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その2  死者と雪原の国

白猫少女は、六脚のロボと共に雪原を旅する。

雪原に点在する廃墟には、かつての文明の残滓が残っている。しかしそこに住む者は、そのほとんどが半分凍ったような屍だ。

そして少女は初めて、この世界を生きる人間に出会う。

 はらはらと舞う雪の中を、六脚の大きな機械が歩いている。


 真昼の雪模様で、機械の周りは見渡す限り純白の世界。しかしその機械は積もった雪に足を取られることも無く、軽快に歩を進めていた。

 そして機械の歩くその平らな場所には…建物のような四角い何かが散在している。




「ようやく景色が変わって来たじゃない」


 雪の中を闊歩する“御籠護送機(みかごごそうき)八号”の背負う小屋の中で、白猫少女セイは窓の外の景色を眺めていた。

 彼女がこの世界で目覚めて以来、御籠護送機八号…ミカハチの進路は今まで全て何も無い雪原だった。しかし今朝彼女が目覚めた時、既にミカハチはこの遺跡群?の中を進んでいたのだ。

「ミカハチ、そこら中にあるあの四角いのは何?」

 セイは小屋の中、動力室の金属扉を叩きながらミカハチに呼びかける。小屋の内外に発声器を持っているミカハチは、それに室内側の装置で応答する。

祭壇(さいだん)の領域内には、かつてその地に住んでいた人間達の作った建造物が残っている場合があります。その多くは既に使用不可能ですが、稀に有用なものが残っている場合があります』

 人が生きていた痕跡。

 それを聞き、セイは青と赤の眼を輝かせる。

「え、あれって家なの!?あたしちょっと見に行きたい!だって誰か居るかもしれないし、使えるものがあるかもしれないし!」

『セイ、その判断は有益だと思われません』

「もー良いじゃない、どうせ退屈なんだから!」

『了解致しました』

 この世界に転生して以来、セイはいつも暇を持て余している。折角の気晴らしという事で、セイはそそくさと身支度を始める。


 彼女はいつも小屋の中では脱いでいる、茶色の防寒着を羽織る。

 次に、壁に掛かっている魔法の杖を手に取る。

 そして小屋の扉を開け放ち、雪の舞う外の世界に踏み出した。






 四角い構造物の間、セイが軽い足取りで散歩をする。


 猫獣人の身体のセイだが、彼女の足跡はごつい靴の大きめなものだ。

 雪も降っているので茶色の地味な防寒着はフードまで被っている。

 そうして謎の棒…ミカハチ曰く“魔法の杖”を持って建物を見て回っている。

(…匂いも音もしない、やっぱりここには誰も居ないのかしら?)

 建物はどれも殆ど同じ構造で、窓や扉が同じような場所にあった。しかしそれらは割れたり取れたりしており、真っ当な形で残っているものは皆無だった。屋内には隙間から入り込んだ雪も積もっており、人の気配は…無い。


 とりあえず…セイは適当に近くの建物に入り、中を漁ってみることにした。


 その建材が何なのかはセイに分からなかったが、石や木材や金属などでは無いもっと高度な素材なのだけは彼女にも分かった。しかし中に家財道具などは一切無く、人が生きていたらしい形跡を見つけられなかった。

「もー、何も無いじゃない…」

 期待外れだったセイは、がっくりと肩を落とす。

 彼女は耳と鼻を動かしながら周囲の気配を探る。

(この感覚、転生前には無かった…と思う。やっぱりあたしの“元の体”はこんなじゃ無かったよね?)

 今のセイの白猫っぽい肉体は、聴覚にも嗅覚にも優れており探索が楽だ。

 そしてそれ以上に便利な力が、今の彼女にはあった。




 彼女はひとまず、建物の外に出る。

 同じような形の建物の間に居る彼女からは、周辺の様子が良く分からない。なので今出た建物の屋根を見上げ、セイは身を屈める。


 そして次の瞬間、彼女の体が宙に舞った。


 彼女は身の丈の何倍も高さのある建物の上に、跳躍して登ったのだ。

 この世界に転生して得たこの“神徒(しんと)”の身体は、セイの幽かな記憶にある“元のセイ”の身体と比べて全てが優れているような気がしていた。五感も運動能力も高いこの身体だけは、不自由を強いられるセイも気に入ってはいた。




 建物の屋上に飛び上がったセイは、周囲の景色を眺める。

(…まあ、そうよね。ここに来てそんな都合の良い事なんて無いか)

 セイは平坦な屋上の雪を踏み締め、建物の端まで歩く。

 セイの居る建物の周囲は…全く同じような箱型の建物が整然と並び立つ、無人の廃墟に過ぎなかったようだ。生物の気配も感じさせないこの遺構群には、乾いた風の音だけが響き渡っている。

