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その17 むせかえるような深緑

使命へ前向きになれない白猫少女をよそに、攻略作戦は着々と進行する。

霧深い密林の道なき道を切り開き、その先にあったものは…。

 セイは夢を見ている。


 そこは、不思議な場所。

 セイは何かの容器の中。

 温度を感じない。

 ふわふわした思考。

 そして…容器の外、朧(おぼろ)げに人影が見える。

『この地に……神徒(しんと)…星………護送機(ごそうき)……大いなる………その身は……器……為に……………悪しき…それを………人類……』






 まだ暗い早朝、セイはミカハチの小屋の前で伸びをする。


「ふわぁ…」

『セイ、おはようございます』

(変な夢を見ていた…気がする。前に見たのと同じかな…?やっぱりアレが、あたしが聖地にいた時の記憶なのかなぁ…)

 冷たい海風を感じながら、ぼんやりとした頭でセイは考える。

 以前からセイはこうしてたまに謎の夢を見るのだが、それは大きく分けて“聖地の記憶”と“転生前の記憶”の2つだった。ちなみに彼女が今“セイ”と名乗っているのは、聖地の夢で誰かに“せいさん”と呼ばれた気がしたからだった。

『セイ、おはようございます』

「うるさいわねぇ…スーマが起きちゃうよ」

 挨拶(あいさつ)を繰り返すミカハチをセイは鬱陶(うっとう)しがる。


 セイが今いるここは、一昨日やって来たマキエス漁村にある鏡幽会(きょうゆうかい)の施設だ。

 今回の作戦に加わっているのはペトリエとスーマグレオ、それにナイーゼ率いる精鋭部隊なのだが…協力してくれるというマキエスの杣人クグネリもここに一緒にいる。

 ちなみに…流石に男だけのナイーゼ小隊と一緒はまずいという事で、スーマグレオもミカハチの小屋で寝ている。探索師(たんさくし)のペトリエは普段使いらしいテントをわざわざ張っており、どうやら彼女もまだ寝ているようだ。




『セイ、その判断は有益だと思われません』

「だからうるさいって、ちょっと散歩するだけだから」

『了解致しました』

 まだ村も寝静まっているこの時間、暇なセイはそこら辺をとぼとぼ歩いている。

 日の出前なので辺りはまだ暗いが、猫目のセイには特に問題なかった。冷たい海風も毛皮と防寒着のお陰であまり気にならず、まだ寝惚(ねぼ)け気味な彼女はあてもなくぼんやりと歩き回っている。


「…!」


(…?誰かの声がする、ような…)

 まだ暗い、こんな早朝。

 ナイーゼ達が使っている鏡幽会の施設…その裏手の方から声がする。

 距離的にもセイの首輪の行動範囲内のようだ。暇なセイは、なんとなくそちらに歩を進めてみることにする。


「はぁッ…!ふッ…!やァ…!」


 何もない暗闇で、一心不乱に鍛錬(たんれん)をする男の姿。

 ナイーゼだった。

 セイに気付いていないらしく、無心に剣を振るっている。

(えぇ…こんな時間に何してるんだろう…?)

 このまま近付くのも危ないので、セイは一応声を掛けることにする。

「あのー…」

「おア゛ッ!?!?」

「うるさっ」

「な、神徒様!?」

「おはようございます」

「こ、こんな早朝に何をなさっているのだ!?」

「それはこっちのセリフでもあって…」

「む…」

 こんな寒い中汗を流すナイーゼは、言い辛そうにそっぽを向く。


「お…俺様は紅蓮隊(ぐれんたい)総隊長の息子であり、紅蓮隊設立者の末裔(まつえい)だ。であるからして俺様は皆から敬われるし、それに値する人間でなければいけない。しかし天才の俺様が必死に鍛錬しているなどというのも体面上あまり、なので…」


 セイはナイーゼの言い分を聞き、なんとなく気が抜ける。

「ああ、そういう…」

「し、神徒様!だからその、ここで見たことは誰にも言わないで頂きたい!!」

「わかったよ」

 セイはそれだけ言い、尻尾を軽く振ってミカハチのもとに帰っていく。




『セイ、おかえりなさい』

 セイが戻ると、ミカハチがそれを迎えてくれた。

「…」

 しかし、当のセイは憮然(ぶぜん)とした表情だ。

(…嫌な人だと思ってたナイーゼさんだけど、あの人が部下から慕(した)われている理由が何となく分かったかも。正直あの人の方が、よっぽどこのポンコツより信頼できるな)

