その23 霧の密林へ、再び
負傷が全快した白猫少女と六脚ロボは、再び密林へと足を踏み入れる。
相手がどういうものなのか既に知っているセイは、あまり気負わずに密林奥地へと進んでいく。そしてその奥地、爆破された祭壇の元にあったものは…。
密林の中に眠る御籠護送機四号の傍に、セイは再び立つ。
『セイ、今回は2回目だから落ち着いていけるよな』
「様子が変わってなかったらね」
セイは再び“乾坤の祭壇”に挑むために、マキエス密林の奥地に踏み込んでいた。今はちょうど、安全圏の端の目印である壊れた護送機の所で、作戦に加わる面々と最終確認を行っていた。
前回と違い、怪我がまだ癒えないナイーゼはここに居ない。しかしそれ以外、前回の突入に参加した全員が集まっている。
今回は…自律して動くことができるようになったミカハチがリーダーとなり、皆に作戦の概要を話している。
『基本的には前やったのと同じだ。立体的に動けない奴が遠くで陽動をして、その間に俺がセイを祭壇近くまで運ぶ。中枢の危険域に着いたら立体的に動ける奴がまた陽動して、手薄になったところをセイが単独で突破する』
「それだと前と同じじゃない?」
『今回は閃紅砲も使うつもりだ』
「え、前回は使わなかったのに?」
『今回は事情が違うからな、もっとセイが安全になるだろう』
(あれってあたしの寿命を削るんじゃ…でも、まあ今のミカハチがそう言うなら任せようかな)
前にここに来た時と比べ、今のセイには精神的な余裕がある。自分の事を考えてくれているらしいミカハチの事を前より信じられると、信頼できると感じているからだ。今までは嫌々だったが、今度は心からミカハチに身を委ねられる。
そして、前回と違う点がもう一つ。
「前は私も陽動だけして撤退しちゃったけど、今度は祭壇付近に残って援護射撃をするわね」
ペトリエが銃身の長い狙撃武器を握りしめ、セイに笑いかける。
事情を知っているセイやスーマグレオは何も言わなかったが、ナイーゼ隊の面々がそれに驚く。
「あの…姐さん、危ないんじゃないですか?前回同様に、我々と一緒に陽動しながらの撤退で良いのでは?」
「いいのいいの、私がそうしたいから」
「そ、そうですか…」
ペトリエは彼女なりに、セイを危険に晒した件を償うつもりらしい。
セイも何も言わず、黙って彼女の覚悟を受け入れる。
そして、スーマグレオを含む陽動部隊が散開し、少し経ったのちに遠くから爆音が響く。
周囲の植物が騒めきだし、セイ達も祭壇を目指して前進する。
「何度も聞いて悪いけど、あたしもあんたも大丈夫なのよね?」
『お前は少なくとも大丈夫だ。俺の心配なんかしなくていい』
蔦が蠢く祭壇付近まで来て、セイは窓の外を心配そうに見る。
今はナイーゼ隊員とペトリエが、ワイヤーを利用して枝の間を飛び回りながら火器などで攪乱をしている。ここまでは前回と同じ…目的地が近付くにつれて、セイの不安が大きくなる。
しかし、ミカハチは至って平静だ。
『セイ、作戦の最終確認だ』
「う、うん…」
『このまま俺等は、前回同様に祭壇付近まで寄る。そうしたら閃光砲・凝を放って、その隙にお前が一気に祭壇へ向かうんだ』
「閃紅砲って、あたしの命を削るんだよね?それにあれ撃つ時ってあたしがあんたの動力室から出られないから、隙も何も無いんじゃ…?あと、またあんたがボコボコになるのもそれはそれで嫌なんだけど」
前に受けた傷の事も思い出しているセイは、不安を全て口に出す。
しかしミカハチは、今までと違って彼女の不安を解消するために端的に説明をしてくれる。
『閃紅砲の残火を利用するんだ。他の魔動武器じゃ碌な火力が出ねぇけど、こいつなら超高温だから大きな火が残る。密林の植物は熱に反応するから、残火がそのままデコイになる』
「でも、命を削るのはやっぱ怖いよ…」
『閃光砲はな、広範囲に拡散する“散”と長距離を細く穿つ“穿”は高出力で、神徒への負荷も大きいんだ。お前、今まであれを撃った後にすぐ眠っちまっているけど…気付いてるか?』
