その20 ずっとそこにいた誰か
想定外の事態で負傷した白猫少女。
彼女を庇って密林を脱出した御籠護送機も中破状態、他の面々も負傷があり、とても作戦を再開できる状況ではない。
そして…破壊された護送機の中にあったものは。
セイは夢を見ている。
美しい桜の見える窓際にセイは座っている。
そこへ、数人の少女が寄ってくる。
彼女達は、皆同じ制服を着ている。
『あら、こんな所にいらっしゃったんですね!皆貴女を探していましたよ?』
『…』
『そんな事おっしゃらずに。もうすぐ生徒会の時間です、一緒に行きましょう』
『…』
『いえいえ、副会長である……様にはやはり居て頂かないと』
『…』
セイは立ち上がり、その数人について行く。
朦朧とした意識の中、セイは目覚める。
そこは…ミカハチの小屋では無かった。
立ち込めるのは木材の匂い。
薪の爆ぜる音もする。
見たことのない小部屋に敷かれた寝床にセイはおり、その部屋に居るのは…中性的な顔立ちの知らない人だった。そいつは暖炉の火を見ておりで、目覚めたセイにまだ気付いていない。
セイから見える横顔には、火傷と裂傷の跡がたくさんある。切れ長な眼は琥珀色で、傷跡さえ無ければかなりの美形だ。一見女性に見えるのだが、胸部が胸なのか胸筋なのか判別できない程度には屈強だ。
そして、髪はくせ毛のポニーテールで空色。
それが誰か、セイにはぼんやりとだが分かった。
「う…」
痛みに呻くセイの声で、そいつが振り返る。
「セイ!?目が覚めたのか!良かった…!」
「貴女、スーマ…?」
「え!?あ、ああ…。そうか、素顔を見せたこと無かったな」
部屋には他に誰も居なかったからなのか、スーマグレオはいつものマスクを取っていたようだ。彼女はセイの傍に座ると、セイの頭を優しく撫でる。
「スーマ、あれ…?あたしどうなったんだっけ…確か“乾坤の祭壇”がまた動き出して、その…」
「覚えてないだろうな、お前は帰還したとき既に気を失っていたから」
「というか、ここは…?」
「ここはマキエスの杣人集落だ。セイのために民家をお借りしてるんだ」
「それでこの、木材の匂い…」
意識がはっきりしてきたセイは、自分の体臭に顔を顰める。
セイの身体は包帯まみれなのだが…血の匂い、膿のような匂い、薬の匂い、毛皮に染み付いた甘ったるい匂いが混じり合っている。
その匂いがセイの記憶を刺激し、大体の出来事を思い出した。
窓の無いこの部屋から、外の様子は見えない。
しかし今日はかなり寒く、スーマグレオが世話をする暖炉からは小気味のいいパチパチという音がしている。
「祭壇封印の連絡を聞いて、わたし含めて皆が撤収をしていたんだ。その途中で突然爆発音がして、周囲の植物が一斉に騒めきだしてさ。わたしは装備的に森の外に逃げるしか無くて、ただみんなの帰りを待っていた」
「…」
セイは、気落ちしている。
祭壇封印に失敗したことに、そしてその“原因”に…。
「最初に森から出てきたのはペトリエの姐さんだった。ナイーゼはセイの所に戻ろうとしたらしいが、途中で負傷したらしく部下に抱えられて帰還した。そして…しばらくしてから、ミカハチがお前を抱えて森の中から現れたんだ」
「そうだね、あたし動けなくなっちゃって…」
「戻ってきたときのセイは、食獣植物の消化液まみれでさ。身体中にあった傷口に染みこんで、毛皮だけじゃなく肉も少し溶けてた。そんなセイを庇いながら逃げてきたからなのか…ミカハチの方もかなり酷い状態なんだ」
「ああ、それで…」
「ミカハチはこの近くで止まっちまったんだ。完全に壊れたわけじゃ無さそうだがほぼ機能停止状態でさ、なのにセイはミカハチから引き離せなくて、わたし達の拠点にも運べそうになかったから結果こうなってる」
セイはようやく、自分が何故ミカハチの小屋ではなく民家で手当てされているのかを理解する。
あの時、ミカハチは確かに“自律駆動”と言った。
