4.隠し事
「ふふっ。急で驚いたかしら?私は酔いホロ。酔い姐って呼んでね」
バーテンダーのような女性はそう言った。
「いつからいたんですか!?」
「なんでここに残ってたんだよ」
そのとき、もう違和感がなくなったポーンという音がして、AIの答えが船内に響く。
《彼女は酔いホロ──人間型アシスタントホログラム。人間ではありません》
その抑揚のない言葉で、またもや言葉が落とされた。
その場に衝撃と緊張が走る。
だが酔い姐は微笑むばかりだ。
「ど、どういうこと?」
《先ほど皆様が、二人だけでは寂しいと仰いましたのでご用意しました》
その言葉に絶句する私たち。
そういうことではない気がするが、それを口にはできなかった。
酔い姐を改めて見る。
完成度が高すぎる。
見た目も、仕草も、質感も、存在感も。
酔い姐がホログラムだと言われても、人間のようにしか見えない。
「安心してちょうだい。私は二人とお喋りしたいだけだわ」
酔い姐の柔和な笑みに魅了されて私は呟いた。
「酔い姐じゃなくて、良い姐ってこと?」
私の声だけが遠くまで響く。
夏木は私を鋭く見つめて、酔い姐は知らんぷり。
AIは沈黙を貫く。
「あ、すみません」
私の冗談がしょうもなかったからかこの場を去ろうとした夏木。
「ちょっと、帰らないで夏木くん。まだ私に自己紹介もしてないでしょ?ほら座って」
酔い姐は私たち二人を誘う。
私はまだお互いにちゃんとした自己紹介をしていないことを思い出して、バーのカウンター席に座り、夏木を呼ぶ。
夏木は舌打ちをしたが、なんだかんだ隣に座った。
「名前はもうわかってるから、年齢とか。まだ二人若いでしょ〜?」
「私19歳です!」
「あ、俺も19です。愛城大学に行ってます」
“愛城大学”。
その名前を夏木の口から聞いた途端に、私の脳裏に地球での生活の様々が映し出された。
「え、私も愛城大学です!環境化学科なんですけど……?」
「おんなじなんだけど!?環化だよ」
「二人とも奇遇だね〜」
嫌々座った夏木もこれにはテンションが上がる。
私も驚いたのだが、酔い姐の言葉がなぜか引っかかった。
……奇遇?
「でもなんで俺ら、大学も学科も一緒なんだろうな。偶然?」
いやそうじゃなくて、もしかしたら、──必然。
一筋の光が私に違和感の答えをもたらし、ピンと閃く。
「あの、それが前言ってた乗船条件なんじゃないですか?」
その場に衝撃が走り、それは夏木に伝わる。
酔い姐も両手を合わせ「あ〜」と感嘆して、共感してくれている。
「そういえば、前になんか言ってたな。でも条件がそれだけだったら、もっと大人数ひっかからないか?」
「複数の条件があるのかも。けど、それが条件の一つであることは間違いなさそう。酔い姐はどう思う?」
「そもそも酔い姐はAI側なんだからわかるんじゃねぇのか?」
そのとき、酔い姐の代わりに抑揚のない声が答える。
《夏木様、酔いホロは独立したプログラムで動いているため、皆様と同じように知らないことも当然あります》
その説明に私たちはまたもや呆れるのであった。
ため息を吐くしかない二人。
「まあまあ、とりあえずAIとか先生に聞いてみたら?」
酔い姐の言葉を聞いて、夏木が試しに聞く。
「AI、乗船条件ってなんだ?」
《それについてお答えすることはできません。代わりに、自室であればタブレットを用意出来ますがいかがでしょうか》
私たちはお願いすることにした。
地球崩壊や愛城大学についてちゃんと調べてみようと思う。
AIは続ける。
《先生からの通信が届きました。表示します》
前と同じくこの中央ホールにディスプレイが現れる。
『君たち、元気にしていたかな?おや、酔い姐もいるようだね。お久しぶり』
酔い姐も片手を小さく振って応える。
……先生も酔い姐のこと知ってるんだ?
私はここぞとばかりにいろいろと聞いてみることにした。
「ねぇ、先生はどこの大学?」
『私は恋慕大学の教授をしていたよ、冬芽君。まあすぐに辞めてしまったがね』
……恋慕大学。教授。
「そうなんだ。それで、乗船条件って何?」
私がそう質問した途端、先生は手慣れたようにうやむやにする。
『質問攻めだね。きっといつかわかるさ、冬芽君たちならね。本題に入ろうか。二つ目のオプティマル候補についてだが、かなり距離があるみたいだ。超高速移動をするが、それには多大な負荷がかかる。君たちには悪いが再びコールドスリープしていただきたい』
コールドスリープ前に少し自室に寄るとAIに許可を取り、私はタブレットを操作していた。
“恋慕大学”と検索ボックスの中に打ち込み、下のサジェストが表示されるのを待つ。
離れた場所から地球のインターネットにアクセスしているせいか、時間がかかる。
緊張で手が汗で濡れる。
それなのにUIは呑気にグルグルと回っている。
やっとサジェストが表示される。
一番上に“環境化学科”、次に“教授”、その次は“愛城大学”と現れる。
その下にもサジェストは続く。
一気に手先が震える。
心拍数が上がっている。
なぜか悪いことをしている気分である。
震える人差し指で画面をタップしようとしたそのとき、邪魔をするかのように声が響く。
《冬芽様、お時間が迫っております。コールドスリープ室にお越しください》
隠し事でもするように、咄嗟にタブレットの電源を落とす。
「わかったよ」
私は再び狭いポットの中で眠りにつく。




