その13 追い立てるもの
2つの祭壇を攻略し、神湖の街でゆったりと過ごす白猫少女。
何かと理由をつけて次の一歩を渋っていた彼女だったが、どうしても先に進まねばならない事情が発覚する。
救世主として彼女を求めてきたこの世界は、彼女に対して冷酷だ。
何もない広場のような場所で、白猫少女が杖を構えている。
セイは今日、エリオンの外れにある紅蓮隊本部を訪れていた。そこで彼女は練兵場に行き、魔法の杖“蒼焔杖”の練習をしに来ていた。
…そしてその場には、野次馬も。
「神徒様の技をこの目で見られるとは何たる幸運!!歴代の神徒の皆々様も人間を凌駕した魔力量を持っておられたが、きっと貴女様も凄まじい力の持ち主なのだろう!!」
「おいナイーゼ、煩過ぎねぇか?あんた元々声でかいんだからよ」
「なぁんだと貴様!?スーマグレオお前、この俺様に向かって何たる言い草!!なんで10歳近く年若い娘に説教されねばならんのだ!!!」
「うるさっ…セイちゃーん、こっちは気にしないで好きにやってねー」
セイの練習にはスーマグレオやペトリエ、ナイーゼを始めとした紅蓮隊員、なぜか居る魔技師ゴルクなど大勢が見に来ている。そんな大衆の視線に晒され、セイは辟易としながら猫背になっている。
「…ねぇ、なんで皆あたしを見に来てるの?放っておいていいよ」
追い払うように白い尻尾を振るセイだが、最も近くで見ているゴルクは全くそれを気にしない。
「そんなの決まっているじゃない。神徒の持つ魔道武器は聖地で作られたものらしくてね、エリオンどころかヴォンダーンの技術すら遠く及ばない高度なものなのよ。一介の魔技師としてはそれを見られる機会なんて…ねぇ♪」
「あー、そういう…」
手元まで覗き見られるのは不愉快だったが、それでも折角来たのだから練習するというのに変わりはない。
セイは杖の末端を肩に充てる。
そして先端にある宝石のような石を、前方の的に向ける。
セイが引き金を引くと、杖先端に熱が灯る。
そして生まれた火球は真直ぐ飛び、的に当たって爆炎を上げる。
「さすが神徒様、完璧な射撃だ!!」
「威力的にはまあまあだけど、かなり魔力効率が良いわ。使用者の負担を最小限に抑えることができる設計…過去の神徒の武器と設計思想は近いわね」
「お、コレかなり軽いな。あのセイが軽々扱えているのはそういう事か」
セイが数発撃った後、彼女の休憩中に野次馬達が群がって来ていた。
着弾した的周辺に集まる彼らを遠目に見ながら、セイはミカハチの小屋入り口に座っている。ちょっとだけお疲れなセイだったが、そんな彼女の元にペトリエがやってきた。
「お疲れセイちゃん。納得のいく練習はできた?」
「うーん、正直よくわかんない」
「あれ、他の誰にも使えないのに?」
「それもわかんないよ。引き金を引くだけなのにね」
…セイの蒼焔杖は、彼女以外の誰も扱うことができなかったのだ。そこにいる大勢が試したものの、引き金を引いても何も起きなかった。
そしてその答えは、ミカハチから告げられた。
『当機の兵装は、基本的に神徒の助力無しには起動することが出来ません』
「それって、あのバリアと大砲だけじゃないのね」
『はい、その通りです』
「あたしの負担大きくなぁい?」
セイは不平を言うが、ミカハチはそれに何も答えない。
…そして不意に、ペトリエがセイに尋ねる。
「ねえセイちゃん、そろそろ次の行き先は決めた?」
「…」
「あ、気を悪くしないでね!別に急かしている訳じゃ無くて、当然私も付いて行くつもりだからよ?決まったら色々準備もしたいしねー」
「ご、ゴメンね。ほとんど決めてはいるんだけど、鏡幽会で色々調べたりもしてて…。あとあの杖の練習もしたかったし」
「まあそうよね、不安もあるわよね。まあ決まったら教えてねー」
痛いところを突かれて、セイは微妙な表情になる。
そもそも、セイが今ここにいる本当の理由がそれだったからだ。
残りの祭壇が全て危険だと聞いてしまったセイは、何かと理由をつけて次の祭壇を目指すのを先送りにしていたのだ。ヴォンダーンの祭壇を停止させて既に10日以上…それに触れるものがついに現れて、セイは沈んだ気分になる。
「聖地に関する資料…ですか?」
いやな話題に触れられてしまったセイは、ミカハチと共にエリオンへと帰っていた。そうして鏡幽会まで戻った彼女は、“聖地について知りたい”という理由を適当に挙げてランティと共に鏡幽会の書庫に潜り込んでいた。
不純な動機のセイに対しても、ランティは純粋に応じてくれた。
