その14 秘められた憎悪
神徒は、祭壇攻略を推し進めねばならない。
逃げられない理由ができてしまった白猫少女は、危険へ立ち向かう事への忌避感と挟み撃ちにされる。しかし、彼女が使命を進めることを臨む者も多くいる。
悲願である仇討ちをなそうとする、復讐者も。
霧の立ち込める、未明のエリオン湖湖畔。
誰もいない祭祀場に、六脚の機械が佇んでいる。
『祭壇による大災厄の発生後、多くの人が祭壇の影響外であったエリオン湖近辺に集まりました。そのうち“エリオン湖が災厄から人々を守った”という信仰が産まれ、それがエリオン湖を神体とする鏡幽会の起源と言われています』
セイはミカハチの小屋の中、寝台に座って外の景色を眺めている。しかし周りは霧ばかりで、ここからでは鏡幽会の建物すら見ることができない。
『かつての五国には“エリオン湖の龍”という伝説がありました。困窮する人々に血を分け与える存在で、その血が高純度な魔法資源として活用できた、という話です。しかしその“龍血”及びそれを利用した魔具が発見された事例も無く、そもそも龍という生物の観測記録も存在しません』
昨日の出来事もあり、セイは無気力な状態になっていた。
ミカハチに告げられた衝撃的な事実を受け止めきれずに、こうしてただ黙って過ごしているのだ。ちなみにミカハチは今朝セイの指示に従いこうしてエリオン湖に来ていたが、当の彼女がこうして固まってしまったため今は好き勝手に喋っている。
『もし退屈されているようであれば、当機が保有しているこの星の昔話や物語を聞いてみませんか?』
「…勝手にすれば?」
『了解致しました』
…当のミカハチは、落ち込んだセイに全くお構いなしだ。機械故に感情を感じ取ることができないのか、好き勝手に喋ってセイを追い詰める。
『龍の伝説は、それこそ人類史の黎明期から存在していました。龍に出会った、龍に襲われた、龍の加護を受けた…様々な形で語られる伝説は、文明の発達と共に減っていきました。文明発展が頂点に達した時代でも彼等の痕跡は発見されること無く、やはりその存在は伝説に過ぎないと…』
(あたしの命…あたしの、残り時間…)
『しかしこの伝説は、百年闘争の最中に再び広まることになりました。絶えることのない闘争と広がり続ける凍土が多くの人間を絶望させ…その結果、原初の宗教である“星神信仰”が再燃したのです。星神信仰における龍は神の使いであり、不安定な世界の救済を求める者達が龍を探し始め…』
「…」
ミカハチの言葉は、セイに半分も届かない。
白猫少女は、ただ黙って寝台に倒れ込む。
セイが鏡幽会に戻ると、それを出迎える者達がいた。
「セイ様、おはようございます」
「神徒様か、こんな早朝にお祈りとは殊勝ですな」
エリオン湖から戻ってきた彼女を出迎えてくれたのは、大司教ジェフィオと紅蓮隊員カンデックだった。気落ちしていたセイだが、あまり心配させないように気丈に振る舞う。
実はセイは、ミカハチに告げられた寿命の話をランティ以外にしていなかった。
抱え込むにはあまりに絶望的な事実であったものの…“一度死んだのに蘇った”という幸運を一応受けてはいる彼女にとって、この厳しい終末世界を生きる人々相手に不幸自慢をするようで嫌だったのだ。
「おはようございます。ちょっと気分転換がしたくて…」
「いえいえ、それはとても良いことです。神徒様に神湖の御加護がありますよう」
…昨日ランティから聞いた話だと、ジェフィオは暫くエリオンを離れる予定だったという。つまりここに彼女がいるのは、鏡幽会にとっては予定外の筈だった。
「あれ、でも大司教さんは何でここにいるんです?ランティはどこかの調査に行ったって…」
「あの娘から昨夜連絡がありまして、“セイ様が不安そうになさっている”と聞きましたので急ぎ戻りました」
「そんな…あたしのためにすみません」
「お構いなく。神徒様が何より第一ですから」
寿命の話を秘密にするよう頼んだランティだったが、どうやら流石にセイを放置することはできなかったらしい。
しかし結果的に、セイの精神的不安が鏡幽会の予定を狂わせてしまったようだった。他人に迷惑をかけている現状と、使命に向かわねばならない事情…それらに胸を刺され、セイは静かに歯を食いしばる。
しかし…そんなセイを尻目に、カンデックはミカハチを観察している。
「…」
『カンデック、おはようございます』
「ふむ…」
黙って熱心にミカハチを隅々まで見るカンデックはそこまでセイに関心が無いらしく、ジェフィオも呆れたようにそれを諫める。
「こら、カンデック。神徒様や護送機に失礼の無いよう」
「む、すみません…どうしても気になることが」
(…?)
