その18 乾坤の祭壇
セイは、密林の奥に鎮座する第三の祭壇に挑む。
護送機も入り込めない程に植物に支配された密林中央は、白猫少女が単身で突破せねばならない。
極限状態で、少女は望まぬ能力を開花させる。
密林に眠る赤錆びた妙な機械の前に、セイは再び立つ。
「神徒様、改めて作戦を確認させて頂きます!本作戦はヴォンダーンの時と違い、貴女にも危険が及ぶ恐れがあります故!」
セイ達が霧の密林で御籠護送機四号の残骸を発見した翌日。
一行は早速、“乾坤の祭壇”を封じるための作戦を決行していた。
今は隊を仕切るナイーゼが、作戦を大まかに確認している。
「“乾坤の祭壇”が鎮座しているのは、旧マキエス首都にある塔の中となります。遠目にも目立つのである程度までは接近も容易ですが、その付近には危険な食獣植物が犇めいているので突破は困難です」
「加えて、森中にある蔦も祭壇付近が特に濃密で動きも活発。セイちゃん、今回は大変よ!」
「そうだね…」
前回の“機甲の祭壇”攻略と異なり、今回は神徒が身体を張る必要がある。使命を頑張ろうとも思えなくなってしまったセイは、軽い溜息を一つ。
「ここから先はある程度森を切り開いてありますので、神徒様は護送機でお進みください。残りは…森を進める者が神徒様と同行し、残りの者が陽動を行います。我々はその陽動に合わせて進軍を開始しましょう」
「じゃあ…スーマ、後でね」
「ああ、セイも気をつけろよ」
ペトリエに対して不安を感じているセイにとって、スーマグレオには傍にいて欲しいという思いもあった。しかし今回の作戦上、密林奥地での活動には専用装備が必要となるのでこうならざるを得なかった。
しかし、今更作戦を曲げられない。
セイも流石に、覚悟を決める。
陽動部隊が散開した少し後、離れた遠くから複数の爆音が轟く。
周囲の蔦が騒めきだし、一行は密林深部へと進行する。
霧の密林は、奥に行けば行くほど濃密になる。
陽動を皮切りに奥へ進行を開始した一行だが、周囲は生物のように動く蔦が犇めいている。セイ以外の紅蓮隊員達は蔦を避け、高所の枝を飛び回って移動しているようだ。
セイはそんな危険を冒す仲間を尻目に、護送機の小屋の中で安全にしていた。
(皆、あたしとミカハチの為に蔦の注意を引いてくれてる)
セイを乗せたミカハチは、予め作った簡易的な経路を進んでいる。蔦はもちろん護送機にも襲い掛かってくるが、ナイーゼ達が火器を使ったりしてうまく注意を散らしてくれているし、そもそもミカハチはそんな攻撃で壊れない。
皆もセイの為に、危険を冒してくれている。
だからこそセイも、彼らの献身に応えねばならない。
セイも何とか自身を奮い立たせる。
『マキエスの“乾坤の祭壇”は、領域内の気象と植生を完全に管理しています。雨と霧に支配された生きる密林は、そのまま祭壇を守護する防壁の役割を果たしています。祭壇付近には狂暴な食人植物も存在しており、攻略は非常に危険です』
「…」
『マキエスの密林の植物は、熱や魔力に強く反応します。かつて4人目の神徒は強引に密林を突破しようとしたため、物量に押し負けて最期は霧の中に消えました』
「はぁ…あんたは相変わらずねぇ」
セイの気持ちなど知らず自由にするミカハチ。
窓の外を窺うセイの尻尾が、小屋の中にある謎の箱に当たる。
今、ミカハチの小屋の中に…ペトリエの荷物だという箱がある。
ペトリエ曰く“奥の手”らしいコレだが、今の所彼女がそれを取りに来る気配は無い。なかなかに場所を取るそれのせいでミカハチの部屋は今窮屈で、セイ以外に誰も入れ無さそうだ。そもそもペトリエが来る気配も無く、これが何なのか見当も付かなかった
そして…ついにその時がしてしまう。
『神徒様、塔が見えました!』
セイの手元、ナイーゼが置いて行った紅蓮隊用の通信機から声がする。
(き、来た…!)
