その22 相棒
白猫少女とその護衛たる御籠護送機は、ようやく怪我と破損が全快する。
少女は再び祭壇へ向かう準備を始めるが、彼女の心持はかなり変わっている。
頼れる仲間の存在が、彼女の使命を大きく変える。
セイは久しぶりに、マキエス漁村の海辺に来ている。
先日の作戦失敗から既に20日程。
セイの傷もほぼ完治し、ミカハチも問題無く動ける程度の状態にはなった。なのでセイは久しぶりに、ミカハチに乗って海を見に来ていた。
「海風が冷たい、これでも夏なのよね?信じられない」
『冬季はこの港も凍るんだ。それと比べりゃマシだろ』
「まあそうだけど」
セイはいつものミカハチの小屋の上に寝そべっている。夏とはいえ冷たい風をその身に受けているが、白い毛皮のお陰で寒くはない。
「“乾坤の祭壇”攻略作戦、どうしよう。あんたの修復が終わったら行こうと思うけど、作戦変えた方が良いのかな」
『いや、別に祭壇には学習能力なんて無ぇだろ。前と同じで良い』
「そしたらあたしまた怪我するじゃん。痛いのは嫌よ?」
『そこは安心しろよ、今度は俺が自由にやれる』
「本当?ちゃんと守ってよね」
セイは…ミカハチと会話をしている。
先日、大破したミカハチの中に電脳器…人の脳を利用した生体部品が発見された。そしてそれを改造した結果、ミカハチは喋ることができるようになっていた。
そして、喋るミカハチの人格はセイの予想と違っていた。
「ていうか、貴方何でそんな口悪いの?」
『なんだとテメー、文句あんのか』
「怖…そういうところよ?」
『しゃーねーだろ、性分だ』
ミカハチの口調は男性的で、かなり当たりが強い。
そういう点ではスーマグレオにもその傾向がややあるものの、ミカハチはその比にならない。セイは、ミカハチの中身がどんな人間なのか疑問だった。
「ねえミカハチ、何度も聞いて悪いけど…貴方は一体何者なの?」
『知らん、覚えてねぇ』
「聖地の魔術師…賢人とかそういうのかと思ったけど、違うの?」
『だから知らねぇって、今だって意識がまだ少しぼんやりしてんだ。この前ぶっ壊れたおかげで俺も意識がだいぶはっきりしたけどよ、その前までは…誰かの声が聞こえてて、それに何となく従ってた…気がする』
「ふーん?」
ミカハチの記憶は、残念ながら曖昧だ。
しかし、ミカハチから得られた情報も多かった。
ミカハチと話せて分かったこと。
1つ、ミカハチの視界は全方位らしい。
セイはミカハチの眼を、本体の赤い電灯だと思っていたが…どうやら魔法的な視界を持っているらしい。つまりセイは今まで、四六時中ミカハチに見られているという事になる。
2つ、ミカハチもセイと同じ記憶喪失らしかった。
彼自身は元々の名前、聖地の事、そこに居る者達の事…何一つ記憶に無いらしかった。様々な謎を解く手掛かりにはならなかったものの、この事実自体にも意味があるとセイには思えた。
3つ、どうやらミカハチ自身もある程度操作されていたらしい。
こいつはどうやら元々聖地から送られていたという指令に従っていたらしい。ミカハチ自身の意識は…セイとの会話や細かな状況判断、人道的な行動を行うためのものだったらしい。
そして先日…ミカハチが壊れ、完璧に修理する前に様々な設定を変更することができたという。これで現在、ミカハチは自由に動き回れるようになった…という事らしい。
今のセイは、以前よりミカハチを信用できると思っていた。
ミカハチはぶっきらぼうだが、嘘を言っているようには思えなかった。
「ねえミカハチ、本当に貴方は聖地の事を知らないの?」
『俺の中にそういう情報は無ぇ。だが場所は想像できるぜ?俺達が旅を始めたのはアードゥラ西部の雪原だからな、聖地はあの辺だ。だが聖地を探すためにだだっ広い雪原を彷徨うのはオススメしねぇな、寒いし』
「ちなみに貴方、今まで話してた時は決まった文章を使ってたわよね?あれってまだ喋れるの?できるなら全部聞いてみたいけど」