無気力なセイも2人の会話にあまり関心を持てず、黙って後ろで立っている。
しかし、そこでミカハチが妙なことを口走る。
『ジェフィオ、おはようございます』
その言葉…セイにとっては不可解なものだった。
「あれ…?ミカハチ、あんたジェフィオさんの名前を登録してたっけ?ペトリエとかスーマの名前はいちいち“登録します”とか言ってたくせに…」
『…』
「いや、なんで黙るのよ」
『…』
「全くこいつは…」
いつも通りのミカハチにイライラするセイだったが、カンデックもそれに呼応する。
「神徒様、この御籠護送機八号は俺の名前も知っていたようだぞ」
「えっ…?」
セイは彼の言葉に驚き、初めて出会ったヴォンダーン廃村の時を思い返す。
「…あ、確かにそうだった気がする。どういう事なのかしら…?」
この状況を訝しむセイだったが、カンデックは何かを確信しているようだ。彼はもう一度ミカハチを見ると、迷いなく頷く。
「ヴォンダーンの作戦の時からずっと思っていた…この機体、やはり御籠護送機七号なんだな。喋るなど細かな差はあるが、やはり間違いない」
カンデックの言葉が意味すること、それがセイには良くわからなかった。
「…七号?前の神徒もこの機械に乗ってたの?」
「間違いないと思う」
「何でそんな…というか何故そんなことがわかるんです?」
「俺は前の“7人目の神徒”とも共に戦ったんだ、ちょうどスーマのように護衛をしてな。彼も鏡幽会の世話になっていたから、大司教様の事も知っているんだろう」
「…護送機って、神徒が現れるたびに新しいのを聖地が作るんだと思ってました」
「いや、通常はその筈だ。しかし7人目は祭壇の攻略を途中で止め、聖地があると言われる雪原に向かい…その後消息を絶った。もしかしたら護送機七号だけが聖地にたどり着き、8人目であるセイ様のために改良されたのかもしれん」
「まあ、有効活用してる的なやつかしら?」
「なるほど…儂が最後に7人目の神徒様に会ったとき、あの方は確かに祭壇攻略より聖地探索を優先すべきだと仰っていた。その真意はもう知りようもないが、優秀だったあの方はもしかしたら何かに気づいておられたのかもしれん」
「…」
7人目の神徒について話を広げる2人。
しかしセイは、どこかぼーっとしている。
彼女はあれ以降、まっすぐミカハチを見ることができない。
カンデックが告げた話も、もしかしたら聖地の秘密に迫りうることかもしれないのに、彼女は全くそれに関心が向かない。御籠護送機八号を味方とすら思えなくなり始めており、しかしそんな機械と行動を共にしなければならない状況が彼女の心を締め続けている。
その日の昼、そんな傷心の白猫少女のもとにやって来る者がいた。
「セイちゃんこんにちは!ちょっとお話しても良いかしら?」
茫然自失なセイは鏡幽会に借りている自室に引きこもっていたのだが、そこにペトリエがやって来たのだ。彼女はヴォンダーン攻略時と似たような服装をしており、あの時も使っていた長身の魔銃まで抱えていた。
やる気のなかったセイは、やる気満々のペトリエの姿の少し驚く。
「ペトリエ…何その恰好」
「うふふ、もちろん決まっているでしょ?」
ペトリエから告げられたのは、今セイが最も聞きたくない一言。
「さあセイちゃん、次の祭壇攻略に行きましょう!」
セイは、顔を歪める。
どうやら実は“機甲の祭壇”以外がエリオンにとって重要ではないらしいので、ヴォンダーン攻略以降セイを急かす者は鏡幽会でも紅蓮隊でも居なかった。なので少し安心している部分もあったセイは、遂に現れた祭壇攻略の推進派に憂鬱になる。
「いやー…もうちょっと色々情報を調べようかなーっ…て」
「いやいや、貴女もわかっているでしょうけど行先は実質一択よね?あそこなら過去に封印されたこともあるし、小さいけど拠点にできる村もある。まだ迷いがあるかもしれないけど、そういうのはどうせなら向こうに行ってからにしましょうよ」
「えー…うーん」
「あ、セイちゃんは聞いたことある?あそこ一応小さな漁港があってね、そこに普通の人たちが住んでるの。元々の都市部は全部祭壇に破壊されちゃったからねぇ、唯一無事だった辺境の村に避難した形らしいわね」
