その31 祭壇に願う
セイが攻略を目指すトルトワゴの地で、彼女は“賢人”と出会う。
想像以上の収穫を得たセイは一旦エリオンへと帰還し、彼女から情報を引き出すことを優先する。
数百年前の災厄に立ち会ったという張本人…彼女だけが、何かを知る。
「セイ様、これは一体…」
「説明するのが難しいんだけどねぇ」
夕刻の鏡幽会は、今ちょっとした騒ぎが起きている。
セイが“豊穣の祭壇”攻略のためにトルトワゴ大橋を渡って、まだたったの2日。10日近くは帰って来なくても大丈夫な物資を持って出発したセイがこうして早く帰還したので、それが司祭達を驚かせていた。
しかし、彼等の騒ぎの最大の原因はそれでは無かった。
鏡幽会、大司教ジェフィオの執務室。
そこにはセイ、ランティ、そして…謎の女の3人が居る。
「ねえランティ、ジェフィオさんはどこ行っちゃったの?」
「お婆様はマキエスに行かれました。“乾坤の祭壇”の休止中に祭壇領域の調査を行うとか…」
「またぁ?あの人凄いわね、もう歳も大きいのに」
大司教ジェフィオは精力的で、祭壇攻略のためによくエリオンを留守にしている。セイとしても早めに相談をしたかったが、しばらくは無理そうだった。
しかし…ランティはそれどころでは無さそうだ。
彼女は見知らぬ女に、不安と好奇心が混じった眼を向けている。
「あのセイ様、その方について教えて下さいますか…?」
「まあ気になるよね、あたしもこんなことになるなんて思ってなかったし」
セイはどこから話すか悩みながら、上手く言葉を選ぶ。
「この人はセワルバさんって言うの。トルトワゴ領の祭壇領域外で出会って、ペトリエのお父さんの手帳にあった“賢人の小屋”に住んでいたの。祭壇について詳しいらしいから、こうして一緒に来て貰ったんだ」
セイに促され、ただでさえ挙動不審なセワルバがさらに顔を引き攣らせる。彼女はあまりにも不自然な笑みを浮かべて、ランティの顔…ではなく足元を見る。
「ひっひひっ…あの、その、わたしは…緊張するぅ…えーっと、セワルバ…と、申します。祭壇にちょ、ちょっとだけ詳しいけど…あまり深掘りしないでねぇ~…」
ちょっと引き気味なセワルバだが、ランティは好奇心が勝ったらしい。若草色の眼を輝かせながら詰め寄ったので、セワルバが声にならい悲鳴を上げる。
「いッ…!?」
「祭壇にお詳しい?実に素晴らしい!エリオンが持たない情報であればとても有益なので是非じっくりお聞かせ下さい!!しかし何故祭壇に詳しいのでしょうか?トルトワゴの僻地にお住いの理由は!?そんな場所で祭壇の研究など可能なのですか?!?しかもそこは“賢人の小屋”…そこには一体何が眠っているのですか!?!?」
一度に大量の質問を投げかけられ、セワルバはその熱量に上せている。
「はへェ~…」
「あ、その…すみません!私こういう話が好きでして」
「ふひひっ…ひ、引きこもりの身には厳しぃ~…」
目を白黒させながら息も荒くなってしまったセワルバ。
セイは仕方なく、セワルバに代わって彼女の紹介をすることにする。
「エリオンを追放された方の末裔…ですか」
本人曰く、“祭壇を生み出した張本人”だというセワルバ。
祭壇に苦しめられるエリオンの人にそんなこと言える筈が無いので、セイはとりあえずセワルバの事を“祭壇を崇めていた異教徒の末裔”という事にしていた。彼女の正体を知るのはセイとミカハチのみで、それを広げる気は毛頭無かった。
セイの説明で、ランティはひとまず納得してくれたようだ。
「かの災厄の日のすぐ後くらいに、祭壇の謎を暴こうとした者達が居ました。その大半は祭壇によって奪われた故郷を取り戻すのが目的でしたが、一部…祭壇という驚異の力を手に入れようという者達も居たのです」
