その15 祭壇と共に生きる者達
残り時間の少ない白猫少女は、次の目的地へと進む。
彼女の次の行き先は…霧で満たされた密林と、その傍にある小さな漁村だ。そこに住むのは神湖の街と違い、祭壇と共に生きるという選択をした者達。
この厳しい終末世界で、人々は強かに生きている。
未明の荒野を、数台の乗り物が列をなして進んでいる。
先頭に並ぶ車両は、屈強な男達と大量の機材を運んでいるようだ。道なき道を進んでいるため車両の動きは安定しておらず、しょっちゅう跳ねたりして載せている機材や人間を揺らしている。しかし、その駆動音は妙に小さい。
その後方、列の最後尾には六脚の機械と二輪の車両。
神徒を乗せた御籠護送機八号は、荒れ地だろうとお構いなしだ。六本の足で不格好に歩くこの機械だが、担いでいる小屋はほとんど揺れることがない。その小屋の開いた窓からは、白猫少女が外の様子を窺っている。
そしてそんな護送機の傍を、大量に荷物を載せた一人乗りの二輪車両が進んでいる。
ペトリエはミカハチと並走しながら、セイとお話をしている。
「うひー寒いわねぇ!セイちゃん、窓閉めといた方が良いわよー!」
「大丈夫だよペトリエ。あたし毛皮のお陰でそんなに気にならないの」
「ならいいけど…。そういえばスーマちゃんは?そこに乗ってないみたいだけど」
「いや、わたしもここにいるぞ姐さん」
セイのいる窓から、茶色の全頭マスクも外を覗く。
「あらスーマちゃん?そこに乗ってるとは思わなかったわ。確かミカハチちゃんには鏡幽会からもらった荷物をたくさん積んでたと思ったけど」
「荷物もあって狭いけどスーマはこっちがいいって」
「ふーん、そうなの?紅蓮隊の仲間もいるのに」
「わたしは何かナイーゼに嫌われてるからなぁ、紅蓮隊とは別行動させてもらってる」
図体の大きなスーマグレオは、窮屈そうにミカハチの小屋の中に納まっている。白猫少女と謎の全頭マスクが並ぶミカハチの窓際があまりに奇妙で、ペトリエは思わず軽く噴き出す。
今日はエリオン近郊にしては、珍しい快晴の日。
穏やかな大河を脇に見ながら、神徒を伴う隊列はゆっくりと進んでいく。
目指すはエリオン南方に存在するマキエス領だ。
日が昇ったころ、一行は巨大な橋の近くにある小さな施設に到着した。
今日セイ達はまだ暗いうちにエリオンを発ったが、明るくなるころには既にこの大河の傍を進んでいた。どうやらヴォンダーン南部の山地から流れ出ているこの川は、目的地の村近くまで続いているのだという。
まだまだ、目的地は遠いらしい。
「ねえねえペトリエ、これからこの橋を渡るの?というかここは何の施設なの?あと、到着までどれくらいかかるんだろう」
「ちょ、そんな一気に聞かないでよセイちゃん。順番に答えるから」
「だって気になることだらけで…」
「まあ、セイはそうだろうよ」
セイ達一行は、現れた大きな橋の近くで朝食にしていた。
探索師であるペトリエや紅蓮隊の面々は野営など慣れているようで、皆手際よく火を熾したり簡単な料理を作っていた。しかしかつての記憶でもそんなものが一切ないセイは、手持ち無沙汰にそれらを眺めるだけだった。
今はペトリエに焼いてもらったパンを齧りながら、セイがいろんな疑問を吐き出しまくっているところだ。
「せっかくここに停まったわけだし、一応説明しとくわね」
朝食を終えて皆が片づけをしているのを尻目に、セイと一緒に川を見ながらペトリエが周囲の色々に指を差す。
「この川の名前は、そのまんま“大河”よ。百年闘争より前にはちゃんとした名前があったらしいけど、もうそんな記録も残ってないの。そもそもこの辺に大きな川なんてこれしかないし、この名前で十分なのよね」
そう言いながら、ペトリエは次に川に架かる橋と対岸を指差す。
「で、この橋は“トルトワゴ大橋”。対岸がトルトワゴという国だからそう呼ばれてて、誤って誰かが渡らないように紅蓮隊の駐屯部隊が見張っているわ。ここの小さな施設はそのための屯所ね」
「トルトワゴ…確か“豊穣の祭壇”っていうのがある国ね。でもそれって、通行を管理しなきゃいけない程危険なのかしら?」
「勿論危険よ。行ったら帰って来られなくなる者が多くてね、エリオン長議会が越境を禁じているわ」
