その12 終末世界の市井
2つの祭壇を封じ、神湖の街に帰還した白猫少女。
そこまで使命に前向きではない彼女は、ようやくゆっくりと神湖の街を見て回ることにする。
この終末世界を生きる市井の人々を、セイは垣間見る。
奇妙な六脚ロボが、穏やかな湖面に向いている。
「昨日はお疲れ様でした。セイ様もお疲れでしょうから、しばらくはこのエリオンの町でゆっくりして下さいね♪」
セイ達がエリオンに帰還した翌朝、彼女は鏡幽会に呼ばれて早朝の祭事に参加していた。司祭ランティ曰くこれは“神徒生還を神湖に感謝する祭事”らしいが、セイが初めてエリオンを訪れた時の祭事と見分けが彼女にはつかなかった。
今はちょうど祭事を終えたところで、セイはランティと並んで湖畔で寛いでいる。昨日までのヴォンダーン攻略で終始気を張っていたことや昨晩寝付きが悪かったことが重なり、だいぶ眠いセイは牙を剥いて欠伸をしている。
「ふわぁ…疲れが取れない」
「ヴォンダーンの“機甲の祭壇”が停止したおかげで、かの国にいる機兵も活動を止めました。紅蓮隊の多くはしばらく廃材集めで忙しくなるでしょうから、セイ様もあまり急がなくても良いでしょう」
「え、もしかしてスーマもまたヴォンダーンに戻っちゃったの?」
「さあ…誰が行く等までは私も存じ上げませんが、過去の事例だと神徒随伴の隊員はあまりそういう仕事をしない印象です。確かお婆様がそう言っていたような」
「そう言えばジェフィオさん…いえ、大司教様は?さっきまで居たと思ったけどもう居なくなっちゃったよね」
「ああ、お婆様なら今日調査隊と共にトルトワゴ大橋の方に行く予定で、もうそろそろ出発なのでもう行ってしまいましたわ。たぶん今日中には戻られないでしょう」
「またどこかに行くの?あの人忙しいのねー…」
エリオンの人々はどうやら忙しそうだが、セイとしては別に急ぐ気もさらさらなかった。今もミカハチの小屋の上に座り、湖面を走ってくる風を気持ちよさそうに受けている。
セイの群青の髪と真っ白な毛並みが、風に靡く。
ミカハチも急かしてこないので、セイとしてはすぐ次の祭壇に向かうつもりも無かった。それよりも彼女は、こんな厳しい世界で暮らすエリオンの人々の暮らしに少しだけ興味を持っていた。
セイは今日、この終末世界の日常を垣間見ることにする。
「あ、神徒様だ!」
「神徒様、祭壇を封じて頂き感謝します!」
「わーい神徒様!こんにちは!」
セイはランティに導かれ、ミカハチと共にエリオンの町の大通りを進んでいく。セイがミカハチから離れられないので一緒に移動するのは仕方ないのだが、町中を進むミカハチは否が応にも目立ってしまう。今も大勢の人がセイに視線を投げかけてきており、慣れないセイは落ち着かないでいる。
ミカハチから降りてランティと一緒に歩くセイは、小声で彼女に尋ねる。
「ねえランティ、もっと目立たない道とかないの?」
「護送機が通れる道となると選択肢が少ないですね。祭壇発生以前はこのくらいの大きさの乗り物が良く使われていたようで、アードゥラやヴォンダーンの都市はそれ用に舗装された広い道が存在していますが…」
セイの見える範囲、確かに車のような乗り物はそこまで多くない。見える範囲にあるのはペトリエが使っていたような二輪車だけで、どうらやエリオンではそもそも広い道が必要ないのかもしれない。
「うーん、まあ…ここじゃ広い道は要らなさそうね」
「そうですね、エリオンにも一応四輪車両はあるんですが…その一部は鏡幽会と探索師が、残りの大半は紅蓮隊が使っていますね。紅蓮隊はその殆どが普段エリオン郊外で農業や開拓をしていますので、彼等が一番必要としています」
「新しく作ったりとかできないの?昔の技術が残ってたりとかさ」
「ここでは資源も設備も厳しく…。今エリオンで使われている車両の多くはヴォンダーンとアードゥラ領内から持ち込まれたものなんです。特にヴォンダーン領では祭壇によって魔動力の車両が次々作られますから、今みたいな祭壇が封印されている隙に集めるんです」
「ふーん、大変なのね」
セイはそう言ったが、彼女はそこまでこの世界に思い入れが無い。
自分の言葉に全く心が籠っていないのが、セイ自身でも分かってしまった。
異世界の民に祝福されながらも全くその自覚のない白猫少女は、まだ“神徒”という立場に慣れていなかった。
