その25 あなたは誰?
長いマキエス遠征を追え、セイは久しぶりにエリオンへと帰還する。
エリオンの皆は神徒の生還を喜んだが、それ以上に…喋るようになった護送機に興味を示した者達も居る。
ミカハチの中の者は、一体誰なのか。
珍しく晴れの日、エリオン湖が夕焼けに染まっている。
「セイ様、お疲れ様でした。エリオンに帰ってお疲れの所、祈祷に早速参加して頂きありがとうございます」
エリオンに帰還した日の夕刻、セイとミカハチはランティに誘われて神湖の祭祀場で行われた神事に参加していた。
やや疲れ気味のセイは、牙を剥いて大欠伸。
「まあ、すぐ済んだから良いよ。でも大司教のジェフィオさんは居なかったね?」
「お婆様は今、ヴォンダーンの調査に向かわれています。祭壇が停止している時期は鏡幽会にとって祭壇を知る好機ですから」
「あらら…あの人はやっぱり忙しいのね」
「ただ明日には帰ってくる予定なので。お婆様も喋る護送機に興味津々のようです」
『俺が?面白いもん何もねぇぞ』
「いやいや、貴方は面白いことしかありませんよ?私も内部の電脳器は拝見しましたけど、まさか会話ができるとは思いませんでしたから」
ランティはとても楽しそうだ。
彼女は若草色の眼をキラキラ輝かせ、ミカハチの頭部にある赤い電灯を仰ぎ見ている。好奇心でいっぱいの視線を浴びせられ、ミカハチは面倒臭そうだ。
『何だよ』
「ふふふふふふ…貴方は一体、何者なんでしょうね?」
『セイにも言ったが覚えてねぇ』
「あら、そうなのですか?」
『この前ぶっ壊れるまで、俺の自我はほとんど抑え込まれていたんだよ。あの時色々と弄って聖地からの干渉を絶ったから今の俺は自由だが』
「もういいのよランティ、こいつが何者だろうとあたしのやることは変わらないから」
「セイ様がそう仰るなら良いのですが」
ミカハチの言う通り、彼の中身…搭載されている電脳器の元となったのが誰なのか…は手掛かりが一切無い。彼が聖地の関係者で何かを知っていればまた違ったのだが、セイはもうそれを割り切っていた。
セイはもう、次の動きについて考えている。
そしてそれを進めるためにランティに相談することにする。
「ねえランティ」
「何でしょうかセイ様?」
「前の作戦で、あたしの蒼焔杖がちょっと壊れちゃった。修理をゴルクさんにお願いしたいんだけど、あの人の工房の場所をまだ覚えてなくて。案内してくれない?」
「え?それは勿論ですが…」
「あと、鏡幽会にある残りの祭壇に関する資料が見てみたいな。ここから先はあたしより前の神徒に封印できなかった祭壇だからさ、できるだけ準備をしておかないと」
しかし、そんなセイをミカハチが制する。
『おいおいセイ、今日はもうこんな時間だ。マキエスからの移動でお前も疲れているだろうから今日はもう休めよ。本格的に動くのは明日からでいいだろ』
「あ、そっか…」
『それにお前、2度目の乾坤攻略でまた怪我したろ?まだ完治してねぇだろうから大人しくしとけ』
「はいはい、分かったって」
よく考えれば、今は夕刻。
セイもまだ細かい怪我を残している。
ミカハチの言う事も尤もなので、セイはそれに大人しく従う事にする。どうせ次の祭壇へはきちんと準備が必要なので、セイはそこまで焦っていなかった。
そんなセイとミカハチのやり取りを、ランティが静かに見ている。
「セイ様、何だか雰囲気が変わられましたね」
「そうかな?」
「その…寿命の事とか」
「あー、焦りが無い訳じゃないよ?焦ってもしょうがないって考えるようにしているだけ。残り時間が限られてるならより冷静にしないとね」
今のセイは、以前の彼女と比べてかなり前向きだ。
そんなセイを見るランティの表情は…微妙。
「異世界からやって来た存在である神徒様が、使命を忌避するのは自然な事です。ですがセイ様は…使命を果たそうと本気になって下さったのですね。それはとても喜ばしいことですが、これだけは忘れないで下さい。たとえあなたが使命を果たせずとも、誰も貴女を責めませんし、我等は貴女に感謝します」
ランティの思いつめた表情。
セイはそれに、ただ黙って柔らかい笑顔で応える。
セイ達がエリオンに帰還した翌日。
故障した蒼焔杖をゴルクの工房に修理に出したセイは、ミカハチとランティと一緒に鏡幽会に帰ってきた。セイ達が到着すると、建物入口の大広間に大勢の人が集まっている。
「やあランティ、それに神徒様。こんな朝からどちらに行かれていたのですか?」
セイを出迎えたのは、ヴォンダーン調査に行っていたという大司教ジェフィオだった。どうやらここに居る者達は、彼女に随伴した鏡幽会の人々のようだ。