 ここの探索についてミカハチが“有益では無い”と言った意味を理解させられたセイは、溜息と共に建物から飛び降りる。そして彼女は音も無くしなやかに着地すると、とぼとぼとミカハチの元へと帰って行った。











『もし退屈されているようであれば、当機が保有しているこの星の昔話や物語を聞いてみませんか?』




 周囲の景色が雪原から廃墟になったものの、まだまだ“祭壇”は遠いらしい。

 雪も強まって来たのでセイも小屋の中に引きこもっており、窓の外は相変わらず廃墟がぽつぽつと立つばかりだ。狭い場所に居るしかないセイは退屈でゴロゴロするだけだったので、彼女は仕方なくミカハチの話を聞く事にした。


「そもそもよ?あんたは毎日こんなに移動しまくってるのに、何でこの世界にはあたし以外に誰も居ない訳?本当に生き残っている人間が居るのか不安になって来たわ…」

 うつ伏せに寝そべって頬杖を突くセイは、寝床で尻尾をゆらゆらさせながら非常に不機嫌そうだ。今だってしかめっ面の彼女は、ミカハチの動力室の扉をじっと睨んでいる。

 しかし一定の速度で歩き続けるミカハチは、そんなセイの機嫌などお構いなしに淡々と応対する。

『神徒が封じるべき、悪しき“祭壇”。どういった経緯でこれが誕生したのかは不明ですが、数百年前に現れた祭壇は人間に害をなす存在で、人間の築いた国や文明を機能不全になるまで破壊してしまいました』

「…で、逃げ延びた人たちがどっかに居ると」

『はい、その通りです』

「まあ今のところ、この辺にそういう場所は無さそうだけどね」

 セイはむくりと起き上がり、寝床の傍にある丸窓から外の景色を眺める。しかし代り映えの無い景色を見飽きているセイは、寂しい廃墟を一目見てまた寝床に倒れ伏した。






 飽きて寝そうになっているセイに、ミカハチが滔々(とうとう)と語り出した。

『この雪と静寂の地は、かつて“アードゥラ”と呼ばれる国でした。そこら中で彷徨っている屍はかつての国民で、生者は現在1人も住んでいません』

「へぇ…じゃあ昨夜のあのゾンビ連中が、この延々と続く廃墟の住人だったって訳ね?」

『アードゥラの“冥府(めいふ)の祭壇”は屍を操ります。屍は普段雪の下に埋もれて眠っていますが、生者の気配を感じて起き上がり、その生者を殺害して仲間にしようとします』

()()()祭壇…ねぇ)

 この時点で、セイは内心嫌な予感がしていた。

 しかしそれを言葉にするのがセイ自身も嫌で、彼女はあえてそれを口に出すことはしなかった。


 セイはミカハチの中にたくさん備えられている、謎の固形食を口にする。

 非常に薄味でパサパサする焼き菓子のようなそれが何なのか、それもセイには分からない。特段腹が減る訳でも無いけれどやることも無い彼女は、寝そべりながらそのまま行儀悪くミカハチの話に耳を傾ける。

『神徒は皆、若くして命を落とした異世界人です。彼等の魂が異世界から聖地(せいち)へと導かれ、使命を果たす為の新たな身体が与えられるのです』

(“命を落とした”…か、あたしは元の自分の事を何も覚えていないけど。死んじゃった…っていうのだけは何となく覚えてる)

 セイが過去の記憶を思い出そうとしても、彼女の頭の中は(かすみ)が掛かったように(おぼろ)げだ。彼女は、かつての自分がどんな最期を迎えたのかも思い出せなかった。


『祭壇の正体は、出現から現在に至っても未だ不明です。分かっている事はただ2つ…祭壇が強い魔力を持つこと、そして祭壇が人間に害をなす存在だという事です』

 この世界の事にそこまで興味の無いセイは、やる気なさそうに自分の耳や尻尾を弄っている。しかしミカハチはそんな彼女に構わず淡々と喋っている。

『祭壇に対抗すべく、優れた魔術師達が作り上げたのが“聖地”です。祭壇に感知されぬよう隠れて研究を行っている彼等は、強い魔力を持った器に異世界人の魂を転生させる魔法を産み出しました』

 セイは自分の手に生えた鋭い爪をぼーっと眺めながら呟く。

「つまり聖地って、宗教的な何かじゃないのね。というか…その聖地に居る連中が祭壇をどうにかすればいいじゃない」

『聖地で作られる神徒の肉体ですが、元々は聖地の魔術師達が自らの魂を移す器として産まれました。しかし強い体にはこの世界の人間の魂が適合せず、最終的に異世界人に頼ることになってしまったのです』