恐らくミカハチはセイを守るため、ボロボロになりながらも彼女をマキエス漁村まで何とか連れ帰ったのだろう。
セイの意識が戻ったので、スーマグレオが彼女の包帯を変えてくれる。
身体を起こすのがやっとなセイを支えながら、スーマグレオが包帯を外して傷口に処置をする。この前のナイーゼと違い同性相手なので、セイも落ち着いて身体を預けている。薬が傷口に沁みる痛みにセイは呻きながらも、それでも泣き言を口にせず耐える。
セイの負傷は…トゲの刺し傷、蔦による打撲、消化液の爛れのみだった。幸い骨折などは無かったようで、大事に至るようなものは無いようだ。
そしてスーマグレオに服を着せてもらい、セイは再び寝床に寝かされた。
「セイ、とりあえず今の状況を教えとくな」
動くことのできないセイは、とりあえず今の状態が知りたかった。
セイにはもう、あの作戦からどれぐらいの時間が経っているのかもわかっていなかった。
「ねえスーマ、あたしがここに逃げ帰ってきたのって…いつ?」
「5日前だよ」
「もうそんなに…」
「お前を抱えてきたミカハチが森の端っこで停止してさ、今はどうも自己修復をしているみたいなんだ。かなり壊れているからまだ時間がかかると思う」
「…完全にダメになっちゃった訳じゃないのね」
ミカハチの事が嫌いなセイだが、それでも彼女は安心する。そして機械に過ぎないミカハチが自律駆動…自身の判断でセイを救ってくれたのが彼女にとって意外だった。
「ちなみにだけど、神徒や紅蓮隊や鏡幽会がマキエスで滞在するときに使うのって、わたし達が今回拠点にしているあの鏡幽会の施設なんだ。今回は例外的に杣人集落の民家を間借りしていて、その交渉のためにランティが来てくれてるよ」
「ランティが?そっか、後でお礼を言わないと」
「ナイーゼも足の骨折があって、本人はやる気満々だけどしばらくは森に入れそうにないよ。だけど他の精鋭部隊は皆大きい負傷も無くて、セイとミカハチが完治すればまた作戦を再開できる」
「…」
セイは、聞いていいかどうか悩む。
しかし、確認しない訳にもいかない。
セイは言い淀むが、それでもスーマグレオに尋ねる。
「…で、ペトリエは?」
セイは、ペトリエが“乾坤の祭壇”で何をしたか見当が付いている。
しかし…スーマグレオの回答はあっさりしていた。
「鏡幽会が大規模な探索要請をしていてさ、大勢の探索師がそれに向かったんだ…姐さんもその1人として行ってる。セイのために必要になりそうなものがあって、姐さんは前のヴォンダーン攻略の時にそれを見かけていたらしいんだ」
(皆、ペトリエが何をしたか知らないんだ)
先日の作戦でペトリエがミカハチに積み込んでいた“謎の荷物”の事は、セイ以外誰も知らない。だから今回の爆発の件も…そもそも祭壇自体が謎多いせいで…皆そこまで深く考えていないのかもしれない。
セイは安心したような不安のような、何とも言えない気分になる。
そしてセイは、ふとスーマグレオの言葉が気になる。
「…ていうか、探し物って?」
「あー…」
「あたしの為に必要になりそうな物っていうと、薬とか?」
「いや、これは…うーん、そうだな」
「…?」
スーマグレオは珍しく、明らかに言い淀んでいる。
しかし、彼女はのそりと立ち上がっていつものマスクを身に着け始める。
「スーマ?」
「ああいや、これは隠しても仕方がないし見て貰った方が早い。セイも早めに知っておくべきだと思う」
そうして身支度を整えたスーマグレオは、自分では立ち上がれないセイを抱えて部屋を後にする。
負傷したセイを片手で軽々と抱え、スーマグレオはミカハチの所までやって来た。
密林の端っこに停まるミカハチの周囲には簡単な布の覆いが張られており、その前に2人…ランティとクグネリが何か話している。普段エリオンでは敬われているランティだが、気楽なクグネリと和やかに話をしている。
「あ、セイ様…!目を覚まされたのですね!」