「セイ様、実は聖地に関する資料ってほぼ存在しないんです」
「え、何で?」
「聖地はそもそも、祭壇に対抗するために賢人が作ったものだと言われています。つまり聖地ができた時点で旧五国は崩壊していましたから、聖地に関する情報って神徒や護送機くらいしか無いんです」
「えー…」
「ただ、過去に探索師がアードゥラ領で発見した映像資料なら存在しますよ。劣化が酷くて音声の一部位しか判別できておらず、実際に聖地に関する資料なのかは微妙ですけど」
「え、そんなのあるの?聞いてみたい!」
「ええ。御用意致しますね」
セイの下心とは裏腹に、ランティは喜んでセイの頼みに応じてくれる。ただ次の使命から逃げたいだけの彼女には、ランティの純粋さが逆に辛くもあった。
『……により……ごこ…けん…つである…しんせい……ました。この…せい…けん………ろのば……りゅ…かん……をおこない、それを……にせ…』
ランティが用意してくれた映像装置はアードゥラで発見された遺物らしく…その装置とデータの状態が悪いからなのか、映し出された映像は何が何だかわからなかった。セイはそのノイズ交じりの音声から、何とか単語を聞き取ろうとする…。
「…ねえランティ、これって本当に聖地に関するものなの?」
「アードゥラ国が崩壊した後の映像なのかも不明確でして、聖地に関するものなのかは正直…。“神聖”や“聖剣”、“龍”といった単語が神徒や聖地に関係していそうなので、鏡幽会では一応そうだということになっています」
「単語ねぇ…言葉の断片がたまたまそう聞こえるだけっぽいけど。特に龍なんて全く関係なさそう」
「いえいえ、一応関係があるにはあるんです。我々が信仰するエリオン湖にはかつて龍がいたという伝説がありまして、星神信仰の中でも重要な使徒とされる龍が住んでいたという事からエリオン湖は“神湖”とされているんです」
「え、本当に龍なんていたの!?」
「いいえ、確かな証拠はありませんわ。特に五国時代はポセナ教国が星神信仰を推していましたから、星神の使者である龍がどうとか…そう言った話がたまたまアードゥラに流れただけの可能性もありますわね」
「なーんだ、この資料も聖地の手掛かりにはならなさそうね」
セイはそう言いながら、ちらりとランティの表情を盗み見る。
聖地や神徒に関する話題が好きだという彼女は楽しそうに応じてくれるが…もしかしたら彼女もセイが次の祭壇へ行くのを望んでいるのかもしれない。しかしセイは怖くて、ランティに次の話をすることができなかった。
鏡幽会にある資料に大したものはなく、すぐに時間潰しのネタは尽きてしまった。
だらだらとしようと考えていたセイにとってそれは不都合だったが、しかしそれ以外にいい感じな話を聞けそうもない。
そこでセイは、不意に良いことを思いつく。
「あ、そうだ」
セイは自分の黒い首輪を爪で軽く突く。
「ねえミカハチ、聞こえてる?」
『セイ、ごきげんよう』
「あんたさ、聖地について何か知らない?とりあえず知っていることを全部言ってみてよ」
『了解致しました』
聖地で作られたというミカハチにこそ、何か重要な情報が眠っているかもしれない。セイも今までミカハチに対して進んで質問をした訳ではないので、何か新情報が手に入るかもしれないと彼女は考えたのだった。
『祭壇は全てを封印状態にする必要があります。今までの神徒達のお陰で祭壇同士が共鳴していることが分かっており、封印した祭壇もこの現象によって時間経過で再始動してしまいます』
『祭壇に対抗すべく、優れた魔術師達が作り上げたのが“聖地”です。祭壇に感知されぬよう隠れて研究を行っている彼等は、強い魔力を持った器に異世界人の魂を転生させる魔法を産み出しました』
『聖地で作られる神徒の肉体ですが、元々は聖地の魔術師達が自らの魂を移す器として産まれました。しかし強い体にはこの世界の人間の魂が適合せず、最終的に異世界人に頼ることになってしまったのです』
『使命を果たした神徒は聖地へと導かれ、元の世界に元の肉体で蘇ることになります。しかもこの世界で神徒として得た力をも保持した状態で帰還できるのです』
『聖地が祭壇攻略のために“神徒召喚”を行うようになったのは、今から100年以上前のことです。異界から強い魂を呼び寄せて神徒の器に納め、守護者である護送機と共に送り出すのです』
しかし…ミカハチから出てきた言葉に目新しいものはなかった。
ランティは目を輝かせていたが、一通り聞いたセイは溜息を吐く。