「ふーん…」
「それと私達が目指すマキエス漁村はこっちの岸だから、そもそも大河を渡る必要は無いわよ。まあこの調子なら昼頃には着くんじゃないかしらね」
「…もう、あたし達がどっちに進んでいるかもよくわからないよ。雪が無いから雪原よりはあったかい方なんだろうけど」
「今日はエリオンを出発してからずっと南にしか進んでないわよ?ちなみに標高もどんどん下がるし、気候は温暖になっていくわね。まあとはいえ、マキエスの辺りだって冬季はすごく寒くなるけど」
「…」
ペトリエは懇切丁寧に説明をしてくれている。
セイは、そういった雑談で自分の心をごまかしている。
自身の寿命。
ゴルクの警告。
ミカハチへの懸念。
そして…まだ見ぬ聖地への、尽きぬ疑問。
まともに記憶さえ戻らないセイは、度重なる精神的な負荷に耐えかねて深く考えることを放棄してしまっていた。幸い彼女を導いてくれる者達は多いので、今はただそれらに流されるままでいようと思ってしまったのだ。
大河の穏やかな流れを見つめるセイの双眸は…暗い。
その日の昼前、道中で一行は見知らぬ人間と接触した。
セイ達は既に、目的地であるマキエス漁村やその南に広がる海が見えるところまで来ていた。今や大河ははるか遠く、いつのまにか進む道の脇は深い森になっており、エリオン近郊では考えられないほど野鳥の姿がここでは見られた。
そして…そんな森の中から、一人の青年が飛び出してきたのだ。
「うわっとぉ!なんだお前ら、エリオンの連中か!?こっちに何し来たんだ??」
現れたのは、スーマグレオくらいの歳の青年だった。
背は高い方なのだろうが、対面するナイーゼとその部下達が大柄過ぎてそうも見えない。黒の短髪に浅黒い肌、顔立ちは優しげで、好奇心旺盛なその男は厳つい紅蓮隊相手にも全く怯まなかった。
ナイーゼとその部下が、セイを守るよう男の前に立ちはだかる。
「我々はエリオン紅蓮隊の部隊だ!神徒様が“乾坤の祭壇”攻略のためにマキエスでの滞在を求めていること、既にエリオン長議会の使者がマキエス酋長には伝えている筈だぞ!?」
「えーそうなんすかぁ?オレ知らないや」
「な、何だと!?」
「いや仕方ないじゃん?オレここ数日は村に帰ってないからさぁ」
そう言いながら、神徒という言葉を聞いた彼はナイーゼから離れ、興味津々で護送機の開いた窓を覗き込む。
「うわスゲー、ホントに神徒様じゃん!猫みてぇー!!」
「ひっ」
あまりに図々しいその男に、セイは寝台の上で縮まってしまう。
そんな彼女を見かねて、スーマグレオがそれを遮る。
「おいあんた近いぞ、セイが怯えてる」
「げぇー何だお前!?バケモノか!?!?」
「失礼だなあんた」
スーマグレオが割り込んでくれたお陰で青年は離れてくれ、セイも一息吐いて落ち着くことができた。
「悪いね神徒様、オレこういうの初めてでさ!」
「…こんにちは。あたしはセイ、8番目の神徒よ」
「しまった、オレ名乗りもしてねーじゃん」
そう言うと青年は居住まいを正し、爽やかな笑顔で自己紹介をようやくした。
「オレはクグネリ、マキエスの杣人だよ。もう見えてるし要らないだろうけど、せっかくだしオレ達の村まで案内するぜ」
特に危険ではなさそうだったため、一行はクグネリと名乗ったその青年と同行していた。彼は今、村のものだという荷台付きの小型車両に乗ってミカハチと並走している。
「乗り心地悪いだろ、あっちにいた方が良いんじゃないの?」
「いや…まあ折角だからね」
「いいけど酔っても知らんぜ?」
新しく出会ったこの青年とお話ししようと、セイはミカハチの小屋から青年の乗り物に付いた荷台に移動していた。そして彼女の護衛のため、スーマグレオも同じ荷台に乗っている。
クグネリはたまに余所見運転をしながら、荷台の2人とお喋りをしている。
「で、そっちの怖いお姉さんは何?すげー格好だけど」
セイを守るように傍にいる大柄なスーマグレオに、クグネリも気圧されているようだ。彼はやや硬い言葉だが、スーマグレオは気に留めていないようだ。
「わたしはスーマグレオ、ちなみにお姉さんじゃないぞ」
「え、男!?声からして女かと…いや、そう言われれば男か?」
「違う違う、たぶんわたしより兄さんの方が年上だろ多分。お嬢ちゃんとかでもいいよ」
