6.現れごと
《……あぁ、言い忘れていました。その鉱石の光には幻影を見せる効果があります。微弱ですから後遺症が残ることはございません》
洞窟内に閉じ込められたと思っていた私たちは、その人間味のあるAIに驚かされた。
幻影を見せる光。
どうやらいつのまにか人体に悪影響のある、危険な代物を抱えさせられていたらしい。
思わず容器を落としそうになったが、慌てて腕に力を込める。
「じゃあ、普通に出口があるのか?」
AIは肯定する。
そして今ホログラムで出口への矢印を表示していると言った。
そんなものは今まで見えなかったのだが、説明されると同時にそれが当たり前のように見えるようになった。
……認識を変えられている?
原理はわからないが、ナビが見えるようになったことで帰れる。
矢印は壁にめり込んでいるように見えるが、きっと普通に出口があるだけなのだろう。
理解不能な現象に巻き込まれて手足が震えている。
恐怖で叫びたい気分でもある。
それでも私たちは歩く。
夏木は出口がある場所に手を当てた。
空間があることを確かめながら、夏木は前へ進んでいく。
どんどん壁にめり込んでいって、やがて背中が見えなくなった。
少し勇気が要るが、私もそれに続く。
手を伸ばす。
土の感触はない。
壁に向かって足を前に出してみた。
手がめり込み、足がめり込み、目の前に壁が迫ってくる。
目を瞑って前に進む。
そして目を開いたとき、目の前に夏木がいた。
「大丈夫か?」
「……あ、大丈夫。それよりも、さっさと戻ろう?こんなの抱えてらんないし」
「……そうだな」
それからは、AIの誘導に沿って歩いていた。
停滞しながらも着実に帰路を歩んでいた。
だが、夏木の様子はおかしい。
恐怖を感じているからか、鉱石の光を浴びているからか。
だがそれでは説明がつかないくらいに無言で、汗をかいていて、緊張がこちらに伝わるほどだ。
本人が何も言わないので突っ込まなかったが、とうとう我慢ができなくなった。
出会ってから薄々感じていた夏木への違和感。
それを晴らすためにも夏木を問いただす。
「ねぇ、なんか隠してない?」
夏木は頭を掻こうとするが、宇宙服がそれを阻む。
「なんでだよ」
「いやなんか、ソワソワしてるじゃん。それに前から思ってたけど、状況の割にはなんか飲み込みが早いし、大胆だし……。何か、知ってる上で動いてるのかなって思っただけだけど」
夏木は黙り込む。
だがそれはただの沈黙ではなく肯定の意を示していた。
そして変なことを言い出した。
「このライトについてる星って見えるか?」
不思議に思いながら、手に持っているライトを見る。
最初は気づかなかったが、鉱石の光で見やすくなったからか持ち手の部分に星のマークを発見する。
有名な会社のロゴマーク。
私も知っている。
「うん、シューティンスター社のやつでしょ?」
夏木はため息をついた。
それと同時に、私はこの星をつい最近にも見たことを思い出した。
それに気づいたと同時に、その視界が脳裏に浮かぶ──。
酔い姐のピアスとタブレットの裏側。
なぜ、会社のロゴマークが?
なぜ、夏木はそれを?
「おい、AI。このマークは幻影か?」
《いえ、現実でございます、夏木様》
それはここに来てからもう何回も聞いた答えだ。
だが今回だけは夏木の反応が暗い。
そんな中、AIは続けた。
《夏木様、私は味方でございます。貴方を恨んでいませんし、むしろ、尊敬に値する人物です》
私は立ち止まった。
足が止まった。
隣を見た。
「……夏木?」
沈黙。
「ねぇ……」
黙秘。
「ねぇ!そっち側なの!?」
初めて大きな声を荒げた。
その声だけが、洞窟に遠くまで響く。
「……そう、かもな」
小さくて聞き逃してしまいそうな、曖昧な答え。
その声が何度も脳内で反復される。
「なんで……」
そう呟くしかなかった。
言葉の代わりに、今までの不安と恐怖と不満と疲労が、液体となって溢れ出ていた。
立つのもままならなくなって、膝をつく。
……今のは幻影?
嘘だよね。
そうだよね。
「なあ、冬芽。これが幻影だと思うか?……俺も今が現実だとは考えられない。でもな、認めざるを得ないんだ。知らないフリをしつづけてはいられなくなったんだよ」
その言葉、態度は、確かに現実だった。
「恋慕大学は過去のものだって、信じられるか?」
あれから無言で、何時間もかけて宇宙船内に戻ってきた。
いや、本当は何時間も経っていないだろう。
それに表面上は無言でも心の中で疑問は絶えなかった。
今もまだ、放心している。
中央ホールのバーに座る。
酔い姐が気を利かせて水を用意してくれる。
夏木は水を飲んでから疑問を吐く。
「そもそもなんのために採取したんだ?」
《人類の新天地、理想の惑星オプティマルに課せられた9つの条件──カムトゥルー9。それをクリアするためには、人類が活用可能な物質を見つけなければなりません。物質の詳細な解析をするために採取していただきました》
夏木は苦笑した。
私は半分以上の言葉が頭の中に入ってこなかった。
水を一口飲む。
ようやく私も疑問を吐き出した。
「ねえ、恋慕大学が、過去のものって、どういうことなの?」
夏木はこちらを見ない。
目を細めている。
「どれくらい前なの……」
口が動く。
「……60年」
その低い声が心も震わせる。
「それじゃあ……、それじゃあ、先生は!」
「死んでるだろうな」
言葉にならない声が漏れる。
声も震えている。
夏木はポトポトと声を落としていく。
「……ずっと疑問に思ってた。60年以上前の人なのに、なんで通信してるんだろう、なんで若い見た目なんだろう、って。だから、死んでるんだよ、ずっと前に。あれは遅れて今届いた地球からの光にすぎない。今やっと俺たちに、先生の想いが伝わっているんだよ」
……先生は過去の光?
60年以上前の先生が、ここに。
──60年?
“先生”は60年後に地球が──!
「じゃ、じゃあ、今地球は……」
酔い姐は頬杖をつく。
夏木は固まったように動かない。
背筋が凍る。
「……さあ、どうだろうな。でも、俺が先生のことを調べたときは、もうこんな惑星は滅びていいと思ったよ」
心臓が跳ねる。
夏木は下を向いて続けて言う。
「おい、AI。俺を乗せた理由はこれか」
《乗船条件についてお答えすることはできません》
それで終わりかと思われたその言葉には、続きがあった。
《ですが、夏木様。あなたは知っている、本物の“カムトゥルー9”を》