「なんか、聞いたことのある話ばっかね」
「え、そうなのですか?」
「まあしょうがないよね、仕方ないか」
これ以上聖地の話題を引っ張れそうもないセイは、諦めて書庫を後にする。
どのみちセイには、次を目指す気なんてさらさら無かった。
セイはエリオンを離れ、静かなエリオン湖の畔へとやって来ていた。
ここは普段鏡幽会が使う湖畔の祭祀場とは違う場所で、北方の雪原に近いため人気も少ない。今日は日が出ているもののやや風が強いので湖面には波が立っており、冷たい風をセイはその身に受ける。
「セイ様のお気持ちもわかります。見知らぬ土地で危険な戦いに身を投じる…気が進まないのも無理はございません」
湖畔に座って波を眺めるセイに、ランティが言葉を投げかける。
「でも、きっとセイ様に期待を寄せる人がエリオンには居るでしょう。前の6人目と7人目の神徒様は共に“冥府”、“機甲”、“乾坤”の3つを封印しましたから、8人目であるセイ様がさらに祭壇攻略を進めるだろうと思う者が多いのです」
「…」
「でも、私としてはあまりセイ様に無理をして欲しくないと思っています」
ランティもゆっくりとセイの横に座る。
いつもより厚着をしている彼女は、若草色の瞳でセイの顔を覗き込む。
「この世界の事情は、セイ様にとって関係の無いことでしょう。祭壇を含めた今あるこの現状は、かつてこの世界の者たちが積み上げた過ちの堆積です。貴女が使命を果たさなかったとしても、誰にもそれを責める権利はございません」
「…本当に、そう思う?」
「少なくとも私はそう考えます」
ランティの言葉は、使命を嫌がるセイにとってありがたいものだった。そしてセイはそれを聞き、誰にも言えなかったある考えを話す決意をする。
「もしかしてだけど、祭壇ってわざわざ全部封印しなくてもいいんじゃないかな」
流石にランティの顔を見れないセイは、青と紅の双眸で湖面の波をじっと見つめる。
「…ねえミカハチ、休止している祭壇ってそのうち再起動するらしいけど、それってどのくらいの時間がかかるの?」
セイの問いに、後方に佇むミカハチが答える。
『祭壇の再起動については、封印中の祭壇数が関係しているようです。再起動までにかかる期間ですが、1つだけ封印されている場合は300日程度、3つの場合は1000日程度かかるようです』
「ふーん、結構長いのね」
ミカハチの回答は、セイの予想通り。
次にセイは、ランティの方を見ずそのまま問う。
「ねえランティ」
「何でしょうセイ様」
「今まで聞いた話をまとめると、祭壇は5つあるけどエリオンにとって危険なのって全部じゃないよね?」
「…ええ、私たちにとって危険なのは主に“機甲”であって、他の祭壇はそこまで危険ではありません。比較的近い“冥府”による害も軽微で、その他3つは稼働していても我々は困りませんね」
ランティの返答も、セイの想定範囲。
そしてセイは…ずっと思っていた秘めた考えを打ち明けた。
「じゃあ例えばだけど、時間が経ってまた“機甲の祭壇”が再起動したらさ、それをすぐにあたしが封印すればいいんじゃない?そうすればヴォンダーンの機械の兵隊もエリオンの方に攻めて来ないし、もうそれで十分なんじゃない?」
これはセイがエリオンの事情を知って感じた事だ。
“全ての祭壇を封じる”という神徒の使命はあくまで聖地の都合のようで…エリオンの抱える問題とは無関係のようなのだ。鏡幽会で得られた情報から察するに…殆どの祭壇はその近辺にしか悪影響を与えていないらしく、エリオンにとってはどうでもいいらしい。
つまり、神徒が定期的に“機甲の祭壇”にだけ対処し続ければエリオンの平和は保てるのだ。聖地や護送機、他の祭壇の領域に住む者達を犠牲にさえすれば、なのではあるが。
セイは怖くて、ランティの顔を見ることができない。
どんな顔をしているのか想像するのも恐ろしい。
しかし…彼女の返答は、セイの望んだものだった。
「…なるほど、考えたこともありませんでした」
その声色は、明るい。
セイもぱっと顔を上げる。
「え、本当!?」
「今までの神徒様は…神徒の力を振るうのを楽しむか、善意で祭壇攻略を進めて下さるか、使命を嫌ってエリオンを去るかのどれかでした。確かにここに留まるというのも一つの手なのかもしれません」
「そう…そうよね!これだって立派な作戦よね!だってこれが上手くいけばエリオンは平和でいられるものね!」