「何それ、胡散臭(うさんくさ)いわね」

 実のところ、セイはミカハチの言う事をあまり信じていない。

 しかし現状…周囲にゾンビがうろつくこともあり、しかもそいつらがセイを狙って来る事も分かっている。そしてミカハチは今のところセイの味方で、しかも使命を果たせば元の世界で生き返ることが出来るという…。


 不本意ではあったが、セイは大きな溜息とともに吐き出す。

「…まあ、とりあえずやるだけやってあげるわよ。この世界の人間の事なんで別にどうでも良いけど、あたしはこんな生活嫌だからね!」

 どうせ首輪のせいで、ミカハチからは逃げられない。

 しかも逃げたところで当ても無く、外には敵も居る。

 セイは正直なところ、現状維持を選ぶしかなかった。











 その後、ミカハチはセイを乗せたまま廃墟群を進んでいった。

 廃墟は徐々にその密度が上がっていき、元々それらが町だったと分かる程になって来た。進路には高い建物もいくつか見られ、かつてこの地に高い技術を持った文明があった事を物語っていた。


 また…それとは別に、遥か彼方に大都市のような影が見えることもあった。

 晴れの間に望遠鏡でようやく見える程度だったが、それは近くの建物よりもはるかに巨大だった。しかしミカハチが“旧世界(きゅうせかい)”と呼んだそれが何なのか、セイにはさっぱり分からなかった。


 アードゥラの廃墟には屍人がそれなりに居たが…昨夜セイが見たような軍団では無く、単体もしくは数人単位で行動していた。彼らもミカハチを追ってはきたが、基本的にミカハチの移動速度に追いつけないようで、全て振り切ることができていた。




 そしてそんな中、それは起きた。

『当機の前方に、非敵性の存在を感知しました。接触を試みますか?』

 雪も止み、日もだいぶ傾いた頃。

 ミカハチが急に動作を停止してセイにそう告げた。

「え、何て?」

 半分眠っていたセイはミカハチの声で目を覚まし、寝ぼけ眼を擦ってすぐに窓の外を伺う。しかしセイの居る小屋はミカハチの背後に設置されており、ミカハチが“前方に居る”と言った者の姿は見えなかった。

『当機の前方に、非敵性の存在を感知しました。接触を試みますか?』

「何度も言わなくていいわよ!つまり誰かが居るのね!?」

 自分とミカハチ以外の、初めての“誰か”。

 冷たい無機質な物言いをするミカハチに嫌気が差していたセイは、血の通ったこの世界の人間との出会いを欲していた。


 一度足を止めたミカハチは、その後一直線にその“誰か”の所へと向かって行った。小屋の中からだと前方が見えないセイはと言うと…いつも居る小屋の上に飛び乗って、望遠鏡片手に座っていた。屋外故に寒くはあったが、それ以上に出会いを楽しみにしていたのだ。

 セイ達の前方に現れたのは、謎の乗り物。

 三輪のごついその乗り物は、黒光りする金属で覆われている。謎の機材が大量に乗ったそれは比較的状態の良い廃墟の横に停まっており、その脇で一人の人間が荷物を積み込んでいた。

 セイは嬉しくなって、ミカハチから飛び降りてその人間に駆け寄る。






「初めまして!貴方はこの世界の人間!?」

 セイは開口一番、弾む口調でそう尋ねる。


 彼女が初めて出会ったこの世界の人間は…セイより小さな子供だった。

 寒い土地だからか黒い毛皮の防寒着を着込んでおり、幼い体形で性別も分からない。耳当て帽子にゴーグル着用なので顔も半分隠れており、外観は色白の肌と浅葱(あさぎ)色の短髪だけが見えるのみだった。


 楽しそうに駆け寄ってきたセイに驚いたらしいその子は、セイの人ならざる姿にまず驚いた。

「えっ…君、その姿…?」

「そう!あたしは神徒よ!名前はセイって言うの!」

「白猫…?まあそうだよね、しかしもう次が来るとは」

「次…?」

「あーいや、時期的にさ」

 以前ミカハチはセイを“神聖な存在”だと言った。

 しかしこの子供は神徒セイを前にしても大して畏まりもせず、それどころかあまり興味も無いと言った雰囲気だった。しかもその子供は、セイの姿を上から下まで眺めてぽつりと呟いたのだ。