「いやマジかよ、そうは見えねーけど?」
「わたしは17だよ」
「オレより一歳下かよ!?じゃあよろしくな嬢ちゃん!」
「急に軽…」
「じゃあさじゃあさ、折角だし色々お喋りしようぜ!オレってばエリオンに行ったことないし、前の神徒様がマキエスに来た時だってまだ生まれてなかったし、そもそも村が退屈でさぁー!」
2人とも年下だと分かった途端、緊張していたらしいクグネリの態度が一変する。
打って変わって無邪気な笑顔を向けられ、さすがのセイも警戒すべき相手ではないと判断してようやく肩の力を抜く。
『濃霧が立ち込めるあの密林の周辺一帯はマキエスという国です。国の中心部が植物に埋め尽くされており、僅かな住民が辺境に暮らしています』
まだ目的地にはもうちょっとかかるらしく、その上マキエスの事を良く分からないままエリオンを出発してしまったセイのために、ミカハチが簡単な説明を始めていた。
「すげぇ、護送機って喋るんだな。オレ知らなかったよ」
「そんなのミカハチちゃんだけよ。今までにはいなかったわ」
「喋れるって言っても実際は面倒なんだけどね…」
先行するナイーゼ隊をよそに、クグネリを中心にセイ達は盛り上がっていた。
ペトリエもクグネリの車両と並走し、お喋りに加わってきた。流石にミカハチは危ないので最後方を離れて走っており、今はセイの首輪越しに付いた発声器から説明をしている。
『かつての災厄の日に都市部が破壊されてしまったため、マキエス国民はその大半が郊外の村に集まっています。祭壇が生み出した密林の端で得られる果実や木材を利用し、祭壇との共生を図っているようです』
「おー、ちゃんと知ってんねぇ。確かにこの森の奥に昔の首都があってさぁ、まあ今はもう霧が深すぎるし危険だから近寄れねぇけどな」
「果物、木材…なるほどね」
確かに今セイとスーマグレオが乗る荷台には、クグネリが採取したらしい何かの実や食べられそうな植物が乗っている。
「でもこの森は、冬がどんなに厳しくてもそれに耐えることができるんだ。だからオレ達の村は食べ物にも焚き物にも困らいし、むしろ寒さの厳しい日は森の中の方が村より過ごしやすかったりするしな」
「…やっぱり貴方達、祭壇に困らされてはいないようね」
「え?そりゃ困ることなんてないし、むしろ助かっているぜ!」
ペトリエの問いに、クグネリは明朗快活に答えている。
(エリオンで聞いていた通りだ、やっぱり…)
黙って聞いていたセイは、今回の作戦における懸念点を思い出す。
そしてそれを補完するように、ミカハチが説明を淡々と続ける。
『マキエスの民は祭壇との共生を選んだため、神徒による祭壇封印に協力的ではありません。敵対してくるわけではありませんが、ご承知置きください』
そうこうしているうちに、一行は海辺の村に辿り着いた。
そこは、エリオンよりも小規模な漁村だった。
ここは密林から少し離れているためか、霧がそこまで濃くは無い。建物の多くも簡素なもので、エリオンと比べて文明レベルは低そうだ。
すぐ目に付くのは、港に並んだ木造の漁船だ。本当に木材には困っていないらしく、大小さまざまな船が港に並んでいたり、沖の方にも見えていたりする。周囲には獲った海産物の匂いが立ち込めており、嗅覚の鋭くなったセイは無意識に食欲がそそられる。
そしてもう一つ、漁村から少し離れた場所にも建物が集まっていた。それらは漁村から西に広がる密林沿いに存在し、切り出された木材や製造中らしい船の姿がぼんやり見えている。どうやらそちらが杣人…木を切ったり加工したりする者達の拠点らしい。
エリオンにはある工業的な物が、ここには殆ど無い。
海と森の資源で生活する穏やかな村…それがこの、マキエス漁村だった。
「ようこそ神徒様、何も無い所ですがゆっくりしていって下さいね」
「何か不自由があれば仰って下さい、できる限り対応させて頂きます」
セイ達一行が案内されたのは、村の外れにある小さな施設だった。鏡幽会の所有物だというそこは普段無人らしく、紅蓮隊の一行が簡単に掃除をしている。
先程マキエスの長だという2人の老人が挨拶には来たのだが、やはり前情報通りそこまで協力的な雰囲気は感じられなかった。やってくる村民も興味本位の者ばかりで、エリオンのように神徒を信仰している様子は見られなかった。