「え、いやちょっと待ってよ。もう行き先が決定してもう行くみたいな話になってない?その辺はスーマや鏡幽会にも相談しないと…」
「あら?スーマちゃんだって両親を祭壇のせいで亡くしているんだし、きっと次の祭壇攻略を心待ちにしている筈よ?気にする必要は無いわ」
今日のペトリエは、妙に強引だ。
普段の雰囲気と少し違う。
しかし、たじろぐセイに構わずペトリエはさらに詰めてくる。
「今まで封印されたことのない“豊穣の祭壇”や“星神の祭壇”よりも優先すべきは、かつて2回封印されたことのある残りの一つ。次の行き先はもちろん、マキエスの“乾坤の祭壇”で決まりよね♪」
その日の夜から、急遽次の作戦会議が始まることになった。
場所は、鏡幽会の大講堂。
集まったのはペトリエとスーマグレオ、場所が鏡幽会なのでランティとジェフィオも居て、そこに何故かナイーゼとゴルクも来ていた。
「神徒様、まさかこんな急に次の行き先を決められるとは…。しかしマキエスに行くのであれば、いくつか注意して頂きたいことがございます」
この場を進めてくれるのは、大司教のジェフィオ。
セイはその隣で、静かに黙って聞いている。
…結局セイは、ペトリエの提案に乗ることにしたのだ。
彼女の強引さには違和感があったものの、いずれにせよ寿命を鑑みれば急がざるを得ないのだ。聖地に辿り着いたところで何が起こるかわからないが、セイはもうそれに縋るしかないのだから。
「かつて祭壇が暴走した“災厄の日”ですが、当時エリオン湖に集まってきた避難民の多くはアードゥラとヴォンダーンの民でした。マキエスの民は災厄を免れた自国領辺境の漁港に身を寄せる者が多く、現代のエリオンにもマキエス出身の者がほぼ居ません」
「住んでる人達の出身が違うんだ。でも交流とかはあるんですよね?」
「勿論ありますが…」
説明をするジェフィオの表情は険しい。
彼女の懸念は、セイの不安を煽るものだった。
「マキエス漁村はマキエスの民が治める町。あくまで彼らの町ですので、我々は余所者として滞在することになります。ヴォンダーンの時のように紅蓮隊を大勢連れ込むことはできませんので、精鋭を選りすぐって貴女の御供としましょう。あと、祭壇との共存という道を選んだマキエスの民の協力は見込めませんのでそのつもりで」
「しかし姐さん、いくらなんでも急じゃねぇか?」
「いいじゃないスーマちゃん。貴女だって待ち望んでいたでしょ?」
「あーいや、まあ…そうだな」
「何その煮え切らない感じ。折角なんだから一緒に暴れましょうよ♪」
次の作戦が決まったため、鏡幽会ではその準備が始められることになった。引き続きセイに付き添ってくれるペトリエとスーマは武装の話をしていて、ランティとジェフィオは食料などを備蓄庫に取りに行ってしまった。
そして、そんなセイの前にあの男がやってくる。
「神徒様!!マキエスには貴女を支援してくれる団体はないからな、紅蓮隊の精鋭である俺様と俺様の部隊が貴女の安全を保障しよう!!“乾坤の祭壇”は領域も広大だ、人手も必要になるだろう!!!!」
金髪、金の眼、金の鎧。
声も体もかなりでかい。
そいつはもちろん紅蓮隊の自称エリート、ナイーゼだった。
今回ばかりは断られないだろうという自信満々な態度で、彼はセイの目の前で胸を張っている。相も変わらず彼が苦手なセイだったが、今度はさすがに断る良い理由が思いつかなかった。
「あー…そ、そうね。よろしくお願いします」
「言っておくが俺様は頼りになるぞ!!紅蓮隊に入隊してもう10年以上も経っているし、実戦経験も…まあこの前のが初めてだが…一応ちゃんとある!!人望も厚いから俺様の部隊は統率にも優れ、紅蓮隊の中でも最強格なのだっ!!!!」
「は、はぁ…」
存在感と声と圧の強いナイーゼに対し、どうしてもたじろいてしまうセイ。
しかしナイーゼは、意外にも眉をひそめてセイの前に屈んだ。
「神徒様、何かあったのか?気分が優れないように見受けるが」
急に普通の喋り方をし始めたナイーゼに、セイは思わず面食らう。
「へっ?いやその、別に特には…」
「いや、スーマグレオの奴も言っていたが…神徒様は何か気落ちしておられるな。何があったかは知りませんが、心配事があればもちろんこの俺様を頼りにすると良いでしょう」