「そんな人、表立ってやってたら袋叩きにされそう」
「勿論そのような者はエリオンにおいて異端でした。既に簡易的にできていた統治機構…つまり現在の長議会の前身ですが、そこが祭壇信仰を禁忌と認定したのです。で、祭壇肯定派はそれを隠すか、エリオンを去るか…そのどちらかだったそうです」
『で、こいつの先祖は祭壇肯定派だったと。エリオンに居場所が無くなり、エリオンと交流のあるマキエスにも行けず、人目を避けてトルトワゴの僻地まで逃げて行ったって事のようだな』
セイのでっち上げたセワルバの嘘は、エリオンの過去と合致していたので特に疑われなかった。それもその筈で、そもそも元々ミカハチには過去得られた記録の多くが残されているので、整合のとれる嘘は簡単に作れたのだ。
セイが代弁した、セワルバの持つ秘密。
1つ、祭壇が五国の事業で公的に作られたものという噂。
2つ、その事業に携わった魔術師が“賢人”と呼ばれていた事。
3つ、祭壇は暮らしを良くするために使われていたらしい事。
そして4つ目。
祭壇が、実は6つ存在するという事だった。
セイの説明を聞きながら、ランティは静かに記録を取っていた。
そしてそれが終わると、じっとセワルバを静かに見つめた。
「…貴女から得られた情報には裏付けが無いので、一旦は参考記録と致します。しかし…真実だと仮定すると、とんでもない事です」
「ふっ…ふへへっ、五国がそれぞれ賢人を輩出して、試作のさ…祭壇を作って。ソレを元にそれぞれ似たようなのを作ったんだろうねぇ~…。さ、祭壇はきっと、その…五国に恩恵も与えはしたんじゃないかなぁ?一時的にはさ」
「賢人…ですか。聖地に居る者達と関係はあるのでしょうか?」
「さ、さあねぇ~…。たぶんその、えーっと…し、新生研に人がまだい、居るとは…あひ、思えないなぁ…。一体誰がまだあそこに居るのかしら」
「聖地の正体の手掛かりまで…これは非常に重大です」
セワルバはやはり、祭壇の事となると饒舌になるようだ。彼女が余計な事を話さないかどうかの方が、セイにとっては余程心配だった。
セワルバの証言を一通り記録し終わったランティが、顔を上げる。
「セワルバ様、貴重な証言をありがとうございます。この情報は今後の祭壇研究において役に立つと思われます。しかし話を聞く限り、聖地探索を優先した方が良い気もして来ましたね。その辺は探索組合と話し合っておきましょう」
「あ、ははは…や、役に立ったなら良かったよぉ」
「貴女は鏡幽会の賓客としてお迎え致します。客室をご用意しますのでそこをお使いくださいな。また、何かこれ以上に情報があればいつでも教えて下さいな。気軽にお声掛け下さい」
「ひ、人が大勢いる街…何百年ぶりだろぉ…」
「そっか、貴女すごい引きこもりだったもんね」
トルトワゴから帰還した翌日、セイはセワルバを連れ出してエリオンの街を巡っていた。騒ぎを避けるためにペトリエやスーマグレオも一緒に並走してくれているが、やはりミカハチの巨体はどうしても注目を集めてしまう。
そんなミカハチの小屋の窓から、セワルバは町の様子を窺っている。
「じ、実はねぇ…災厄が発生した後、わたし…え、エリオン湖にも立ち寄ったの…。そ、そこに居たひひ…ななん、難民は、アードゥラ人の同胞や、ヴォンダーン人が多かった記憶…。で、そ、そこで色々聞かれたんだけど…わ、わたしは逃げるようにそこを去った…ひひっ」
「それは、後ろめたかったから?」
「そ、そうだよぉ…くひっ」
セイは横目で、一緒に窓の外を見るセワルバの様子を窺う。
不健康そうなセワルバの漆黒の眼は…深く、暗い。