セイは、真っ白な毛並みを逆立てる。
「…ミカハチ、ここから祭壇って首輪の行動範囲なのよね?」
『はい、その通りです』
セイは震える手を何とか抑え、細い息を吐く。
そして彼女は意を決し、勢い良く小屋を飛び出す。
蔦が激しく動き回る密林の奥地。
濃霧の向こうに…細く高い、大樹のような塔が見える。
「あらセイちゃん、出てきたのね!」
セイはミカハチの小屋を飛び出した後、すぐ近くに姿が見えたペトリエの傍まで一気に移動していた。高所の枝に立っていた彼女の近くには激しく動く蔦が少なく、比較的安全なそこでセイはとりあえず一息吐く。
「はぁっ…はぁっ…ここ、蔦が多いしなんか甘い匂いがする。気持ち悪い…」
「ふふふふ。セイちゃん、その匂いの正体はアレね」
ペトリエが指差す先は、塔周辺の地面一帯。
地表付近には食獣植物…大蛇のような太い蔦、トラバサミのような姿をした巨大な双葉、粘液を溜め込んだ壺のような捕食器、そして他にも至る所に茨が茂っている。セイの鋭い嗅覚を刺激するこの甘い匂いの正体は、どうやら壺型の捕食器の粘液が発しているようだ。
「道も無い…祭壇はあの塔にあるのよね?」
「そうよ。情報によれば1階中央にあるらしくて、塔に入れさえずれば後は安全な筈よ」
「え、塔の中って安全なの?本当?」
「父様はそう言ってたわ」
「…」
セイはもう、それを信じるしかない。
霧の向こうの塔は、その距離以上に遠く感じる。
不明瞭な視界に映らないが、どこかでナイーゼ達が動く回る音が聞こえる。
緊張し固まっているセイをよそに、興奮気味なペトリエがその肩を抱く。
「セイちゃん、作戦の最終確認よ!」
「う、うん…」
爛々と輝く、ペトリエの藤色の瞳。
セイはやや気圧されながらも、目の前の密林に集中する。
「この後、私とナイーゼ達は魔動火器を使いながら散開して塔から離れるわ。そうすると蔦が私達を狙ってくるから、塔付近の蔦が手薄になるの。そうしたらセイちゃんはその隙に塔に向かうのよ!ちなみになるべく急がないと陽動が無駄になっちゃうから頑張ってね!!」
「…そうだね」
セイがこの後祭壇に突入するとき、彼女は1人きりになる。
前の2つの祭壇と異なり、今度はミカハチすら頼りにできない。
この後のことを想像し、セイは身震いする。
そんな話をしていると、セイの持つ紅蓮隊の通信機から再びナイーゼの声。
『神徒様、準備は宜しいか!?』
「えっ!?あ、うーん…」
その時が来てしまった。
ペトリエも、期待の眼差しでセイを見ている。
セイは、仕方なくナイーゼに応える。
「…うん、やろう」
『了解した!』
始まってしまう。
意気消沈なセイをよそに、ペトリエが楽しそうに踵を返す。
「うふふ、いよいよね!じゃあセイちゃん頑張って!」
セイの返事を待たず、ペトリエが移動を開始する。
密林の深部に、セイが1人で残される。
『神徒の使命の果てに、この世界に住む全ての人々の平和があるのです。この厳しい世界をより良くするために、当機と共に頑張りましょう』
セイの首輪から、ミカハチの声。
(怖い…でも、やらないと。皆の協力を無駄にできないよ)
もう既に使命への意思を失っているセイは、何とか理由付けをして自身を奮い立たせる。持ってきた蒼焔杖を握りしめ、塔をじっと見つめる。
その少し後、少し離れたところから複数の炸裂音。
号砲が、鳴ってしまった。
セイは重力に身を任せ、真直ぐに地表へと落ちる。
蔦に追い回されながら、セイは木々の間を飛び回る。
(思うように近付けない…)
祭壇があるという塔の周囲には何故か木が無く、蔦の多い地表を避けていくのが難しそうだった。だからセイは地表に落ちてから一気に近付こうとしたのだが、足場も悪く茨に阻まれて思うように進めなかった。
(アレに落ちたらマズい…良い場所を探さないと)
地表に犇めく、甘い匂いを放つ食獣植物…それらの捕食器に溜まった粘液はかなり硬そうで、一度落ちたらもう逃げ出すのは不可能に見えた。なのでセイは一旦また木に登り、障害物が少なそうな場所を探し回っている。
(でも、早くしないと皆の陽動が無駄になる…!急げ…!)
焦りで、セイは自身の鼓動が早くなるのを感じる。
セイが今持っている武器は…2つ。
火炎弾を放つ魔動武器、蒼焔杖。
セイの固有魔法で吸収した、ペトリエの魔銃の氷弾。
それだけが、彼女の使える武器だった。
セイは高所の枝で一度足を止め、祭壇に近付く術を何とか考える。
(あの植物達は熱に反応する…なら、蒼焔杖の弾も囮にできる。でも、どこを抜ければ良いの?なるべく開けた所からじゃないと…)
焦りが思考を鈍らせる。
不快な甘い匂いも集中力を削ってくる。
緊張による息苦しさで、セイは胸をぐっと押さえる。
その時、セイの足に細い蔦が絡みつく。
「ひっ…!」
セイは短い悲鳴を上げ、鋭い爪で素早くそれを引き裂く。
(も、もう陽動の効果が薄れてきてる…!駄目だ、もう時間が無い!)