「む、神徒様か。俺に何か御用が?」
セイが最初に訪れたのは、先日のヴォンダーン攻略で出会った紅蓮隊員カンデックの家だった。工房のような建物から出てきた彼は、妙な服を着ながらセイを出迎えた。
「こんにちはカンデック様、急に押しかけて申し訳ありません」
「ああ、司教様もご一緒か。こんな所に何用か」
…別に敵意が無いのは重々承知だが、セイはこのカンデックという男の強面が苦手だった。セイはランティに半身隠れながら挨拶をする。
「こ、こんにちは。もしかしてお邪魔でした?」
「いや、お構いなく。俺も今忙しいので何もお構いできんが」
「ちなみにその服は…?」
強面のカンデックが今身に着けているのは…前掛け、口当て布、頭巾だ。以前は重厚な戦闘服だったので、それとの落差がセイを驚かせていた。
しかし、問われたカンデックは事も無げだ。
「俺は紅蓮隊員だが、紅蓮隊が農地で作っている薬草を使って薬師のようなこともやっている。普段は非番の時しかやらんのだが、先日の作戦もあって依頼が多くてな」
彼が少し見せてくれた作業場には確かに木製の棚が大量にあり、癖の強い匂いがセイの敏感な嗅覚を刺激した。
…今見える範囲に、セイの会いたい相手は居なさそうだ。
なのでセイは、カンデックに本題を切り出す。
「あ、あのー…ちなみにスーマって今居ますか?」
「ああ、あの子に会いに来たのか」
「そうなんです。ヴォンダーンの作戦であたしを守ってくれたお礼とかちゃんとしていないので…」
「わかった、呼ぼう」
そうしてカンデックは作業場の奥の扉を開き、大声で彼女を呼んだ。
「おーい、スーマ!!神徒様が来たぞ!!」
あまりにでかい彼の声に、聴覚の優れるセイは思わず耳を押さえる。
そして家の奥の方から返事が。
「あ!?セイが来た!?ちょ、ちょっと待て親父、着替える!!」
「いいだろ別に!神徒様をお待たせするな!」
「そうは言ってもよ…」
「司祭様も来てるんだぞ!」
「何!?あークソ、わかったよ!!」
別に急かした訳でも無かったが、セイは大声でやり取りするカンデックとスーマグレオを止められなかった。そうしてバタバタと足音がして、作業場にスーマグレオがやって来る。
現れたのは、年齢の割に大柄な少女だった。
いつもの全身ツナギのような服は着ていない。
色白な肌、セイも見覚えのある空色のポニーテール。胸もそこまででは無いので遠目に男に見えなくもない。服装は軽装なのだが顔だけはいつものマスクを被っておりかなり異様な出で立ちだ。
そして、見えている素肌には…痛々しい火傷と裂傷の跡が数多に残っていた。
「どうしたんだセイ、わざわざ家まで来るなんて。何かあったのか?」
「いや特に無いけど…何となく?あたしも暇だし町を回ろうかなーって。ちゃんとお礼もしてなかったしさ」
「礼は鏡幽会から貰ったからもういいよ。ランティも止めてくれりゃいいのに」
「いえいえスーマさん、どうしてもセイ様がご挨拶したいという事でしたので」
セイが家の奥に案内されると、そこではスーマグレオが庭先で洗濯物を干していた。かなりの量がある上に幼児のものらしい服もあり、何となく家族構成が垣間見える。
「小さい子供の服もあるんだ…。でもこの家にはスーマとカンデックさんしか居ないようだけど?」
「妹のだよ…あ、わたしが養子だから血は繋がって無い義妹だけどな。義母さんが紅蓮隊の開拓部隊に居て、今日も郊外で農作業しててさ、その子も連れてってるんだ」
「スーマは偉いのねぇ…あたし転生前、家事とかそういうのやったこと無い気がする」
「当然のことだよ。両親は実の娘でもないわたしをこうして育ててくれたんだから、これぐらいはしないとな」
「うふふふふ、スーマさんはやっぱり真面目ですわね♪」
セイと会話をしながらも、スーマグレオは手際よく作業を進める。気温がそれなりに寒いはずなのに軽装の彼女は割と平気そうだが、露出している素肌の古傷が嫌でも目立つ。
気になり過ぎたセイは…迷いながらも、スーマの傷跡に触れてしまう。
「ねえスーマ、それが昔の傷って事?」
「あー…まあ、気にすんな」
スーマグレオは鬱陶しそうに古傷を掻く。
しかし近くで見るとスーマグレオの古傷は痛々しく、その外見で苦労してきただろう過去が想像できてしまう。