「わたしはね…大罪人なのさ。手を出してはならない禁忌に触れた。守らなければならなかった信頼を裏切った。そこまでして作り上げた新型魔力炉で皆の期待に応えはしたけど、それも最後には崩れ落ちた。わたしは何も為せず、償いもできなかった…ね、最低でしょ?」
セイはセワルバの瞳の奥に、濃厚な悔恨の念を感じる。
彼女はそれを聞き、セワルバが今日言い出したことの意味をようやく理解する。
「…成程ね。それが今日出かけようと思った理由なのね」
「あ、あはは…わ、わたしにできる事って…その、そんなもんだし。ひひ…あの時エリオン湖に居た難民のみ、皆に償いもできずに…あー、に、逃げたわたし…今からでもいいからな、何かしないとね。その、ふひっ…わた、わたしも魔術師の端くれだし」
「ふーん?」
『まあ良いんじゃねぇか?エリオンの皆も喜ぶと思うぜ』
セイもミカハチも、セワルバにあまり話を強要しないことにしていた。
セワルバの知る情報はこれだけでは無い…セイもミカハチも当然そう思っている。しかし無理強いするよりは懐柔した方が良いと考えた2人は、セワルバの好きにさせる事にしたのだ。
今まで見た所、セワルバはやや口も軽いようだ。
時間は掛かるかもしれないが、これが祭壇攻略の最短経路…そう自身に言い聞かせて、セイはセワルバの言動を間近で見守ることにしたのだった。
セイ達がやって来たのは、エリオンの街のほぼ南端。
長議会が管理する、エリオンでも最大規模の施設だった。
「神徒様、ようこそお越し下さいました。司祭様からお話は伺っています」
「エリオン中央魔力炉、ここがそうなのね」
セイ達がやって来たここは、“エリオン中央魔力炉”。
エリオンの街に魔力を供給する、インフラの最重要施設だ。
一緒に付いて来ているペトリエやスーマグレオも、施設の中を興味深そうに見回しているようだ。
「すげぇ…ここ、中に入ったのは初めてだよ」
「あらそうなの?私、子供の頃に父様に連れて来て貰った事があるのよねー」
施設に興味を示している2人をよそに、セイとセワルバは施設の責任者に話をすることにする。
「急に押し掛けてすみません。あたし、ここの見学がしてみたくて…それ以外にも用事はあるんですけど」
「鏡幽会からおおよその事情は聴いております。で、そちらの方が例の魔技師様…ですかね?」
「あひィ…わ、わたしがその…ご紹介に預かりました者ですぅ…」
引きこもりで人見知りらしいセワルバはやはり挙動不審で、相変わらず誰とも目を合わせない。
しかし今の彼女は、微妙に雰囲気に違和感があった。
違和感の正体はすぐに判明した。
4人が施設の奥まで案内されると、セワルバが目の色を変えた。
「はへぇ…地熱型の熱反応魔力炉かぁ、これはヴォンダーンの技術だねぇ…まあこの地域なら今これが一番だよねぇ。でもこれって、旧世代の設備に見える…もしかして、ヴォンダーンで使われなくなったものを持ち込んだのかなぁ?あ、でも一部改造されてる…アードゥラの技術者も手を出してるねぇ、ひひ…皆で頑張って作ったんだろうなぁ~」
中央魔力炉の職員が説明を始める前に、セワルバはそれが何なのかをペラペラと喋り出したのだ。責任者を始めとした施設職員達は驚き、一斉にセワルバに詰め寄る。
「なっ、貴女凄いですね!?見ただけでわかりますか普通!?」
「確かにこれはヴォンダーンとアードゥラの技術者が力を合わせて作ったものだそうです。しかし、どこを見ればそれがわかるんです!?」
「これはヴォンダーンで使われていたという熱反応型の古いものですが、見た目で世代は判別できないと思うんですけど…!?」
「ひぇぇぇ…」
数人に詰め寄られ、セワルバは情けない声を上げる。
