皆の心はどうですか?
わたしは分からない。
他人に厳しく、自分に甘く、生きてる意味もなく、他人の足を引っ張り、早く死んだ方がいい人間なのは確かだがそれ以外分からない。
今日病院だったが、休んだ。
良くないことだ。他人に迷惑をかける。
だがそれを母に相談したら
「そういう病気なんだから仕方がない。それに行きたくないんでしょ?なら今回は休んで次回にしたら?」
と言って、教えてもらった。
ありがとう……心が救われた気分だ。
だがこれに甘えてたいけない、ただでさえニート、引きこもりで、精神障害で足を引っ張ってる”ゴミ屑”なんだから……
死ねよ自分。早く死ね
自分は何をしたいのか、苦しいのか、辛いのか、辞めたいのかわかんない。
今もこうして書いてるが「書きたい」と思って書いてるが思った内容と違う。
でもこれには不満がなく、むしろ止まらず進んでる感に爽快さを覚える。
ただ少し、「もうやめてマンガ読みたい」がある。
けどダメだ。
今辞めたらもうこの続きを書かないだろうし、実際そうだった。
なら今の勢いのまま、抱いた感情のまま書き連ねろ!!
それしか出来ないんだから、社会的意義が死んでるだから、
普段とらない“A“という行動をとったとする。否、とろうとする。
すると、「そんな行動とっていいのだろうか?普段と違うから変に思われないか?『何してるの?』って質問されたらどうしよう?なんて答えたらいいんだ?素直に答えて変に思われたらどうしよう?」
となり。結果、行動に移さず頭と心にモヤが生まれ、数日後気分を害す。
他にもこういう執筆もいうにはお粗末過ぎることをする時も「周りは毎日更新してんだ俺も……」「やりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくないやりたくない」
「休みたい休みたい休みたい休みたい休みたい休みたい休みたい休みたい休みたい休みたい休みたい休みたい休みたい」
「サボりたいサボりたいサボりたいサボりたいサボりたいサボりたいサボりたいサボりたいサボりたいサボりたいサボりたいサボりたいサボりたいサボりたい」
でもやらないと、”皆”がやってるんだから……
“皆って誰?“
分からない。でもやらないと生きてる意味が無い……それだけは確か
そこで気づいた。
自分は自分に変に厳しいのだと。
頭の中で自分では無いが、自分と同じ境遇の奴を作る。すると、
「休みなよ、それは落ち着いてなく、病気が出てるから薬飲みな」
「皆がやってるからって自分をやる必要は無い。みんなはみんな、君は君なんだから」
と励まし、理解という今自分が欲しい言葉をくれる。
ということはそうなのだろう。
だから寝る。お休み




