。しかし、セイのアイディアにスーマグレオは首を横に振る。
「いや、あの二国間には広大な山地がある。それに大河の源流はヴォンダーン領の奥だから、大橋以外の経路は厳しいぞ」
「あー…成程ね。無理して山を越えることも無いか」
山地と大河、海に囲まれている…孤立した地。
それが、セイの目指すトルトワゴという地のようだ。
作戦会議中、ペトリエはどこか一歩引いている。
何となく陰のある彼女に、セイが声を掛ける。
「…ペトリエ、大丈夫?もし怖いならトルトワゴ行きはあたし達だけで行くけど」
セイとしても、未知の祭壇を一気に封印まで攻略できるとは思っていない。という事で今回の作戦は現地調査が主であり、祭壇まで近付く気すら無かったので少人数でこっそり行く気だった。
しかし、ペトリエの表情には覚悟が見える。
「いや…私はマキエスでセイちゃんに迷惑をかけたわ。だからトルトワゴでは私が哨戒をする。それぐらいじゃ償いにだってならないけど」
「え、でも危険かもしれないよ?それくらいならあたし自分でやろうかと…」
「これは私がやらないと駄目」
「ならいいけど…」
鏡幽会で得た情報からするに、セイ的には別にトルトワゴが危険とは思えなかった。大した攻撃を受ける訳でもないという見立てのセイだったが、ミカハチはやはり過保護。
『おいセイ、トルトワゴでは何があるか分からんからそこは頼んでおけ。お前の安全が最優先だぞ』
「えー?そうかな」
「ミカハチの言う通りだぞセイ。今のお前、何だか危なっかしいからな」
「え、そう見える?」
「ミカハチが喋るようになってからのお前はやる気が溢れている…ように見える。使命に肯定的になったのは良いが、浮足立っているというか急いでいるようにも見えてな。わたしは少し心配だ」
(自覚は無いけど、周りから見るとそうなのかな?ちょっと身の振り方を考えよう)
ミカハチが強い味方なので、逆に楽観的になりすぎたのかもしれない。
まだまだ先は長いので…セイは自省する。
「セイ様、頼まれていたものを調べておきましたわ」
「ありがとねランティ。大変だったでしょ」
ここは、鏡幽会にあるランティの私室。
一通り作戦会議をした一行は、明朝出発という事で解散していた。そして皆と別れたセイは、今度はランティの所を訪れている。
セイは…ある調査をランティに依頼していたのだ。
ランティは、自分の執務机に少量の書類を置く。
「とりあえずセイ様から伺った特徴を持つ人間について、探索師を中心に調査してみました。しかし、セイ様の期待に応えられるかは…」
「良いよ良いよ、そもそも無理難題だし」
「はい、ではその…“オルミラ”という方に関する調査報告を致しますね」
セイが依頼したのは、あの謎の子供に関する調査だった。
「三輪の車両に乗った、浅葱色の髪をした一人の子供…エリオンの住民では無さそうです。ですが、探索師の中にそんな雰囲気の者に関する目撃談は数件ありました。しかしそもそも探索師は出先で同業者を見かけることも珍しくなく、それが目的の人だったかは…」
ランティの調査の結果は、あまり芳しくなかったようだ。
「その子供を見かけた探索師達が言うには、声を掛けたけど無反応で逃げられたそうです。それと、見た所探索師には見えなかったと言っていました」
『つまり、探索師組合には所属していないという事か?』
首輪を介してミカハチも口を挟むが、ランティは首を横に振る。
「それはそうなのですが…そもそも、全ての探索師が組合に所属している訳でもありませんので」
しかしランティは、少し不思議そうにしている。
「あの、実はその方に関する妙な話もありまして」
「え、本当?」
「私にはとても信じられないのですが、信じざるを得ないというか」
ランティは…言いにくそうに絞り出す。
「実はお婆様が…その、昔そういった方を見たことがあるそうです。ですがそれは約20年前、7人目の神徒様が活動していた頃の事らしいのです」
それは、セイにとって微妙な情報。
「大司教のジェフィオさん…あの人は今のランティみたいに7人目の神徒様のお世話をしていたんだよね?確かにオルミラもそんな事を言ってた…かも」
「セイ様は、そのオルミラという方に会ったことがあるのですね」