「話には聞いてたけど、エリオンとずいぶん違うんだね」
「神徒様、あまり気を悪くしないで頂きたい!!彼等にも悪気があってという事では無く、単にエリオンとここでは祭壇からの被害の深刻度が違うのです!!彼等には彼等の生活がありますから仕方ないですな!!!」
「…まあ、いいや。あたし達はあたし達のやるべきことをやるだけだよね」
「ええ、そうねセイちゃん。私達も手伝うから頑張りましょう!」
特にやることも無いセイは、ミカハチの屋根の上で足をプラプラしながら皆の動きをただ眺めている。セイにとってもマキエス民の無干渉はある意味新鮮で、期待されない違和感が妙に居心地悪かった。
「ここの人達は、祭壇も含めてあるものを生かして暮らしているんだね。不自由はもちろんあるんだろうけど、皆幸せそうに見えた」
「この村にとっての脅威ってたぶん嵐や寒波だからな…それを除けば平和なんだろうよ」
紅一点のスーマグレオはここでも紅蓮隊に加われないようで、彼女はとりあえずセイと一緒にミカハチで寝泊まりする準備をしている。どこか楽観的なスーマグレオだが、ペトリエは少し雰囲気が違った。
「あらスーマちゃん?“乾坤の祭壇”は今も少しずつ領域を拡大していて、マキエスの杣人が端っこを伐採しているから現状を維持できているのよ。それに全ての祭壇を封印できなければエリオンに平和は訪れない…わかってるわよね?」
「ん?あ、ああ…」
「御両親を祭壇に奪われた貴女だって、祭壇の恐ろしさは知っているでしょ?あの時の“機甲の祭壇”は過去に類のない動きをした…“乾坤の祭壇”だって、ずっと無害なんて保証は無いんだからね」
「…そうだな」
セイはそれを黙って見ながら、心中の不安を再燃させる。
(ペトリエ…やっぱりゴルクさんの言った通りなのかな?まああたしの使命を手伝ってくれるだけならいいけど)
「神徒様!今回の作戦を再確認させて頂きます!!!」
その日の夕方、一行は仮拠点で夕飯を採りながら作戦会議をしていた。声のでかいナイーゼが進行役となり、それに時折ペトリエが細くしながらゆったりと進行している。
「ここは旧マキエス国の領土で言うと東端に当たりまして、ここから西に広がる“霧の密林”が祭壇の領域になります!過去の記録から祭壇の位置は判明しているのですが、そこに至るまでいくつも問題があります!!」
話を聞く一行の中には、何故か今日出会ったクグネリも混じっていた。彼は作戦に興味が無いらしく気楽にスーマグレオに絡んでおり、彼がここにいる理由がセイにはわからなかった。
しかし、熱く語るナイーゼはビシッとクグネリを指差す。
「霧の密林の攻略における最大の問題は、植物の成長が早く地形が短期間で変わる点です!故に“現在の地形”を下調べし、護送機に適した順路を選定する必要があります!今回は現地民代表としてクグネリ君に協力をお願いする!!」
「あーい、良いっすよー」
「え、貴方も協力してくれるの!?」
セイは驚く。
どうやらいつの間にか、クグネリも祭壇攻略に加わってくれることになっていたらしい。しかし彼からは、大役を仰せつかったという雰囲気は微塵も感じられない…。
「とは言っても道案内役だけだぜ?オレは戦えないから危なくなったらずらかるから」
「それで構わん!ご協力感謝する!!」
「そういう事で、よろしくなセイちゃん!」
「貴様ぁ!?神徒様に馴れ馴れしくするな!!」
「へへ、そんな怒るなって兄さん」
「…ちなみに、何で貴方が選ばれたの?別に祭壇とかに興味無さそうだったけど…」
「あーそれはな…」
しかし喋るセイとクグネリを遮り、ペトリエが楽しそうに割って入る。
「マキエス密林で活動するには、ある特殊な技能が必要になるのよ。私はそれができるし、彼もできて、ナイーゼ隊も当然その訓練をしているわ。また密林調査で見せてあげるから楽しみにしておいてね♪」
密林で生きるクグネリや、精鋭部隊であるナイーゼ隊と同じことがペトリエにもできる…それはセイにとって疑問だったが、もう深く考えるのも嫌だった彼女はそれを無抵抗で受け入れる。
ここまでお付き合い頂けている方々に感謝を。
夏と言えば海ですよね。




