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その19 常盤の杜

白猫少女が祭壇を封じても、それを守る鎮守の杜は変わらない。

乾坤の祭壇を封じた一行は、他の収穫も期待できないので撤収作業を始める。しかしセイはミカハチと共に、探索に向かったペトリエを待って密林の奥に残る。

予定外の出来事は、往々にして起こるもの。

 息苦しい湿度と濃厚な緑の匂いの中、セイは目覚める。




「神徒(しんと)様、神徒様!」

「う、うぅ…」

「神徒様!!大丈夫ですか!?!?!」

「う、うるさい…」

「はっ!?も、申し訳無い!!!」

(声でか…)

 セイが今いるここは、どうやらミカハチの小屋の中にある寝台の上だ。意識がはっきりしてきた彼女は、全身そこら中の傷からくる痛みで顔を歪(ゆが)める。

「い、いたたたた…」

『セイ、おはようございます』

「あー…ミカハチ…」

『祭壇(さいだん)の封印、お見事でした。当機からも感謝申し上げます』

(あれ、あたしどうしたんだっけ…?確か何とか祭壇までたどり着いて、それで…)

 痛みで鈍(にぶ)る思考の中、セイは先程までの出来事を思い出す。


 そうしてセイは思い出す。

 自分が“乾坤(けんこん)の祭壇”を無事封じたことを。


 状況をだいたい整理できたので、セイはとりあえず安堵(あんど)する。そしてセイは、ひとまず周りの状況を再確認する。

 ミカハチの小屋の中には、紅蓮隊(ぐれんたい)のナイーゼのみ。窓の外に彼の部下の姿が見えるものの、他に誰か居る様子は無さそうだ。そして…周囲の植物達の動きは、目視では静止しているとしか思えない状態に落ち着いている。

 今は…何故かナイーゼが、小屋の中の備品を弄(いじ)っている。

「神徒様、祭壇を封印して頂き感謝する!素晴らしい働きでした!」

「あの、ナイーゼさん」

「む、神徒様どうなさった!?」

「貴方達があたしをここまで運んでくれたの?さっきまで祭壇の傍(そば)にいた筈(はず)なんだけど」

「ああ!植物の動きが落ち着いたのを見計らって、我等も祭壇まで向かいました!そうしたら神徒様が倒れておられたので、ひとまずここまで運んだ次第です!!」

「ありがとね…って、え!?」

 その時、セイは気付いてしまう。


 彼女は、包帯以外何も身に着けていなかったのだ。


 毛皮があるとはいえ、異性の前で半裸という状態。

 セイは反射的に布団に包(くる)まる。

「ちょっ…何で!?キャー!!」

「む、神徒様どうなさった!?」

「何で何で!?あたしの服は!?」

 顔を赤らめて慌てふためくセイだが…不思議とナイーゼは落ち着き払っている。

「ああ、神徒様の怪我が酷いご様子でしたから僭越(せんえつ)ながら手当をさせて頂きました!ご安心を、俺様をはじめ紅蓮隊員はそういった心得もありますからな!!」

 どうやらナイーゼは、ミカハチの小屋内にあった救急箱っぽいものを見つけてそれでセイの治療をしてくれたらしい。しかし包帯の巻かれかた的に一度丸裸にされたらしいが、彼はそれを意にも介していない。確かに神徒の身体は起伏もほぼ無く、子供と言われればそう見えてしまう程だが…。

 行き所の無い憤(いきどお)りで、セイは頬を膨(ふく)らませる。

「…何でペトリエやスーマじゃないの?こっちだって女の子なんだからさぁ…」

「緊急故悪しからず!陽動役のスーマグレオは遠く、ペトリエは単独で探索に向かってしまった!」

「もー…」

 そうは言いつつ、セイはとりあえず安心をしている。


 かつて祭壇に挑んだ7人の神徒の中でも、“冥府(めいふ)”・“機甲(きこう)”・“乾坤”を封じた者が限界だったらしい。

 過去の積み重ねのお陰とは言え、セイはその最前線に並んだのだ。






 目を覚ましたセイは、とりあえず歩けそうだったので小屋の外に出た。


 ミカハチの機体は、蔦(つた)に執拗(しつよう)に叩かれたせいかそこら中破損していた。しかし護送機には自動再生機能があるようで、これくらいなら平気らしい。

 何着もある替えの服に着替え、セイは今ナイーゼに借りた通信機でスーマグレオに連絡を取る。彼女もセイの事を心配していたようだ。

『おいセイ、無事かー?』

「怪我(けが)とかはしたけど、まあなんとか」

『怪我だと!?まったく、ミカハチとナイーゼの奴は何やってんだ。やっぱりわたしも付いて行けば良かったよ』

「いや、しょうがないよ。最終的にはあたしが単独で突入しなきゃだったし」

 スーマグレオの声色は普通だ。

 セイはとりあえず、彼女の無事に安堵する。

「…スーマはこっちに来ないの?祭壇が見れるよ」

『うーん…祭壇が止まったとはいえ、足場が悪いのは変わらんからな。それに再起動するのも先の話だから、そのうち行くつもりだよ。それに…セイも見ればわかると思うが、あそこは面白い物も少ないしな』