「あ、あれ…そうだっけ?言われてみればそんなだった気もするけど」
『そうだよ。で、“凝”は最も狭い範囲に凝縮して撃つから、神徒への負荷がかなり軽いんだ。撃った後もお前は眠くなったりせずに動けるだろう。命を削るのも最小限だ』
「ふーん…」
『あとな、閃紅砲は俺がお前の魔力を貰えさえすればそれで準備完了だ。撃つ前にお前は動力室を出てもいい。合図は俺がする』
「え、あたしそれ初耳なんだけど」
『そりゃあ撃つ時お前が小屋の外に居たら危ないからな』
「うーん、まあそうかも…?」
『あとな、俺の心配は要らねぇよ。俺の装甲は常にお前の魔力で補強されてるんだ、お前が倒れない限り大丈夫だ』
「ああ、だからこの前はあんなボッコボコになってたんだ」
『これでだいたい分かっただろ?俺とお前は一蓮托生なんだよ』
ミカハチが倒れれば、セイが危うい。
セイが倒れてもミカハチが危険。
ここにきてようやく、セイは自分達の関係性を理解する。
そして、その時が来る。
セイが借りているナイーゼの通信機から、ペトリエの声が。
『セイちゃん、見えてきたわ!』
「わ、わかった!」
ついに動く時が来る。
セイは深呼吸し…再び極度の集中状態になる。
周囲の霧が濃くなり、蔦の動きが激しくなる。
ミカハチの小屋の上に出たセイの眼にも、薄っすら塔が見えてくる。
漂う食獣植物の消化液の匂いが、甘すぎてセイも顔を顰める。
塔を遠巻きに、ナイーゼ隊が飛びながら砲火を散らしている。ペトリエは…蔦の少ない高所に構え、狙撃銃でミカハチの周囲を見ているようだ。
ミカハチ本体の赤い電灯がセイに向き、首輪から声が。
『セイ、やるぞ!入ってこい!』
「わかったよ」
セイは身を翻し、ミカハチに絡む蔦を避けながら小屋に素早く入り込む。そして空きっぱなしの動力室に飛び込み、その扉を閉める。
『閃紅砲の使用を推奨します。穿・散・凝のいずれかを選択し、動力室の中に入って下さい』
「それいちいち聞く?」
『仕方ねぇだろ、お前の許可が必要なんだ』
「そう、じゃあ予定通り“凝”で」
『了解…よし、もう外に出て良いぞ』
セイは振り返らず、ミカハチの小屋の外まで一気に飛び出す。
黒い首輪からは、ミカハチの声。
『閃紅砲・凝を発射します。神徒は動力室から出ないで下さい』
セイはそれを無視し、巻き込まれないようミカハチの後方に移動する。
その数秒後、ミカハチの正面に…紅色の閃光が迸る。
そして、ミカハチのすく前あたりに大きな火柱が上がる。
セイは閃紅砲の火柱を避けるよう、大回りに移動する。
その後方をペトリエが付いて来ているらしく、通信機から声がする。
『セイちゃん、どこから行く?私が援護する』
「…」
セイは一度足を止め、高所から周囲を見回す。
(火柱に蔦が集まっている、ペトリエ以外の皆はもう撤退中…あまり時間はかけられないね。今回あたしが固有魔法で吸ったのはまたペトリエの氷弾で、ミカハチ曰く冷気には蔦の反応が鈍いらしいから…あたしとペトリエの氷弾2発で道を作れるかな)
閃紅砲の残火のお陰か、前回より蔦は明らかに薄い。
そしてセイは通信機越しにペトリエに返事する。
「ペトリエ、塔の入り口辺りにある食獣植物の捕食器が密集した場所に撃てる?あそこから行く」
『了解』
セイの後方から、大きな発砲音。
着弾地点に、大きな氷塊が出来上がる。
それを見たセイは…重力に身を委ねて枝から一気に落ちる。
集中力の高まったセイには、周囲の動きが緩慢に見える。
(トゲはどうでもいい、蔦も場合による。食獣植物の捕食器は絶対避ける)
セイに襲い来る蔦の量は明らかに少なく、前回と違い蒼焔杖を置いてきた身軽なセイは軽やかにその合間を縫う。掠るトゲは無視し、細かい傷を負いながらも、致命的な攻撃は全て避けきる。
(これは一気に行けちゃうな。皆も危険だし、一気に行こう)
もう、祭壇までの道筋は全て見えた。
セイは勿体ぶらずに、吸収していた氷弾を正面に放つ。
彼女の正面に…先程のペトリエの砲撃と合わせた広大な凍結領域が出来上がる。