 自分の頼れる相棒がこんな理不尽な機械だという事実に、セイは改めて辟易(へきえき)としてしまう。











 セイ達一行がマキエス漁村に到着した翌々日。

 “乾坤(けんこん)の祭壇(さいだん)”攻略作戦が始動した。




「近付いてみると、鬱蒼(うっそう)としているね。霧(きり)のせいで見通しも悪いし」

「でしょう?とりあえず調査から始めないとね」


 一行は密林の端、ミカハチで入れる限界まで進んでいた。

 車輪や履帯ではなく関節のある多脚を持つミカハチは、今まで瓦礫(がれき)の多いアードゥラやヴォンダーンの廃墟(はいきょ)であっても問題無く進むことができていた。しかし…ここマキエス密林に関しては、そうもいかなかった。

『マキエス中心の密林は成長が非常に早く、古い木々が枯(か)れては成長しを繰り返しています。当機は“乾坤の祭壇”の位置をおおよそ把握(はあく)していますが、そこに至る経路は切り拓(ひら)くしかありません』

「そうね、確かにこれは困っちゃうね」

 密林の木々は、外側はただの林立したものなのだが…内側は異状に太い蔦(つた)のようなものが絡み合っており、かなり立体的に入り組んでいるのだ。ミカハチは、セイの居住用の小屋を背負うほどの大きさがある。そして、ミカハチにとって密林の木々はその進行を遮(さえぎ)るには十分過ぎる障害物となる。

 セイは、鬱陶しい木々を見回し、ミカハチに軽く蹴りを入れる。

「もう、こいつの火砲で道を作っちゃうとかどう?」

 しかし、その提案はスーマグレオに却下される。

「過去にもそういう手を使った奴がいるんだ。その時は主に爆薬だったらしいが、4人目の

神徒がここの攻略をしたときに無理やり道を作ったんだと。しかしそういう手を使うと“乾坤”にバレて、祭壇から遠いのに徹底的に迎撃されたらしい」

「あー、そういう…」

 しかし、ペトリエは何かの装備を整えながら軽く告げる。

「まあ、だから逆に派手な火力を使っての陽動とかも有効なのよね。ちなみに今回の作戦もその予定だから」

 そうしているうちに、セイの前に数人のメンバーが並び立つ。


 同様の装備で身を固めているのは…ナイーゼとその部下数人、昨日からいるクグネリ、そしてペトリエだった。彼等は頭部や間接に防具を付け、腕に何やらワイヤー付きの銃のようなものを持っている。


 元々聞いていたとはいえ、なかなかな装備にセイも感心する。

「それが、密林で行動するための装備なんだ」

「そうよ♪これは鋼綱付きの鉤爪(かぎつめ)を発射する装置だけど、こういうので立体的に動けないと密林での活動は困難だからねー」

 しかし、自慢気なペトリエをナイーゼ達が興味深げに見回している。

「あんた、探索師がよくそんな装備を持っているな…。それにこの“空師の触腕(しょくわん)”はそれなりの訓練を積まないと危険であって、故に紅蓮隊でも俺様の率いる精鋭部隊ぐらいしか扱える者はおらんのだぞ!?」

「オレだって子供のころから使ってるからそれなりだけど、ペトリエの姉さんはホントに扱えんのかねー?」

 普段から杣人(そまびと)としてこれを使っているらしいクグネリも、探索師であるはずのペトリエの練度に首を傾げている。しかし当のペトリエは、さも当たり前のように鉤爪を放ち、高い枝に登って見せる。