「ふーん。じゃああたし達も様子を確認してから戻るから、また後でね」

『ああ、気をつけてな』

 周囲の植物もすっかりおとなしくなっており、セイも呑気(のんき)にふらふら歩いている。周りではナイーゼの部下達が探索をしているようだが、この密林にある物の大半は旧マキエス首都を形成していた建物の瓦礫(がれき)なので収穫は期待できそうにない

 そして姿の見えないペトリエ…彼女の行った場所は明白だ。


 セイはとりあえず、ペトリエが向かったと思われる祭壇のある塔に戻ることにする。











「ペトリエ、やっぱこっちに居たんだ」

「あら、ゴメンねセイちゃん。折角(せかっく)祭壇も止まったことだし一番乗りで探索をしようと思ってね♪」


 祭壇のある塔入口で、ペトリエがセイを出迎える。

「セイちゃんお疲れ様♪私の武器から吸った氷弾は役に立った?」

「ああ、そういえば使いそびれちゃったよ」

「あらら、まあ良いわ。結果が全てだから」

 既に塔の中を一通り回ったらしい彼女だが、めぼしい収穫のようなものを持っている様子はない。

「この塔、結構きれいな建物に見えたけど…何も無かった?」

「そうね…確かにこの塔には植物が入らないんだけど、いかんせんこの霧の湿気で書物は腐るし金属は錆(さ)びるし。初めてこの祭壇が封じられた6番目の神徒の時だって、ここからまともな遺物は発見されなかったわ」

 そう言ってペトリエが見せてきたのは、真っ赤に錆びた何かのパーツだった。ペトリエはそれを放って捨てると、肩を竦(すく)めて見せる。

「全く…父様はここで何を探していたのかしらね。“祭壇の正体を暴きたい”ってよく言っていたから、そういう事を調べてはいたんだろうけど」

「…でも、皆の協力のお陰であたしは“乾坤の祭壇”を封じたよ」

「うふふふ、ありがとうね。私も父様の仇(かたき)であるこの祭壇の封印作戦に参加できて本当に嬉しいわ。この為に私、8人目の神徒の降臨を待ち望んでいたのだから」

 そうしてペトリエは、祭壇のある大部屋に歩き始める。

 セイも黙って、彼女の後に付いて行く。


 2人は、休止した“乾坤の祭壇”の前までやって来た。

 ペトリエは物憂(ものう)げに、祭壇の中枢らしい赤黒い液体で満たされた容器にそっと触れる。

「“乾坤の祭壇”…これが霧の密林を生み出している元凶。ふふふ、一体どこの誰がこんな愚(おろ)かな代物(しろもの)を作り上げたのかしらね。こんな物のためにかつてのマキエス国は一晩で崩壊し、漁村以外の国民は密林の肥(こ)やしになってしまったわ。酷い話よね」

「…」

 ペトリエの言葉には、隠しきれない憎しみが漏(も)れる。

 セイは、探るようにペトリエに問う。

「ねえペトリエ」

「何?セイちゃん」

「ペトリエはさ、祭壇を作ったのってどんな人達だと思う?」

 セイは祭壇を観察するフリをしながら、ペトリエの様子をちらりと見る。

 セイの問いに対し、ペトリエは険しい顔になる。

「そうね…エリオンで噂されている説は2種類ね」

 彼女の美しい藤色の瞳に、妖しい光が宿る。

「1つは、破滅的な思想の連中が破壊工作で作った説。その場合そいつらは災厄の日に死んでると思う」

「悪意を持って作られた可能性…だね」

「2つ目は、祭壇が何か別の用途で作られた説ね。元々は五国全部が持つ同型の設備でちゃんと使われていたけど…同時に暴走して災厄の日を招いた、ってね。その場合聖地にいるという魔術師…“賢人(けんじん)”は、暴走の秘密を知る当事者というか容疑者かしらね」