『はい、その通りです』
「いきなりやめてよ、急に怖」
『まあ今度、暇なときにな。大した情報無ねぇけどよ』
口の悪いミカハチは、今のところセイを大事にしてくれているようだ。
そして、だからこそ、セイには一つ確認したいことがあった。
「ねえ、そういえば…あたしの寿命って本当に短いの?あと、それを何でわざわざあたしに言ったの?」
答えは半分予想がついている。
そしてミカハチの回答は、セイの予想通り。
『は?お前が使命を達成して元の世界に帰るためには、時間がいくらあっても足りねぇって言っただけだ。いいかセイ、使命を果たせなかったらお前はこの世界で死ぬだけだ。それじゃ嫌だろ?だから気合い入れてけ、絶対お前は生きて元の世界に戻るんだ』
ミカハチの頭部の赤い電灯が、セイをまっすぐ見据える。
今までと違い…そこに意識が存在することを知ってしまったセイは、何とも言えない気分になってミカハチの電灯から目を背ける。
「何であんたは、あたしなんかの為に…」
『それは俺が、お前のための護送機だからだよ。当然だろ』
(今までこの世界で出会った人は、当り前だけど…神徒の使命よりもこの厳しい世界で生きていく方を大事にしている。だけどもしかしたら、ミカハチは本当のあたしの味方になってくれるのかもしれない)
ただの心無い機械だと思っていたミカハチの言葉が、セイには嬉しかった。
たとえそれが嘘だったとしても。
「神徒様、作戦に同行できず大変申し訳ない!!」
ナイーゼの負傷以外がほぼ作戦前までに戻ったため、セイは“乾坤の祭壇”へ再び向かう事に決めた。彼女はマキエスの拠点に戻り、皆を集めて作戦会議を開いている。
足を骨折しているナイーゼは、セイにひたすら平謝りだ。
「このような失態、面目次第も無い!!」
「しょうがないよその怪我じゃ」
「しかし…!」
悔しそうな、セイが心配そうなナイーゼだが…彼を安心させるためかセイの黒い首輪が喋る。
『無理しなくていいぜ、今度は俺がちゃんとこいつを守るからな』
「そ、そうか…ま、まあ頼もしいものだな!!!」
いつも豪快なナイーゼも、さすがにこの状況に困惑している。
“護送機が喋る”とは言っても、これは流石に以前の比ではない。
かつてない状態故に、皆それぞれに何とか受け入れようとしている。
とりあえずの作戦会議を終え、セイはミカハチに他の面々との交流を促す。
いきなり大勢でもあれなので、ひとまずスーマグレオとペトリエと一緒に、人気の少ない密林の端までやってきた。
「しかし…こうして護送機と会話できるとはな。わたしが想像するような感じの人格じゃ無かったが」
木陰に停まっているミカハチを、スーマグレオが撫でまわしている。
こっそり祭壇の利用を目論んでいるとセイに語ったスーマグレオは、好奇心が隠せなくなっている。普段は年齢以上に落ち着いている彼女が、興奮気味にミカハチの円筒ボディをばしばし叩く。
『おい、あんま荒っぽくすんな』
「お前これくらいじゃ壊れないだろ?」
『そりゃそうだがよ』
「いいだろちょっと触るくらい、減るもんじゃないし」
『面白くないだろ』
「いや、わたしは面白いぞ?喋るとなると色々聞けそうだしな」
『ちっ、全く…』
素っ気ないミカハチだが、スーマグレオを拒む様子はない。ミカハチも今までの戦いを見てきている筈なので、彼女が頼れる仲間だと認識しているのだろう。
「凄いわねぇ、喋る護送機なんて素敵じゃない。セイちゃん、ミカハチちゃんがこれだけ頼れるならきっと使命も完遂できるわよ」
ペトリエも、喋るようになったミカハチに興味があるようだ。
しかし彼女は、その言葉ほど距離感が近くない。ミカハチにあまり踏み込まず、微妙な距離感を保っている。もちろんセイにはそれの理由に心当たりがあるが、あえて口にはしない。
「護送機って聖地と通信しているんですって?それで聖地の場所がわかったら便利でしょうけど」