「そんな事より、さっさと行きましょう!」

 さっさと先行しようとするペトリエに呆(あき)れるナイーゼが、セイに手を差し伸べる。

「では神徒様、俺様が貴女を抱えて進みましょう!」

「うーん…」

 ナイーゼの印象が変わったとはいえ、大柄な異性という意味でセイまだ微妙に彼が苦手ではあった。というか…それ以上に、セイはその必要性を感じていなかった。


 セイは軽く屈むと、全身のバネを使って力強く跳躍(ちょうやく)する。

 そして彼女は、ミカハチよりずっと高い場所にいたペトリエの横まで一気に飛び、彼女の横にしなやか着地する。


「あら、セイちゃんやるわね!」

「まあね、神徒の体も便利だよ」

 セイは、特に装備がなくともその跳躍力と爪があれば問題なく密林を進めそうだったのだ。




 そしてセイ達は密林内を、ミカハチとスーマグレオ達はそれに追従して後方をゆっくり進むという形で探索を開始した。











 マキエスの密林は、奥に進むほど霧が濃くなる。


 セイ達は、ミカハチが進めそうな道を探しながら少しずつ密林内部へと進んでいた。途中どうしても邪魔な枝は、スーマグレオやナイーゼ隊隊員がチェーンソーのような電動工具で伐採しながら道を作っていた。

 密林の中は昼なお薄暗く、霧だけでなくむせ返るような濃い緑の匂いも充満していた。視界が常に悪い中、鳥や小動物の動き回る音がそこら中から聞こえてくる。危険な生物がいる訳ではないらしいものの、セイは常に何かの気配を感じながら進んでいた。

 …使命に関してセイが抱えていた不安や鬱憤は、一旦飲み込むことにしていた。他にできることも無いし、結局は“使命を果たすしかない”という結論に行きついてしまうため、迷うだけ無駄と自身に言い聞かせて…。


 セイは高所の枝に立ちながら、毛皮に絡みつくじめじめした空気にうんざりする。




「ペトリエ姉さん、あんたすげぇよ!オレより森歩き上手いじゃん!」

「まあねー♪」

「しかし、やるな探索師!貴女なら密林探索の教官になれるぞ!!」

「あらありがとう、貴方も思ったより気の良い人ね。私勘違いしてたわ」


 ある程度密林に侵入したあたりで、一行は休憩を挟んでいた。

 高所ではナイーゼやクグネリが、ペトリエの軽やかな密林探索に関心をしている。しかし道具を使っていなかったセイは、爪を使ったり跳躍したりと肉体労働していたため結構疲れてきていた。

「セイ、お疲れのようだな」

「こんなに激しく動き回ったの、初めてかも…」

 今セイはミカハチの小屋の上で、スーマグレオと並び寝そべって休んでいる。しかし相変わらずナイーゼ隊の者達が木々を伐採しており、うるさすぎてあまり気が休まらなかった。

「…ねえスーマ」

「どうしたセイ」

「あの機械、何とかならないの?電気で動くやつらしいけど、もっと魔法の道具で静かにできないものかしら?」

 セイは眉をひそめながら、立耳を手で押さえている。

 しかしその問いに答えたのは、スーマグレオではなかった。

『“乾坤の祭壇”は、領域内の魔力の動きに敏感(びんかん)です。強力な魔動機や閃紅砲(せんこうほう)を使うと、祭壇から遠い位置でも蔦植物に襲われるので注意が必要です』

「あ?」

『4人目の神徒は、初めて“乾坤の祭壇”に挑んだ神徒です。しかしマキエスの密林は強い魔力に反応する為、下準備の不十分だった彼女は霧の中に消えました』

「…あんたに聞いていないし」

 ミカハチの返答で機嫌を損ねたセイは、ひらりとミカハチの小屋から飛び降りる。

 そして、ミカハチから離れた木陰にとぼとぼ歩いていく。




「セイ、お前大丈夫か?なんかこの作戦開始のころから何か元気無いぞ」

「…そう見える?」

「そりゃあ、なあ」

 ミカハチから離れて適当な枝に座ったセイのもとに、スーマグレオも付いてきた。どうやら彼女は、気落ちしたセイの事を心配していたらしい。

「どうした、今回の作戦がそんなに不安か?確かに味方は少ないし、ヴォンダーンの作戦よりは危険だが」

「んー…」

「む、そこじゃ無い訳か」

 スーマグレオは少し考え込んでいる。

(寿命の話…あまりしたくないなぁ。それに神徒であるあたしが“護送機を信用していない”とか言うのもアレだし…)