「あら、お帰りなさいお婆様。予定よりお早いですね」
「護送機が喋ると聞いたら…ね。儂も久々に心躍るよ」
ジェフィオはどうやら、ミカハチに関する話を聞いて帰還予定を早めたようだ。この老女もランティ同様、ミカハチへの好奇心が見て取れる。
「さあさあ、ミカハチ様。貴方の事を教えて下さいな」
『お、おう…』
しかし、ミカハチの反応はどこか奇妙だ。
ランティの時と明らかに違う。
不思議に思ったセイは、ミカハチ本体の円筒鈍色ボディに蹴りを入れる。
「どうしたのよあんた」
『いや、何だろうな…』
珍しくミカハチの言葉が歯切れ悪い。
頭部の赤い電灯をジェフィオに暫く向けた後、ぼそりと告げる。
『俺…あんたのことを知っているぞ』
セイ達はとりあえず、ミカハチを鏡幽会にある車庫に収納した。
先程ジェフィオが何やらランティに指示を出しており、彼女はどこかに行ってしまった。その為今ここにはセイとミカハチ、そしてジェフィオしか居なかった。
薄暗い車庫の中、セイはミカハチの様子を窺う。
「あんた、ジェフィオさんを知っているって本当?」
『良く分からんが…多分な。記憶にある』
「どこで出会ったのよ」
『分かんねぇ。それに俺の記憶だと、何かもっと若かったような…?』
「それ、失礼に当たらない?」
「神徒様、お気になさらず」
ミカハチの不可解な発言の後、ジェフィオはずっとミカハチを食い入るように見ている。彼女には何か思うところがあるようだが、特に何も言ってくれない。
微妙な雰囲気に耐えかねるセイは、何とか会話を繋げる。
「そ、そういえばランティはどこに行ったんです?」
「あの子にはカンデックを呼びに行って貰いました」
「カンデックさん…何で?」
「それは2人が来たらお話しします」
「そ、そうですか…」
やはり、ジェフィオの口数は少ない。
彼女は結局、カンデックが来るまでほとんど口を開かなかった。
「お婆様、戻りましたわ」
「俺に何か用か、大司教様?」
セイ達が少し待っていると、ランティが紅蓮隊員カンデックを連れて帰ってきた。彼はセイの姿を見ると、まず彼女の元に歩み寄る。
「おや神徒様、マキエスでは散々だったようですな」
「そうね、色々と想定外があって」
「…俺の義娘は貴女の役に立ったでしょうか」
「いやいや、別にスーマには助けられてるしとても有難いですよ」
スーマグレオの養父である彼はセイの怪我の件もあり、色々と思うところがあったようだ。しかしセイとしてはスーマグレオとより仲良くなれたとも思っており、マキエス遠征は全体的に見て結果良かったと思えている。
ミカハチは…現れたカンデックの事もじっと見ている。
『あんたも…何だろうな』
「どうした護送機」
『俺、あんたの事も見たことがあるな。よく覚えてねぇけど』
「ヴォンダーンの作戦の時以外でか?」
『いや、違う。もっと前…はっきり思い出せねぇが。俺の記憶にあるあんたは、大司教サンと同じでもっと若いが』
「前にも言ったが、俺は7人目の神徒が現れたときに彼の使命に同行した。お前の機体は御籠護送機七号だろうから、その時のことを覚えているのかもしれん」
『あー、かもな』
「しかし、これは…」
カンデックは神妙な面持ちで、何かを考え込んでいる。
そして彼は、静かにジェフィオと顔を見合わせる。
「大司教様、俺を呼んだのはこういう訳か」
「儂もそれを思ったのだ。だから貴方にも見て貰おうとな」
「成程」
何故か2人で納得したように語り合っている。
2人の意見が、一致したらしい。
置いてけぼりのセイとミカハチに、ジェフィオが説明を始める。
「神徒様、お待たせしました」
「お待ちしましたー。で、何なんです?」
「ミカハチ様の中身について、思い当たる節がありましてな」
「え、本当!?」
セイは、ミカハチを見上げる。
しかし…当のミカハチはぼんやりしている。
『俺、俺か…』
「貴方がただの機械であれば、儂等の事を知っているのも納得できました。しかし貴方の中に誰かがいるとなると話が変わってきます。貴方はもしかしたら、儂とカンデックが知る誰かという事になるかと」
「まあそうよね」
「護送機はもちろん聖地で作られたものです。そしてこの滅びかけの世界で、電脳器を作る技術があるのは聖地かヴォンダーンくらいのものでしょう。という事は…ミカハチ様の電脳器が加工されたのは、消去法で聖地という事になります」
『そりゃそうだろうな』
「そして、儂とカンデックの知る中で…聖地と関係がありえる者がいます。そして彼は、ミカハチ様と似たような話し方をしていました。恐らく貴方は…彼なのかと」
ジェフィオはどこか懐かしそうに、その名を口にする。