そしてセイは、氷の中で緩慢な蔦を軽やかに避けながら、塔の中まで一直線。
そのまま彼女は足を止めず、一気に祭壇のままで突入し…あっという間に“乾坤の祭壇”を停止させてしまった。
「セイちゃん、凄かったわね…まさかあんな早く終わらせちゃうとはね」
「この前もやったからね、二度目だからいろいろ分かってたし」
“乾坤の祭壇”が休止し、周囲の植物が大人しくなったので、ペトリエとミカハチがのんびりと祭壇の所までやって来た。祭壇の目の前で大の字になって寝転んでいたセイも起き上がり、2人に手を振って応える。
『セイ、身体は大丈夫か?閃紅砲を使った後にあれだけ動いたら疲れるだろ』
「んー…まあ、それほどでも無いかも?」
セイは寝転んだ姿勢から軽やかに跳ね起きる。そして大欠伸と共に伸びをし、ミカハチに歩み寄る。
「ありがとねミカハチ、あんたの作戦通りにやったら前より簡単だったよ」
『お前が慣れただけだよ、初見じゃないから動きも良かった。だけど…またそこら中に傷を作りやがって、もっと自分を大事にしろよ』
「え、そんなに…?」
ミカハチに言われて気付くが、やはり今回もセイはトゲで細かい傷を負っていた。もう全て傷口も塞がり血も乾いているようで、セイは毛先を弄って付着し固まった血を軽く落とす。
「…まあ良いじゃない、終わったんだし」
『お前なぁ…』
心強い味方がいる…。
セイが今回迷いなく戦えた理由はそれだと、自分自身でも思えた。
ミカハチに対して心を許したセイが軽口を叩く様子を、ペトリエがじっと見つめている。
それに気付いたセイは、笑顔で歩み寄る。
「ペトリエもありがとう。貴女の援護があったから一気に行けたよ」
「…どうかしら?貴女達だけでも楽勝だったようにも見えたけど」
「そんなこと無いよ、氷弾2発で道ができたから簡単に行けたんだし。あ、もしかしてペトリエがその武器使っているのも、そもそもこの密林対策だったの?」
「ええ、まあ。それも父様の研究結果だけどね」
伏し目がちなペトリエは、ばつが悪そうに呟く。
「あはは…貴女がこんな楽勝じゃあ、罪滅ぼしどころじゃないわね」
しかし、突然セイはペトリエの手を掴んで強く握る。
「これで乾坤の祭壇を封じた。貴女がこれを完全に破壊するためにも、今後もあたしに協力をお願いね!」
今まででは考えられないほどに前向きなセイに、ペトリエも面食らったようだ。そして少しだけ固まった後、軽く噴き出す。
「…ふふっ、貴女も吹っ切れたようね。ミカハチちゃんの影響かしら?」
「まあ、そうかも?」
自分の事を考えて戦ってくれる仲間がいるという事が、彼女を前向きに前へと進ませてくれていた。
『セイ、無事封印できたしとっとと帰るか?』
「いや、今回はもうちょっと見ていこうかな」
「セイちゃん、ここに目ぼしいものは無かったわよ?」
前は打撲や刺し傷のせいで、祭壇を封じてすぐに気を失ってしまったセイ。
まだ祭壇周りをちゃんと見たことが無かったセイは、ひとまずその辺りの探索がしてみたかった。既にペトリエも一通り見ている筈なので無駄足の可能性もあるが、それでも今のセイにはやる気があった。
祭壇の置かれた大部屋は、前回と違ってペトリエに爆破されたせいで色々と壊れている。しかし祭壇中枢の赤黒い液体が入った容器は無傷で、周囲の設備も一部既に修復されてしまっている。
「…この部屋は望み薄かなぁ?」
「御免なさいね、私が吹っ飛ばしちゃったばっかりに」
「それはもういいよ」
傷一つない赤黒い容器をまじまじと見ているペトリエをよそに、セイは部屋の壁沿いをのんびり歩いて行く。
(あんなに沢山あった器も、全部壊れちゃってるね。まあまた祭壇が動き出したら元通りになるんだろうけど)
元々は植物園のようだったこの大広間も、全て壊れてしまい壁際には植木鉢の土くれが堆積している。その大半が焦げているものの…ペトリエが爆弾を仕掛けたのは祭壇の操作盤側だったようで、祭壇を挟んだその反対側は被害がやや軽かった。
(…ん?何かある…)