 流石に全部話すのも憚(はばか)られるセイは、寿命やミカハチの次に不安な要素をスーマグレオに相談する。


 セイは言葉を選びながら、恐る恐る尋ねる。

「あのさ、スーマは…祭壇についてどう思う?」

「祭壇についてか、曖昧(あいまい)だな」

「スーマはご両親を祭壇のせいで亡くしているから…やっぱり憎い?」

「ああ、まあ…」

 しかし、スーマグレオの言葉は歯切れが悪い。

 顔を隠す彼女の表情は伺(うかが)い知れないが、セイはもう一歩踏み込んでみる。

「ペトリエは…たぶん、祭壇をすごい憎んでる。だからあたし、実はペトリエが暴走しないかを心配してるの。でもスーマは、なんだかペトリエと違う感じがする、気がする」

「…」

 スーマグレオは少し黙り込み、周囲を確認した上で、セイに顔を近付ける。


「誰にも言わないでくれよ?わたしはな、正直…祭壇を上手に利用できればいいなって思ってたんだ」


 それは、以前ヴォンダーン都市部で彼女から少しだけ聞いた話に近かった。

「利用…」

「ああ」

 スーマグレオは周囲を確認し直し、セイを抱き上げて膝に抱える。

「“機甲(きこう)の祭壇”を制御できれば、エリオンの暮らしはもっと豊かになる。“乾坤の祭壇”を制御できれば、食料にも木材にも困ることは無い。他のは知らんが、祭壇だって所詮(しょせん)は道具なんだから使い方次第なのかな…ってわたしは思うんだ」

「なるほど」

「わたしは元々、神徒が現れたら何としてもそいつに付いて行きたいと思ってた。最前線で祭壇の事が知れるし、わたしの夢を叶えるにはそれしか無いって。セイがわたしを選んでくれたのは願ったり叶ったりだったのさ」

「あー、そうだったのね」

「確かに両親の事やこの体の傷跡、思うところが無い訳じゃない。だけどあの事件の時はわたしもまだ小さすぎて、なーんにも覚えちゃいないしな」

(ペトリエとスーマは同じような境遇(きょうぐう)かと思ったけど、全然違うんだね…)

 セイは内心、かなり安心する。


 彼女の願いが“祭壇の制御”であれば、きっと封印された祭壇を調査したいのだろう。であればセイの使命とかち合うことも無く、祭壇を破壊しかねないペトリエと比べてかなり信用に足るという事になる。


 スーマグレオに抱えられるセイは、リラックスして頭を彼女にこすりつける。

「正直ね…ミカハチは信用ならないし、ペトリエに関しても不安があるの。だからさ、貴女を頼りにしたいの。お願いスーマ」

「ん?ああ、お前さんの不安はそういうのだったか。大丈夫、わたしはセイの味方だよ」

 スーマグレオが彼女の頭や頬を撫でる。

 セイは暫(しばら)く、されるがままにしていた。











 セイ達が進行を始めてかなり経った頃、“目的地”に到着した。


 そもそも一行を率いていたのは何故かペトリエで、強引な彼女がルートをすべて仕切っていた。しかし肝心のミカハチがそれに追従して何も言わないので、皆とりあえずそれに付いて行くことにしていた。

 そしてそれは、突然現れた。




「はー…やっと着いたわ!」

 最初に見つけたのは、ペトリエだった。

 彼女は興奮気味に、少し後方にいたセイに手招きをする。

「セイちゃんこっちこっち!着いたわよ!」

「え、ペトリエどうしたの?」

「いいから早く!」

 満面の笑みだったペトリエは、さっさと先行してしまう。

 そしてセイや他の面々も、彼女の後を追う。


 そこにあったのは、赤錆びた大きい乗り物だった。


 どうやら多脚の乗り物だったらしいそれは、成長する木々に絡まれてひしゃげている。しかしそれが背負う小屋は丈夫な作りだったらしく、一応その原型を辛うじて留めている。その容姿…皆にもそれが何か分かった。

「これ…護送機…?」

「その通り!」

 紅潮(こうちょう)するペトリエの藤色の瞳が、異様な輝きを見せる。




「これは御籠護送機四号、かつて史上初めてこの密林に挑んだ神徒の乗っていたものよ。そして…マキエスを主な探索場所にしていた私の父様が、5年前に、最後に私宛に連絡をくれた場所。父様は祭壇休止中に密林深部を探索していて、その最中突然再起動した祭壇のせいで行方不明になったの。父様を殺した“乾坤の祭壇”はここからそう遠くない…さあセイちゃん、一緒にあの恐るべき祭壇を封じましょうね!!」


 ペトリエの見せた憎悪の片鱗(へんりん)に、セイは何も答えられない。


見て頂いている方々に感謝します。

地球も寒冷化しねぇかな

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