「あはは、聖地の賢人がどう思うかは不安ですけど…彼らと接触した記録もありませんし、この方法ならもしかしたら数十年の平穏が得られるかもしれません」
ランティは子供だが、彼女は鏡幽会の司祭であり大司教の孫だ。彼女の同意が得られたという事は、ことが上手く進む可能性も高い。
笑みを隠せないセイの口角が上がっている。
爽やかな冷たい風に、彼女の白い毛並みがなびく。
『セイ、その判断は有益だと思われません』
しかし、セイの名案に水を差す者が。
来ると思っていたセイは、憮然とした表情で背後を振り向く。
「…ミカハチ、何か文句が?」
『はい、その通りです』
どうやらミカハチは、セイに反対するつもりのようだ。予想していた事とはいえ…浮かれていたセイの尻尾が垂れ、彼女は大きな溜息を一つ。
「まあそうよね、あんたは聖地で作られた護送機だから、どーせ“ちゃんとやれ”って言うんでしょうけど」
『はい、その通りです』
聖地の手先である護送機は、やはり聖地の都合を推してくる。
わかりきった対応だったが、セイは苛立ちながらミカハチに歩み寄る。
「あのねぇ…確かにあたしは元の世界で死んじゃって、聖地の賢人とかいう人達のお陰でこうして別世界とはいえ生き返ることができた…それは確かに感謝してる。だけどさ」
セイはミカハチを鋭く睨みつける。
「それはそれとして、こんな危険な使命を押し付けるなんてどうなの!?あたしまだその賢人とかいう人達に会えてもいないんだけど!祭壇が何なのか、何で封印しなきゃいけないのか、そもそも賢人ってのが何者なのか…何も説明されないんだから、あたしだって簡単に従いはしないわよ!!」
この世界に転生して以来溜まり続けていた鬱憤を叫びながら吐き出し、彼女はミカハチに背を向ける。
『…』
しかし…意外にも、怒鳴られたミカハチは黙っている。
即しょうもない返事が来ると思っていたセイは、この機械の沈黙が不気味で仕方なかった。尻尾をゆらゆらさせ、落ち着かないようにそわそわし…しびれを切らしてミカハチに食って掛かる。
「何とか言ったらどうなの!?」
憤慨するセイに対し、ミカハチは本体頭部の赤いランプを彼女に向けて冷徹に告げた。
『聖地の研究によると、神徒の肉体は耐用期間がおおよそ500日です。また、それは閃紅砲を使用することでも減少しますのでご注意下さい』
セイは一瞬、理解できなかった。
背後でランティの息をのむ音。
雲が日を遮り、周囲の景色の彩度が下がる。
「…は?」
セイが絞り出せた言葉はそれだけだった。無意識に手が震えており、しかしそれを抑えることもできない。無気力にただミカハチを見つめることしかできない彼女に、ミカハチは同じ言葉を繰り返す。
『聖地の研究によると、神徒の肉体は耐用期間がおおよそ500日です。また、それは閃紅砲を使用することでも減少しますのでご注意下さい』
「あ、あたしの…身体…?耐用って何なのよ…もしかして、その…固有魔法が使えなくなる…とかだったり?」
『いいえ、そうではありません』
「じゃあそれなら…例えばあたしの魔力が尽きたり…とか?それであんたを動かす力すら無くなる…みたいな感じ?」
『いいえ、そうではありません』
「…そう…つまり、やっぱりそれは…あたしの、残りの…命…」
『はい、その通りです』
「…」
脳が理解を拒む。
縋るようにセイはランティに視線を向けるが、彼女の表情は悲痛なものだった。
「ランティ…」
「セイ様、その…神徒の寿命に関する知見なんて鏡幽会にも無いんです。先程お伝えした通りエリオンに留まった神徒様は未だおらず、祭壇攻略を行った神徒様は途中で皆命を落としています。私が知る限り…最も長かった神徒様でさえ、200日も活動期間は無かった筈です」
「ああ…そっか、今までの神徒は寿命以前に祭壇との戦いで死んじゃってたのね…。それはそうか、当り前よね…」
心の籠らない空虚な言葉が、セイの口から漏れ出す。
彼女はしゃがみ込み、顔を覆い…しかし涙は流れなかった。
そんな彼女に、ミカハチは淡々と言葉を続ける。
『神徒の使命の果てに、この世界に住む全ての人々の平和があるのです。この厳しい世界をより良くするために、当機と共に頑張りましょう』
「…あんたは、一体何なのよ?あたしの味方じゃないの…?」
『当機の名称は「御籠護送機八号」。神徒の使命を補佐し、貴方を聖地へと導きます』
機械である護送機の吐く言葉は、凍り付くほどに無情。
これにお付き合い頂けている皆様に感謝します。
心温かい機械っていいですよね。




