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その11 神湖凱旋

第2の祭壇を無事封じ、神湖の街に帰還する白猫少女。

だがしかし…これはまだほんの序章。神徒の使命はここから先が困難なのだという現実を、彼女は嫌でも受け入れるしかない。

 セイは夢を見ている。


『……様、おはようございます』

『今日もお美しいですわ、……様』

『今日から学園生活が始まりますね、……様』

『……様、ご当主様がお呼びですよ』


 景色は(おぼろ)げだが、誰かの声が聞こえる。

 その中にセイは、確かな懐かしさを感じる…。






 未明の荒野を、六脚の機械がのしのしと歩く。


 セイが目を覚ますと、ミカハチは既にヴォンダーン領内の廃村付近まで戻って来ていた。セイは寝ぼけた頭で、ミカハチがエリオンまで夜通し進み続けると言っていたことを思い出す。

 暖かなミカハチの小屋の中を見回すと、ペトリエとスーマグレオが窮屈(きゅうくつ)そうにしている。

 ペトリエはまだ寝ているようだが、スーマは顔が見えないのでそれも分からない。

「…スーマ、起きてる?」

「セイ、おはよう」

「あ、もう起きてたんだ」

「普段早起きだからな…」

「ペトリエは?」

「姐さんはまだ寝てる。そっとしとこう」

「そうだね」

 セイは寝床に座り、窓から入ってくる朝日を浴びながらしなやかな身体で伸びをする。白い尻尾が少しボサボサになっているのが気になり、肉球で()でつけて整える。

 スーマグレオは寝る前にほどいていた空色の癖毛を軽く振り、いつの間にか持ち込んでいた櫛でそれをとかしている。その間も、彼女は頑なにその覆面を取らない。


 大きな欠伸(あくび)をした後、セイは夢のことをぼんやり思い返す。

「…なんか、あたし夢を見ていた気がする」

「夢…?」

「うーん…たぶんあたし、すごいお嬢様だった気がするよ。大きなお屋敷に住んでて、メイドとかがいっぱい居たような…」

「そのメイドってのが何かは知らんが…でもセイは神徒だからさ、つまり子供の頃に死んだんだろ?そんなお嬢サマが何で死んだんだ」

「さあ、病気とか事故とか?」

 とはいえ、セイは内心微妙だった。

(あの夢はたぶん、あたしの転生前の記憶で間違いが無いと思う。そして“感謝されたことが無い”という昨夜のあの感覚も…。あたしは元々、どんな人間だったんだろう?)

 少しずつ(よみがえ)る、過去の記憶。

 セイはいつか帰ることになる自分の世界を想像する。




 セイは昨日のことを思い返し、ぽつりと(つぶや)く。


「やっぱり昨日の都市部でさ、ミカハチの大砲でいろいろぶっ壊しておいた方が良かったのかなぁ?」


 過激な発言をするセイにスーマグレオが乗っかる。

「お?なんだ、随分とやる気じゃないか」

「あたしには関係無いけど…仮にあたしがもしどこかで死んじゃったら、そのうち祭壇(さいだん)もまた動き出すんでしょ?だったらできるだけ色々やっとくのも有りだったかなー…って」

成程(なるほど)、それもそうだな」

 乗り気になっているセイとスーマグレオだが、ミカハチがそれを(さえぎ)る。

『“機甲(きこう)の祭壇”は緊急時用の発電機及び魔力炉を持っています。その為、この祭壇を休止させた状態であってもヴォンダーン市街地での破壊工作は大変危険です。予備装置で即座に再起動してしまう事例が過去にありました』

「え、壊しちゃダメなの?」

『はい、その通りです』

「じゃあ、祭壇だけでも壊すとか…」

『祭壇は封印状態でも強力な魔力を有しており、破壊するのは困難です。かつてそれを試みた1人目の神徒は、祭壇の反撃を受けて命を落としています』

「あっそう…まあそうよね、壊せるならとっくに誰かがやってるかぁ」

 そうなると、やはりヴォンダーンでセイにできることはもう無さそうだ。


 後は、黙ってエリオンに帰るだけだった。











神徒(しんと)様が戻られたぞー!」

「ずいぶん時間が掛かっていたようですが大丈夫でしたか!?」

「皆、神徒様をお出迎えだ!」


 一行がヴォンダーンの廃村まで戻ると、ここまで後退していた紅蓮隊(ぐれんたい)がそれを出迎えてくれた。紅蓮隊幹部らが温かく出迎える中、紅蓮隊総隊長の息子ナイーゼがミカハチから降りてきたセイに仰々(ぎょうぎょう)しく報告する。