「同時に暴走…なんてあるかな?」

「私もその線は薄いと思ってて、どちらかというと1つ目の説が濃厚だと思ってる。まあ2つ目の説が真実なら、私は父様の復讐をしに聖地を目指したいくらいだけど」

「…」

 祭壇を封印したというのに、まだペトリエはどこか殺気立っている。その正体がうっすら分かっているセイはあえて口に出さない。

 しかし、待ちきれなくなったらしいペトリエがずいっとセイに迫(せま)る。


「ねえセイちゃん、ミカハチちゃんの大砲でこれ壊してよ」


 しかし、それに答えたのはセイの黒い首輪。

『ペトリエ、その判断は有益だと思われません』

 ミカハチの返答に、ペトリエは真顔になる。

「なんで?」

『祭壇は封印状態でも強力な魔力を有しており、破壊するのは困難です。かつてそれを試みた1人目の神徒は、祭壇の反撃を受けて命を落としています』

「こんな…ただの容器が?試しにやってみましょうよ」

『ペトリエ、その判断は有益だと思われません』

「そんなに嫌?」

『はい、その通りです』

「…ふーん、まあそうよね」

 ミカハチの不同意に、ペトリエはようやく食い下がる。

 そして彼女は一転、爽(さわ)やかな笑顔になる。


「あはは、ごめんねセイちゃん驚かせちゃって。私はもうちょっとここの探索を続けるから、もし良かったら紅蓮隊の皆と先に帰ってもいいからね♪」


 そう言って足早に去るペトリエの背中を、セイはただ眺(なが)めるしかできなかった。











 ペトリエと別れた後、セイはミカハチの元へ帰っていた。


 ナイーゼ率いる紅蓮隊精鋭部隊としては作戦成功なため、彼らはもう引き上げる準備を進めていた。セイは…一応ペトリエの事が気になっており、少しだけ彼女の事を待とうと思っていた。

「神徒様!我々はもう撤収(てっしゅう)するが、貴女は如何(いかが)します!?」

「うーん、あたしは少しだけペトリエを待つよ。もう祭壇も封印したし、あたし達に構わず先に帰ってくれて良いよ」

「承知致しました!しかし念のため、俺様の通信機はまだ預けておきますね!!後でお返し頂ければ結構ですので!!」

「あ、ありがとう」

「それでは失礼!!!」

 やや心配そうなナイーゼ達だったが、セイの意思を尊重してくれることになった。そうして一応の連絡手段だけを残して撤収していった。


 静かになった密林の中に、ミカハチとセイが残される。




 セイは蒼焔杖(そうえんじょう)の手入れをしながら、ミカハチの小屋の上でゆっくりとしている。

 “乾坤の祭壇”が停止した密林は霧も無く…食獣植物の放つ甘い香りと、濃い緑の香りが立ち込める静かな場所だった。相変わらず動物の気配は無いが、先程と変わって風で騒めく木々の音が鮮明に聞こえる。

(蒼焔杖、乱暴に使っちゃったから少し痛んでる。エリオンに帰ったらゴルクさんに見てもらわないと。あと、怪我が治るまでは休もう…残り時間が決まっているとは言え、このままはきつい)

 彼女は武器を眺めながらも…頭では全く別の事を考えていた。


 セイは、自身の戦いぶりに驚いていたのだ。

 彼女自身、薄い過去の記憶を辿(たど)ってもこういった事が得意だったとは思えなかった。当然殆(ほとん)どは神徒の身体能力故なのだろうが…それでも、覚悟を決めた後の冷静な判断は自分自身のもののような気がしていた。

 そしてそれ以上に、あれだけ嫌だった使命への嫌悪感も、皆に感謝されたらそこまで気にならなかった事にも違和感を覚えていた。セイはどこか…誰かの役に立っているというのを嬉しく感じていたのだ。


(はぁ…これはどう考えたらいいのかな)

 セイは、内心複雑だった。

 恐らくは自身がこの使命に適応してきた為だと思うが、それでもここまで出来たことはセイの自信になった。

 しかし、今後相手する残りの祭壇は今までと全く違う。

 今までは過去の神徒の後を辿れたが、今後はセイが自ら道を切り開かねばならない。その事実に、セイは祭壇を封じた直後だというのに鬱屈(うっくつ)としてしまう。




 セイがペトリエを待っていると、持っていた通信機から声がした。

『セイちゃん聞こえる?』

 声の主は、そのペトリエだ。

 セイの位置からは彼女の姿が見えないので、セイも通信機で返事する。

「聞こえるよ。ペトリエ、今どこ?」

『私は塔を離脱するわ。セイちゃんも早く帰りましょ』

「う、うん」

『あ、見えた見えた。セイちゃん私はここよー』

「え?」

 セイが周囲を見回すと、ペトリエが木々の間を“空師(そらし)の触腕(しょくわん)”で渡るのが遠くに見えた。彼女が手を振っていたので、セイもとりあえず振り返す。

「あ、見えた」

『こっちは収穫無し、もうここに用は無いわね。私はこの森に詳しいから、ナイーゼと合流せずに最短距離で村まで戻るわ』

「はーい」

 ペトリエの姿が、木々の向こうに見えなくなる。

 それを見送ったセイは小屋からふわりと飛び降り、軽く伸びをする。


 しかし…不意にセイの胸中(きょうちゅう)に謎の不安がよぎる。

(ん…あれ?あたし何か忘れている気がする)