「うん、何度かふらっと現れたの。何でも人間が嫌いで、聖地で作られた肉体を持つって…どこまで本当かわからないけど。あいつも、7人目の神徒を知ってたよ」
「その方から話を聞ければ話が早いのですが」
「あいつ強情だから…そもそもどこに居るかもわからないし」
セイとしても、オルミラをとても信用することができない。
しかし、奴の持ってくる情報は有用でもある。
セイは少し考え込み…首の黒い首輪をとんとん叩く。
「ミカハチ、聞こえる?」
『どうしたセイ』
「あたしは正直、一旦オルミラの事は放っておいても良いと思うの。あいつはあたしに絡んでくるだけで邪魔とかはしてこないし、あいつも祭壇の封印を望んでいるみたいだし、まあ…害は無いかなって」
『そうだな、この前会った時に俺はあいつの車両を確認したが危険な装備は無かったな。それに…仮にあいつの肉体が聖地で作られたものだったとしても、今のあいつは聖地の賢人を嫌っている様子だしな』
「マキエスで会った時言ってたね、“聖地の連中はクズ”だって」
『まあ、良いんじゃねぇかとりあえず?あいつの事はほっとけ』
気になっていたオルミラの事だが…まともな情報は得られなかったし、どうせ気にしても大勢に影響は無いとセイは割り切ることにする。
あの謎の少女の事を頭の隅に追いやり、セイは使命に集中することにする。
その日の昼下がり、セイはミカハチと共にエリオン湖までやって来た。
今日は晴れで、寒いこの世界に於いても比較的温かい。
人気の無い木立に囲まれた場所で、セイは湖に近い木に登っている。そうして波の少ない湖面をぼんやり眺めながら、ランティに貰った小魚の干物を齧っている。
セイと一緒に湖を見つめるミカハチからは小言が飛ぶ。
『セイ、トルトワゴ遠征には食料を持ち込む必要がある。その辺の話はランティにしてあんのか?』
「あー…まあ、あんたに積んである固形食で何とかなるでしょ」
『俺が言うのも何だが、あれは不味いからな。士気に関わる』
「えー?じゃあ鏡幽会に頼んでおくよ」
『適当だな…で、紅蓮隊はスーマグレオだけで良いんだな?』
「一回の遠征でどうにかなるとはあたし思っていないよ。今回はあくまで調査中心で、あわよくば“トルトワゴの賢人”の謎を探る…そんなもんでしょ」
今回の遠征は、“豊穣の祭壇”の封印を目的にしていない。
それが、今回のセイの緩さに関係していた。
ミカハチとしても、セイが積極的なのは歓迎という感じのようだ。
『まあ、お前がやる気なのは何よりだ。お前の残り時間は少ないんだからよぉ』
「分かってるって、それに…」
セイは、ちょっと恥ずかしくなる。
実は彼女には…新たな目標ができていた。
彼女が使命に前向きなのもそれが一因だった。
干物を食べ終わったセイは、木の枝からミカハチの頭部に飛び移る。
『おい、頭に乗んな。乗るなら小屋の方にしろ』
「良いじゃない、あたし軽いし♪」
遠目にヤドカリのような蝸牛のようなシルエットのミカハチ。この機体は小屋よりミカハチ本体の頭部の方が高いので、地味に彼女はここが気に入っている。
妙に高揚しているセイに、ミカハチは困惑気味だ。
『どうしたセイ、楽しそうだな』
「いやね、新しい目標というか…ね」
『何?お前なぁ、余計な事考えてないで使命に集中しろよ』
「良いじゃない良いじゃない」
セイは円筒型のミカハチ頭部に、ちょこんと座る。
「あたしはね、もし聖地に辿り着いたら…あんたに何かお礼がしたいんだ」
ミカハチは、セイの言葉を黙って聞いている。
「ミカハチはさ、嫌がるあたしを引っ張ってくれた。今のあたしが聖地を目指そうと思えているのは間違いなくあんたのお陰よ。だから…」
『あのな』
機械の吐く言葉は、冷徹。
『俺はな、もう死んでんだよ、何度も言うけど死人に拘んな』
ミカハチの厳しい言葉にも、セイは全く怯まない。
「あんたがどう思おうと、あたしは聖地であんたの為に何かするよ。だってオルミラの身体だって聖地で作られたものなんでしょ?なら、あんたの為に新しい身体を作るのだって」
『いいから、そういうの考えるのは後にしろ。油断すんな』
「あーはいはい、使命が先…よね?もー」
しかし、セイの表情はその言葉以上に明るい。
セイはこの世界に来て、初めて明るい希望を抱けている。
いつも読んでくれているかもしれない皆様に感謝を。
このまま一匹と一機の旅が平和に進むと良いな。