「神徒様、ご無事で何よりだ!本来なら俺様も精鋭部隊と共にヴォンダーン首都まで同行したかったが、それができなくて実に残念だった!だが俺様は都市防壁攻略の際に近辺の機兵を引き寄せて、神徒様の安全に陰ながら貢献していたという訳だ!我々の活躍を神徒様に見て頂けなかったことも心残りだが…」

「あ、あの!」

 大柄な男に迫られた上に大声で一気に(まく)し立てられ、セイは(おび)えたように身を引く。猫耳を押さえているセイをペトリエが(なだ)めながら、ちょっとからかうようにナイーゼを(あお)る。

「あらあらお兄さん、セイちゃんに貴方の声はうるさいみたいねー。もうちょっと女の子には優しく接しないと♪」

「な、何だとお前!?なあ神徒様、俺様の声は普通だろ!?!?」

「も、もうちょっと小さい声で喋ってよ…」

「なっ…!?す、すまん…」

 小柄なセイを前に、オロオロとしているナイーゼ。

 年上らしいナイーゼをからかって面白がるペトリエ。

 何だかんだ、紅蓮隊の雰囲気は和気藹々(わきあいあい)としている。


 それから少し離れた場所で、スーマグレオが義父カンデックに戦功を嬉しそうに報告している。

「やったぜ親父!過去に例の無い敵兵器もあったが、神徒も護送機も無事なまま使命を果たせた!ヴォンダーン首都も“機甲の祭壇”もこの目で見てきたぞ!」

「そうか、よくやったなスーマ。お前のご両親もきっと喜んでいるだろう」

 とは言いながら、カンデックは心配そうにスーマグレオの体を確認している。

「…本当に怪我はないんだろうな?お前に何かあったら先輩に顔向けできん。そもそもお前の入隊だって俺は反対だったんだが」

「おいおい親父、これはわたしが望んだ道だぞ?」

 スーマグレオは身体が大きく、顔も見えず、声も中性的だ。

 しかし義父を相手に嬉しそうに話すスーマは年相応だと、離れて聞いていたセイは何となく思う。











 廃村を拠点に廃材回収を始めた紅蓮隊を残し、セイ達は先にエリオンへと帰って来た。

 途中ヴォンダーンへと宝探しに向かう探索師達とすれ違いながら、ペトリエは自前の2輪車に乗り、スーマグレオはそんなペトリエの車両の荷台に乗り込み、セイはミカハチの小屋の上に座りながら風を感じている。

 そしてそんな一行を、エリオンで出迎える者達が居た。


「お帰りなさいませ神徒様、祭壇を封印して頂きありがとうございます。そして先日はエリオンを離れており、ご挨拶ができず大変申し訳ございませんでした」


 セイ達を出迎えたのは、鏡幽会(きょうゆうかい)の一行だ。

 前列にはランティや彼女と同格と思われる司祭達がおり、その中央に立つ老人が彼等の長らしかった。

 かなり高齢だが、背筋は不相応に伸びている。

 短い白髪。

 美しい法衣。

 そして…ランティと同じ、若草色の瞳。

「儂の名はジェフィオ、鏡幽会を束ねる大司教でございます」

 この老女が、エリオンにおける宗教的なトップだった。






「神徒様、2つの祭壇を立て続けに封印されてさぞお疲れでしょう。しばらくはエリオンでゆっくりなさって下さい。他の3つの祭壇は攻略が容易ではありませんから、準備も必要でしょう」


 セイは一旦ペトリエ達と別れ、大司教達に導かれて鏡幽会まで帰って来た。セイはランティに寄り添われており、そこで何となく自分が疲れていたんだと薄っすら自覚する。

 ランティは、セイの無事の帰還を心から喜んでいるようだ。

「セイ様、ご無事で何よりです。私、セイ様が無事に戻られるか心配でした」

「いろいろあったしあたしも撃たれたりしたけど、結果何とかなったよ」

「え、撃たれた!?」

「ああいや、何とかなったの。あたしの固有魔法でね」

「あら、固有魔法を発現されたのですね。大変喜ばしいことです」

 ランティは距離感が近いが、セイは不思議と緊張しない。だいぶ年上のペトリエや大柄なスーマグレオと違い、やはりランティが一番セイにとって気易かった。

(でも、うーん…あのことをこの子に聞いても良いのかなぁ…?)