『そりゃ無理だ、俺にはできん』
「あら残念、聖地に行けたらもっと色々知れそうなんだけど。ミカハチちゃんの大砲みたいなのがエリオンの技術で作れたら凄いのにねー」
『…』
しかし、ミカハチは思うところがあるらしい。
セイはもうあまりその件に深入りしたくないと思ってもいたのだが、ミカハチはそんなセイに構わず真直ぐに切り込む。
『あのなテメー、セイを危険に晒してんじゃねぇよ』
セイは、ペトリエを直視できない。
ペトリエは…とぼけた返答。
「セイちゃんを、私が?」
『しらを切っても無駄なんだよ、俺が全部見てたんだからな。お前が“機甲の祭壇”攻略作戦の時にヴォンダーン製の小型爆弾を持ち帰ったことも、それを今回マキエスに持ち込んだことも、停止した“乾坤の祭壇”をそれで吹っ飛ばそうとしたこともな』
「…」
『無駄だって知らなかったのか?強力な魔力を持つ祭壇を壊すのはまず無理なんだよ。なのにお前は身勝手にちょっかいを掛けて、“乾坤の祭壇”が再起動して、そのせいでセイが死にかけたんだ。分かってんのか?』
詰問するミカハチ。
セイには見えていなかったが、どうやらペトリエはヴォンダーン作戦の時から既に“乾坤の祭壇”を破壊するために動いていたらしい。全てを見ていたミカハチに詰められ、ペトリエもつまらなさそうにそっぽを向く。
「あららら、ミカハチちゃんに見られていたわねそういえば」
悪びれもしないペトリエ。
ほぼ全てを察していたセイは、想像通りの回答に目を伏せる。
しかし、事情を知らなかったスーマグレオが声を上げる。
「お、おい何だと!?姐さん本当なのか!?」
「ええ」
「あんたなぁ…何でそんな勝手なことしてんだよ!セイを殺す気か!?」
「別にそういう訳じゃないわよ?ただ“乾坤の祭壇”を破壊したかっただけ。父様を殺したあれをこの世から消したかったの」
「だからってなぁ…!!」
「スーマ、落ち着いて…」
ペトリエに掴みかかりそうなスーマグレオをセイが制す。
最悪な雰囲気の中、ミカハチは呆れたようにペトリエに吐き捨てる。
『ペトリエ…あんたはやり方を全部間違えてんだよ。祭壇は休止中でも破壊できねぇ、祭壇を完全に停止させるには5つ全部を止めなきゃならねぇ、つまり…あんたが本当にアレを破壊したいのなら、セイが使命を完遂するまで手伝うしかねぇんだよ。分かったら今後も協力しろ、迷惑かけた分ぐらいはな』
ペトリエが暴走した一件は、1匹と1機と2人の中で収めることにした。
セイの看病をしていたスーマグレオは激昂しており、かなり厳しい処分を主張したが…セイがそれを嫌がったので引き下がってくれた。
ミカハチはというと、思った以上に淡泊だった。
彼はセイが使命を果たすのを最優先事項にしているらしく、ペトリエが役立つならそれで良いという立場だった。
セイはペトリエと共に、2人だけで密林の少し奥までやって来た。
今ミカハチは…クグネリやゴルク、ナイーゼの部下達と何やら話している。そこにはナイーゼの幼い兄弟達も混じっており、勝手に機体に登る子供達にミカハチも困っているようだ。
楽しそうな彼らの声は、少し離れたここでも聞こえる。
しかしペトリエは…彼らに、セイに、背を向けたまま佇む。
「ふふふ、貴女ってやっぱり甘いのね」
ペトリエは、セイの顔を見ようとしない。
その声には…今までに無い、軽薄さがある。
「最初会ったときからずっと思ってたけど…セイちゃんってまるで世間知らずなお嬢様。使命が嫌なのに状況に流されるまま、ミカハチちゃんや鏡幽会の言う通りに進むだけ。でも不平や不満は言う、現状を変えるために何かをする気も無いのにね」
「…」
「それで今度は、貴女を利用して危険な目に遭わせた私を見逃すの?全く…貴女って結局何も自分では考えていないのかしらね?折角ミカハチちゃんが過去に例がないくらい優秀なのに、きっと使命は果たされないわね」
「…」