 見えなくなったペトリエの姿に、セイは何故か違和感を覚える。











 それは、突然だった。


『神徒が護送機から離れるのは非常に危険です!速やかに当機の元へ戻って下さい!』


 セイがナイーゼに連絡し、帰還しようと思っていた時。

 ミカハチが突然騒ぎ出す。

 セイは驚き、ミカハチに振り返る。

「え、何!?」

『神徒が護送機から離れるのは非常に危険です!速やかに当機の元へ戻って下さい!』

「は、はぁ?別にあたし離れてないじゃん」

 セイの言う通り、ミカハチはセイのすぐ傍だ。

 ミカハチの意図がわからない。

 戸惑(とまど)うセイ。

『現状況の危険度は高、当機内への避難を推奨(すいしょう)します』

「な、えっ?!何もいないよ??」

『神徒に危険が迫った時、当機は内蔵されている人工知能による“自律駆動”へと移行します。自律駆動中は音声を発せず、神徒の命令を受け付けることが出来ません。また移動等も乱雑になりますのでご注意下さい』

「あんたずっと何言ってんの!?」

 周囲を見ても、そこは静かな森の中。

 何もいない。

 危険は無い。

 しかしその時、セイは何故かそれを思い出す。

(あ、そういえば…!ペトリエが持ち込んだ箱がどこにも無い!)

 ペトリエがミカハチの小屋に持ち込んでいた謎の箱が無くなっているのに、セイはここにきてようやく気付く。

 そしてそれは、セイにとって遅すぎた。


 次の瞬間、祭壇のある塔から爆発音が轟(とどろ)く。






 轟音(ごうおん)で立ち耳を押さえ、その場に縮こまったセイ。

 しかし、彼女は周囲の異変にすぐ気付く。


 周囲の植物が、活動を再開している。


 セイは息を吞(の)む。

(え、そんな…!)

 明らかに封印前より動きが激しい。

 ミカハチがセイに近付こうとしているが、既(すで)に蔦に阻(はば)まれている。

 祭壇のある塔から黒煙が上がる。

 通信機から誰かの声。

 聞き取れない。

「や、ヤバい…!」

 蒼焔杖は痛みかけだし、そもそも既にミカハチの中だ。

(再封印…は無理だ、あたしの怪我的に!とにかくミカハチに乗って一旦離脱よ!)

 何が起きたかはわからない。

 だがセイは瞬時に、“乾坤の祭壇”の再起動を受け入れて行動を起こす。

 セイもミカハチも満身創痍(まんしんそうい)で作戦続行は不可能だ。

 冷静な判断はできているものの、怪我のせいで身体が思うように動かない。


 その時、祭壇の方から大量の蔦が迫るのが見えた。


「ひっ…!」

 瞬時に判断するしかなかった。

 セイは即座に右手を伸ばし…自身の固有魔法で吸収してあった、ペトリエの魔銃の氷弾を放つ。

 蔦の最前列に巨大な氷塊が発生し、それらの動きが止まる。

(よ、よし。これで…)

 セイは素早く転身し、ミカハチの方へと向かう。




 それが油断(ゆだん)だった。

 セイの死角から迫ってきた蔦に弾き飛ばされ、彼女は地面を転がる。

 そして運悪く…消化液で満たされた食獣植物の捕食器に落ちてしまう。


 捕食器に沈むセイ。

 消化液が服に染み、先程負った傷口に触れる。

 肉が溶かされる灼(や)けるような痛み。

 液中のセイの、くぐもった悲鳴。

 吐き気を催(もよお)すほどの甘い臭気。

 粘度が高く抜け出せない。

 藻掻(もが)くほどに粘液が毛皮に絡(から)まる。


 激痛と窒息で霞(かす)む、セイの視界。

 黒い首輪から声がする。

『警告:自律駆動に移行します』

 そこで、セイの意識は途絶える。

ここまでお付き合い頂いている皆様に感謝を。

頑張っても上手くいかないときはありますよね。

常盤は緑、永遠の色。

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