「貴方はもしかしたら、7人目の神徒様なのではないでしょうか?かのお方も最後、聖地を目指して護送機と共に行方不明になっています」
「7人目の神徒様は、今までエリオンに現れた中で最も優秀なお方でした。冥府、機甲、乾坤という3つの祭壇を史上最速で封じられたあの方は、長い時間をかけて他の祭壇や聖地について調査をされていました」
「7人目の神徒様は、かなり不愛想なお方だった。口も悪く口数も少なく…しかし、使命に対してとても真剣ではあった。俺も彼と一緒に色んな場所を巡ったぞ」
「あのお方の持つ固有魔法は…“重力を操る”という凄まじいものでした。自身と護送機を軽くして宙を舞ったり、一握りの小石を投げるだけで数多の機兵を破壊したりという驚異的な力でした」
「彼はエリオンの事情を知って、我等の為にヴォンダーンの領域を攻略してくれた。エリオンの安全圏は拡大し、かつてのヴォンダーン領に拠点を作る事まで出来たのだから。先日のヴォンダーン作戦で使った廃村がそれだ」
「あの方は最後、何か焦ったように聖地を目指そうとしておられました。どういった事情があったかは教えて頂けませんでしたが、2つの祭壇を残したまま雪原探索に行き…そのまま行方不明になったのです」
少しだけ雪が降り始めた、エリオン湖の祭祀場。
セイはミカハチの小屋の上で、昼の曇天を見上げている。
セイの白い毛皮に、最初の雪がそっと乗る。
「ねえミカハチ」
『…』
「貴方って、本当に…7人目の神徒なの?」
『…』
「もー、何か言いなさいよ」
セイとミカハチは、先程ジェフィオが語った話について落ち着いて考えたかったためここに来た。他には誰もおらず、2人は静かに語り合っている。
…まあ、ミカハチはまだ何も喋っていないのだが。
セイは小屋の上に寝そべり、黒い湖面をのんびり眺める。
風が少ないので、湖面はまるで鏡のようだ。
セイは…ジェフィオの言葉の意味を考えている。
(ミカハチが、7人目…。もしそれが本当なら、こいつの中身はあたしと同じ異世界人で、若くして死んでて、祭壇を封じる使命に身を投じた…って事になる。そしてあたしが使命を進める中で、先駆者の7人が残した情報はあたしの使命に生かされている)
まだ語録で喋っていた頃のミカハチ曰く、ミカハチには過去の神徒達の活躍で得られた情報が残っているという。今までの祭壇でミカハチがある程度目的地までスムーズに進んだのも、過去に得た位置情報のお陰かもしれない。
(まだ何も確定していないけど、そうだったらいいなぁ。あたしと同じ道を辿って、あたしのように旅をして…。もしミカハチがそんなだったら、まるで…)
自我を持って話すようになったミカハチは、セイの事を思ってくれている。口が悪いなりにも彼女を励まし、寄り添ってくれるミカハチに…セイはもう既にかなり心を許していた。
だからこそ、ミカハチが自分と同じだったら良いと思っていた。
しかし、ミカハチはやはり素っ気ない。
ようやく喋った護送機の言葉は、セイの思いと異なっていた。
『セイ、俺が何者だろうと関係無いんだよ。俺が賢人だったとしても、7人目の神徒だったとしても、それ以外の何かだとしても…いずれにせよ同じだ』
「あ、やっと喋った」
いつも前方を見ているミカハチの頭部が回転して反対を向き、小屋の屋根の上に居るセイのすぐ傍にミカハチの赤い電灯が来る。
『俺はな、もう死んでるんだよ。賢人だったとしてももうその知識は失われている、神徒だったとしてもその固有魔法は失われている。今の俺にできるのは…この護送機を操ってお前を聖地に導くことだけだ、死人に拘んな』
ミカハチの言い草は、セイの予想の範囲内。
セイはむすっとし、ぽつりと呟く。
「貴方だって、元の世界に帰れなかった神徒の一人…かもしれないんだよ?」
『俺は雪原以前の記憶が何もねぇ。聖地の事はおろか、人間だった頃の事もな。元の世界の事だって何もわかんねぇんだからさ、今更帰りたいも何も無いぜ』
「それはあたしだって同じだよ?あたしも元の世界の事をほとんど覚えてないし」
『それでも、お前は帰るんだよ。これから何かを思い出すかもだし、何よりお前は生きている。俺と違ってな』
「うーん…そうだけどぉ」
釈然としないセイの頭を、ミカハチの機械の腕がそっと撫でる。
『セイ、お前は絶対生きて帰るんだ。お前は今までの神徒と違う…何故なら俺が居るからな。俺達ならきっと残りの祭壇を封じることも、聖地に行くこともできる。だからお前は余計なことを考えるのは止めろ』
セイは何も言えず、冷たい機械の腕をそっと握り返す。
これを読んで下さった皆様に感謝を。
まだ半分も来てないんだろうなぁコレ。