「だけど…そんな目立つ跡が有ったら生活し辛そうで。疼いたりとかは無いの?」
「疼いたりはしねぇけど、生活のし辛さならあるよ」
スーマグレオの反応は渋く…その答えはセイの想像とは違っていた。
「この傷を晒してるとさ、知らねぇ奴が憐れんだりしてくるのさ。確かにあの事件は有名だけど、それだけで初対面の奴が“可哀そうに”だの“辛かったね”だの“頑張ったね”だの…。当のあたしは幼過ぎて、事件の事どころか両親との記憶だってなにも覚えちゃいなんだぞ?で、そういう連中が鬱陶しいからいつも傷跡を隠してるんだよ」
彼女の言葉からは、不思議と祭壇への憎しみが感じられなかった。
スーマグレオも家事が忙しそうだったので、セイは早々にカンデック宅を後にした。
セイ達は住宅地を後にし、次は市場のような場所を訪れていた。
どうやら貨幣で取引を行っているようなそこでは様々な物品が取引されており、そんな店が町の一角に密集していた。この終末世界において、ここは人も物も多くとても賑やかな場所だった。
「すごい、こんなお店がたくさんあったんだ。あたしが今まで見てたエリオンの範囲にこんなの無かったよね?」
「セイ様と護送機は、確かエリオン西大門から鏡幽会の方に来られましたからね。鏡幽会はエリオンの町で言うと一応外れの方ですので、ここまで賑やかではありませんの」
確かにランティの言葉通り、この市場は今までセイが見てきたエリオンの町の中でも最も活気に溢れている。
「探索師の集めた物品、紅蓮隊開拓部隊の農作物、魔技師の作った魔動機…普段は主にこういった品物が取引されています。ただし先日ヴォンダーン攻略が成功したので、じきにあの地での戦利品がここにも流れて来るでしょう」
「じゃあペトリエもどこかに居そうね」
「どうでしょう…あの方、探索師組合に所属してはいるようですが、基本的に一匹狼らしいのでもうどこかに探索に行ってしまったかもしれません」
「あー…そもそもエリオンに居ない可能性があるのね。」
セイは今日、とりあえずスーマグレオとペトリエには会おうと思っていた。しかしセイがペトリエと初めて会ったのもエリオン郊外であり、祭壇攻略を進めている訳でも無い今ペトリエは探索に行っている可能性もある。
とりあえずの行先を見失ったセイに、今日ずっと黙っていたミカハチが告げる。
『エリオンには魔動機の製造や修理、改造を行う事ができる技師達がいます。当機備え付けの蒼焔杖が破損したり改造が必要な場合、または使命の為にさらなる武具を必要とした場合などに接触することをお勧めします』
「あらセイちゃん?私がここに居るって良く分かったわね」
ミカハチの進言を受け、“ペトリエが良く行く”という魔技師の店が近くにあるというのでランティに案内してもらったセイ。しかし彼女がその店の中に入ると、そこにはちょうどペトリエも訪れていた。
「あれ、ペトリエ?ここにいたんだ」
「セイちゃんにランティちゃん、こんにちは!」
「あらら、ペトリエさんが良く訪れるとは聞いていましたが、まさか丁度お会いできるとは思いませんでした」
ごちゃごちゃとしたこの店内にはペトリエしかおらず、彼女はにこやかにセイ達に手を振った。セイも店内を一回り見たが、そこに並んだ物品が何なのか皆目見当が付かなかった。
「ここ、何のお店なの?ミカハチは魔法の武器がどうとか言ってたけどあたしよくわかんないし、それにここペトリエしか居ないし…店員さんとかはどこ?」
「ああ、それはね…」
ペトリエがそれに答える前。
店の奥から店主が姿を見せた。
「あら?神徒様に司教様なんて、珍しいお客様じゃない。アタシの店にようこそ!」
現れた店主は、紫の短髪で長身痩躯の男だった。見たところナイーゼと同世代のようで、ペトリエより年上そうだ。しかしこいつは指に色とりどりの宝石の指輪を嵌めており、この終末世界において異様な風貌だった。
「ペトリエさあ、やっぱ発射の回転率を上げるためにやった以前の改造が良くなかったみたい。そもそもこの武器は連射するものじゃ無いのよねー」
「えぇー、どこか内側がやられている感じ?まあ私鏡幽会から報酬貰ったから多少高くついても直したいわ。今後もセイちゃんについて行くから備えは万全にしたいの」