 しかしセイの胸中には、昨日“機甲の祭壇”で見た謎の小部屋のことが色濃く残っている。しかしそれを年若いランティに聞いて良いものか悩み…結局、最も詳しそうな大司教ジェフィオからそれを聞く事にする。




「祭壇のことでしたら、エリオンで最も詳しいのが儂でしょう。もちろん全てを知っているわけではございませんが、できる限り神徒のご期待に応えましょう」


 ランティに聞かせるのも悪いと思ったセイは、ジェフィオに一対一で話をしたいと持ち掛けた。大司教はそれに快く応じ、今2人は鏡幽会の大司教執務室という場所に居る。

 セイは来賓用らしい椅子に座り、温かいお茶を頂いている。

「そもそも大司教さんは、この前何で留守にしていたの?」

「先日の留守のことでしたら、儂は鏡幽会の調査団と共にマキエスへ行っておりました。マキエス西部は探索師が単身で行くのも難しい辺境ですので、鏡幽会主導で大々的な調査を行ったのです」

「マキエス…って?」

「おや、ランティからまだそこまで詳しく話を聞いていないようですね」

「あたしがエリオンに着いてすぐにお祭りがあって、直後にヴォンダーン攻略が始まっちゃったし、聞く時間が無かったって言うか…」

「ふむ、ではまず五つの祭壇について詳しくお話ししましょうか?」

「いや、できれば“機甲の祭壇”について教えてもらえると…あそこに変な部屋があって、それが気になっちゃって」

「そうですか、では僭越(せんえつ)ながら」

 そうしてジェフィオは立ち上がると、書棚から一冊の本を取り出した。


「神徒様がヴォンダーン首都で見たのは恐らく“電脳器(でんのうき)”…人間の脳を利用して作られた機械部品でしょうね」

 何気無く語るジェフィオだが、セイはその言葉であの光景を思い返し、ちょっと気分が悪くなって顔をしかめる。

「なんでそんな悪趣味なものを…。この世界の技術はすごいから、人工知能みたいなのだってあるんじゃないの?なのにわざわざそんなの…」

「確かに神徒様の仰る通り、旧世界には優れた人工知能の技術があったようです。しかし“電脳器”はその製造目的が根本的に異なっていたようです」

「目的…?」

「ええ」

 尻尾を抱えて嫌そうな顔をしているセイだが、ジェフィオは全く動じていない。机上の本をめくりながら、目的の(ページ)を開く。

「“電脳器”は元々、旧世界で永遠の命を得るために研究されていたもののようです。いずれ朽ち果ててしまう肉の身体を捨て、機械の身体を得ようという試みですね。結局のところ、人道的な検証実験ができなかったため完成に至らなかったようですが」

「え、でもさ…ヴォンダーンにはもう人間居ないじゃん?一体何のために…」

 修理可能な機械の身体を手に入れ、永遠の命を疑似的に実現する…それ自体はセイにも理解できたが、あの町にそれが存在する意味が全く分からなかった。

 首を傾げるセイ。

 ジェフィオも困ったような笑みだ。

「“機甲の祭壇”が出現し、ヴォンダーンが機兵の反乱で崩壊した際、祭壇付近に居た者達が電脳器に加工されてしまったようです。その真意は不明ですが、あれらは現在ヴォンダーン都市部の運営に使われているようです」

「都市の、運営…」

「神徒様も見たのでしょう?人間向けの店舗に、街路樹、花壇…あの町は、機械が運営している割に妙に人間的なのです。あれらは電脳器となった者達の知見や感性を元にそうなっているようですが、その真意は不明です」

「…変なの。一体何のためなんだろう」

「さて、それはだれにもわかりません。とにかく神徒様は、それだけ祭壇が不可解なものだと認識して頂ければと思います」

 想像以上に祭壇が意味不明で、セイは妙な気持ちの悪さを覚える。

 しかし…理由すら分からず襲われたであろう“災厄の日”当時の人々が感じた恐怖は、セイにも何となく想像できた。




 そして…ジェフィオは本を閉じる。

「神徒様は既に2つの祭壇を封じられました。今のところ順調ではあるのですが、しかし残り3つの祭壇こそが問題なのです」

 神妙な表情の大司教に、セイも背筋を伸ばす。

「そうなの…?」

「ですから神徒様、しばらくはエリオンで準備を整える時間としましょう。この街にも一応技師が大勢居ますので、魔導兵器や火器などの準備も可能です。そして私からも、残りの祭壇に関する情報を提供させて頂きます」