そこまで言って、ナイーゼは少しだけ口を閉じる。
そしてセイが何も言う前に、勢いよく立ち上がる。
「む、妙な言い方になってしまいましたな!!とにかく不安があったとて、この俺様が同行する以上無問題!!神徒様はどっしりと構えておられれば良いでしょう!!!!」
彼はそのまま、セイの返事を待たずに足早に去ってしまった。
ナイーゼを茫然と見送ったセイの所に、何故かここに居るゴルクが様子を見に来る。
「アララ、ナイーゼったら相変わらず不器用ねぇ。セイちゃん大丈夫?」
「だ、大丈夫です。ちょっと驚いただけで」
「あいつも色々あるみたいだけど、悪い奴じゃないの。嫌わないであげてね」
(なんか…前にもスーマが似たようなこと言ってた気がする)
よくよく思い返してみれば、確かにナイーゼはセイの事を心配したような対応が多かった。最初は彼の高圧的で自尊心の強そうな態度が嫌だったが、もしかしたら彼は意外と“ただ不器用で優しいだけ”な気もしていた。
「そういえば、ゴルクさんってナイーゼさんの事よく知っているんです?」
「まあそこそこ?あいつアタシの1歳年下だから、小さい時から絡みがあったりなかったり。あいつのことは見てればそのうちわかってくると思うわ」
「ふーん」
しかし、そもそもセイとあまり関係の無いこの魔技師がここにいる理由がセイにはわからなかった。親しいというペトリエとそこまで言葉を交わしている様子もなく、そもそも何をしに来たのかすら不明だった。
気になってしまったセイは、彼に尋ねることにする。
「…というか、ゴルクさんは何でここに来たんです?ペトリエの武器の調整はこの前お店でやってたみたいだし」
「あー…」
ゴルクは困ったように頬を掻く。
彼は離れたところによるペトリエの様子をちらりと見た後、窓の外に見えていたミカハチを指差した。
「…ねえセイちゃん、貴女の使っていた武器を見てみたいの。ちょっと付き合ってくれないかしら?」
ゴルクの頼みに付き合い、ミカハチの所に来たセイ。
彼女はゴルクに見せるため、ミカハチの小屋から蒼焔杖を取り出し、それを彼のところまで持ってくる。
「あのー…コレですか?でもこれこの前、紅蓮隊の基地で試射してたのを貴方も見てませんでしたっけ?」
「セイちゃん」
ゴルクは、真剣な眼差しでセイを見ている。
先程彼が告げた言葉が建前だったと、セイにも分かった。
「な、何?」
「ゴメンね、2人きりで話したいことがあったの。貴女がマキエス遠征に行ってしまったらもう伝えようがないし、でも伝えておかないとマズいと思うから」
「え、何かそんな不穏なこと言われると怖いんですけど」
「…」
ゴルクは黙って、屋内の様子を窺う。
セイもそれにつられ、視線がそちらに向く。
彼の視線の先…ペトリエがスーマグレオと一緒に、お互いの武器を見比べて何かを語り合っている。こちらに気付いては居なさそうだ。
それを確かめたゴルクは、セイに顔を近づけて囁いた。
「あの娘には言わないでね。ペトリエのお父さんはアタシの師匠で探索師だったんだけど、あの人はマキエス旧市街の探索中に命を落としているの…5年くらい前の事よ。だからペトリエは“乾坤の祭壇”を憎んでいて、恐らくあれの破壊を目論んでいる。貴女と一緒に行動しているのは恐らくその為よ」
それは、セイにとってそこまで驚く事ではなかった。
「…ああ、ペトリエがあたしに付いて来てくれたのはその為だったんだ。危険なヴォンダーン攻略まで何で一緒に来てくれたか疑問だったけど、ようやくスッキリしたかも」
しかし、ゴルクは難しい顔のままだ。
「あのね、そうじゃないの」
あまりに迫真な彼の態度に、セイは生唾を飲む。
「お母さんを早くに亡くしているペトリエはお父さんをとても愛していた…だから、あの娘の憎しみはきっと生半可なものじゃないわ。正直なところ、目的のためなら貴女を危険に巻き込むことだってやりかねないと思うの。祭壇攻略という面では確かに味方だけど…それでも注意して欲しいの、貴女のためにも」
読んでくれている皆様に感謝します。
人は見かけによらないですものね。