そんな残骸の中で、何かが光を反射する。
セイはそれを手に取る。
それは…ひしゃげた金属製の小箱だった。
じめじめしたこの密林の中にあってもその鈍色の箱に錆は無く、どうやら耐食性の素材で作られているらしい。ペトリエが爆弾を置いた場所が祭壇を挟んで反対側だったお陰か、この箱は壊れずに凹む程度で済んだようだ。土にまみれているあたり、元々は恐らく植木鉢のどれかに埋めてあったのだろう。
セイが小箱の留め具を外し、神徒の握力で無理矢理こじ開けてみると…中には、布で厳重に巻かれた小さな手帳が1冊だけ収められていた。高湿なこの祭壇領域にあって、その手帳は保管状態のお陰かほぼ痛みが無かった。
この世界の文字が読めないセイは、自分の黒い首輪をとんとん叩く。
「ねーミカハチ、これ読める?」
『その首輪に俺の視覚は付いて無ぇ、護送機本体の方まで来るかペトリエに見てもらえ』
「そうねぇ…」
手帳に書かれた荒っぽい殴り書きの文字は見るからに汚く、セイがこの世界の文字を知っていたとしても読めないと思えてしまう。
せっかくの戦利品という事で、セイはとりあえず祭壇中枢を観察していたペトリエにその手帳を見せることにする。
「ペトリエ、何かあったよ」
「あら?私もしっかり見たつもりだったけど、まだ何か…」
そう言いかけ、ペトリエはセイの手元を見て絶句する。
次の瞬間、ペトリエがその手帳を奪い取る。
驚くセイは反応できなかった。
ペトリエは、食い入るようにその手帳を見る。
鬼気迫る彼女に、セイは何も言えない。
様子のおかしい2人に気付いたらしいミカハチがゆっくり歩み寄って来て、ペトリエの手元を見てぼそりと呟く。
『表紙になんか書いてんな…“ワシュラ”、人の名前か?何か聞いたことある言葉だな…』
「…」
「ぺ、ペトリエ…?」
ペトリエの手が、震えている。
彼女は一度目を閉じ、深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
「…ごめんなさいね、まさかこんなものが残っているなんて思わなくて。これ、私の父様の手帳なの」
少しの戦利品を手に、セイ達はマキエス漁村に帰還した。
「セイちゃん戻ったか!ていうかまた傷ばっかじゃね?」
「クグネリさん、ただいま。こんな傷くらい平気だよ」
「神徒様ァ!!よくぞ無事戻られた!!俺様も心配していましたぞ!!!」
「声でか…でも、心配してくれてありがとね」
密林を出たあたりでは、陽動役の面々とクグネリ、負傷したナイーゼがセイの事を待っていた。セイの姿を見るなりスーマグレオが彼女に駆け寄り、群青色の髪をわしゃわしゃと撫でる。
「やったなセイ!」
「今度こそ大丈夫だよ、ちゃんと封印できた」
「蔦が大人しくなるのがだいぶ早かったぞ?そんなにあっさりやれたのか」
「まあ二度目だからね、ミカハチも居たし」
『俺は前も居ただろ』
「前と今回じゃ全然違うじゃん」
前回は失敗した上での満身創痍の帰還だったが…今回は大きな被害がほぼ無しの凱旋だ。しかもペトリエの亡き父親だという探索者ワシュラという男の手記も見つかった。
セイは…今までにない達成感を感じていた。
セイと一緒に帰還したペトリエだが、手帳を抱えたまま口数が少ない。
流石に気になってきたセイは、彼女を励ます言葉を探す…。
「ペトリエ…それ、何か書いてあったの?」
「いえ、実はまだ読めてないの。勇気が出なくて…」
「そっか」
ペトリエの表情は…怖いような、嬉しいような、微妙な雰囲気だ。彼女は小さな手帳を両手で握り締めて、そしてふっと息を吐く。
「散々貴女を蔑ろにして、その上で父様の遺品まで見つけて貰っちゃったわね。本当にごめんなさい、そしてありがとうセイちゃん。明日には皆でエリオンに帰ることになるから、今夜のうちに手帳の中身は確認しておくわ。父様は祭壇や神徒の謎を暴こうとしていた…だからこの手帳には、貴女の役に立つ何かがあると思うの」
こんな所まで来てくれている方々に感謝を。
異形のバディはすごい良いよね。