そして彼女が倒れ込む前…セイが彼女の身体を支える。
「ちょ、大丈夫ですか?」
「いひひ…やっぱきっつい…」
大勢を相手にして目を回してしまったセワルバ。
そんな様子を見かねたのか、セイの黒い首輪からミカハチが割り込んだ。
『そいつは優秀な魔技師らしいが、今聞いたのでわかったろ?そいつがエリオン中央魔力炉の改良をできるかもしれないと言うから連れて来たんだ。なるべく少人数で相手をしてやってくれ、きっと有益な何かは得られると思う』
『何だあんた、疲れたのか?体力ねぇのな』
「いひひひ…ひ、引きこもりだったからさぁ、長い事」
「御免なさいね、そこら中連れ回しちゃって」
セイ達一行はエリオン中央魔力炉を後にし、ペトリエやスーマグレオと別れて今はエリオン湖畔の祭祀場に来ている。
ずっと一人で隠れ住んでいたというセワルバは…中央魔力炉で技術者達に質問攻めされたため、今はぐったりとしてミカハチの小屋にある寝台を占拠している。セイはそんなセワルバの様子を見守っている。
セイは先程の中央魔力炉でのやり取りで、ある確信を得ていた。
「セワルバさん、貴女ってやっぱりすごい魔術師なのね」
「ふ…ふひっ、まあねぇ~…こ、こう見えてもアードゥラの代表として賢人に選ばれるくらいはその…ゆ、ゆ、優秀だったから…。うぅ、自分で言うと恥ずかしいかも?」
「貴女が書いたあの中央魔力炉の改造図、きっとエリオンの役に立つと思うわ。きっとみんな喜ぶと思う」
「あはは、だと良いなぁ…ひひ、多少の罪滅ぼしにはなった…かも」
いつもオドオドしているセワルバだが、今は少しだけ晴れやかな顔をしている。自身を“大罪人”と称した彼女の抱える後悔は並大抵のものでは無さそうだが、それでも何かできた事たこと自体が彼女にとって救いなのだろう…と、セイは思う。
そしてセイは…そんな優れたセワルバに聞きたいことがあった。
セイは居住まいを正し、セワルバに問う。
「ねえセワルバさん」
「え…な、何~?」
「うーん、何て言えば良いんだろ」
セイは言葉を濁しながら、上手い言い方を考える。
「セワルバさんなら、ミカハチを何とかしてあげられない?」
セイの問いに答えたのは、セワルバでは無かった。
『おいセイ、前にも言ったよな?死人の俺に拘んな』
「良いじゃないの別に、聞くだけだし」
『時間の無駄だ』
「あたしの勝手でしょ」
『お前なぁ…』
やはり反発してきたミカハチと軽い口論になってしまうセイ。
そんな様子を、セワルバは静かに見ている。
「…その、ミカハチ君は生き物なの?」
「こいつ、中に電脳器ってやつが入ってて…」
「げ、電脳器…?」
セイが説明するまでも無く、やはりセワルバは電脳器という存在を知っていたようだ。彼女はそこまで聞いて少し悩んだ後…寝台からのっそりと降りる。
「…じゃあ、少しだけミカハチ君の事を見せて貰おうかな。まずはね」
動力室内を含むミカハチの機構を簡単に見たセワルバ。
彼女は数分に渡って考え込み、セイが話しかけても反応せず…セイが飽きた頃にようやく目を開ける。
「…うん」
「あ、やっと喋った」
「うひっ!?も、もしかしてわたし…ずっと考えちゃってた~?」
『セイが何聞いても無反応だったな』
「あはは、ごめんねぇ~」
セイもミカハチも半分呆れてしまう程考え込んでいたセワルバ。
どうやら彼女の中では、何かしら答えが出たらしい。
「魂と魔力に関する研究とか、うーんまあ…説明はそのうちするとして…うん、セイちゃんがミカハチ君を何とかしたいのであれば、とにかく新生研…君達が言うところの聖地を目指すべきだね。そこに手掛かりがある筈だよ」
ここに来てくれている皆様に感謝を。
セキュリティ関連怖いねぇ…。