やって来たセイ達に気付き、ランティが駆け寄ってくる。
彼女はセイの顔色を窺い、ほっとしたように胸をなでおろす。
「ああ、良かった…何日も眠ったままとお聞きして心配しておりました」
「ありがとねランティ、あたしの神徒の体が思ったより丈夫だったみたい。だけど何で貴女がこの村に?交渉ならナイーゼさんでもやれそうだけど」
「エリオン民とマキエス民は対等で、そしてマキエス民はそこまで神徒の使命に協力的ではございません。こうして民家をお借りするのも異例ですので、司祭である私が交渉の為に来たのです。立場的に私はエリオンでもそこそこですので」
「ランティはあたしより若いのに、偉いねぇ…」
「しかし、セイ様もミカハチ様もこの御様子では…しっかりと休まれた方が宜しいですわね」
ランティと一緒にいたクグネリの方は、気楽そうな感じでセイの青い髪をわしゃわしゃする。
「あはは、セイちゃんは立派だなぁ!でも無理しなくたっていいんだぜ?休み休みやりなよ」
祭壇封印に失敗したのに優しくされ、セイはどこか気まずかった。
しかしセイは、姿の見えないミカハチの様子が気になりすぎる。
いつもうるさい黒い首輪からは、全く声もしない。
覆いの向こうからは何やら駆動音がしているが、それはセイの聞いたことの無いものだ。セイは意を決し、スーマグレオに頼む。
「スーマ、ミカハチの様子が見たい」
「わかった。ランティ、ちょっとそこ入るぜ」
「…わかりました。セイ様、その…少しばかり衝撃があるかもしれませんので、心構えをお願い致しますわ」
「…」
ランティの表情を見るに、かなりのものがあるようだ。
セイは深呼吸を一つして、ミカハチと対面する覚悟を決める。
覆いの中に、ミカハチは居た。
ミカハチは、見るも無残に大破していた。
円筒ボディはその装甲が凹み、剥がれ、中の機構が所々むき出しになっている。普段は収納して隠れている閃紅砲の砲身も見えている。六本ある脚は1本がほぼ折れており、引っ張ったら取れそうだ。背負っている小屋も窓が割れ、ドアも金属製なのに穴が開いている。
幸い二本の腕が無事だったようで、ミカハチは今その腕から小さく炎を出しながら割れた装甲を溶接しているようだ。
セイは、想像よりマシだったミカハチの状態に安堵する。
「…なんか意外と大丈夫そうね。心配して損した気分」
力が抜けるセイだったが、隣に居るランティがある場所を指差す。
「いえ、セイ様…問題の場所があそこなんです」
「え、どこ?」
「その、装甲の隙間に…」
ランティは微妙な表情をし、指し示す先をあまり見ないようにしている。セイはまだ良く分かっておらず、スーマグレオに頼んでそこを覗き込む。
ミカハチ本体にできた亀裂の隙間からは、動力室…閃紅砲を放つ際にセイが入る小部屋…の外側が見えている。その動力室の外側に張り付くように、頑丈そうな半透明の四角い容器がくっついていた。
薄緑の液体に満たされたその中には…配線が接続された脳髄があった。
「お察しの通り、あれは“電脳器”…知的生物の脳を使用した生体部品です。セイ様はヴォンダーン王都で見たそうですね」
ミカハチの中にあった電脳器にショックを受けたセイは、気分が悪くなってしまったため借りている部屋に帰って来ていた。寝床に横たわり眼を閉じるセイに、ランティが状況を淡々と説明している。
「あれは、見立てからして人間の脳だと思われます。今までの御籠護送機にこんなものが搭載されていたという記録はありませんので、恐らく護送機の最新装備なのだと思われます」
「…」
「しかし、御籠護送機七号は喋らなかったそうです。というか八号以前の御籠護送機はどれも喋りません。つまりミカハチ様は、今までに無い機能を持っていることになります」
「…」
「カンデック様から伺ったのですが、ミカハチ様の機体は七号そのものらしいですね。それに7人目の神徒様は聖地を目指して行方不明になったそうなので…」
「…」