高い所に居ても蔦に捕捉され始めたのだ。
セイは状況の厳しさを思い知る。
(…いや、もう…やる。やるしかない)
セイは目を閉じ…深く息を吸って、吐く。
次の瞬間、セイは蒼焔杖の火球を適当に遠くに放つ。
そしてそれが着弾する前に、枝を蹴って地上に急降下する。
密林の地上を、セイは軽やかに飛び跳ねる。
(なんか、身体が軽い)
過度の集中故か、セイの視界には周囲の景色がゆっくりに見えている。
食獣植物の捕食器が並ぶ密林の地表で、セイは瞬時に安全な場所を見つけて走っている。セイの四方八方からは爪で割くのが厳しそうな太さの蔦が襲い掛かるが、彼女はその隙間を潜っていく。
(流石に濃い茂みは通れない、せめて植物の薄い所を…)
自身でも信じられない程、彼女は冷静。
過度の緊張と興奮が、セイの秘めた能力を叩き起こしていた。
しかしそうこうしている内に、大量の蔦がセイに迫る。
やや薄い茨の茂みと蔦で、セイは挟み撃ちの格好だ。
(避けきれないね、これは)
セイはどこかぼんやりと、自分自身を客観的に見えている。
そして…セイは躊躇いもなく、茨の茂みを強引に突っ切った。
(鉄の匂い…)
セイはその際、鋭いトゲを何本もその身に受ける。
セイはそれらを無理に突破したので、セイの丈夫な外套が引き裂ける。
セイの白い毛皮に血が滲む。
痛みは…不思議と感じない。
痛みすら感じない程、セイの思考は麻痺している。
茨を、細い枝を、蔦を、セイは強引に突破していく。
いつの間にか、セイの前方に塔が近付いて来ている。
そして、蔦の攻撃も激しさを増していく。
(あと一歩だ、祭壇まで)
傷を増やし続けながら、セイは塔の入り口を目視できる位置まで辿り着いた。しかし塔の前は植物の濃度がこれまでの比ではない。
(焼くか)
セイは蒼焔杖を構え、茂みを焼き払おうとする。
しかし、セイの前から今までで最も多い蔦が襲ってきた。
(飛び越え…るのはギリギリ無理ね)
もはやそれは、蔦の壁と言ってもいい密度だ。
間を通り抜けるのも困難。
焼き切るのも切り裂くのも不可能。
しかしセイには、引くという選択肢が全く無かった。
セイは身を屈め、ありったけの力で跳躍する。
そして…蒼焔杖を真下に向かって放つ。
発射の反動で浮いたセイの軽い身体は、蔦の壁を僅かに超えられなかった。彼女は半身を強かに蔦に打ち付けられ、それでもついにそれを越えた。
そのままセイは、塔の入り口まで一気に転がり込む。
「い、いたたたたた…うぅ、何であたしがこんな目に…」
静かな広い場所に、血塗れのセイが倒れている。
ペトリエの言葉通り塔の中は安全で、外の蔦は中に全く入って来ない。お陰で塔の中は綺麗なものだが、濃い霧のせいかそこら中が錆だらけだ。
しかしセイは、傷の痛みでそれどころではない。
緊張と興奮が切れたせいか痛みをはっきりと感じられるようになり、全身の激痛でセイは立ち上がることも厳しかった。最後の蔦の壁でも幸い骨は折れなかったらしく、しかしその打撲と数多の裂傷が彼女を苦しめる。
そんな彼女の耳に、心無い機械の声が届く。
『祭壇が近くにあるので、神徒は封印を試みてください。方法については接近すれば自ずと分かる筈です』
「…」
『神徒の使命は、人々に害をなす祭壇を封じる事です。困難ではありますが貴方ならきっと成し遂げるでしょう』
黒い首輪から聞こえるミカハチの声には答えず、セイは何とか立ち上がる。
(何であたしが、こんな辛い思いをしないといけないの…?もしかしてあたしがこの世界に来たのって、あたしへの罰とか…そんなんだったりして)
セイは重い体を引き摺り、塔の中心へと進んでいく。
彼女の通った後には血痕が点々と残る。
セイが進んだ先に、その部屋はあった。
塔の1階の中央に位置するらしいこの部屋はほぼ円形で、その中央に赤黒い液体で満たされた器が鎮座している。容器の周りには大量の液晶画面が並んでおり、それらはどうやらマキエス一帯の様々な気象データを表示しているようだ。
そして…丸い壁沿いには様々な種類の植物が入った大きな植木鉢があり、それらは全て硝子の器に覆われていた。
「…」
植物園のようなこの部屋にも、セイは全く興味を示さない。
彼女はよろよろと部屋の中心に歩いて行き、セイより大きな赤黒い容器に寄りかかる。そしてやはりあった操作盤を触り、今までのように身を任せる。
(ここまでは、過去の神徒も数人通った道か…もうあたしボロボロなんだけど。しかもここから先は誰も封じたことが無い祭壇しか残っていない。もう無理だよ)
無気力なセイの目の前で、“乾坤の祭壇”は停止した。
しかし彼女は、ちっともそれを喜べなかった。
セイは、疲労と激痛でその場に崩れ落ちる。
持っている紅蓮隊の通信機が鳴っているが、それに応えることもできない。
そしてそのまま、セイは意識を失う。
読んで下さっている喜納様に感謝します。
まだまだ半分すら程遠いって感じですね。