「えーっと…魔石は生きてるけど、周辺の回路は調整しなきゃね。だけどこんなに痛むなんて、あんたどんだけ派手にやったのよ」
「まあまあ。でもゴルクならこれくらいの整備あっという間でしょ?」
ペトリエはこの店に、武器の整備を依頼しに来ていたようだ。
邪魔するのも悪いのでセイはとりあえずやり取りが終わるのを待つことにする。ゴルクと呼ばれた技師がペトリエの狙撃銃を店の奥に持ち去ると、用事が済んだらしいペトリエがセイの元にやって来た。
「セイちゃんにランティちゃん、ごきげんよう。ミカハチちゃんやスーマちゃんも来てるのかしら?」
「ミカハチはお店の外だよ。あいつでかくてここに入れないし。スーマは家に居た」
「あらそうなの。私はこの前のヴォンダーンの戦いで武器の調子が悪くなっちゃって整備に来てたのよ。でもなんで2人はここに?」
「祭壇まで一緒に行ってくれたペトリエとスーマにお礼をしようと思って。だけどあたしからあげられるものなんて無いから、お礼を言うしかできないけど」
しかしセイの申し出に、ペトリエは意外そうな顔をした。
「あらセイちゃん、神徒様がそんなこと気にしなくても良いのに。“機甲の祭壇”攻略の時だって、私はヴォンダーン探索を一番乗りでできた訳だし、それで結構稼げたのよ。私だって得をしてるんだし、貴女は何も気にすること無いのよ」
「それでもね。ミカハチは何も頼りにならないし、2人が居てくれたのが凄い心強かったんだ」
「そう?貴女結構律儀なのねー♪」
ペトリエはにんまりと笑い、セイの頬を両手でふわふわ撫でまわす。
「武器の整備は5日くらいで終わる予定なの。でもセイちゃんはまだ次の行先を決めてないでしょ?早く次を決めて、早く次に行きましょ!私もう楽しみで楽しみで!!」
妙にテンションの高いペトリエは、何か用事があるらしく足早に店を後にしてしまった。その勢いに押されたセイはその後ろ姿に何も言えず、クシャクシャにされた頬の毛並みを肉球で撫でつける。
「ちょっとペトリエ、ここの調整どーする?…って、もう居ないし」
ペトリエの去った店内に、店主の男が戻って来た。
彼は何かペトリエに用があったらしいが、彼女はもう去っていたので困ったようにしている。そして彼の興味は当然、珍しい神徒に移る。
「ねぇお二人さん、ペトリエどこ行ったか知らない?」
「さあ、どうでしょう…。急いで出て行かれてしまいましたわ」
「全くあの娘…いっつもバタバタしてるのよねー」
「うふふ、ペトリエさんらしいですわよね♪」
「アタシはもっと落ち着きを身に着けて欲しいとも思うけどね」
ランティはゴルクと呼ばれたこの店主と面識があるらしいが、身長が高くて装飾品を多数纏うこの男にセイはやや警戒してしまっている。しかし、彼はそんなセイの心を知ってか知らずか…彼女に詰め寄って腰を落とし視線を合わせてくる。
「やあ神徒様、初めまして。アタシはゴルク、ペトリエの友人で魔技師よ!よろしくね!!」
長身、かなりの美形、鋭い金の釣目、うっすら化粧もしている…距離感もかなり近い上に圧の強いこの男に、セイはかなり萎縮してしまっている。
「は、はい…よろしくお願いします」
「あれえ?もしかして神徒様、アタシが怖いのかしら?不思議ねぇ、自慢じゃないけどアタシってば同業者の中でも人相は良い方なのよー?カワイイ女の子の依頼を受けることだってあるし、そう畏まることも無いじゃない♪」
「そう言われても…」
転生前の記憶が朧げなセイは、自分が何故カンデックや彼を警戒してしまうのかがわからない。しかしどうしても身構えてしまうセイはランティの後ろに隠れており、ゴルクも困ったように肩をすくめる。
「あらら残念、アタシも神徒様と仲良くしたかったのになー。まあもし魔動武器とかに興味があったらいらっしゃいな。ペトリエと一緒ならきっと平気でしょ」
「…」
「えぇー、そんなにアタシ怖がられるような感じなのかしら?不思議ねぇー」
ゴルクは頬に指をあて、不思議そうに呟いた。しかしどうやら彼は何かをセイに言おうとしているらしく…微妙に悩んで、そしてランティの方に顔を向ける。
「…ねえ司祭様、ちょっとだけ神徒様と2人でお話がしたいの。ちょっとだけ外して頂いても良いかしら?」
狭い店内に、セイは初対面の男と2人きりになってしまった。
(ちょ、なんでランティ行っちゃったの!?)