「7人目が聖地捜索中にどこかで果て、動けなくなった御籠護送機七号を聖地の賢人が回収したのかもしれません。そして8人目の神徒降臨までの間に、恐らく賢人の誰かが電脳器となり七号を改造し、御籠護送機八号として生まれ変わったのではないのかと」
「…」
セイは、頭の中がぐるぐるする。
つまりセイは…今まで全く意識していなかったが、聖地を出てここまでの間“もう1人”と一緒に旅してきたことになる。ミカハチの事をただの機械だと考えていたセイにとって、その事実は衝撃的過ぎたのだ。
セイを落ち着かせるため、ランティが荷物を広げ始める。
彼女は何やら小さい炭の欠片を暖炉で炙り、それを灰の入った小さな容器に入れる。そうして小さな箱から丸薬のようなものを取り出し、それを炭で炙り始める。
部屋の中に柔らかな香りが広がり、セイは徐々に心が安らぐ。
「いい香りだね。ランティ、これは何?」
「これは本来、鏡幽会の祭事で使われる練香です。落ち着きましたか?」
「うん、ありがとね」
手際よく作業するランティを見て、セイは感心する。年若い少女である彼女もちゃんとした聖職者なのだというのが良く分かる。
ランティの作業を見ながら考えをまとめていたセイは、改めてあの電脳器についてランティに問う。
「ねえランティ、あの電脳器って…その、意識とかあるのかな?」
「そうですわね…基本的に電脳器というものには2種類存在するようです」
ランティは広げた小道具を片付けながら、言葉を選ぶ。
「1つは、生体演算機として使われるものです。この状態の電脳器に意識は残っておらず、ただの道具として使われるようです。かつて旧世界で研究だけされていたようですが、あまりに非人道的という事で実用化はされなかったようです」
「ヤバいね、人のやることとは思えない」
「そしてもう1つ…それは本来の電脳器の使い方である“永遠の命”の用途ですね。脳を良い状態で保存し、身体を修復可能な機械に置き換えるというものです。この電脳器はもちろん、普通の人と同様に意識を持っているようです」
「…ミカハチは、どっちの?」
「ミカハチ様は、状況に合わせて喋っていますわよね。その点からしてただの生体演算機とは考え辛いので、恐らく思考能力があると思われます」
(ミカハチに、意識がある…)
自分の今までの旅路に、意識のある誰かが一緒にいた…。
孤独な旅だと思っていたのに、セイは複雑な気分になる。
そこまで聞いて、セイはペトリエ達が探しているものの目星が付く。
「つまり…ランティの言ってた探し物って、ミカハチの電脳器と会話するための物…って事?」
「流石セイ様、仰る通りですわ」
荷物を片付け終わったらしいランティが、セイの傍にそっと座る。
彼女はセイのふわふわな手を握り、優しく握りしめる。
「過去にヴォンダーンで、実際に“電脳発声器”という魔動機に関する書類が発見されています。“機甲の祭壇”にとっては当然不要なものなのですが、技術保存の為かそういったものがヴォンダーン首都には多く残されているんです」
「じゃあ、本当に見つかるかも…?」
「可能性は十分あります。そして実物が見つからなくとも、設計図が入手できれば再現可能かもしれません」
「ミカハチと、話ができるかもしれない…」
「セイ様の懸念もわかります。ミカハチ様と会話できるという事が、必ずしも事態を好転させるとは限りませんものね。しかし今までに無いものだからこそ、セイ様が使命を果たすその一助になるかもしれません」
セイはランティの言葉に、静かに考え込む。
ミカハチは、セイを使命に推し進める。
遠慮も無ければ配慮も無い。
セイを首輪で捕らえて離さない。
しかしセイの為とあらば、その身を盾にしてでも守ってくれる。
そんなミカハチの中身がどんな奴なのか、セイには見当も付かなかった。
いつも読んで下さってる皆様に感謝を。
永遠の命、良いですよね。
今激熱ですし。