「セイちゃんが私を許したのだって、どうせミカハチちゃんがそう言ったからでしょ?貴女の意思はどこにも無い、何も考えていない、考えるのを放棄しているのかしらね。そんなザマで今後、過去に封じられたことの無い2つの祭壇をどうする気なのかしら?」
ペトリエの言い草は辛辣だ。
しかし彼女の言葉は、セイにとって図星な部分もあった。それはセイ自身にも自覚があったため、彼女もそれに強く反発することは無い。
そしてセイも、素直に考えを告げる。
「そうだね、あたし神徒の使命が嫌だもん。知らない世界の関係無い人達の為に危ない目に遭うなんて、誰だって嫌でしょ。こんな使命を頑張りたくもないし、それを押し付けられているこの状況も嫌」
ペトリエの反応は、無い。
セイは続ける。
「ちょっと嫌な言い方になるけどね、あたしにとってもペトリエの事情って関係無いんだよね。お父様を亡くしたっていうペトリエの悲しみも憎しみも、あたしは分かってあげられないし、正直どうでも良いの」
ペトリエが、初めて振り返る。
その表情は…真顔。
セイは少し緊張するが、それでも怯まず振る舞う。
「あたしは元の世界に帰りたいの、その為にペトリエが役に立ってくれるならそれでいいんだよ。今回みたいにあたしを危険に巻き込む真似を二度とせず、今後あたしに協力してくれるなら、あたしは別にどうでも良いかなー…って」
その言葉で、初めてペトリエの表情が変わる。
彼女は…悲しいような、微笑むような、微妙な感じだ。
「セイちゃん…優しいのね」
ペトリエは、大きく息を吐く。
「駄目ね…私は。ああもう、こんな年下の娘にこんなこと言わせて…わかったわよ。本当は“乾坤の祭壇”を爆破したら結果に関わらず退散するつもりだったけど、こうなったら貴女が使命を果たすまで全部協力するわ。それぐらいしか私にできる償いは無いし」
ようやく解けた蟠り。
セイは安心し、自然と笑みがこぼれる。
『俺が言うのも何だが、これでよかったのか?』
「良いんだよこれで」
その日の夜、セイはミカハチの小屋の寝台で横になっていた。
こうしてミカハチの小屋の中で過ごすのもかなり久しぶりで、セイは何となくムズムズしながら何度も寝返りを打つ。
『あの女、セイを傷つけたのが許せねぇ』
「えっ?あんた“ペトリエは使命の役に立つ”って言ったじゃん」
『それとこれとは話が別だ』
「根に持つわねぇ」
ミカハチはどうやらペトリエの事を、言葉以上にかなり嫌っているらしい。しかし大怪我したセイ自身の方が現状のほほんとしており、ミカハチの方が苛立っている。
『というか、お前気楽過ぎねぇか?あんな目に遭っておいて何とも思わねぇのかよ』
「えー?まあそもそも祭壇に挑むこと自体が危険だし、ペトリエの事とか関係無くああなってた可能性もあったからね。それにペトリエだって、それだけお父様が大事だったのかなー…って。異世界人に過ぎないあたしには、皆の苦悩はわかんないよ」
『…』
あまりに気軽なセイの言葉に、ミカハチが黙り込む。
そして、意外そうにぼそりと呟いた。
『お前、変わったな。もっと余裕が無くて焦っていると思ってたが』
「…」
それは、セイ自身も感じていた変化だった。
(この前大怪我した後、あたしはもっと余裕が無かった…気がする。残り時間が少なくて、ペトリエに裏切られて、ミカハチの中に誰かがいて、もっとその…限界?だったんだけどな)
今のセイには、前より心に余裕がある。
セイ自身、その理由が何かははっきりとわかる。
(ミカハチはあたしの事を、ボロボロになってまで守ってくれた。こいつがただの機械だったらそれまでだったけど、そこに意思があったというなら話が違ってくる)
自分の為に尽くしてくれる味方がいる…。
その事実が、今のセイの心を支える柱になっていた。
読んで下さっている皆様に感謝を。
人外×少女のバディ物は至高、古事記にもそう書かれている