「え、ええ…わかったわ」

「そして最初に、これだけは伝えねばなりません」

 ジェフィオの真剣な眼差し。

 大司教が告げたそれは、セイにとって悪夢のような現実だった。


「祭壇はエリオン周辺の旧五国の領域に各1個ずつ存在していますが、そのうち2つは未だに一度たりとも封印されたことが無いのです。困難な戦いになると思いますが、我々も全力で補佐させて頂くので共に頑張りましょう」











 その夜、セイは鏡幽会で用意してくれた私室で休んでいた。


 毛皮のお陰で寒さが気にならないセイは、重い上着を投げ出して寝床に倒れ込んでいる。気力も無く、2つ目の祭壇を封じた達成感もほぼ無くなっていた。それだけセイにとってジェフィオの語った話が衝撃的だったのだ。

(…あたし本当に、生きて元の世界に帰ることができるのかな…?攻略法が分からない祭壇が2つもあるなんて…)

 “自分が8人目の神徒なのだから、今までの者達が祭壇をある程度攻略しているだろう”…セイはそうあって欲しいと願っていた。しかし現実はかなり厳しいようで、セイはすっかり滅入ってしまっていたのだ。

 ジェフィオの話が嘘だったと思いたいセイは、黒い首輪を軽く叩く。

「…ミカハチ、聞こえる?」

『セイ、ごきげんよう』

「大司教さんはああ言っていたけど、あの話は本当なの?残りの3つの祭壇について教えてよ」

『了解致しました』

 そうしてセイは、ミカハチの言葉に黙って耳を傾ける。




『マキエスの“乾坤(けんこん)の祭壇”は、領域内の気象と植生を完全に管理しています。雨と霧に支配された生きる密林は、そのまま祭壇を守護する防壁の役割を果たしています。祭壇付近には狂暴な食人植物も存在しており、攻略は非常に危険です』


『農地で埋め尽くされているこの肥沃(ひよく)な地はトルトワゴという国です。一見まともで穏やかな国に見えますが、実際は農地が人間を支配している(いびつ)な国です。“豊穣(ほうじょう)の祭壇”が停止した事は一度も無く、かの地の住民はそれを恐れているため神徒に対して敵対的です』


『“星神(ほしがみ)の祭壇”はポセナの国教である“星神教”を素体にした、広範囲型洗脳装置です。ポセナ城壁内の人間は全て祭壇に支配され、祭壇の奴隷(どれい)となっています。神徒以外の人間はポセナ領に接近すること自体が非常に危険で、最も攻略が難しいと考えられます』




 黙ってミカハチの言葉を聞いていたセイは、わざとらしく溜息(ためいき)をして見せる。

「はぁー…やっぱり大司教さんの言ってた通りみたいね。その感じだと、“豊穣”と“星神”っていう祭壇が一度も封印されたことが無い…と」

『はい、その通りです』

「全く、そんなのあたしにどうしろって言うのよ…」

『神徒の使命の果てに、この世界に住む全ての人々の平和があるのです。この厳しい世界をより良くするために、当機と共に頑張りましょう』

「…」

 ミカハチはセイを(はげ)ますような言葉を使うが、その言葉は機械らしく冷たいものだ。ヴォンダーン攻略でペトリエやスーマグレオと過ごした後だからか、彼女は余計にそう思う。




 セイはまだ眠く無かったものの、布団にくるまり丸くなる。

 彼女は直視したくない現実から目を背けたかったが、しかし眠った先にまた慌ただしく不本意な明日が来るという事実も嫌だった。

(もー…何であたしがこんな目に()わなきゃならないのよ。元々のあたしが何で死んじゃったかは思い出せないけどさ、これがもし罰なのだとしたら…早死にしたのがそんなに悪い事だって訳?)

 親身になってくれる者や信仰までしてくれる者達に出会えたのは、セイにとって良い事ではあった。しかし現在自身が置かれている厳しい立ち位置は、セイにとって受け入れ難いものだった。


『セイ、おやすみなさい』

 セイを現実に引き戻す、ミカハチの声。

 セイは重ねて辟易(へきえき)する。

「…もう、あたし寝るから静かにしてよ」

『了解致しました』

「…」

 セイはもう返事もしない。

 ミカハチもようやく静かになる。




 目を閉じたセイが寝付けたのは、それからだいぶ後のことだった。

読んで下さっている方々に感謝します。

やっぱ異世界転生は多少苦労してくれないと面白くないですよね。

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