よくわからない状況になってしまい、セイは入り口付近で尻尾を抱いて固まっている。怯える彼女に対して、ゴルクは言い辛そうに頭をかく。
「ねえ神徒様」
「な、何?」
「ヴォンダーンに行ったとき、ペトリエが貴女に何か変なこと言わなかった?」
その問いに、セイは訝しげに首を傾ける。
「…え?べ、別に…」
「そっか、でもちょっとだけ気を付けた方が良いわよ」
それは、セイにとって信じ難い言葉だった。
「ペトリエ…あの娘、祭壇の事になると熱くなっちゃうからさぁ。もちろん悪い娘って訳じゃあないんだけど、いろいろと事情があってね…一応、頭の隅に置いておいて」
夕刻の農地を、セイはミカハチの上から臨む。
ここはエリオン西部郊外に広がる農地だ。
まだ日は沈んでいないが、周囲にはもう既に夜の冷たい空気が漂っている。しかしまだこの農地には大勢の人がおり、この厳しい環境でも育つ作物の世話を行っている。
セイは小高い丘の上で、ランティと並んで座りながらそんな光景を眺めている。
「ねえセイ様、エリオンは小さな町だったでしょう?」
「んー…まあ、そうかもね」
今日セイは、ミカハチとランティと一緒にエリオンの町を一通り見て回ったのだ。スーマグレオの家やペトリエの行きつけの店などに寄りながらゆっくりと回ったのだが、それでも十分過ぎるほどにこの町は小規模だった。
セイは農地を見回しながら、ぽつりと呟く。
「…こんな大変な場所でも、みんな暮らしているんだねぇ」
スーマグレオやペトリエ、その他に今日出会った者達も…皆この世界で普通に生活をしているようだ。セイからすれば過酷なこの環境にも、彼らは既に慣れているようだ。
「もちろんです。かつての百年闘争、この星の寒冷化、エリオン湖周辺に人が集まった後も闘争が起き、それが安定してきたら今度は“祭壇”の出現…。この厳しい世界ですが、未だ人類は滅びておらず、こうしてしぶとく生き永らえています」
ランティの語り口にも悲壮さは感じられない。
似たような歳の少女がこの世界を生きてきたという事実に、セイは何とも言えない気分になる。
セイはその時、ふと本音を漏らしてしまう。
「…あたしが頑張っても頑張らなくても、この世界そのうち滅びたりしない?」
ほぼ失言のようなものだったが、ランティは全く気にしない。
「そんな事を仰らずに。この地は神湖の加護に守られていますから、神湖がある限り滅びませんよ。それに、きっとセイ様が祭壇を封じて下さると私は信じております」
「そんな事言われても…あたし自信無いけど」
期待が重いセイは思わず仏頂面だが、追い打ちをかけるようにミカハチが告げる。
『神徒の使命の果てに、この世界に住む全ての人々の平和があるのです。この厳しい世界をより良くするために、当機と共に頑張りましょう』
もう何度も聞いたような言葉に、セイは辟易とする。
そして彼女はランティと共にミカハチに乗り込む。
日の沈んだ暗い農道を、ミカハチはゆっくりと歩いていく。
これを読んでくれている皆様に感謝を。
環境が厳しかろうが、住めば都ってやつですかね。