「…小さいし弱そう。君、すぐ死ぬだろうね」


 あんまりな物言いに、セイは眉を(ひそ)める。

「な、何それ!?あんた何なのいきなり!?」

「あんたって…僕の名前はオルミラだよ」

「そういう事を言ってるんじゃなくて!」

 抗議するセイだが、オルミラと名乗ったその子供は全く意に介さない。ここの廃墟で野営をしていたらしいその子は荷物を車両に乗せ、もう出発する構えだ。

「確か君は8人目の神徒…そうだよね?」

「あ、あたしは知らないけど…このポンコツの名前は御籠護送機八号よ?」

 セイは遅れて来たミカハチを紹介するが、オルミラはそちらを見もせずに車両の動力を弄っている。魔力で動くらしいそれは、オルミラが力を籠めると全体が光を帯びる。

「君も何となく分かっているんだろうけど…今までこの地には7人の神徒が現れて、祭壇に挑んで、そしてみんな死んでいった。過去にはとても強い神徒も居たようだけど、使命を果たせた奴は居なかったよ」

 どうやらこのオルミラという子は、セイが使命を果たせるとは到底思っていないらしい。改めてセイに向き直ったオルミラは、遠くに立つ建物群を指差す。

「あれ…遠くに見えてるあの辺がアードゥラの“元”王都さ。今や屍人が跋扈(ばっこ)する街に成り果てているけど、あそこに冥府の祭壇があるよ」

「それはあたしだって知ってるわよ。そもそも、貴方もこんな場所にいたら危ないんじゃないの?」

「屍人の中でも危険なのは、郊外や都内をウロウロする大人数の集団だけだよ。他のは足も遅いし武器も持ってないからね」

 そう言うとオルミラは車両に飛び乗り、セイとミカハチに手を振る。しかしオルミラは大きなゴーグルで目を隠しており、セイからはその表情が良く分からない。


「多くの人間を不幸にし、多くの神徒が挑んでは散っていった“祭壇”。君はあれを封じ、この世界を救う救世主になれるかな?もし仮に君が長生きできたら、君と僕がまた会う機会もあるだろうね!」


 そう言い残し、オルミラは颯爽(さっそう)と去っていった。

『オルミラ、ごきげんよう』

 ミカハチは静かに、オルミラに別れを告げる。

「むー…」

 しかし、セイはその後ろ姿に声を掛ける気にもなれなかった。






 オルミラの姿が見えなくなった後、セイはミカハチの鈍色円筒ボディに軽い蹴りを入れる。当たり所が良かったのか、ミカハチからはベコンという軽い音が響く。

「ちょっとあんた…神徒って偉い存在なんじゃないの?なんかあいつメッチャ無礼だったんだけど」

『神徒の使命は、人々に害をなす祭壇を封じる事です。困難ではありますが貴方ならきっと成し遂げるでしょう』

「あんたねぇ、また同じようなこと言って…」

『貴方はこの地に現れた8人目の神徒です。今までの7人は使命の中で命を落としましたが、彼等の積み重ねた経験が当機に残されており、使命の助けになっています』

(7人の、神徒…)

 半ば分かってはいた事だが、セイは身震いする。


 セイに随伴するこいつは、御籠護送機()()と名乗った。

 つまり今まで一号から七号までの護送機が居たという事だが…今に至るまで使命が果たされていない状況を鑑みて、つまりセイが転生して来るまでの7人と7機は失敗したという事の筈だ。そして今それをミカハチが明言したため、セイの疑念は確信に変わる。

 神徒の使命が…生易しいものでは無いという事を。


 セイは不安を振り払うように、ミカハチに語り掛ける。

「そ、それにしても…あのオルミラって奴、よくこんなゾンビまみれの場所に居たわよね。何者だったのかしら?」

『エリオンには“探索師(たんさくし)”と呼ばれる人間達が居ます。彼等は祭壇の領域内に残る遺物の収集を生業としており、祭壇封印の為に戦った過去の神徒も、祭壇付近で度々そういった人間と遭遇してきました』

「エリオン…?」

『ここから南方に人間の住む町“エリオン”が存在します。神徒を信仰する教団や、神徒の使命に協力的な武装組織も存在します。この地を拠点とすることを推奨します』

「何そこ、すぐにでも行きたいんだけど」

『人間の居住区は各地に点在していますが、この地点からは人の居住地よりも祭壇の方が近いです。なので先に祭壇攻略を行いましょう』

「あっそ…」

 そこまで聞いたセイは然憮(ぶぜん)とした表情になり、大きな猫耳も倒れてしまう。そして彼女はミカハチの小屋に乗り込み、2人の旅が再開された。




 屍人の街・アードゥラ王都は、もう近いらしい。

 セイの緊張は、徐々に高まる。

これを読んでくださった方に感謝を。

そこまで長い話にはならない予定です。

80話くらいで終わるといいな。

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